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小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
ちれいでん!
 平和な幻想郷。異変が起きない季節、博麗霊夢の義務は無いに等しい。特に率先して妖怪を退治するまでも無く、怠惰に時を過ごすのを常としていた。
 平和な日常、それが霊夢の望むことである。紅い霧が湖を覆ったとか幻想郷から春が消えたとか月の民がよからぬことを考えているとか、そんな出来事のために、いちいち出歩くのは面倒なことこの上無い。つい最近も異世界からの神々が、信仰をとの名目で乗り込んできたので、然るべき弾幕勝負により制裁を加えてきたところだった。

「ふぁー、いつの時代も私は縁側でお茶を飲んで、ぼーっとしてる。本当に巫女ってのはいい身分だわ……」
 感慨に耽りながら霊夢はお茶をがぶ飲みする。お茶はコーヒーよりカフェイン含有量が少ないとは言え、大量に飲めばその摂取量は甚だしい。日常的に、暇さえあればお茶を飲んでいる霊夢は、立派なカフェイン中毒なのである。
「はーい霊夢、今暇してる? ちょっと遊ばない?」
「何よ紫、また異変なの? あんたの言う遊びってのは危険な香りしかしないわ」
 スキマ空間からの突如の来訪が八雲紫の十八番である。霊夢はこのいつも異変の種を運んでくるお調子者に、絶えずびくびくしているのだ。幻想郷の賢者である紫の意思は、霊夢にとっては絶対的だ。それ故に何も無い空間がぱっくり開き、少女のような可憐な姿態の紫が登場すると、霊夢は恐怖を禁じえない。
「いえいえ、今日はそんなたいそうなことじゃないのよー。みんなで集まってね、楽しいゲームをやろうと思ったの。私、思うのよ、幻想郷には和が必要だって。個々を尊重するのも大事だけれど、みんなの心を一つに合わせる和の精神。わいわい楽しくゲームをやれば和の精神が育まれると思ってね。ね、霊夢? 私色々と考えているでしょ? 寝てるってのはそれだけ力を蓄えているから、大事な時のために温存……」
 霊夢はまた紫が変な考えに取り付かれていると思った。どうせ変な本でも読んで鵜呑みにしたに違いない。紫の一人語りが長くなりそうだったので、霊夢は適当に遮った。
「あんたの信条は大体わかったから、――で、ゲームって何するのよ? 双六か花札でもやろうっての? そんなの正月でも無いのに気が滅入っちゃうわ」
「ふふふーん。この私がわざわざサイコロ振ったり、絵札でペチペチするような時代遅れのゲームを企画すると思って? あのね霊夢、外の世界の技術の進歩は素晴らしいものよ? 幻想郷はこのままでは過去の遺物に成り下がってしまうわ!」
「御託はいいから結局何をするのよ。その様子だと外の世界のゲームみたいね」
 霊夢は何だかんだと言っても、外界のゲームに興味を引かれた。退屈な日常にも時には刺激が必要だと考えたのだ。
「はいご名答! 外の世界ではインターネット回線を通じてね、遠く離れた地域の人同士でも、同時にゲームを楽しむことができるのよ。これってとても画期的なことだと思わない? 宗教も人種も何もかも違う人間同士が交流する。これこそが今の幻想郷に足りないことよ。人間とか妖怪とか――下らない偏見に満ちて……」
「インター……、回線ってのはよくわからないけど、なんだか面白そうね」
「ねっ、霊夢もそう思うでしょ? 決まり、決まりね! ゲームは人が多い方が楽しいから、霊夢も集めて来てよ。ほらほら! 善は急げよ!」
 紫は嬉しさを隠せないのか、少女のようにはしゃいで言った。一瞬でスキマが開き漆黒の異次元空間へと消えていく。
「躁鬱病なのかしら? やけに行動力があるわね。まぁ冬眠明けだからしかたがないとか? さて私も誰か集めないと……、でも何人ぐらい集まればいいのかしらねぇ?」
 霊夢はそんな疑問を胸に青い空へと飛んでいった。




 
 
 魔法の森の霧雨魔理沙邸の戸を叩く。しかし鍵がかかっていて返事もない。
「魔理沙ー、魔理沙ぁ? いないのかしら?」
 霊夢はしかたがないので、アリス・マーガトロイド邸にも寄ってみることにした。あまり気が進まないが、魔理沙を呼ぶならば、アリスもどうせセットになってついて来るからだ。
「アリス、いない? 霊夢だけどー」
 頑丈そうな洋風の扉をドンドンと叩く。十五回ほど叩くと不機嫌そうなアリスの顔が、わずかに十センチほど開いた扉の隙間から覗いた。裁縫をしていたのか中指には指貫が嵌めてある。
「……何?」
「アリス、これからみんなで紫の用意したゲームやろうって話なんだけど、やらない? 魔理沙も誘ってさ」
 アリスは空ろな目で二回ほど瞬く。
「……ゲーム、いいかもね、うん……。魔理沙なら永遠亭そばの竹林で筍掘ってるわよ。最近、めっきりそればっかに凝って……」
 そうだったのか。道理で最近魔理沙を見ないわけだ。
「アリスも来るでしょ? 人が多いほど楽しいみたいだから」
「え、うーん、ま、魔理沙が来るならいいけど……」
 アリスは少し顔に赤みがさしたように見えた。
「よーし決まりね。魔理沙も呼びに行きましょう」


 アリスが出かける支度を整えてから、二人は迷いの竹林へと向かった。低空飛行をしていると、腰を屈めて熱心に筍堀にいそしんでいる霧雨魔理沙の姿をとらえた。そして何故か隣には蛍の妖怪、リグル・ナイトバグの姿もある。
「おっ、霊夢と……アリスじゃないか。お前らも筍の噂を聞いて掘りにきたのか? 見てみろよこの筍、まだ成長しきってないのがアクも少なくてうまいんだぜ!」
 嬉しそうに魔理沙は元気よく答える。
「私は別に筍には興味ないわよ。それにしても、何で魔理沙とリグルが一緒に筍掘りするの? 一体どんな風の吹き回し?」
 霊夢はそう言ってリグルを見る。人間的な容姿でどことなくボーイッシュな雰囲気である。彼女の蟲を操る能力とは如何ほどなのか、霊夢は図りかねていた。頭から突き出た二本の触覚は妖怪の証、そんなリグルが魔理沙と一緒にいるのはとても不思議に思えた。
「こいつ筍探すのうまいんだぜ。虫を使って探すらしいんだ」
「へぇ、それはそれはいいお友達ね」
「魔理沙さん、私をこき使って大変なんですよ。朝っぱらから呼び出されて、私眠いのに……」
 リグルは大きなあくびをする。本当に眠そうだった。
「そう言うなって、後で筍づくし作ってやるからさ!」
 筍づくし――。霊夢はそう聞いてもいまいち実感がわかなかった。筍はごりごりとして筋ばったイメージしかない。お煮付けでも二、三切れ食べればもう十分だ。
「っと、それで霊夢、何のようだ? わざわざこんなとこまで探しに来るなんて?」
「あー忘れてたわ。紫がゲームしたいって言うから……。私は人を集めてるのよ。何のゲームかはまだわからないんだけど」
「へぇ面白そうじゃん。私もそれに参加するぜ。アリスもなんだろ?」
 アリスは無言で頷く。何も言わないが形だけはしっかり実在しているといった存在感。
「ちょうどいいや、リグルも一緒に遊ぼうぜ。人は多い方がいいんだろう? な、霊夢?」
「えっ、いやですよ私は。そんな知らない人ばっかりのとこに……」
「そんなの気にするなって、私の友達はお前の友達だぜ!」
 魔理沙はいやいやと拒否するリグルをはがいじめにしている。これで自分も含めて四人。霊夢はもう十分だろうと思った。
「さぁてと、神社に戻りましょうか。何、大丈夫よただのゲームなんだから。誰もとって喰おうなんて真似はしないはずよ」
「いやだー、いやだー! 私は、私の自由はどこに……」
 なおも嫌がるリグルを抱えて、霊夢達は博麗神社へと舞い戻った。






 霊夢達が神社へ到着すると、居間には西行寺幽々子と魂魄妖夢が待ちくたびれたように座っていた。
「あら白玉楼のお二人さん。紫に呼ばれてきたのね?」
「お久しぶりですね、霊夢さん。この度はげぇむなどと、興味ひかれるものにお誘いありがとうございます」
 妖夢がかしこまって言った。
「このお茶菓子おいしいわね。もぐもぐ、あっお茶もう一杯ついで、んぐっ、もがっ、あ、お邪魔して……もご、あの紫がなんか、もごっもが、面白いこと……」
 幽々子は口いっぱいに物を詰め込んで、何を言っているかわからない。幽々子がつまんでいるのは楽しみに取っておいた高級和菓子。戸棚の奥にしまっておいたはずなのに、この飽食幽霊は貪欲な鼻を鳴らして察知したに違いない。霊夢は腸が煮えくり返る思いがした。もしこの先行われるゲームが対戦仕様だったならば、真っ先に潰そうと心に誓うのだった。
「もー遅いわよ霊夢。待ちくたびれちゃったじゃない。うんうん、私が連れてきた幽々子と妖夢を合わせて七人ね。これだけいればいいわ。あっちの世界とはもう繋いでるの、奥の部屋に用意しといたから早く来なさい」
 またも紫がスキマからひょっこり顔を出して言う。ほっぺには和菓子のあんこ。必然的に紫もターゲットの一員に加わる。
「うわっ、幽々子と妖夢までいるのか。こんな面子で何をする気なんだ?」
 魔理沙が部屋に入る。リグルとアリスも無言で後に続く。
「ああー、ごくん。ふぅ喉が詰まって死ぬかと思ったわ。ええ、アリスさんと魔理沙さんご機嫌よろしいようですね。ほほほ、ああ霊夢さん、和菓子、大変おいしゅうございました」
 幽々子は口の周りを汚して、何事も無かったかのように取り繕ってにっこりと笑った。霊夢は殴りたい気持ちを必死で抑えた。何しろ殴っても意味は無いのだから。
「あら……、そちらのマントの方何と言ったかしら? 私どこかで見覚えが……。もしかして美味しそうな夜雀のお仲間さんかしら?」
 幽々子はまた涎を垂らした。
「おいおい、幽々子、こいつはリグルって言うんだ。大事な私の友達だぜ」
「あらそうなの、初めまして西行寺幽々子と言います。よろしくねリグルさん」
「ははは、はい! こちらこそよろしく……」
 リグルは幽々子に凄まれて、体を蟻のように小さくして縮こまった。
「幽々子様、顔じゅうあんこだらけで自己紹介なんてやめてください。もう幽々子様いいですか、白玉楼の当主とあろうものがこのような……」
 妖夢が説教を始めた。どうも霊夢の周りには自分語りしたい者が多い。
「ちょっとあなた達何油売ってるのよ。早くこっち来なさいよ!」
 紫の大声が霊夢達を呼んだ。
「おっ、行ってみようぜ霊夢。紫の考えたゲームとやらを拝見しようじゃないか」
 一同は紫の待つ隣の部屋へと向かう。霊夢は和菓子の恨みだけが根深く残っていた。






 迸る火花、歪んだ亜空間。紫の境界操作により、二メートル大のスキマがぽっかりと開いている。その穴のそばには七つの紫色の水晶玉が置かれ、電線のようなコードにつながれてスキマへと伸びていた。
「紫? 何なのよこれは? まさかこのまま四次元空間に高飛び込みでもしろってこと?」
 霊夢が驚いて言う。
「あーあー、みなさんよく聞いてくださいね。これから始まるゲームは外界のとある端末に接続しないといけないの。私の究極的なスキマの力によりそれは可能になります。あなた達は幻想郷始まって以来の貴重な体験をする。私と知り合いであることを光栄に思いなさいな。以上!」
 紫は真面目くさった顔で言い、何か数字とアルファベットが書かれた紙を、全員に渡し始めた。
「おーい何だぜこれ?」
「いいからポケットに入れて置きなさい。すごく大事なものだから。それじゃみんなその水晶玉に手を置いて待っててね」
 霊夢達は紫に従い、ひんやりとした水晶の上に手を置いた。
「え……、みなさんいいんですか? 私はいやなんですけど、とても嫌な予感がするんです。だってそのスキマを通って、外界らしき場所でゲームをするんでしょ? 私、不安で不安で……」
「おいリグル、ここまで来てそりゃないぜ? 私達友達だろう?」
 未だ迷っているリグルに魔理沙が首に手を回して言った。
「ほらアリスを見てみろ、何の迷いも無く水晶に手を置いているんだ。さすがは私の一番の友達だぜ! なっアリス?」
「えっ、ええ……」
 アリスはちらっと魔理沙を見てまた目を逸らした。
「大丈夫だって! 紫も霊夢も一緒にいるんだ。何が起こっても心配はないさ。大船に乗った気持ちで行こうぜ」
「は、はぁ……」
 魔理沙の熱心な勧めでリグルはようやく納得したようだ。小さい少年のような手が水晶に置かれていく。
「方位、角度、打ち上げ準備よし、座標確認……。エネルギー……、あそっか、電気エネルギー充電開始、スキマ内部状況良好、成功確率99%……。打ち上げ十秒前……、九……、八……」
「ドキドキするわねぇ妖夢。早食いゲームとかだったら私得意なのに」
「幽々子様、始まる前からはしたないですよ」
 紫の秒読みに霊夢はごくりと唾を飲んだ。外界まで行ってゲームとは何という余興だろうか。紫以外ではこの暴挙とも言える行動に信頼はおけないだろう。
「三……、二……、一…………」
 目をつぶって霊夢はスキマへと飲み込まれていった。虹色に濁った奇妙な空間。意識が捩れて果ての無い終末へと導かれる。
 スキマは蠢き暗い大穴を広げている。部屋にはぽつんと七つの水晶玉だけが残されていた。






「ん……」
 頭がぐらぐらする。手足はついているし胴体と頭もつながっている。霊夢は重い頭を抱えて立ち上がった。
「お、霊夢。やっと起きたか。お前で最後だぜ」
 腕を組んで魔理沙がいつもの笑顔で言った。
「霊夢。ここは外界――と言っても、仮想の電脳空間とでも言うのかしらね。私達の肉体の根源はまだ幻想郷にある。ここで何が起ころうとも私のスキマの能力が存在している限りは安全だわ」
 霊夢はそれを聞いて少し安心した。電脳空間とは想像つかないが、如何なる状況なのだろうか。霊夢は情報を仕入れようと辺りを見回した。薄ピンク色のホールのような広間。奥行きは無限で壁というものが存在しない。遠くを見つめていると、そのまま異次元の彼方へと吸い込まれそうになってしまう。
 魔理沙の後ろには、アリスとリグルが何をするわけでもなく、ぼけっと突っ立っていた。紫の隣では、幽々子と妖夢がしきりに話語りをしている。
「でも、ここで何をするっていうの? ただ広いだけで何もないじゃない」
「それは……。まぁ、少し待ちましょうか」
 紫に従い霊夢は待った。五分十分、時間の進み具合がわからない。時計を持たない大部分の幻想郷民にとっては、この無機質な空間は針のむしろだった。
「ねぇ、いくら何でも……」
 霊夢が退屈に耐えかねて口を開くと、空間の一点からぽっこりとした球体――いや丸では無く桶に嵌った人間の頭部だけが浮んでいた。
「はい、ごめんねお待たせしました。ただいま大変な盛況により、回線が込み合っております。本当にごめんね。それでは我がデュアルラビットグループがお送りする、次世代多人数参加型リアルオンラインビジュアルノベルアドベンチャー、ちれいでん!のポータルへようこそ! 何回でも遊べる分岐ルートは無限大! 申し遅れました、私、ちれいでん!マスコットキャラクター兼ナビゲーターのキスメでございます。それでは皆様お先にログインの方お済ませになってください」
 霊夢達はいきなり面食らってしまった。桶に嵌った少女にどう対応すればわからない。それに木の桶に嵌った、緑髪の生首を連想させる奇形の少女。これがマスコットキャラクターなどと言うのなら、この会社のセンスは間違っていると思われた。
「霊夢、何ぼけっとしてるのよ。ログインよログイン、さっき渡した紙があるでしょう? 今でもちゃんと持っているから、それを入力しなさい」
 目の前の空間に、宙にふわふわと浮ぶ文字列が出現がした。これを指で押せというのだろうか。霊夢は周りの様子を確認する。魔理沙とアリスはそつなくこなしている。リグルも首をひねりながらも、人差し指で一字一字入力しているようだ。幽々子と妖夢はわけがわからないと言った感じで、二人でもつれながら悪戦苦闘していた。
「わからないことがあれば何でも聞いてくださいねー。すぐに向かいますのでー。あ、空間を共有していると言っても、個人情報の管理は徹底しておりますので、情報漏えいの危険は限りなく低いです。我が社の教訓、お客様の安心と平穏を守るために日夜努力、その結果の大盛況でございます。ありがとうございます、ありがとうございます……」
 霊夢は苦心しながらも、リグルを見習って一字一字きっちり入力していった。kが見つからないと思えば、aが見つからない。霊夢はいらいらしてしょうがなかった。たった数文字入力するのにこれほどの手間とは、どこに何の文字があるか覚えて無ければ、直ぐに出来るわけがない。
「はぁー、はぁー」
 霊夢は汗水を垂らしながらじっくり三分ほどかけて、IDとpassを入力した。額の汗を拭き周りを見る。まだ出来ていないのは幽々子だけのようだった。
「え、あれ、この、何かひん曲がった形の文字、何ていうのかしら? 妖夢、ほらほら、終わったんでしょ? 早く教えてよ!」
「駄目です、こっちからは見えませんよ。私には幽々子様がタコ踊りしているのが見えます」
 幽々子は一人オロオロしている。霊夢はいい気味だと思った。食い物の恨みは恐ろしいと幽霊といえども、知らしめておかなければならない。
 五分ほど無駄に時間が過ぎ、幽々子は泣きそうな顔で最後まで入力した。何よこれ新手の幽霊いじめとか文句言い、すぐさま妖夢に怒られている。
「終わりましたか。それではEnterキーを押してください」
 キスメの言うとおりに、Enterと書かれた大きめの膨らみに手を伸ばす。途端に世界が変わる。
 壮大な音楽と共に、ちれいでん!のファンシーなロゴ。どうもこの雰囲気だけ見れば、とても楽しそうに見えるが、果たして実態は如何なるものだろうか。
「おっ、やっと始まりか。楽しそうなゲームだぜ」
 魔理沙がぽつりと言った。そう楽しいゲームであれば何の不安も無いのにと、霊夢は心から思うのだった。



 魂と肉体を電気信号に変換する未知の技術。その電脳空間に、霊夢達七人は幻想郷からの遠い旅行者として存在していた。
「えー、色々手間取りましたが、次世代MMOを科学する、その先駆けとなるちれいでん!にログインいただき誠にありがとう存じます。来年春にはオンライン参加型ビジュアルノベル第二弾、こうまかん!のオープンβを予定しております。皆様のご期待にそえるように、鋭意開発中であります」
 進行役のキスメが流暢にしゃべっている。あの狭い桶の中で手足はどうなっているか、胴体はあるのかという疑問が霊夢の頭の中を駆け巡った。
「えー、それではまずはゲームの開始にあたり、難易度の決定と……、おや、全員VIP会員ですので、難易度は通常のEasy、Normal、Hard、それに加えて特別仕様のExtraとPhantasmが選べます。ええと、聞き忘れてましたが七人様ご一緒のプレイでよろしいですか?」
「ええ七人一緒でお願いするわ。それで、肝心の難易度だけど、どうする?」
 紫が霊夢の方を見た。他の五人も釣られて霊夢を見る。急に全責任が自分の肩に圧し掛かってきたような気がした。無難に選ぶならNormalだが、それでは面白みが無い。VIP専用であろうPhantasmというのも興味をそそられた。十秒ほど沈黙する。霊夢にはどうにも決めかねた。
「うう、うーん……」
 霊夢は所在なさげに唸る。
「Phantasmコースは二ヶ月前のアップデートより、なんとなんと、真ENDにたどり着いたプレイヤーが一組もありません。今これを攻略すれば、多大なる名誉として公式HPにて表彰されます。しかしこのPhantasmコース、一筋縄ではいかない難易度になっています。このちれいでん!を集中して攻略するチームもありますが、全部返り討ちにあっているのです。まぁこのPhantasmコースのためにVIP会員があると言っても過言ではありません」
 キスメの説明でなんとなくPhantasmを選ばなければいけない気がしてきた。しかし霊夢自身が言っていいものかと迷う。
「面白そうじゃない。攻略できないってことはまだ未知の要素があるってこと。ゲームはやっぱり先人の足跡がついてちゃつまらないものね。みんな? Phantasmコースに決めてもいいかしら?」
「私はそれでいいわよー」
「私も紫様に従います」
「私もそれでいいぜ」
「お好きにどうぞ」
「え、えと、えと、私は……」
 堰を切ったように賛成の声があがった。霊夢はこの結果に少しずっこけた。こんなことなら最初から紫が全部決定すればいいではないか。
「霊夢はどう?」
 異を唱える理由は無い。どうせゲームなのだ、クリア出来なくても問題無い。
「いいわよ紫。このPhantasmコースを攻略してやろうじゃない」
 霊夢は見得を切って言ったが、自信となる根拠は無い。大体ゲームの概要が全くつかめないのだ。双六やオセロとはわけが違う。まぁ紫頼りでいけばなんとかなるだろうと、霊夢は無駄に過信していた。
「やけに威勢がいいのね。期待しているわよ霊夢。じゃ、そういうことでキスメさん。Phantasmでお願いね」
「はーい、七名様ご案内! ごゆっくりお楽しみください」
 キスメの甲高い声。霊夢達の足元に暗い洞穴が開き、全員それに飲み込まれる。電脳世界と言われる虚構の空間。霊夢はその未知の世界に恐る恐る足を踏み入れたのだった。



 

 ――名前を教えてください

 落ちながら空間に浮ぶ文字列。指で名前をタイプするらしい。霊夢は面倒だったのでカタカナでレイムと入力した。

 ――性別は?

 霊夢は少し考えて女にした。男としてゲームに参加するのも少し興味があったが、周りの反応が怖くて結局無難に決めた。
 質問の項目はその後も多岐にわたった。年齢、職業、血液型、趣味、特技、恋人、友人、その他。やはり入力の手間が面倒くさい。二十項目以上もあるのだ。無駄なエネルギーは使いたくない。霊夢はあああとかいいいとか適当に空欄を埋めて処理した。
 やがて暗闇の底が近づく。霊夢は目をつぶってそれを待った。
 






 したたか腰を打ちつけたようだ。さすりながら立ち上がる。仮想空間でも痛みは感じるらしい。
「霊夢、すごいなーここ? 全部作り物なんだろ? 岩の質感といいコケのリアルさといい、全部本物にしか見えないぜ」
 魔理沙に言われて霊夢は状況の把握に努める。しんと静まりかえった暗闇の世界。湿った空気が立ち込める地底世界のようだ。
「はいこの地底世界こそが、ちれいでん!の舞台であります。あなた方はとても仲の良い七人グループ。楽しい旅行の最中の出来事、何らかのはずみで、全くの異世界への入り口へと踏み入れてしまったのです。あなた方の目的は、この地底世界から無事に元の世界へ戻ること。そのために悲しみや別れ、時には協力したり、愛を育みながら物語を綴っていくのです。この信念こそが参加型ビジュアルノベルちれいでん!の本質であります。えーと七人様の難易度はPhantasmでありますので、かなり過酷な運命が待っています。どうか旅のご無事を祈っています」
 キスメが義務であるかのように説明する。ご無事をと言われても霊夢達は動けない。全くの初心者が、いきなりゲーム内に放り込まれても何もできないであろう。
「あ……、初心者TIPSはONのままでいいですか? 一から説明した方がいいみたいなので」
「ええお願いするわ。私も含めてゲームに関してはド素人なんだから」
 霊夢はそれを聞いて不安が増大した。紫ぐらいは実は予習ぐらいしてるのではと思っていたからだ。全くの全員が初心者とは、自信を持ってPhantasmを選んだのは何のかと、紫に小一時間ばかり問い詰めたかった。








「……で、なるほどこうやってテキストを読んで選択肢を選んでいけばいいのね?」
 霊夢はキスメの説明を熱心に聞いて、ようやくこのゲームの進め方を理解してきた。要は文章を読んで、分岐点に差し掛かったら適当に選べばいい。最初は見た目や効果音に目を奪われたが、何のことは無い、紙芝居に分岐がついただけのゲームだ。
「大体ご理解いただけましたでしょうか? このゲームのクリアは地底世界から無事に抜け出すことです。それ以外にはあり得ません。ただし途中の選択肢を間違うと一気にBADENDになってしまいます。そしてBADENDの上限は七名様なので700回となっています。この回数を超えると、脱出失敗となり、ゲームオーバーになります」
「700回もって? 多すぎない?」
「いえPhantasmではこの回数は決して多くありません。それはゆくゆくわかります。この回数は通常のBADENDの他にも、時間経過により削減されていきます。削減周期は五分ごとに1回減ります。一時間で12回となりますが、このゲーム内での時間概念は、現実とは全く違っていますので注意してください。現実の一時間がこのゲームのおそよ四時間となります」
「何だかわかったような、わからないような……」
 霊夢は腕組みをして真上を見上げた。
「霊夢、もういいでしょ。大体この手のゲームは、話を進めていけばノウハウが身につくものよ」
「そ、そうね。紫が言うんなら……」
「霊夢、早く進めようぜ。こうしてる間にも時間で削られてるんだろ? 急がないとみんな地底の底でお陀仏だからな」
「そうよー、私待ちくたびれてお腹減っちゃったわぁー」
 紫達が言ったので霊夢はあれこれ考えるをやめた。
「えーとそれでは始めていきましょうか。詳しい説明は皆様の右手首の上に浮ぶボタン、これを押せばメニュー画面が出てきますので、ここからヘルプでマニュアルを確認できます。その他細かいコマンドも全て操作できます。詳しいことはおいおい説明していきますので、それではゴーゴー!」
 急に手首に、大きな黒子が出来たと思ったのは間違いだった。霊夢はボタンをポチっと押してみる。多種多様のアイコン、それらが何を意味しているかは一目ではわからない。一際目立つ場所に、END残数は695回と表示されている。現実の一時間が四時間なのだから、15分で12回削減されることになる。700回という膨大な数値に比べれば、微々たるものでしか無いが、この数値が自分達の運命を握っていると思うと、霊夢は安全が確保されたゲームと言えど、不安を隠せないのであった。





「次は真ん中、右、左、次は……ああ、全部真ん中でいいや!」
 霊夢はテキストもろくに読まずにあてずっぽに選択肢を選んだ。
「おーい、霊夢、さっきから同じ景色のとこばっか来るぜ? 実はループしてるんじゃないか?」
 勘がいいのか魔理沙が重大なことに気づいた。
「霊夢は方向音痴だからしかたないわね。面白いから少し見ていましょう」
「おい紫、それじゃいつまで経っても終わらないぜ。それにしても霊夢以外は退屈だなぁこれ。ループしすぎて似たような文章ばっかだし」
 魔理沙が一つあくびをする。
「序盤はチュートリアルも兼ねて、七人パーティ固定です。現在の選択権限はリーダーの霊夢さんにあります。最も、最後まで七人パーティのわけも無く、離れ離れになる展開もあるので楽しみにしていてくださいね」
 キスメふわふわ漂いながらにっこりと笑う。
「そうか、まぁ博麗の巫女だし霊夢がリーダーでいいぜ。……あ、そうだ、みんなに聞くけどさ、地底まで落ちる間に名前とか性別とか聞かれただろ? あれって男って入れても別にいいんだよな? 誰か男にした奴いる? あ、いや単なる好奇心でさ。おっと断っておくけど私は女にしたぜ。夢見る15歳の現代少女のマリサだ」
 霊夢はテキストを押し進める手を休めて、周りの様子を確認した。そういえば男女の選択もあったのだ。ここは電脳空間、もしこの仮想空間内での役になり切るとしたら、容姿もそれ相応に変化するのではと思った。一目では誰も男の姿には見えない。紫を一瞥する。薄暗いが微妙に若返っているように見えた。何となく背も縮んでいる。何歳を選んだのはとても気になったが、それを聞くのは良心が咎めた。
「年齢は空欄にしていても、10~29歳の間で自動的に決まりますよ、結構重要な要素ですからね。そして皆さんの中に男は……」
「あ、あのー僕だけですか? 男を選んだのは? 名前はリグル、男の12歳なんですけど……」
 ずっと黙っていたリグルが声をあげた。
「えっ? お前男選んだのか? だって全然見た目変わってないぜ? ん? いや、ちょっと骨っぽくなったような……。でも、あ、……おいアソコも男になってるのか? な、リグル? 私だけに教えろよ? 友達だろ? それに僕って……、元は女の癖に……。そうか、そうだったのか……」
「ぼ、僕が男を選んでも別にいいじゃないですか? 12歳の男の子が私とか変ですから、僕は役になり切って……ちょっと、やめてください魔理沙さん、どこ触ってるんですか? いや、いや!」
 魔理沙はリグルに必死に干渉しようとするが、テキストから大きくはずれたことは意味が無いようである。二人の様子をアリスが今にも人を殺しそうな目で見つめている。幸いにもその選択肢は存在しない。
「何だこれ? スカスカして何もできないのと同じだぜ。あーあ、こんなことなら私も男を選ぶべきだったかなぁ……」
「残念ですが初期設定は変えられませんので、そのままの進行でお願いします」
 キスメの言葉に残念そうにする魔理沙。まぁ男になりたい気持ちも、少しは共感出来ると霊夢は思った。
「キスメさーん。ちょっといいかしら?」
「はい今すぐに!」 
「私の年齢を知りたいのだけど、時間が無くて書き込めなかったの。どうすればいいかしら?」
 幽々子がキスメを呼びつけて聞いた。
「えー、まずメニューを開いてですね、その人形のマークを押せば情報が出ますよ。えーと、名前ユユコ、性別女、年齢25歳です」
「きゃっ、やった! 私ピチピチじゃないの。きゃっきゃっ」
 幽々子は少女のようにひらりとダンスと振舞った。幽霊の年齢感覚は理解しようもないが、喜んでいるのならそれはそれで喜ばしい。
「ねぇー、妖夢は何歳にしたのー? どうせなら男にすればよかったのにー。あら妖夢、心なしか背が伸びたような……」
「全然伸びてないですよ! 気のせいです気のせい!」
 ループする景色を眺めながら霊夢は黙々とテキストを進める。ふとメニュー画面を開いて自分の年齢を確認する。レイム女16歳。なんとも微妙な年齢に感じた。まぁこんなゲームに年齢は関係ないだろうと、霊夢はあても無く選択肢を突き進んだ。






 実際には歩いていない電脳空間の中で、霊夢は歩き疲れてやっとのことで地底の大広間へとたどり着いた。
「おー広いわね、ここ。お疲れさん霊夢」
「お疲れだぜ霊夢」
「霊夢さんお疲れ様です」
 仲間達がねぎらいの声をかけるが、汗だくの霊夢には大して響かない。
「イベントマップに出ましたね。このような区画された部屋の中では、アドベンチャー要素も取り入れております。霊夢さん、試しにそこの壁を触ってみてください」
 ぴょこぴょことキスメが跳ねる。霊夢は言われた通りに湿った壁を触る。
「これは――」
 中空に壁の質感を表すテキストが表示される。
「わかりましたか? こうやって空間の物体を触ることで、新たな情報を得たり、重要なアイテムを手に入れることが出来ます。これにより、新たな選択肢が増えたり展開が変わったりするので、どんな些細なことも見逃してはならないのです」
「もしかして虱潰しに探すしか無いってこと? やってらんないわよ。あーあ誰かさんリーダー変わってくれないかなー」
 霊夢はそれとなく紫を横目で見る。
「まぁまぁ霊夢。まだ序盤だし、重要な情報ならすぐわかる場所にあるはずよ。もし先へ進んで意地悪な隠し場所があったとしても、大抵は以前にヒントで示されているものよ。もう少し続けて御覧なさいよ。時間はたっぷりあるし、ゲームなんだから気楽にいきましょう」
「そ、そうね紫……」
 少し若返って綺麗に見える紫の言で、霊夢はなるほどと思った。確かにゲームを楽しめばよい。クリアできるかどうかは別にして。
「選択肢は三つ、とりあえず直進してみようかしら……」
 霊夢は直進が好きだった。迷ったらとりあえず目の前の敵を叩き潰すのが巫女の仕事だ。直進に伴いテキストは不気味さを増していく。暗い闇の底に、力無き人間が飲み込まれていく雰囲気が伝わってくる。
「グルルルルル……」
「んん? 何?」
 人間では無い、どこか肉食獣に似た唸り声。
「初のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)ですね。プレイヤーが操作出来ないキャラのことを言います。これは地底の入り口に住み、迷い込んだ人間を喰らう凶悪な土蜘蛛の妖怪です。さぁ霊夢さん、選択肢を選んでください。仲間の命運は霊夢さんが握っています」

 ・戦う
 ・様子を見る
 ・逃げる

 選択肢は三つ。迷わず霊夢は戦うを選んだ。妖怪退治は巫女の十八番、こんな妖怪一匹ごときに遅れをとるはずが無い。
「え……霊夢、いきなり戦うってあなた……」
 紫が叫んだが選択はもう定まっている。時は既に遅かった。巨大な土蜘蛛の強靭な手足が、人間達を八つ裂きにしていく。逃げようとした者も素早い動きで逃げ道を塞がれ、粘着質の糸に絡め取られて、めでたく蜘蛛のエサになってしまった。
 血が噴出し体をバラバラにされるイメージの中、暗転し、上空に浮ぶBADENDの文字。霊夢達は始めての経験をしたのだった。





「うわぁ!」
「あ、霊夢が起きたぜ。私達を絶望に導いた張本人が、ひひひっ」
 魔理沙がおどけた調子で言った。
「あ、あれ……? 私は蜘蛛に食べられて……」
「だからこれはゲームなのよ。BADENDを繰り返して物語を進めていくノベルゲーム。あなたの選択は間違っていて、即刻皆殺しのBADENDってわけ」
 霊夢はようやく合点がいった。そうか、このように繰り返してゲームを進めていくのか。しかし、あんな蜘蛛ぐらいで私が――。
「で、でもおかしいわよ。あんな蜘蛛の妖怪ぐらい。私と紫がいるのよ。それなのに全員死亡だなんて……」
「馬鹿ね霊夢。私達は全員何の能力も無い人間よ。郷に入っては郷に従え。ふふふあんなに慌てて、霊夢ったらおちゃめだわね」
 紫はくすくすと笑った。霊夢はやっとのことで状況を理解した。未だにここで幻想郷の巫女の力が通じると思い込んでいたのだ。自分はただの人間の少女。凶悪な妖怪に蹂躙されるだけの存在。こんなことならば、職業、妖怪退治専門の巫女とでも書いていればと後悔した。
「今のでEND残数680回です。大体の流れはおわかりでしょうか? 一度選んだことのある選択肢は赤く表示される親切設計です。メニュー画面で本のアイコンを押してみましょうか? 今まで通った軌跡が一覧に表示されていますね? 一度通ったページは何度でも読み返すことができます。早送り巻き戻しも思いのままです。先に進んで情報を得たりすれば、過去の何も無いページにも選択肢が出現したりすることがあります。基本は地道な作業が大事ですね」
 桶に嵌った少女が整然と説明する。
「えー皆様、メニュー画面から、オーブンレンジのつまみのようなアイコンをお探しください。押しましたか? そこで音量、画面設定等調整できますので、お使いのPCに合わせてカスマタイズお願いします。一番下――このゲームから体感の強度も調整できます。ご自由に調整してくださいませ」
 霊夢達は各自つまみのアイコンを探して画面を開いた。視覚効果など耳慣れない言葉が並ぶ。
「おい、この苦痛と快感ってのはどうなってるんだぜ?」
「それは別売りのちれいでん!専用の機器を装着した場合のみ適用されます。お客様七名は全員VIP会員、更に現在全身対応型マシーンを装着しておりますので、苦痛は50%~200%、快感の方は50%~300%まで調整できます。今の状態は初期設定の100%でございます。どうか規約にもありますように、節度と責任を持ってくださるようお願いします。特に快感の取り扱いには細心の注意をはらってくださいね」
 キスメは桶の中でニコニコと説明した。
「紫? 規約とかよくわからないわ? 本当に大丈夫なのこのゲーム?」
「うーん、たぶんなんとか……なるんじゃない? つまりは100%より下ならばゲームから受ける衝撃は減る。逆に物足りなければつまみを逆に捻ればいい。簡単でしょ? 何百回もBADENDの可能性があるんだから、それなりに調整できなきゃ身が持たないだろうしね」
「そっか紫。よーし私は苦痛150%から始めるか。あれぐらいじゃ物足りないぜ!」
 意気込む魔理沙の横で、霊夢はつまみの苦痛目盛りを70%に調整した。あんな気持ちの悪い妖怪に、何度も喰われるのは精神的に参ってしまう。快感の目盛りはそのままにしておいた。妖怪だらけの根城で、一体どんな気持ちよくなることがあるのか、霊夢には想像つかなかった。
「僕は怖いから50%でいいや……」
 すっかり僕っ子が定着したリグルがつまみをいじる。
「全然怖くなかったわねー。妖夢、私達は200%全開でいくわよ!」
「嫌です。幽々子様に付き合っていたら身が持ちませんので」
「えー、妖夢のいけずぅ……」
「いつの時代の言葉ですか! そんな目で見ても無駄ですからね」
 夫婦漫才をしているかのような二人の後ろで、アリスは無表情でつまみを握っていた。





 気を取り直して霊夢達は分岐点からページを読み込む。選択肢、様子を見る、逃げるを選んでも直ぐに霊夢達は全滅してしまった。
「これはまともに立ち向かっても意味は無いわ。こんな序盤に、複数回ENDで別の選択肢が出るとは思えない。前のページから読み進めるのよ」
 紫の忠言は当たっていた。アドベンチャー要素のある大きな部屋で、底が見えないほどの大穴を見つけたのだ。
「おそらくこの大穴の情報があればあの蜘蛛を退けることが出来るわ。霊夢、すぐに分岐点に戻りましょう」
 ページを捲ると一瞬で周りの映像が暗転する。目の前には巨大な土蜘蛛。逃げるを選択すると、以前とは違うテキストが呼び出された。必死で散り散りなり逃げ惑う人間達。霊夢が石を投げて蜘蛛の注意を引き付けて、大穴へと誘導する。崖の淵へと追い詰められる霊夢。蜘蛛が巨体を震わせて突進してくる。霊夢はすんでのところでひょいと身をかわし、蜘蛛は奈落の底へと消えていったのである。

「やったわねー霊夢。とりあえず第一関門突破よ」
「いやーかっこよかったぜ霊夢。惚れちまうかと思った」
「霊夢さん、あの足の運びよう、只者ではありませんでした。今度お手合わせ願いたいです!」
 仲間からの賞賛の声。ゲームの中とはいえ霊夢はいい気分になってしまった。
「な、なによみんなして、私は何もしてないわよ。ただテキスト通りに動かされただけで」
 そう、動かされただけ――。やはり自分達は、ゲームの中で決められた役割を演じているに過ぎないのだ。膨大なテキストの山が支配するこのちれいでん!の世界。わずかに選択肢という、意思の介在する余地があったとしても、定められた運命の前には完全に埋没してしまう。
「END残数は今664回ね。さぁこの調子でガンガン行くわよ!」
 霊夢は自分に気合を入れて勢いよく腕を振り上げた。魔理沙と妖夢がそれに続く。
「あらあらー、若いって素敵ねー。怖いもの知らずで……」
「あなただって十分若いじゃない。ね、紫? 何歳にしたのか教えなさいよ?」
「ふふーん、知りたい? 幽々子? どーしよっかなぁ……。ううん、やっぱやめーたっと」
「ええー、もう、紫まで私に意地悪するのね……」
 幽々子はしおしおと泣く。幽霊が文字列に変換されると電脳世界ではどうなるのか? それは永遠の謎である。




 大蜘蛛を倒しても深い洞穴は更に続いている。霊夢は選択肢も適当に、途中で落盤にあったり鉄砲水に流されたりと、理不尽な全滅を繰り返しながらも、下へ下へと順調に降りていった。
「あ、あのキスメさんちょっといいですか?」
 リグルが手をあげる。
「はーい何ですか? 質問なら何でもどうぞ」
「ちょっとこのゲームは僕にとってはきつすぎるんですけど……。その……グロテスク過ぎて……」
 リグルの顔は青ざめている。苦痛目盛りを50%にしたはずだが、まだ怖いのだろうか。
「残念ですけど、あれがPhantasmの標準レベルですから、この先ずっとエログロホラー表現が続きますね。いやあの蜘蛛はまだ序の口なのですよ。この先にはもっと酷い……、おっとこれ以上は企業秘密ですね。Normalレベルならあの蜘蛛も、可愛い女の子の容姿で、戦闘もマイルドな表現になります。まぁ今回はしかたないと思って、次回をお楽しみください」
「はぁーどうせやるなら僕はそっちがよかったなぁ……」
 リグルは下を向いて肩を落す。
「何だリグル? もう怖気ついたのか? 妖怪のくせに」
「魔理沙さん、僕は肉食じゃないんですよ。綺麗な水と草を好むんです。あんな野蛮な真似をする妖怪と一緒にしないでください」
「そうかそうか、悪かったな、へへへ……」
 男のリグルにも魔理沙は直ぐに慣れたようだ。意気投合して肩まで組んでいる。 





 川のせせらぎの音、地底にも水の湧き出る源泉は存在するのだ。またしても迷路のような道筋。霊夢は同じ過ちを犯す女ではない。岩や小川の情景がその場面ごとに違う。霊夢はその違いを敏感に感じ取り、正規のルートを探し当てた。
 広大な流域面積に悠然とかけられている大きな橋。その橋の真ん中には般若のような顔をした女が立っていた。振り乱した金髪に黒く濁った緑目の妖怪――。親切にも頭の上にパルスィと表示がある。NPCには違いないのだろうが、いきなり死亡ENDなどはごめんだと霊夢は思った。
「やっと到着か。霊夢、さっさと話かけてみようぜ」
 魔理沙に言われるまでも無く、霊夢は選択肢を選んでいた。

 パルスィは思いのほか難敵だった。牙をむいて襲ってくる様子も無いが、情報を引き出そうとしても、何か会話の要領が得ない。そしてのらりくらりと会話している内に、アリスの様子がおかしくなったのだ。我を忘れて狂乱し、隠し持っていた小刀で仲間を次々と殺していく。パルスィはそれを見てにやにやと笑っているだけ。
 まず隣にいた幽々子が殺され、妖夢、紫と抵抗するまでもなく殺される。何か魔性の物の怪に取り付かれて、人間では無い力に操られているといったテキスト。霊夢、リグルとその矛先は順番に向けられる。リグルの殺し方は明らかに手が込み入っていた。他の仲間達のように頚動脈をかっ切って、一撃で楽にするようなことはしない。手の指を一本一本切り取り、同様に足の指も切り取る。そして全身を滅多刺しにしながらいたぶり殺すのだ。
 最後には腰が抜けて動けない魔理沙の胸に小刀を何度も突き刺し、高笑いしながらアリスの自刃で最後を遂げた。
「やっばいわね……。何これ? 次から苦痛50%にするわ……。大丈夫? リグル? 魔理沙?」
 リグルはがたがたと震えていた。50%にしたとは言っても視覚的な効果が大きいのだろう。手足の指を何度も触っている。
「おいおい、いくら何でも冗談きついぜ……。アリスが私達を皆殺しだなんて……。なぁアリス? お前も不愉快だろこんな展開? いくらゲームの中とは言え……」
 確か魔理沙は苦痛150%にしたはずだった。友人のアリスが目の前で狂い、リグルの指を切断しながら無残に殺す。そんな光景を見せられて平静でいられるはずが無いのだ。
 仲間達を血祭りにあげたアリスはどうだろうと、霊夢は表情を窺った。怯えている様子は無い、いやむしろ――笑っている? まさかと思い首を振ってもう一度アリスを見る。今度は眉をひそめて悲しそうな表情をしていた。そうだそんなことがあるわけないと、霊夢は邪な考えを頭から取り払った。
「アリス……、大丈夫? 酷いゲームだわ。あなたがみんなを殺すなんてあるわけないし……」
「ええ、ありがとう霊夢。私は大丈夫よ。ただのゲームだもの、こんなの本気にするわけ無いわ」
 アリスはぽつりと答える。やはり悲しげな表情。
「いやーみなさん意気消沈してますね。これでは先が思いやられますよ。パルスィは言わば洗礼の意味も兼ねています。軽い気持ちでPhantasmに足を踏み入れた冒険者達の出鼻を挫く役割なのです。この先にはもっと酷い殺し方もあります。これぐらいで心が折れるようでは……」
 キスメはふーと息をつく。
「皆さんしかたないですね。ネタばれになってしまいますがいいでしょう。パルスィは他人の嫉妬心を操る妖怪です。参加者の中の誰か一人をターゲットにして、恐ろしい嫉妬の感情で支配します。彼女はのらりくらりとして、会話を引き伸ばそうとしますが、それに乗ってはいけません。必ず短期決戦で終わる選択肢を選ぶのが定石です」
 霊夢はキスメの話を心に留めた。そうか、何か情報を聞き出そうとして、長居し過ぎてしまったのだ。次からは直ぐに話が終わるような選択肢を心がけようと思った。
「そういやあんた達は平気なの?」
 ふと思い出して、ケロッとした表情で立っている紫と幽々子に声をかけた。
「え、何が? ゲームだって分かりきっているのにねぇ。それに女の嫉妬ってとっても根深いものよ。何が起こってもおかしくないわよ。中々よく考えられたいいシナリオね」
「私は一突きされただけだから、あっと言う間だったわ。200%と言っても大したことないわねー」
 長く生き過ぎた妖怪や幽霊は感覚が違うのだろうか。紫の言うとおりこれは仮想空間のゲームだ。いや、それにしてもこれは悪趣味過ぎる。しかも何度もこれに似たBADENDを強制されるのだ。
 100%よりも若干下げただけの70%でも霊夢の精神はぐらぐらと揺れていた。幽々子の後ろに隠れるようにして立つ妖夢を見る。話合いの末苦痛の目盛りは何%に決まったのだろうか。膝ががくがくと震えて視線を足元に下ろしていた。







 霊夢は再びパルスィと相対する。会話を早く終わらせるような選択肢を選ばなければならない。失敗すればまたBADENDまっしぐらなのだ。
「頼むぞ霊夢ー。もう勘弁して欲しいぜ」
 魔理沙が無意識のうちにプレッシャーをかけた。
 慎重にテキストを読み進める。最初の分岐さっきはここで一番上の選択肢を選んだ。一回通過した証明として、文字が赤く染まっている。霊夢は一番下の無難そうな答えを選ぶ。
「霊夢? あんま気を入れすぎなくてもいいのよ?」
 紫が心配して声をかけるが霊夢の耳には入らない。それほど真剣にテキストを読んでいた。文章から滲み出るパルスィの醜い裏の欲望。ドス黒い人間の負の部分を、一箇所にかき集めたかようなキャラ設定。幻想郷ならちっぽけな存在であるはずの、底辺の妖怪なんかに負けるもんですかと、霊夢は神経を研ぎ澄ませて会話を進めていく。
 霊夢は出来るだけ堂々した態度をとった。この妬み妖怪のつけこむ部分は人間の弱さだ。それを見せないように振舞えば妖怪の方からおのずと逃げていくであろう。

 ――あなた達人間がこの地底から抜け出せると思うの?

 ・きっと抜け出せるわ
 ・わからない
 ・無理だ、怖い

 パルスィの質問。おそらく最後の選択だろう。霊夢は迷うこと無く一番上を選んだ。
 永遠とも思えるような沈黙の後、テキストがつらつらと流れてパルスィが道を開けた。霊夢はほっとして肩で息をつく。
「チッ!」
 誰かの舌打ちする音。霊夢は音がした方を振り向く。アリスと紫、そしてやや離れて幽々子と妖夢。
「いやー霊夢、さすが博麗の巫女だぜ。お前かっこいいなぁ。見直したぜ」
「助かりました霊夢さん。僕はまたアリスさんにめった刺しされる運命だとばかり……」
 仲間に感謝の抱擁を受ける。霊夢はこの空気に水を差したくないと思い、誰が舌打ちをしたかは聞くまいとした。






 特に目立った分岐も無く、霊夢達一行は、天井が広い旧都と呼ばれる場所まで到達した。歩いているのが人間であれば、江戸時代の家屋と言っても差し支えないほどの町並が連なっている。どことなく懐かしい雰囲気に、霊夢は安堵の息を漏らした。
「はーいみなさんお久しぶりでも無いですが、キスメでございまーす。この度は旧都へとご到達、おめでとうございます。舞台はここから謎が謎を呼ぶ、血生臭い地霊殿へと移っていきます。この旧都には物語の核心に近づく、重要な情報が目白押しです。ぜひぜひストーリーを楽しむために探索は念入りにお願いしたいと思います。ではでは」
 キスメは空間からぽこんと出てひゅいと消えた。
「何かがらりと雰囲気が変わったわね。まるで地底じゃないみたい……」
「霊夢、町があったらさっそく情報収集よ」
 紫に言われて、感動する間も無く虚構世界の現実に引き戻された。リーダーである霊夢は感傷に浸るまでも無く、情報収集と言う名の義務を課せられているのだ。

 ・旧都を抜けた先には地霊殿がある
 ・旧都の大門には鬼が住んでいる
 ・鬼は嘘つきが嫌い
 ・地霊殿には心を読む妖怪、古明地さとりが住んでいる
 ・地霊殿には数々のペットがいる
 ・ペットの化け猫は死体が好き
 ・古明地さとりには妹がいる
 ・ムラサ船長は聖輦船と共に地霊殿に幽閉されている
 ・地霊殿の地下には過去に閉じた間欠泉がある
 ・覚に出会ったのなら逃げるが得策
 ・血塗られた扉の奥は決して覗いてはいけない

「だいぶ情報が集まったわね」
 霊夢は旧都の端から端まで、通りすがりの妖怪NPCに話を聞いて回った。この情報収集で、このゲームの世界感が浮き彫りになってくる。
 どうやら旅の目的地は地霊殿で、そこには奇妙なペットを従えた、心を読む覚妖怪の、古明地さとりがいること。そしてムラサ船長と聖輦船の存在。どうやら地底脱出にはこの人物がキーになると思われた。
「お疲れさん霊夢。それにしてもこのさとりって奴は嫌われているな。どいつに聞いてもさとりの悪口ばっかり言っていたぜ」
 魔理沙が口を開く。他人の心を読むさとりとは如何なる人物なのか。
 いくらNPCとはいえ、旧都の妖怪は人間に肝要過ぎた。地底を統べるであろうさとりの情報を、こうもべらべらと喋っていいものだろうか。
「なぁこの鬼って萃香の仲間か? だとしたら、そいつに頼んで地底から出してくれればいいのにな」
「そう簡単にはいかないでしょう。霊夢、この町はもうこの辺でいいでしょう。あの高くそびえる大門の、鬼の大将さんに挨拶でもしに行きましょう」
 紫は右手を上げて巨大な門を指差す。まるで地獄の釜の底を守るような、厳しい形状の赤黒く塗られた門。もしこの先が地獄ならば、入り口に佇む鬼は門番か、それとも罪人を罰する獄卒鬼か。どちらにしろ霊夢達は前に進むしかない。仮想空間という閉じられた世界――ある意味精神の地獄から抜け出す、一本の蜘蛛の糸を探すためには。

 鬼は星熊勇儀と名乗った。鬼というからには、霊夢は金棒を担いだ、醜悪な獣じみた容貌を予想していたが、それは間違いだとわかった。黄金色に輝く頭髪に、額からは一本の鋭い角、手には盃を持ち酒を美味しそうに飲んでいる。何のことはない、幻想郷にてよく知る伊吹萃香と大して変わりはないのだ。真正直で気さくな性格。霊夢はすんなりと自然に会話を進めることが出来た。
「何だか優しそうな方ですね」
「まだわからないわよー。見なさいあの腕の筋肉。貧弱な妖夢の細腕なんて、千切られて食べられちゃうわよ」
 白玉組が話し込んでいる。テキストの流れはしだいに質問形式へと変わった。霊夢の仲間のことへの質問。おそらく、最初に質問された内容を聞かれているのだろうが、ほぼ全員、入力が苦手で空欄が多かったはず。名前とか性別のことしか聞かれない。霊夢は次々に繰り出される質問の数々に嫌気が差し、半ば適当にボタンを押した。
 二十以上の質問を回答した直後であろうか、急に勇儀の態度が一変する。鼻息を荒くして盃を放り投げ、霊夢達の頭をつかんで赤子のように縊り殺した。強靭な鬼の腕で蹂躙された人間達は、悲鳴一つ発する余裕も無く、惨たらしい屍をその場に埋めた。




「あれぇ? 何であの鬼怒ったのかしら?」
 霊夢達は旧都の門前に座って反省会をする。死亡ENDはこれまで数回あり、ほどんどが苦痛50%に固定しているので、若干慣れた様子もあり、いくらか心境は穏やかであった。ただしリグルだけは未だ慣れないのか、内股で涙目になりながら震えている。
「霊夢、せっかく聞いた情報覚えてないでしょう? 鬼さんは嘘つきが大嫌いなのよ」
「あ……、でも私一応テキストは横目で確認しているし……。何か間違った応答したっけ?」
 紫ははぁとため息をついて、憂いに満ちた表情で髪を触った。
「リグルは男の子よ。何も考えずに女、女、女って連打してたわね。それに……それに私は霊夢より年下よ。このゲームではか弱い十台の薄倖の美少女。みんな、私を守ってね?」
 張り詰めた空気に伴う長い沈黙。
「…………あ、そう。よく覚えておくわ」
 霊夢が何とか声を振り絞った。
「お腹空いたわー早く早くご飯が出るとこ行きましょーよ」
 緊張感の無い幽々子が声をあげる。ここでなければ絶対腹の虫が鳴っていることだろう。

 
 
 勇儀にリベンジ。今度は間違いないように慎重に選択肢を選ぶ。長い長い質問責め。テキストを追う目も疲れてくる。

 ――アリスの恋人は誰だ?

 ・レイム
 ・リグル
 ・マリサ

 初めての質問だった。こればかりはアリスに聞いてみないとわからない。
「――マリサよ。霊夢」
 アリスは蚊の鳴くような声で言った。魔理沙は飽きてリグルにちょっかいを出していて、テキストの方は見ていない。
「あ、ありがとう……アリス」
 霊夢はマリサの文字の脇の黒ボタンを素早く押した。アリスからの無言の圧力が怖かったのだ。アリスはパルスィ地点を過ぎてからは、まるで存在感が感じられなかった。凍てつくような視線を背中に受けて、霊夢はここが虚構の世界であることを、一瞬忘れてしまいそうになるのである。
 質問が終わると、勇儀は古明地さとりの人柄について話した。非常に残忍な性格で、他人の心の弱みにつけこむことを生きがいとしている。人間が関われば碌なことにならない等。
 霊夢は他にも色々聞きたかったが、テキストはぶつ切りに終了して、前方の深い闇へと言霊となり溶け込んでいった。
 




 無事に旧都の大門を抜けると、特に分岐も無く、目的地の地霊殿にすぐに到着した。
 古びた洋館と言うのがふさわしい。白塗りの壁に、整然と配置された青い窓枠。ここが妖怪達の住む地霊殿なのだろう。果たして人間達が、凶悪な妖怪達が跋扈する危険地域を、無傷で潜り抜けることが出来るのか。
「霊夢? 今のEND残数はいくつ?」
 紫が聞いてくる。そういえばゲームに夢中になって確認するのを忘れていた。紫自身のメニュー画面を見ればいいと思いつつも、霊夢はそれを確認した。残り猶予は635回。
 既に一時間は過ぎたのだろうか。時の進みがよくわからない。少なくとも20回は死んだような記憶があった。20回死んだと軽く言うのが不思議に感じた。例えゲーム内でもあっても死は死だ。あっけなく死にすぎて、死の概念を軽んじているような錯覚に、霊夢はふと捉われてしまうのだ。
 霊夢は仲間達の表情を見る。全員神妙な面持ちで、シンプルでありながらも、異様な不気味さを醸し出すこの洋館を、固唾を呑みながら見守っている。人間が決して踏み入れてはならない禁制の地か聖域か。そのプレッシャーに全員が同調して圧倒されていた。
 そんな沈黙を打ち破るように、場違いな桶が天井からストンと着地した。
「皆様! 地霊殿への到着、誠におめでとうございます。ちれいでん!の本分はこれ以降にあります。今までは言わば、ゲームの雰囲気に慣れていただくための余興であります。これから皆様が紡いでいく一つの物語は、いつまでも深く心に残ることをお祈りしております。それでは勇気を持ってその扉をお開けください!」
 キスメはそれだけ言ってポンと消滅したが、また三秒も経たないうちに現れた。
「言い忘れてましたが、初心者TIPSはここまでございます。何か御用があれば、メニュー画面の桶のアイコンを押してもらえれば、直ぐに駆けつけますので。ではではー!」
 今度こそキスメは消滅した。霊夢は仲間に促されるように、そっと荘厳な扉に手を伸ばした。
「何だかドキドキするわねー。こんなに胸が高鳴るのは死んでから何年ぶりかしら?」
 幽々子が恐ろしげなことを陽気に言った。ギィと扉がきしみ、霊夢の後に続いて全員が地霊殿の中へと踊りこんだ。

「ここは……」
 誰ともなくつぶやく。室内は赤茶けた煉瓦作りの壁、ちょうど正面には赤々と燃える火が暖炉に灯っている。不気味な肖像画に山羊やライオンを模した剥製。人が住んでいるであろう生活感が漂う室内。ただその住人が霊夢達と同じ人間であるとは限らないのだが。
 左右の壁面には二つの扉。霊夢が一歩踏み出そうとした刹那、部屋中に広がる白い光。
「なっ何よこれっ!」
 目がくらくらする。次に目を開けた時、この部屋の中には霊夢の存在以外は消えていた。テキストには不思議な魔力により、人間達は別々の場所に飛ばされてしまったとのこと。
 霊夢は呆然とする。ここからは一人でページを捲らなくてはならないのだ――。
「ああなんという急展開! 古明地さとりの魔力かそれとも夢か幻か? 人間達の運命や如何に?」
 キスメが勝手に出てきて騒いでいる。霊夢はこの桶少女を初めて殴りたいと思った。
 テキストの終点には二つの選択肢。右の扉か左の扉か。仲間を失った孤独に、腕が中々上がらなかった。




 何の前触れも無しに一人になった霊夢。居間のソファーに座りぼんやりとくつろぐ。何をすればいいか決めかねないまま時間だけがひた過ぎる。
「ん……、ここは神社じゃないんだから、いつまでものんびりしてはいられないわね」
 まずは情報をと思い、メニュー画面を開く。本のアイコン、指触ると今までの進行の軌跡が、日記のように空中に描き出される。
「あれ……?」
 霊夢はページの一枚に手を置くが何も反応が無い。
「一度地霊殿に入ったら、旧都以前のページには戻れませんよ」
 キスメがまた急に出現して言った。出たり消えたりせわしないと霊夢は思った。
「ああそうなの。じゃあ前に進むしかないのねー」
「ええその通りでございます。ただし旧都までの情報は、全てメモ帳のアイコンに保存されておりますので、どうぞ有効にご利用くださいね。これ以降の個人行動ではEND残数は共有になります。一人がENDし過ぎると全員に迷惑がかかってしまうので、抑えなくてはなりません」
「ふぅんわかったわ。ちょっと聞きたいんだけど、あんたがいきなり喋るとびっくりするからどうにかならないかしら?」
「んー、それなら、常時キスメモードにしますか? 常に私がお側にいてサポートします。ヒントレベルは小中大とありますがどうしますか? 現在は中となっておりますが……」
 霊夢は一人になったので少し不安だった。こんなゲームも初めてだし、キスメにサポートされた方がいいと考えた。
「それじゃ中でお願いするわ。あんましヒント出されても面白くないだろうし」
「はい、かしこまりましたー。キスメモード全開ONでございます。あ、簡易設定として、探索オブジェクトの視認はどうしますか?」
「ん? どういうこと?」
「ベッドや戸棚などの、探索可能のオブジェクトが赤い線で囲まれて見えます。これにより、探索によるロスを最小限に抑えられます」
 なるほど、そういう機能もあるのか。しかし全部最初から見えているというのも味気無い。何よりゲームが作業的になってしまう。まずは最初はゲームを楽しむことを考えて、この機能は封印でいこうと思った。
「それはそのままでいいわ。ありがとう」
「はい、それでは霊夢さん頑張ってくださいー」
 キスメぴょんと飛び跳ねて霊夢の肩ごしに空中浮遊する。こうして見ると中々可愛いかなと霊夢は感じた。
 眼前には二つの扉がある。霊夢は意を決して右の扉に手をかけた。






 眠い眼をこする。睡眠不足なのか頭がぐらぐらした。八雲紫は霊夢達と共に地霊殿の入り口へ侵入し、謎の魔力により、館のどこかへ飛ばされていた。
「ふぁーあ。ゲームの中でも眠いわぁ……。さて、ぼちぼち進めていこうかしらねー」
 どうやら地霊殿の一室らしい。煉瓦造りの壁、タンスや戸棚があり、雑多な家具が所狭しと置かれている。その中の一つ、とても柔らかそうなベッドに紫の興味はひかれていた。
「えーと……、この世界ではもう四時間以上経っているのよねー。もし夜だったとしたら寝なくちゃいけないわ。眠い眠い、とっても眠いわ……」
 瞼がくっつきそうになるほどの眠気。そして目の前にはふかふかのベッド。
「少し休んでから考えましょうか。寝る子は育つっていうしね」
 紫は何の疑いもなくそのベッドに潜りこむ。数秒でありえないほどの睡魔に襲われ、心地よい夢の世界へと誘われる。
「うん……むにゃ……霊夢……」
 少女の安らかな寝顔で紫の意識は沈んだ。深い深い一度沈んでは、再び浮上するのが難しい底の無い泥沼。紫は仮想空間であることも忘れて、一心不乱に眠りを享受した。


 名前 ユカリ  性別 女  年齢 10歳  血液型 スキマ
 職業 お姫様  趣味 寝ること  特技 スキマ、寝ること
 恋人 王子様  友人 レイム、ユユコ






「ふぁーびっくりしたわね。成仏するかと思ったわ。あんな白い光……」
 西行寺幽々子も一瞬で異次元を通り、見知らぬ部屋へとテレポートされていた。
「さてさて、探索探索と、紫や妖夢に負けてらんないわー」
 幽々子の苦痛耐性は思いのほか高い。何故であるかと聞かれれば幽霊であるからとしか言いようがない。とにかく幽々子はゲームを楽しもうといち早く部屋の捜索を始めた。
 ベッドの下、絨毯の裏、テーブルの灰皿、花瓶など至る所を入念に調べていく。
「ドラマや怪奇小説なんかだと……、よく絵の裏側なんかに……」
 幽々子は壁に貼り付けられた絵をがくがくしてはずす。老夫婦と幼い姉妹が描かれた油絵。四人共幽霊のように肌が白く塗られている。幽々子は絵の内容にはさして興味なく、ポイとテーブルに投げ捨てた。
「あったわー。絵の裏側にスイッチ。こんなんで私を騙せると思ったのかしら? お宝は私のものよー」
 早くもゲームの趣旨を取り違えた幽々子が、勢いづいてスイッチを押す。
 何も起らない。いや、部屋の中が緑色の空気で充満している。
「えっ、えっ、えっ? お宝は? 私のお宝は?」
 部屋の酸素が薄くなり猛毒が幽々子の肺を侵す。必死で息をつきながら幽々子は部屋の扉を叩いた。
「苦しいー。苦しいー。誰か、誰かー」
 入り口の扉は罠スイッチにより固くロックされていた。逃げ場はどこにも無い。
「あぶ、あぶ、死ぬ、死ぬ死ぬ……。おぼぉ……」
 奇妙な最後のうめき声をあげながら、幽々子は窒息死した。BADENDの文字が脳天に煌く。
 

「さて、気を取り直していくわよ」
 幽々子は窒息死も意に介さず、積極的に部屋を調べた。次々と理不尽な罠が幽々子を襲う。突然床が抜け数メートル下の暗闇に転落して、腰の骨を折って獣に食べられたり、背後からの投げナイフで脳を貫かれて死んだりと。
 続けて5ENDほどしたところで、幽々子は本棚の奥に挟まった紙を見つけた。ピコーンと効果音が鳴り響き、地図と表示された紙が宙に舞う。それは二、三度回転した後、幽々子の右手首へと吸い込まれていった。
 メニュー画面を見て確認する。古ぼけた紙のアイコンが点灯している。なるほど、これはいい物を手に入れたと幽々子はほくそえむ。
「これでお宝は全部私のものねー、ふふふ」
 幽々子はにやりと笑いこの部屋を後にした。
 






 右手の扉は窓際の廊下に通じていた。霊夢は恐る恐るテキストに従いながら絨毯を踏みしめる。壁には血の染みと思われる、赤黒い汚れが何層にもわたって重なっている。壁も天井も気持ち悪かった。何故か全て人の顔のように見えてしまうのだ。何者かに常に監視されているような感覚に、霊夢は吐き気を催しそうになった。
 廊下をひた進む。霊夢の足は止まらない。
 ガチャンと後ろで窓が割れる音。霊夢は直ぐに後ろを振り向く。
「っ――――」
 異形の物体。言葉ではとても形容し難たかった。山羊と虎のような二つの頭部を持ち、尻尾からは何本もの蛇が蠢いている。胴体は毛むぐじゃらで何の動物かもわからない。手足も三本四本と、複数の獣が複雑に交じり合った形状で、神話のキメラと言うにふさわしかった。
「グオオオオォ!!」
 奇妙な化け物が鉤爪を光らせて飛び掛ってくる。逃げる選択肢も存在しない。このルートはBADENDと諦めて目をつぶった。しかし何も起らない。そして耳に届く優しい声。
「大丈夫かい? おや、君は人間か。なんとまぁこんな物騒な所へ」
 化け物がべたっと横たわっていた。見ると、ネズミによく似た風貌をしている少女が、直角に曲がった棒を携えて立っている。
「私はナズーリン。通りすがりの親切な妖怪と認識してくれて構わない。ところで何故君はここに?」
 どうやらネズミの妖怪らしい。あの変てこに曲がった棒で、化け物を強打して倒したのか、このナズーリンは見かけによらず怪力なのだなと思った。
 黙ってテキストの推移を見守って、選択肢を待とうとするが、文章の流れが止まっている。霊夢は不具合が起きたのではと思い、黒いボタンを押そうとした。
「待ってください。この方は友好的なNPCです。地霊殿から先では、よりノベル世界との一体感を高めるために、現実のような会話形式で進めることが出来ます。普通に話せば、それに応答してNPCが答え、テキストもそれに合わせて流れます。といっても場違いな発言はスルーか拒否されます。この対話の成功如何によって、新たな情報を得たりアイテムがもらえる場合もありますので、NPCとの接触は非常に重要な要素となります」
 キスメがずらずらと言った。断っておくがキスメは霊夢の肩ごしにずっと存在する。無言でも消えたわけではない。
「ふーん。それは楽しそうな機能ね。私も自分の意思で進める方が楽だわ」
「何を言っているんだい?」
 ナズーリンが霊夢の発言に敏感に反応したようだ。
「あ……、えと、私はレイム、人間よ。仲間達と一緒にこの地底に落とされて……。ここから出る方法を探しているの」
「ほう、なんと! 鬼門でも開いたか。ここは人間の来る場所では無い。地獄の釜の底、かつて罪人や奴隷を辱めるための跡地なのさ。悪いことは言わない、ここからはすぐ逃げた方がいい」
「で、でも、仲間がみんなこの館の中にいるのよ? それを見捨てて一人だけ逃げられないわ」
 霊夢はゲーム中の一人物になった気分で言った。テキストも会話の後に的確に綴られていく。
「ふむ、それでは私の手伝いをしてもらおうかな。何、私がこの地霊殿に来たのも理由がある。我々の崇拝するとある人物の復活のため、ここに幽閉されているムラサ船長と、時空を越える船――聖輦船の浮上が必要なのだ。ムラサ船長は我々の尊い仲間、絶対に助け出さねばならない。彼女の操舵する聖輦船に乗れば、きっと君達の住む世界にも帰れるだろう。どうだい? 悪い話ではないだろう? 生憎私は色々と忙しくてね、おっちょこちょいのご主人のために奔走しなければならないんだよ」
 霊夢はナズーリンの話を聞いて、大体の目的がわかってきた。本筋はムラサ船長なる人物を助け出して、聖輦船を浮かび上がらせること。そういえば旧都の情報で間欠泉がどうのとあった。もしやそれが関係あるのだろうか。
「わかったわ。船長さんを助ければいいのね」
「うむ、聞き分けのいい人間で助かったよ。ムラサ船長は私の調べでは地下のどこかに閉じ込められている。聖輦船も同様にだ。聖輦船のパーツは長い間に地霊殿の各所に散らばっている。それを集めなければいけない。ああ忘れてはならないのが起動エネルギーだ。この地下の焼却炉には強大な力を持つ地獄烏が住んでいる。そのエネルギーが無ければ聖輦船は動かない。どうだい? もう一回言おうか?」
 重要なヒントを親切に言ってくれてるのだろう。冷静に見れば変な台詞だと霊夢は思ったが、きっちりと心の中に保存した。
「わかったわ。必ず私達はここから脱出すると誓うわ」
「そうか、それでは私が調査した地霊殿の地図を渡そう。これがあれば現在位置もわかるのだ」
 ナズーリンの頭上から古ぼけた紙が飛び出し霊夢の右手に収まる。
「ありがとうナズーリンさん」
「何か質問はあるか? レイム?」
 何かゲームに関係のあることを聞けばいいのだろうか。霊夢は少し遊び心が高じて、適当な質問をぶつけてみようと思った。
「ナズーリンさん、好きな食べ物は何?」
「……チーズだ」
「ご主人ってのは誰?」
「企業秘密だ」
「恋人はいるの?」
「君が知る必要なはい」
「その棒は?」
「これはダウジングロッドと言う。地面に埋まった物を見つけ出すのさ」
「……ちび」
「何か言ったか?」
 霊夢は色々と質問したが、物語とかけ離れたことは意味が無いとわかる。少しぐらいは本編のに関係することも聞こうと思った。
「それじゃ最後の質問になるけど、古明地さとりってのはどんな妖怪?」
 ナズーリンの口がへの字になって、三秒ほど溜めてからゆっくりと口を開いた。
「古明地さとりは地霊殿に住む女主人さ。何千匹ものペットを従えている。心を読む彼女に人間が出会ったなら――たちまち骨抜きにされて、腸から骨の髄まで全部しゃぶり尽くされてしまうだろうね。いいかい、彼女に出会うことは死を意味する。変な冒険心を出して女主人を刺激しないことだね。彼女は本当はひっそりと暮らしたいのさ。それからペット達にも気をつけるんだ。あいつら人間と見れば見境無しに噛み付いてくる。特にお燐には注意した方がいい。彼女は手癖が悪くてすぐに人間の死体に手をつけるからね。さてと、人間よ今言ったことを忘れないで欲しい。ではさらばだ!」
 ナズーリンは派手なエフェクトを残して闇の中に消えた。


「リーダー権限を持っていた霊夢さんには、物語の説明と、地図をくれるNPCナズーリンとの接触があります。どうでしたか? すんなり話に入り込めましたか?」
 キスメが言った。要は化け物達から逃げつつキーアイテムを集めればいいのだ。何やら古明地さとり某の薄気味悪いストーリーには、霊夢はさして興味をそそられなかった。
「うん。まぁね……」
「そうですか。それはよかったです。さっき手に入れた地図のアイテムがありますよね? それをメニュー画面で確認してみてください」
 メニューを出し、地図ような紙切れのアイコンを触る。空中に館の見取り図が一面に表示された。
「へぇこれは便利ね。ここは一階で……。このレイムって表示されて点滅しているのが私ね」
 入り口からすぐ東側の廊下に、霊夢のシンボルは存在していた。まだ通過していない場所は黒く塗りつぶされている。一階部分は東部、西部、北部と大雑把に分かれて、中央付近には中庭と思われる空間が空いていた。
「あれ? 西側にユユコって人型が点滅してるんだけどもしかして……」
「その通りです。この地図は全員共有です。地図を手に入れれば、現在位置の確認と、仲間に自分の存在を知らせることが出来ます。ただし、地図を見逃していれば、いつまでも路頭に迷うことになりますが……」
 霊夢は重なっている地図を捲ってみた。どうやら地霊殿には二階と地下室が存在しているらしい。霊夢は広い地図を隅から隅まで見回したが、ユユコとレイム以外に人型のシンボルは見当たらなかった。
「ってことは、他の五人はまだ地図を手に入れてないってわけね。もー早くしないさいよぉ」
「まぁそうは言っても最高難度ですので、巧妙に目隠しされている場合が多いですね。とにかく地図の取得の早さは攻略に即直結しますね」
「ふーん……。にしてもあのトロそうな幽々子が、一番先に地図を探し当てたなんて意外ねぇ」
「人は見かけでは判断出来ませんよ。それに、もう一つ重要なアイテムがあります。それは通信機です。霊夢さん、メニューの中に唇のアイコンがありますね。それを押せば通信機の機能を使えます」
 霊夢はキスメに言われて唇のアイコンを押す。霊夢も含めた仲間七人の名前が黒く影を落としている。
「通信機があれば離れた場所同士でも会話できます。攻略にはほぼ必須のアイテムです。低難度ならばほぼ最初の部屋で支給されるも同然なのですが……」
 メニュー画面の端を見てEND残数を確認する。もう599回だ。七人で共有なのだから必然的に減りの速度は七倍になる。今も館のどこかで仲間がENDしているかもしれないのだ。霊夢はこのゲームの難易度の高さに愕然とした。孤独は恐怖を増大させる。ふと得体の知れない恐怖に襲われブルッと身震いをした。






 アリス・マーガトロイドは霧雨魔理沙が好きである。魔理沙と一つになれるのであれば、どんな酷い下劣な手段でも厭わない。
 彼女の歪んだ心は、このゲームの自動フラグ生成プログラムに幸便に利用される。恋人の欄にまともに参加者の名前を書いたのはアリスだけ。アリスは快感設定の目盛りを200%にして、パルスィの前に立った。アリスは自動的に嫉妬支配のターゲットとなる。アリスが憎いと思っている人物、リグルへとその矛先は一番に向けられた。
 初期設定に記入が無い項目は、その人物の日頃の行い信条により推定解釈され、テキスト、シナリオイベントフラグを導き出す指標となる。初期設定は普段の自分とは、全く違う自分を演出するための重要な決めことである。このゲームにこぞって参加するのは現実に不満――そこまではいかなくても新たな自己像、それを求めるための亡者の群れに相違ない。
 ともかく恋人記入で一番恩恵を受けたのはアリス。その結果起る展開もある程度予想できるものである。

「アイテム取得。はさみ……か。捨てられないし、強制取得だわ」
 戸棚の中から使える物をかき探した。メニューを開き、地図のアイコンと通話に使われるであろうアイコンを確認する。このゲームの楽しみ方は千差万別。何もクリアを目的としなくてもいいのだ。魔理沙と二人だけの空間。魔理沙は誰にも邪魔させない。魔理沙は私の物――。そう、あんな蟲女なんかに渡さない。あの嫉妬妖怪に操られてもっと刺してしまえばよかった。霊夢がもっとしくじっていれば。ああ霊夢も邪魔だ。
 アリスは快感200%で仲間達を刺して感じてしまった。魔理沙のために邪魔する仲間を殺すのに何のためらいがあろうか。リグルを刺しながら軽くイって魔理沙を刺して何度も絶頂に達した。もっともっと、今度は二人で、その時は300%で。魔理沙、魔理沙、他の奴らの監視下におかれる前に早く見つけなくちゃ。大丈夫、素敵なラブラブイベントが待っているわ。二人は必ず引き寄せあうんだから、待っててね魔理沙。
 魔理沙が男を選ばなかったのは予想外だ。いつも服を泥だらけにして遊んでいるのに。でも二人は結ばれる運命。性別などは関係ない。それにここはゲームの中。何をしようとも咎められない。そう何をしようとも――――。
「ああああ、あああ、魔理沙ぁ、近くにいるんでしょ? 隠れてないでぇ……。えへへ……出てきなさいよぉ……。あああ、も、もう一度刺して、刺して、刺して、刺しまくってあげるから……。刺すことがこんなに気持ちいいだなんて知らなかったの……。あは、あは、あはははははっ、あへへへへ!!」
 アリスは探索などする気も無く廊下へと飛び出した。その表情は山羊の頭を持つキメラよりもずっと欲望と悪意に満ちていた。

 名前 アリス  性別 女  年齢 18歳  血液型 マリサ
 職業 マリサのお嫁さん  趣味 人形遊び(マリサごっこ)  特技 マリサ
 恋人 マリサ  友人 マリサ






「てやぁっ!」
 木刀を持った魂魄妖夢の剣戟が合成獣の顔面を叩き潰す。が、しかし喉笛を切り裂かれて死んだのは妖夢の方だった。紛れも無いBADENDである。
 妖夢は最初の部屋で、壁に立てかけてある木刀を見て狂気乱舞した。剣を持てば自分は無敵であると。手始めに数十メートル先に見える、奇怪な化け物めがけて選択肢を英断したが、その目論見は脆くも崩れ去ってしまった。
 いくら幻想郷で剣の達人であったとしても、ここではただの人間に過ぎない。女の細腕による打撃も化け物には何の痛手にもならないのだ。ここで妖夢は間違った固定概念に捉われてしまう。
 ――化け物を倒せないのは自分の経験が足らないため。何度も挑めばきっと倒せる。
 そのどうしようもなく間違った考えに縛られて、妖夢は十回ほどBADENDを繰り返した。やはり剣の道は一朝一夕には為らぬと自己満足して、妖夢はやっとのことで探索を始めるのだった。

「あちこちから水滴が落ちて気持ち悪いですね。ここは地下でしょうか? 皆さんは一体どこへ行ったんでしょうかね」
 妖夢の役目は主人の西行寺幽々子を守ること。あのどんくさい主人のことを考えるだけで、妖夢はたまらなく心配になるのだ。
 水滴のコーラスはその音色の深みを増していく。コケや蔦の深い緑色はこの地下地域の陰鬱さを示していた。崩れた煉瓦の壁、所々腐食して蟻が巣穴を作り湧き出している。壁には一定間隔で、薄明かりの松明が申し訳程度に辺りを照らしている。いつさっきの化け物が闇から襲い掛かってもおかしくない状況。
「こ、怖くなんかありませんよ。わ、私は西行寺家に代々使える魂魄家の末裔、魂魄妖夢である――」
 妖夢はそういきり立つが、暗闇の恐怖からは逃げられない。
「ん? あそこに紙切れが落ちていますね。何でしょうか?」
 手を伸ばしてそのアイテムを取得する。

 ヨウムは さとりの日記~4ページ目 を手に入れた。


 ――お母様、お父様、そして叔父上様。

 私達姉妹をどうかお許しください。

 生まれながらに穢れた私達は運命に逆らえないものです。

 私達は忌わしい悪魔の儀式から産み落とされた禁忌の子。

 ああお父様、お父様――、どうかお許しくださいませ。

 私はどうなってもいいですから、どうか、どうか妹だけは――――




「何ですかこれ? 気持ち悪いですね?」
 妖夢は同時に書き出されたテキストを見て、言いようのない不安を感じる。
 ふと気になって右側の壁を見る。そこには扉があった。松明の光が途切れて見えにくくなっていたのだ。目を凝らすと暗がりの扉の全容が明らかになる。ずっしりと重厚な金属製の南京錠、赤黒い染みが鍵穴にべったりとこびりついていた。
 それにしてもこの扉は赤いと思った。ただの塗料で塗ったにしてはおかしい。鈍器や釘で何度も打ちつけたようなへこんだ跡があり、それを中心としてぱあっと一面に赤い絵の具が広がっているのだ。赤黒い塗料から滲み出る腐臭、妖夢はそれに、生物から発する特有の鉄臭い臭いを感じてしまった。
「ま、ま、まさかこの扉は全部血で……ひええっ!」
 妖夢は失禁しそうになりながら一目散に駆け出した。途中で慌てて合成獣に突っ込んだので、見事十一回目のENDを果たした。






 霧雨魔理沙の心境はおぼつかない。不気味な洋館に一人放りこまれて何もできずにいた。
「全く聞いてないぜ。いきなり個人行動だなんて。ここは気持ち悪くてしょうがないし……」
 魔理沙の飛んだ部屋は、剥製やホルマリン漬けにされた、おびただしい数の動物達が据え置かれていた。濁った生気を感じさせない目が至極不気味だった。
「何だこの生き物、全然見たことない……。怖い、怖い……。早く出よう、早く霊夢達を探さなきゃ……」
 探索する意思など一片も見せずに、おどろおどろしい研究室から早く出たい一心で扉を開ける。
 彼女が他人に依存する気持ちは強い。幻想郷の結界を管理する博麗霊夢の友人として扱われ、幻想郷で自由を謳歌しているのだ。今現在魔理沙はただの一人の孤独な少女に過ぎない。
 冷静に考えれば、ゲーム内で何が起ろうとも現実には変わりは無いが、彼女の一視点は、ゲーム内の地霊殿に存在するマリサの主観にあった。それ故に魔理沙は我を忘れて客観的に自分を見ることが出来なくなっていた。もはやゲームでは無い、本当の妖怪が住む悪魔の館に閉じ込められた、弱者の人間個人そのものになっていた。
「はぁ……はぁ……」
 異臭が立ち込める部屋から必死の思いで這い出す。廊下には永遠の長さと思われる絨毯が敷かれている。
 ミシ、ミシと絨毯を踏みしめる音。誰かが近づいてきている。
「だっ、誰だ?」
 魔理沙は虚勢をはって何とか声を出した。
「マリサ? 私よ――、レイムよ」
 無表情の霊夢が立っていた。どこか様子がおかしいと思ったが、魔理沙は仲間と会えた嬉しさに慌ててかけよる。
「れ、レイム助かったぜ、はぁ、一緒に行こうぜ……、なっ? なっ?」
「そう、一緒に逝きましょうか。楽しい楽しい地獄へとね――」
「レイム? じょ、冗談は顔だけに……」
 魔理沙はそう言いかけて口をつぐんでしまった。友人の霊夢の顔面が脳天から真っ二つに割れ、そこから大量の血と脳漿を撒き散らしながら、山羊頭の化け物が出てきたのだ。悲鳴をあげる暇も無い。顔面を叩き潰され意識が無くなる。魔理沙は霊夢の皮を被った化け物に殺されてしまったのだ。


「うわぁ! やめろ霊夢、霊夢……」
 初期位置からのスタート。周りには剥製とホルマリン漬けの山。
「うわっ、うわ、来るなっ、来るなぁ!」
 魔理沙は錯乱していた。仲間の霊夢が化け物になり魔理沙を殺したのだ。正気でいられないのも無理は無い。
「魔理沙さん落ち着いてください」
「だっ、誰だ?」
 ぴょこんと効果音が鳴り、ナビゲーターのキスメが見かねたようにぬっと現れた。
「私ですよ。キスメです。少し――落ち着きましょうか魔理沙さん」
「そ、そうかお前がいたんだったな。よかったぜ……。おい何で霊夢が私殺すんだよ。しかも山羊の化け物になって……」
「あれは霊夢さんではありませんよ。地霊殿全域に出没するNPCです。正体不明の能力を持ち、様々な形態に擬態して、人間を騙そうとする妖怪です。仮の名前でキメラと言います」
 魔理沙はそれを聞いてほっとした。そうだった。ここはゲームの中で何でもありなのだと。深呼吸をし、状況を冷静に判断する脳部分が働きだす。
「お、お前それなら早く教えろよ! わ、私は本気で霊夢だと思ったんだぞ?」
「私はただのサポート役ですので、プレイヤーの判断を最優先に考えます。それにメニューから呼び出さなければ、普通は私は出てこないのですよ。今回はおまけです」
 キスメは目を細めて言った。魔理沙はこのキスメの態度に違和感を持った。七人で旧都までいた時にはもっと優しかったように思えた。妙な猜疑心が、魔理沙の心の中に芽生え始めた。さっきの偽霊夢の件といい、誰を信じればいいかわからなくなっていた。
「私が常時いた方がいいですか? その方が魔理沙さんにはいいと思いますが……」
「ああそうするぜ、このボタンを押せばいいんだな?」
 魔理沙は桶のアイコンを押す。常時モードへの設定を素早く行う。
「はーい、キスメモードONでございます。魔理沙さん、一つ教えておきますが、プレイヤーとNPCの見分け方は簡単です。足元を見てください。青いサークルが囲んでいますね? 対してNPCは赤いサークルで囲まれています。次からはよく注意するようお願いします」
 キスメは淡々と言った。魔理沙はくるくる回る青いサークルを見て目を回しそうになる。化け物になった霊夢の醜い顔が頭に張り付いてしかたがなかった。






 洋服箪笥の中を開けて即座にリグルは1ENDを喫した。双頭の化け物に齧り付かれて、骨ごと肉を喰らわれ血を啜られる。
 不本意の参加によりリグルはこのゲームに本気にはなれずにいた。出来ることなら一回死んだらずっと眠っていたかったのだ。一度は勇気を出して探索したものの、律儀にも洋服ダンスの中で待っていたクリーチャーの歯牙にかかり、幼い命を散らせていた。
 リグルはもう怖い思いをするのは嫌だった。逃げて逃げて海の藻屑へと消えたかった。

「ひぇっ!」
 ここは地霊殿二階の窓際の廊下、リグルはとぼとぼと歩いていた。すると金属音が鳴り、突然窓ガラスが割れた。絨毯にばら撒かれるガラスの破片。
「へへーい、まいどおおきにおこしやす! 美少女怪盗妖怪、多々良小傘様の参上でい! この地霊殿の金銀財宝はわちきが全部もらいうけるのであるー! わははー!」
 奇妙な言葉使いの主は傘を持った少女だった。大きな古ぼけた傘は上半身をほぼ隠している。下駄を履いた綺麗な細い足が、埃の被った傘と対比して眩しく輝いていた。
「あ……、な、何?」
「おっとわちきの侵入を予知しているとは、中々お主も切れ者よのう……。ん? 何たる面妖な……。この地底の底に人の子がおるとは! 何とあっばれじゃ!」
 突然現れた傘の妖怪にリグルは何も出来ない。関わり合いにならない方がいいと感じ、変なことをぶつぶつ言っている間に逃げようと思った。そっと足を絨毯に乗せて抜き足差し足で歩く。
「人の子よ人の子よどこへ行く?」 
 ポンと肩を叩かれる。やはり見逃してはくれなかったらしい。
「あっ、あの……。あ――――」
 リグルは見てはいけないものを見てしまった。傘に隠された妖怪の顔は、この世の全ての恐怖を凝縮したもの。とても12歳の少年が耐えられえるはずもないのだ。
「うひゃ、うひゃひゃ! わちきの美しい顔を見てひれ伏すがいい! どうした? 接吻してもいいのだぞ? いひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
 耳元までずっぱり裂けた口からは、千本もあろうかと思われる鋭い歯が並んでいた。その上ににはぽこんと膨らんだ隻眼が威光を放っている。多々良小傘は恐怖を主食とする妖怪である。よって簡単に驚いてくれる人間は大好物であった。涙を流して逃げれば逃げるほど小傘の力は強まり凶暴性を増していく。
「たっ、助け……」
 リグルはやたらめったらに逃げ回った。どこをどう曲がったのかもわからない。幸い苦痛目盛りが50%だったため、NPC小傘の追跡能力は最低レベルまで落ち、かろうじてリグルは逃げおおせることが出来た。
「はぁ……はぁ……。もうやだぁ……」
 リグルが疲れ果ててもたれ掛かる。と、そこには豪勢な宝石が飾りつけられた扉があった。
「ここは……、何だろう?」
この世の地獄か天国へと近づく入り口。取っ手を回すと鍵はかかってはおらず、リグルは半ば誘われるように部屋の中に入った。


「ふぁ……」
 部屋の中は光り輝いていて眩しかった。ステンドグラスがあちこに張られ、それは天使と悪魔の絵を描写しているのがほとんどだった。部屋の中の全てのものが、豪勢と言うにふさわしい調度品で溢れ、リグルは圧倒されずにはいられなかった。
「誰ですか? 私の部屋に許可無く入るのは?」
 透き通るような高貴な声が響く。 
 リグルがはっと気づくと、正面のテーブルに座っている少女――桃色のややくせっ毛で、ふわりと余裕のある洋服を身に纏い、穏やかな笑みを湛えている。肌は粉雪のように白く、やや紅く染まった頬を尚更際立たせて、白く細長い指は爪の先端まで潤っている。
「ふぅん、人間が……、ですか」
 白い少女は立ち上がって二、三度こくこくと頷いた。リグルは少女の美しさに魅入られたようになり、指一つ動かせないでいた。
「何も言わなくてもいいのですよ? 私には全てわかりますから……。ほら怖がらないでこっちにいらっしゃい? 私は古明地さとり――。この地霊殿の主人です。ふふふ、可愛い坊や……。ずっとここに隠れていれば安心ですからね。うふふ……」
「あ、ああ……」
 眉をひそめて緩い流し目を送られる。リグルはふらふらと誘われてさとりに歩み寄った。悪魔の瞳に心を裸にされてしまえば、選択肢は何も存在はしない。リグルはさとりの前に跪き、甘く抱擁され涙を流して泣いた。






 いち早く地霊殿の地図を手に入れた西行寺幽々子は、好奇心旺盛に散策を開始する。
「ふんふんふん、あ、霊夢も地図を手に入れたみたいね。ここにレイムって書いてあるもの。私は一階西側で、霊夢は東側。紫達はどこなのかしらねぇ? まぁ行けるとこは全部行っちゃいましょうか」
 鼻歌混じりで幽々子は堂々と絨毯の上を闊歩した。幽々子の足取りはまるで幽霊のように軽い。
「ねーねーお姉さんお姉さん」
 幼い子供の声が聞こえた。キョロキョロと見回すが誰もいない。
「ここだよお姉さん」
 ほんの10歳程度と思われる少年が、後ろから幽々子の服をつまんでいた。綺麗に手入れされたさらさらの黒い髪が美しく、大きな目がぐりぐりと可愛い少年が上目遣いで見つめていた。
「どうしたの僕?」
 幽々子は優しく言った。
「お姉さぁん……、僕この地霊殿に生贄に連れて来られちゃったんだぁ。僕怖くて怖くて、隙を見て逃げ出したんだけど、怖い化け物がいっぱいで……。お姉さん、僕と一緒に来てぇ……」
 少年は幽々子の胸に顔をうずめてくる。甘えるように鼻をくんくんとして柔らかい胸に擦り付けてくる。
「ああん、お姉さんあったかぁい……」
「……僕? お名前は?」
 幽々子は少年の頭をつかんでさっと胸から引き離して言った。
「あ……、え、お姉さん怖ぁい……」
「……僕? お名前は?」
 少年がまた胸に入り込もうとしてきたので、また幽々子は突き放した。
「……僕? お名前は?」
 全くの同じ調子で質問を三回言った。これではどっちがNPCであるかわからない。
「あ、え……」
「……僕? お名前は?」
「……僕? お名前は?」
 幽々子は少年が名前を言うまで相手にしないつもりだった。しだいに少年のNPCは何も言わなくなり、幽々子は無視してさっさと立ち去った。


「さっきのは何だったのかしらねー。まぁ名前も言えない子には用は無いわね」
 少年の誘惑も全く気にせずに、口笛を吹きながら廊下の真ん中を歩いた。
「あら……、何だかいい匂いがするわね。この匂いは……」
 甘く美味しそうな匂いが右手の扉から漂ってくる。仮想空間でもお腹がぐーと鳴る感覚。そういえばずっと何も食べてないと幽々子は思った。ここらで腹ごしらえしておくのも悪くはない。
「たのもー!」
 バンと勢いをつけて扉を開ける。長方形の長いテーブルに純白のテーブルクロスがかけられている。その上にはまるで、幽々子の到来を待っていたかのように、ナイフとフォーク準備されていた。
「あ、お客様ですか? 人間様一名ごあんなーい。ここは地霊殿が誇るレストランでございます。私、コックのオクウと申します。どうかお見知りおきを!」
 左後ろから突然声をかけられた。大柄な体格で顔がふっくらとしている。どうやら女の妖怪のようだ。清潔そうな白いコックコートとコック帽を身に着けて、人当たりがよさそうな笑顔を振りまいている。
「まぁー、もちろんお食事できるわよねぇ? 私お腹ペコペコなのよー」
「はいもちろんでございます。メニューはこちらですが、どうぞ。現在無料サービス中ですのでお代はいりません。食べ放題ございます」
 メニュー表を渡され幽々子はうきうきして目を通す。
「じゃあこれ頼もうかしら。幻想のミステリアスステーキと、竜宮の使いのシチュー。それに夜雀の卵スープでお願い」
「はいかしこまりましたー。今すぐご用意いたしますので!」
 オクウは厨房へと消えていく。数分後、ホカホカの料理が幽々子の前にずらりと並んだ。
「では頂こうかしら。はむ、むぐ」
 幽々子はナイフとフォークを器用に使い食事を進める。良家の家庭でしっかり教育された、上品な作法で口を汚すことも無く、次々と料理を平らげていく。
「ふーん、ふんふんふん……」
 大げさに頷きながらも、料理は咀嚼され侵食されていった。
「ん……、まぁこんなものかしらね。ご馳走様」
 骨一片残さない綺麗な完食。幽々子の胃袋は満たされた。
「いやぁ、こんなに美味しそうに食べる人もそんなにいませんよ。どうですか? もっと食べませんか?」
 上から見下ろして問いかけてくる。オクウの顔が歪んで、薄笑いを浮かべているのに幽々子は気づいた。
「悪いけど私は小食なのよ。これで結構ですわ。」
 幽々子は清楚に言った。
「あ、あれぇ。おかしいな……。もしかして、美味しく無かったですか?」
「ん……、そうでも無いわ。本当にこれ以上入らないの。でも料理人の仕事は優れていたわ。素材を吟味研磨する知識、包丁の技術、決して妥協を許さない調和された味のバランス、常に新しい味に挑戦しようとする向上心。この料理からはそれが全部感じられた。本当に美味しい料理だったわ」
 幽々子は満面の笑みでオクウに返した。
「あ、ありがとうございます。お客様、褒めてくれたお礼がしたいです。この先の厨房のオーブンの中に通信機がありますので、どうか使ってください。それから……」
 オクウはお弁当箱の包みを幽々子に渡す。
「頼みごとで申しわけないんですけど、これを私の同胞に渡してくれませんか? 同じ烏の仲間で空(うつほ)って言うんです。彼女は焼却炉の番人をしているんです。お弁当を食べないとお腹が減って忘れっぽくなっちゃうので」
「いいわよ、オクウさん。責任を持ってお弁当を届けましょう」
「わぁありがとうございます。あ、お客様、何か聞きたいことがあれば、なんなりとどうぞ」
「そうねぇ、何を聞こうかしら……」
 物憂げに宙を見つめる幽々子。その顔はきりりと引き締まっていた。






「あーあーあー、ここでもそこでも無い……」
 霊夢はキスメモードヒント大と、探索オブジェクト視認をONしていた。もうゲームを楽しむと言うより、クリアを最優先に考えたのだ。あまりのマップの広さ、序盤の必須アイテムの、地図と通信機取得のハードルの高さ。初心者ばかりの霊夢達がクリアするには無理すぎると思われたのだ。未だに地図を取得したのは幽々子以外にいないし、残数ENDがもう558回となっていた。ほんの少し目を離した隙に10、20と減っている気がする。七人も各自行動していれば、ENDがかさむのはしかたないが、それでも心臓に悪すぎた。
「何よこれ? いらないアイテムばっかり増えるじゃないの。なんで輪ゴムとか栓抜きとか団扇とか錆び取りスプレーとかまたたびとか……。一体何に使うっていうのよ?」
 オブジェクト視認機能で部屋の中を見ると、探索すべき箇所は膨大な数にのぼった。霊夢はそれを一つ一つ虱潰しに調査するのだ。並大抵の労力では無い。
「最高難度のPhantasmでは、この機能はある意味罠なんですけどね……。本当に必要なアイテムは必ずヒントがあって、ある一定の法則もあります。この方法ではテキスト表示もいちいち面倒ですし、時間を喰いすぎます。ま……、この忍耐力は尊敬に値しますが、おっと調査に夢中で全然聞いていませんか」
 キスメの言葉も耳に入らず霊夢は必死に無駄なアイテムを取り続けた。捨てられもせず無限にアイテム欄に溜まるゴミの山。霊夢のストレスは増えるのみである。
「わ、メンタームに歯ブラシなんていらないわよ! あーもう!」

 
 気分を変えようと霊夢は廊下に出た。別の部屋に入ろうとすると、奥から大岩がごろごろと転がってくる。霊夢は避けきれずに岩に正面からぶつかり重症を負った。
「ああっ、またトラップ? さっさと暗転して前に戻りなさいよ。死ぬのももう飽きたわ」
 霊夢は文句を言い意識が途切れるのを待った。しかし中々BADENDが訪れない。
「ちょっとキスメ、場面が切り替わらないって、私は動けないのに……」
「じゃじゃじゃーん。哀れな人間よ! お困りのようじゃな? どれ、この魔法おばばのオーリンが助けてしんぜよう!」
 突然もくもくと煙があがり、その中から黒い魔女服に身を包んだ老婆が登場した。
「う……」
 霊夢は大怪我をして中々声が出せない。
「おお人間とは何と脆いものじゃ! どうじゃ、お前の大事なものと引き換えに、お前を助けてあげようではないか!」
「助ける……って? 魔法で治すとか?」
「ううん、まぁ魔法とも言えるが……。お前さんの魂をすこーしばかりもらい受けて、代わりに元気に動けるようにしてあげよう? どうじゃな? 悪い話ではあるまい? このまま朽ち果てるよりは賢い選択じゃて! いひひひひっ!」
 朦朧とする頭で霊夢は考えた。このイベントは何だろうか。もしENDを回避できるなら受けてもいいと思った。
「あの、お願いします。体がつぶれて動けないんです」
「そうそうか! ひっひひおばばは嬉しいであるぞ! どれさっそく魂を一片ばかりもらおうか……、ぬぬぬっ? あひゃひゃひゃっ! お前さんまたたび持っているじゃないさ! あひゃ、あひゃひゃひゃっ! 変化が解けちゃうよ、ああひゃひゃははは――――」
 老婆は霊夢に手を触れようとしたが、突然笑い転げながら床をのたうち回った。五度ほど廊下の壁にぶつかった後、尻尾が二股の黒い猫に変化してどこかへ行ってしまった。
「何? 何なのよもう……」
 霊夢はそのまま出血多量と内臓破裂でBADENDを迎えた。


「さっきのは化け猫のお燐ですね。さとりの忠実なペットで、老婆の姿で死に掛けたプレイヤーの前に現れます。誘いに乗るとよろしくないことになって結局BADENDになります。だから無視するのが一番いいですね。霊夢さんは運よくまたたびを持っていたので、自動的に回避できましたが」
 キスメが偉そうに説明している。
「よろしくないことって?」
「それは言えません。まぁ見てのお楽しみです」
「ふぅん、まぁいいわ。それにしても地霊殿は危険な化け物が多くて困るわねぇ。山羊の怪物といい、変な魔女といい、早く通信機を取ってみんなと連絡とらなくちゃ」
 霊夢は言った。そうだ早く通信機を見つけなければ、この化け物だらけの館で一人でいれば、直ぐに精神が狂ってしまう。
「ちょっと通信機の場所ぐらい教えなさいよ。いいでしょそれくらいー」
 霊夢はキスメの首をぐいぐいと絞める真似をした。効いているかどうかはわからない。
「や、やめてください。ゲホゲホ……。しかたないですねもう。通信機は近くの二、三部屋の間に絶対にあります。ズルはこれっきりにしてくださいね」
「ありがとう! さすがキュートで可愛いマスコットキャラクターのキスメさんだわ」
 心にも無いことをつぶやきながら霊夢は探索を開始した。


 幾多のオブジェクトの海が広がる室内。霊夢は花瓶を割りその中から小さな鍵を見つけ出した。
「何だろうこの鍵? もしかして……。さっきの部屋の開かなかった引き出しの……」
 霊夢の勘は当たっていた。小さな鍵は引き出しに合致し、中には通信機が入っていた。
「やったぁー! これで一安心だわ」
「ね? 私の言ったとおりでしょう?」
 得意顔のキスメを無視して、メニューを開き通話アイコンを押す。そこにはレイムとユユコの文字だけが光っている。
「あら、幽々子の奴また私より先なの? ……まぁいいわ、とりあえず通話してみましょう」
 霊夢はユユコの文字に手を合わせて、横に浮き出た通話するの文字を押す。五秒ほど待つ。どこから声が聞こえるだろうと思っていると、正面の中空に幽々子の透けた上半身が現れた。足が無くても幽霊というわけではない。
「ハロー霊夢。呼び出しありがとう。もうみんな遅いから待ちくたびれちゃったわよー」
 幽々子は嬉しそうに笑っている。地図に続き通信機まで先を越されるとは、霊夢は幽々子の只ならぬ行動力に舌を巻くのだった。
「ああ幽々子、ご機嫌よろしくて結構だわ。これで地図と通信機を両方手に入れたのは二人ね。紫やアリスはまだなのかしら? 何となくこういうゲームに詳しそうだったけど」
「紫なら寝てるんじゃない? 現実でもゲームの中でも寝る時間は変わらないと思うわ」
 幽々子は適当に言ったが、霊夢はそんな問題ではないと思った。この地霊殿の広さから言えば、たった二人で攻略するなど無理に等しい。早く地図と通信機を手に入れて電撃作戦を開始しなければならない。しかし頼み綱の紫やアリスが、必須アイテム二つをまだ所持していないのはどうかと思った。幽々子と話せて一時はほっとしたものの、再び脳内に暗雲が立ち込める。
「もしもし霊夢? お気楽に進めていきましょうよ。どうせゲームなんだから。紫もそのうち起きてくるわよ」
 幽々子の中では紫は睡眠中らしい。その予想もまぁあまりはずれではないと思えるのが可笑しかった。霊夢は地図を広げてみる。二階と地下はまだ誰の姿も無い。明るい道が表示されているのは一階の東部と西部部分。幽々子が通ったであろう地域は、西部の半分程度を占めていた。食堂らしき大きなホールが一番に目立っている。
「随分一人で探索したわね。私なんてまだ東部の四分の一もいってないわよ」
「ふふふ、親切な人がいて助かったわ。重要そうなアイテムも手に入れたし。霊夢、紫達が動く前にガンガン攻略しちゃいましょうよ。私、紫のびっくり顔が見たいわ。こうね、口を半開きにしてね……あはは……」
 幽々子は嬉しそうに笑っている。そうかこれもゲームの楽しみ方なのだと思った。何にせよ時間は待っていない。二人だけでも地道に地図を埋めていくしかないのだ。






 体を翻して寝返りをうつ。白いベッドにすやすやと天使のような笑顔で眠っているのは、睫毛が可愛らしくうちけぶる、まだ年端もいかない10歳の愛くるしい少女。
「んー、うん……」
 幻想郷では古参の重鎮である八雲紫も、この仮想空間の中では素直に役柄を演じていた。何も身を守る術のない幼い少女が一人で寝ている。そんな状況で、人間の骨肉を喰らう妖怪が放っておくはずもないのだ。
 部屋の扉がガタンと乱暴に開く。傘で上半身を全て隠した妖怪が徐に部屋へ滑り込む。
「ふ、ふ、ふ、わちきの嗅覚がここを示しておる! お宝じゃー、お宝はここにあるのじゃー! うひゃひゃひゃひゃ! おおう、ベッドに人間が寝ておるぞ。しかもまだ穢れを知らぬややこのような女の童……。かわゆうてかわゆうて、しかたがないのう。うひゃうひゃ! どれ、わちきがこの舌でベロリと頬を舐めてしんぜよう!」
 小傘が醜悪な顔を露わにしてベッドへと近づく。
「ほほほー、近くで見れば見るほど可愛い女子じゃ! ぜひ夜伽をお願いしたいものじゃ! ふぅ、ふぅ、本当によく眠っておるのう……。小さい唇に吸い付くような肌、なんというべっぴんじゃ! どんな泣き顔を見せてくれるか楽しみじゃて!」
 小傘は化け傘の大きな舌をべろりと持ち上げて、幼子をその邪悪な歯牙にかけようとする。紫は眠りのテキストによって動けない。身を守る方法があるとすれば、完全なる無意識の行為でしかありえない。
「さぁて、いただきま――――???fっじゃんぼえ…………いた、、tりllそあうあがっぃ4584ああああ 909error error ……座標再指定、データ再読み込み…………」
 小傘は予測不明の攻撃により消え去った。紫は世間のしがらみなど何も知らない無垢の表情で、深い眠りを満喫するのであった。





「おーい、おーい、誰かー、いないかー?」
 地霊殿の北部に位置する地域、魔理沙はしつこく仲間の姿を求めていた。部屋入ろうにも、気持ちの悪い生物の模型や、棚いっぱいに詰め込まれた薬品と思われるビーカーやフラスコの山、いかがわしい実験をしたであろう施設の痕跡に恐怖を禁じえなかった。
 霊夢に擬態した化け物にも懲りずに、当ても無く迷宮を彷徨っていた。NPCとプレイヤーの見分け方はわかった。こうして歩いていれば、いつかは仲間と無事会えるはず。何をすべきかはそれから考えればいい。魔理沙の深い依存心は、切迫した状況では何も意味は成さない。むしろ巧妙な手練手管を使って籠絡しようとしてくる、好色な妖怪達の絶好の餌食でしかないのだ。
 魔理沙は寂しくてたまらない。誰でもいいからそばにいて欲しかった。
「お、おいキスメ、何かしゃべれよ、何でもいいからさ」
 キスメは無言を通す。ゲーム内の質問には答えれど、雑談に興じる役割は持っていない。淡々と自らの仕事をこなすだけである。
「……そうかよ。じゃあ聞くけど霊夢達はどこらへんにいるんだよ?」
 馬の耳に念仏。右から左へ質問は通過する。
「くそっ、こんなゲームやるんじゃなかっ…………ん?」
 前方の暗い廊下に人の影を認めた。背はそれほど高くなく人間に見える。いやそれは魔理沙自身がよく知る人物――アリス・マーガトロイドの姿態によく似ていた。
「あ、アリスか? いや待て、さっきの霊夢の例もある。しっかり足元のサークルを確認して……」
 魔理沙はアリスらしき人物の足元に視線を注ぐ。綺麗な青色の円運動。間違いなくプレイヤーキャラのアリスだった。
「やった! やっと見つけた! 私の仲間だ! おおおーーい、アリス、私だ! 霧雨魔理沙だ!」
 アリスは案山子のようにふらふらと軸がずれていたが、マリサの声を聞いて存在に気づくと、気持ちの悪いにやけ顔で妖怪のように近づいてきた。
「魔理沙……? 魔理沙なの? ああ会えてよかった……」
 二人は今まで孤独だったこともあり、手をぎゅっと握り合った。
「いやアリスに会えてよかったぜ。ゲームの中でもこんな薄気味悪いとか、やってらんないし……」
「魔理沙? アイテムはもう取った? 例えば地図とか通信機とか――」
「んん? 私はまだ何も手に入れてないぜ。部屋の中は怖くて駄目なんだ……」
「そう……わかったわ。よかった……、ううん、ね、魔理沙? 一緒に行きましょ? 二人で力を合わせればきっとなんとかなるわ」
 アリスの目を見る。熱意がこもって真剣な目だった。
「ああいいぜ! アリスがいれば百人力だ!」
「ありがとう魔理沙。ねぇキスメさん、行動を共にするにはどうすればいいの}
 浮いているだけのキスメが二人に寄って来る。
「メニュー画面の手を握り合ったアイコンを押してください。これで七人パーティだった時と同じように行動できます。死ぬ時は二人同時にENDになるので気をつけてください。リーダーはどっちにしますか? 通常の選択は全てリーダーが受け持ちますので」
「それならアリスがリーダーでいいぜ。私よりずっとゲームに詳しそうだからな」
「ありがとう魔理沙……。じゃ組むわね」
 二人でアイコンを押しパーティ結成を選択する。アリスの顔が悪魔のように歪むが魔理沙は気づかない。
「これでよし……と。さぁアリス、霊夢達に負けないように頑張ろうぜ!」
 無言で頷くアリス。喉の奥底から沸いてくる、快楽への期待を抑えるのに腐心していた。



 アリスと組んでからというもの、魔理沙は確実にENDを重ねていた。何故かアリスがいかにも罠がありそうな場所を選んでしまうのだ。それは意図的とも思えるほど的確だった。
 廊下が突き当たりの袋小路まで行くと、後ろで鉄柵がおりて、上から天井が迫ってくる。部屋で小部屋に入れば鍵を閉められて何十匹の蛇の山が降ってくる。そんな理不尽なENDばかりが二人を襲うのだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれアリス。少し休もうぜ。死んでばかりで身がもたないぜ……」
「あら、ふふふ、情けないのね魔理沙。これぐらい、蚊に刺されたようなものじゃない」
「で、でもなぁ、あんな死に方ばっかりしたら……」
 魔理沙はやっとアリスの様子がおかしいのに気づいた。舌を出して顔に汚い汗をかき、頬を紅潮させている。明らかに喜んでいるのだ。しかも死ぬたびにその度合いは高くなっているように思えた。
「アリス……お前……」
「あは、あはははは、はへへえ、魔理沙、もっと死にましょうよぉ。二人で潰れて食べられておかしくなってぐしゃぐしゃになって狂ってキスしてえへへへへへへへっへ…………」
 魔理沙が異変を感じた時にはもう遅かった。アリスは快感の目盛りを200%から徐々に吊り上げ現在は270%になっていた。二人で心中することに只ならぬ快楽を覚えた脳は、それしか求めなくなり麻薬のようにアリスの人格を破壊していったのだ。
「な……、何でだぜ? ア、アリスが……」
 魔理沙は混乱して何も判断をくだせない。
「ああ、あはぁあは、まだ行くわよ! 次はあの化け物にレイプされに行きましょ? んで二人で傷を慰めあって……」
「やめろ、やめてくれアリス!」
 魔理沙の制止の声もアリスには聞こえない。鋭い牙を剥いた化け物目掛けて突進する。
「あばっ、おひょぉ?」
 アリスが胸を突かれて血が噴水のように溢れた。追いかけてきた魔理沙も予定調和で手足を千切られた。
「く、くそ……まただぜ……。早くなんとかしないと……」
 魔理沙は無機質な疼痛の中、画面が暗転するのを待った。いつもなら直ぐに切り替わるはずだった。手足の感覚がおかしく気持ち悪い。魔理沙は早く早くと切に願った。
「じゃじゃじゃ、じゃじゃーーん! 偉大なる魔法使い、オーリンの出番であるぞよ! 人間よもう死ぬのに飽いたのではないか?」
 黒い羽織によぼよぼのメガネをかけた老婆。白いドライアイスの演出が無駄に壮大だ。
「ええ? お婆さん? あ、ああ! イベントね? ラブラブイベントなのね?」
「ん、まぁそうかもしれんな? どうじゃ? このまま死んでも悔いが残るじゃろ? この私がお前さん達の魂半分をもらいうけて、代わりに怪我を治してあげようと言うのじゃ! 悪い話ではなかろう?」
 アリスが何か目盛りをいじっているのが見えた。老婆の話を聞いて受諾する気満々なのが見て取れる。
「はいはいはい! お願いします。魂なんて全部あげます! 魔理沙と一緒になれるならあへへへへ……」
「そうかそうか! ……とこれは大事な選択だからそなたにも問おうぞ! マリサよこの契約を受けるか? どっちでもよいぞ? いっひひひひひ!」
 醜い老婆のしわがれた笑い声が響く。魔理沙は決めかねた。いきなり魂をよこせと言われても直ぐに決められるわけはない。
「ま、待ってくれ! 少し考えるから……」
「マァリサぁ? 何も小難しく悩むことは無いわよ。これハッピーエンド一直線フラグだわ。危機を乗り越えた二人は恋に落ち――結婚――そして出産……。ああ夢のようなバージンロードが待ってるのね。すごいわすごいわ……」
「アリスは少し黙っててくれ、わ、私が決めるから――」
 魔理沙の思考は右往左往した。魂をあげるとは何だろうか、そして老婆は契約と言った。これは決して後戻りできない恐ろしいことではないかと。それなら易々とは決められない。落ち着け、落ち着け。よく見ればこの状況はおかしい。ほぼ致命傷を二人共受けているのに何故続きがあるのか。この怪我を治すなど信じられるわけが無い。もしそれができるならば悪魔の所業に限りなく近いのだ。
「はぁ、はぁ、どうすれば、どうすれば……」
「魔理沙、魔理沙! 落ち着いて、大事なこと忘れてるって! これは誰かが作った虚構世界、嘘っぱちなのよ。この中で何もしても誰も責められないわ! だから楽しみましょうよ! 大丈夫だって、後から霊夢達にごめんって謝ればいいから!」
 頭を悩ませていた魔理沙だったが、このアリスの一言が最後の引き金になった。仮想空間という事実に冷静な判断を忘れ、流されるままに最悪の選択肢を選んでしまう。
「わかった……。契約しよう。もうどうにでもしてくれ!」
 半ばやけになった魔理沙。それを見て老婆はニィと笑う。
「よろしかろう、そなたらの血をこの契約書に捧げるがよい。そうすれば魂半分と引き返しおぬしらの怪我を全て治してしんぜよう」
 迷うことなくアリスは胸から溢れる血を契約書に塗りつけた。続いて魔理沙の千切れた右手の切断面を、判子を押すようにペタンと押付ける。
「いひひひひゃあ! これで契約完了だ! 馬鹿で愚かな人間共め! 一生ここで生ける屍として暮らすがいい。ひっひっひっ、魂を取引に使うなんて馬鹿なことがあるかい? 半分魂を抜き取って私の可愛い怨霊を入れてゾンビ化だよ。二人で仲良く永遠に暮らすんだ、いいね? ついでにもっと仲間を誘ってくれると嬉しいんだけどねぇ! あひひひ…………」
 高笑いをする化け猫お燐の足下で、再生と腐敗を繰り返しながら抱き合うアリスと魔理沙のおぞましい姿あった。二人は永遠に人間に戻れない。
「あんっ! キス……しよ。マリサ?」
「うん……アリス。体がおかしいんだ。腐ってるのに壊れても再生して気持ちいいんだ……。アリス、もっと私を食べてくれ……」
「いいわマリサ、食べて食べて結婚しましょ? きっと素敵な二人の赤ちゃんが生まれるわ……」
 お互いの体を破壊し合いながらまぐわり合う二人の姿。これがつい数分前まで生の世界にいた人間とは誰が思うだろうか。仮想空間のまどろみは現実へも影響する。底なし沼の泥濘は狂おしいほどに深くて甘美なのである。






 地下に白骨化死体とは切っても切れない関係であろうか。魂魄妖夢は一人落とされた地下室で、このコンビに悩まされていた。十歩歩けばすぐに白骨死体。極度の怖がりの妖夢は悲鳴をあげながら走り回るのだった。
「はひーはひー、は、早くこんな薄気味悪い場所からは抜け出しましょう。そのためには探索です」
 気を取り直して一歩踏み出そうとすると、どこかかしこから、すすり泣くような、せつない声が聞こえてきた。それは奥の地下牢から聞こえてくる。
「は、は、は、まさか幽霊が呼んでいるわけでもないでしょうに。行ってみましょうか」
 妖夢は勇気を奮い立たせて近づいた。

「くぅん……たすけて…………けて……」
 声を出していたのは年端もいかない少年だった。狭い牢屋の中で、手枷をつけられて拘束されている。酷い乱暴をうけたのか、体全体に蚯蚓腫れや細かい傷があった。
「お、おい君? 大丈夫かい?」
 妖夢は思わずかけていた。こんな所に捕まっている人間を見捨ててはいけない。見ると針金を通した鍵束が、牢屋の外の冷たい地面に転がっていた。
「はぁん、こわぁい、お姉ちゃんこわぁいの。おっかない化け物が僕をいじめに来るの……。お姉ちゃん助けてぇ……」
「わかった、今助けるからね!」
 妖夢は純粋な正義感に従って、鍵束から牢屋に合う鍵を探した。決してやましい気持ちがあったわけではない。ただ単に少年を助けようという究めて人間的な思考に従って行動したのである。
「あっ、ありがとう……」
 何回か試行を繰り返した後、牢屋の鍵は開かれた。妖夢はすぐさま飛び込み、少年の手首を圧迫していた手枷もはずした。
「怖かったかい? もう大丈夫だよ}
「うん、お姉ちゃんありがとうー」
 少年が妖夢の胸に飛び込んできた。妖夢は目を白黒させてか細い体を抱きとめる。
「あ、君……」
 幼い少年の体がいやでも妖夢の目に入った。細く白い体のあちこちに傷があって痛々しい。あどけなさが残る中性的な顔、髪は惚れ惚れするほどの繊細な黒髪で、美少年といっても間違いなかった。
「はうん、お姉ちゃんお姉ちゃん……」
 妖夢は裸の美少年に体をつき合わせている内に変な気分になってきた。ずっと剣の道に生きてきた妖夢にとっては、世俗的な男女の関係は無いに等しい。時折涙を溜めながら見上げる扇情的な目つきに、妖夢の心に邪な気持ちが発現し始めた。頭に霞がかかったようになり、、理性が全く機能しない状態になる。上気した少年の顔、そして甘い嬌声。
「き、君……はぁ……はぁ……」
 妖夢はかねてから興味のあったことをしてみる。少年の足を開かせてみた。幼い若茎が血液を集めて淫らに充血していた。
「ああっ、恥ずかしいよぉ……」
 妖夢にとって初めて見る男性器。少年の体に何が起っているか妖夢にはわからなかった。
「ああ、私は……。あぁ、駄目だ、頭がおかしくなる」
 妖夢は少年の白いわき腹に出来た一筋の傷口に目を奪われた。破壊された肉体はどうしてこうも美しいのだろうか? 真っ白な肌に赤く腫れた唇のような肉穴。妖夢は顔を近づけて傷口を舐めた。少年の反応を見たかったのだ。
「ああん! だめぇ!」
 少年が大声であえぐ。妖夢は少年の若茎がギンと硬度を増したのを見てしまった。調子付いて傷口に沿うように舌をぺろりと這わせる。若茎にも指を絡ませながら少年の肉体を嬲り続けていく。
「はむ、ちゅぷ、はむ、ちゅぱ……」
「あんお姉ちゃんそれやめてぇ!」
 少年の拒絶の声も妖夢にはわざと言っているように聞こえる。少年の体は果実のように美味しかった。傷口からじゅわっと甘い匂いのする果汁が溢れ、妖夢を盲目にさせ虜にするのだ。
(何なのだこれは……。早くやめなければ。まるで私が少年を襲っているみたいではないか)
 頭ではそう思っていても妖夢の本能は止まらなかった。食べごろの未成熟な少年の肉体に心を奪われて、一心不乱に少年との淫靡な愛に進んで溺れようとしていた。
「はぅん! 出るぅ!」
 妖夢の右手の中で少年の若茎が爆発していた。妖夢の白い腕と指にドロドロとした濃い子種が塗りつけられる。
「こ、これは……?」
「はぁ、はぁ……お姉ちゃんのえっちぃ……。お姉ちゃんも化け物達と同じように僕をいじめにきたんだね? うぇぇーん」
 少年はわざとらしく泣き真似をした。
「いや、違うんだ、これは――」
「違わないよお姉ちゃん。僕があんまりにも可愛いもんだから、はぁはぁ涎垂らして、理性無くしてえっちなことしちゃったんだ。ふふふ、やーい、お姉ちゃんの変態さん!」
「ち、違うと言っているだろう!」
 必死に取り繕おうとすると妖夢も、少年から放たれる誘惑の糸からは逃れられない。
「ふーん、でもぉ、お姉ちゃんのアソコお漏らししたみたいになってるよ? ねぇ……僕また変な気分になってきちゃったぁ……。お姉ちゃんのアソコで僕のオチンチン飲み込んで欲しいな? いい? お姉ちゃんが僕を犯しちゃうんだよ? ほらぁ、僕のすごく固いの……。お姉ちゃん大好き……。んっ、んっ……」
 妖夢のわき腹に少年の剛直が押付けられる。妖夢の股は土砂降りのように濡れていた。少年の細い手がついと動き下着を剥ぎ取られる。
「お姉ちゃん僕の上に乗っていいよ? 獣みたいに犯して僕を穢して……」
「や、やめて……」
 そう言いながらも、妖夢は仰向けの少年の上に跨り少年を迎え入れた。体の自由がきかなくり、腰が自然に動く。めくるめく初めての体験。この魔少年のねっとりとした肢体に心の奥まで魅了されて、妖夢は全身で快感を受け取った。
「はひっ、はひぃ! 私の中に熱くて固いものが……! あひぃ、あひぃ!」
「お姉ちゃん、僕も気持ちいいよ。もっとぎゅってして? あん、あん! ね? 僕の首絞めて犯して……? そうすればもっとお姉ちゃんがおかしくなると思うから……」
 少年は蟲惑的な笑みを浮かべて妖夢の手を取り、自らの首元へと導いた。片手で一回りしてしまいそうなほど細い少年の首。妖夢は恍惚状態の中、少年の気道をぐっと締め付けた。
「あっ、あっ、あっ、あああ!」
「…………ぁ」
 少年の声が途切れる。妖夢はそれを見ながら悶えて腰を振っていた。
「あっ、い、いいっ! あんあん!」
 少年の首を絞めながら、妖夢は股間が熱い煮えたぎったジュースで満たされるのを感じた。
 少年は悪魔だった。窒息直前になっても笑っていた。
(はぁ、はぁ……。あ、悪魔です。この子は……。き、気持ちいい……、いえ悪魔が私を……。許せません。殺さなければ、二度と起き上がらないように……きつく、きつく――。あぁ……熱いです、私の中が……。ああ悪魔から私に邪悪なものが……。早く、早く止めなければ、この悪魔を殺し殺して殺し尽くして――――)






「お姉さんお姉さぁん……」
「いいのよ坊や? もっとお姉さんのおっぱいに甘えても……」
 リグルは幅広いベッドの上で、古明地さとりの豊満な乳房にすがりついていた。
 妖艶な女主人にとって、幼い少年を肉の罠に嵌めることなど造作もないことだった。

 リグルは初めてさとりの部屋へ入り、優しく胸に抱きとめられただけでBADENDになった。わけもわからず部屋の前まで戻される。そして表示される選択肢。
 頭がぼうっとしてさとりに何をされたかすら覚えていない。ぼんやりと思い浮かぶのは、さとりの柔らかい腕と胸の中で弄ばれただけで、頭と股間が熱くなったことだけ。リグルはおあずけされた気分になり、どうしてもまた部屋に入りたくなってしまうのだ。
「BADENDだけど……。僕一人ぐらいなら……。それに僕なんかが頑張っても大して意味ないし……」
 リグルの思考はたちまち負の方向へと流れる。さとりの甘い匂いと白く絹のような肌を思い出すだけで、リグルの心は色めき立った。
「も、もう一回ぐらいならいいよね。あのお姉さんとっても綺麗だったし……」
 男の子として生まれ変わったリグルの純粋な欲望だった。
「あ……、そうだ。快感の目盛りを、150%にして、こうすればもっと……」
 破滅へと向かう選択をいとも簡単選んでしまう。リグルは絶望的なまでに支配者の思惑通りだった。
 リグルは豪華な扉の前に立ち当然のように中に入った。目の前には以前見た部屋の光景。しかし唯一違う点があった。
「あら? また来たのぉ?」
 脳を揺るがす甘く危険な声。またとはどういう意味だろうか。このメタ的な発言にも、リグルは深い疑問を持たずに近づいていく。
「ほら見て? お姉さん坊やのためにぃ……」
 さとりはそう言って胸を寄せて深い谷間を作った。明らかに違う点は、さとりが大人の女性的な肉体になっていたことだ。愛くるしい瞳を持つ童顔には不釣合いなほど大きな胸。折れそうな肩も驚くほど狭く、細い鎖骨が浮き出ていてる。腎部にもたっぷり美味しそうな白い肉が盛られて、それでいて驚くほど深いくびれが存在しているのだ。
 嫌というほど情欲をかきたてられる透けたキャミソール。胸元には花の刺繍のフリルがふんだんにあしらわれ、ずれ掛けた肩紐からのぞく鎖骨と胸の緩やかな丘は、あまりもエロティックであった。
 下半身を隠すはずの裾も、太腿の一部をややさえぎる程度におさまり、少年の劣情を刺激にするには十分すぎるほどだった。むっちりとした太腿から下りる曲線的なラインが、膝と足首でぎゅっとすぼまり、長い美脚の中にも、一種の情熱的なストーリーを形作っている。
 細長い白い手足は指の先端まで手入れが行き届いて、一度妖しくくねらせれば、異性の心は抉られ翻弄され、魅惑の白糸に絡め取られてしまうと思われた。
「うふぅん、どう? 見とれちゃうでしょう? 私は坊やの心が読めるの……、坊やがどんな娘が好きなのかも……。うふふこの中では坊やの好きなようにしていいのよ? ほらおいで? 怖い目にあってばかりで……。ここにいれば、お姉さんがずっと守ってあげるから安心だよ? ふふっ、ほーら捕まえた。今度はおっぱいで溶かしてあげちゃうね?」
 マシュマロのように柔らかい凶器がリグルの顔面を襲った。頭を優しく押さえられて圧迫される。汗と混じり合った濃密なフェロモンが脳を侵す。鼻と口を塞がれそうになりながらも、リグルはさとりの谷間から奏でられる、むせ返るほどの豊潤な香りに酔っていくのだった。
「むっ、むぐぅ……」
「ほらほら暴れないの。お姉さんのHな匂いたっぷり吸っておネンネしましょーね」
 リグルは意識が混沌として指一つ動かせなくなっていた。柔肉の壁が隙間無くリグルの逃げ道を塞ぐ。
「んー、いい子ね。今度来る時は……そうね、快感250%にしていらっしゃい? そうしたらもっといいことしてあげるから……」
 消えゆく意識の中で、リグルはさとりの優しい導きの声だけを脳に刻み込んだ。


 女体の幻影に苛まれながら目を覚ます。さとりの部屋で二度目のENDを喫したリグルは、ある事実に気がついた。ENDした後の再スタート地点が、さとりの部屋に近くなっているのだ。二回目のスタート地点はもうさとりの部屋の目の前。このまま部屋に入ってしまえばどうなるか、リグルにも大体予想がついた。
「僕……、僕どうしよう……。ああお姉さん……」
 頭の中でさとりの肉体が踊り狂う。胸の谷間を強調してきたり、お尻を見せ付けて流し目を送ってきたり。あられもないさとりの痴態に、リグルは行動中枢を完全に支配される。
「あああ、僕のオチンチンがおかしいよう。男の子ってこんなに……」
 リグルは内股になって悶える。
「お姉さん、ああ……。や、やめてください……。お、おっぱいが……ああ……。はっ、はい快感の目盛りですね、今すぐに……」
 仮想空間の中でもリグルは幻影を見た。さとりの肉体に吸い付かれて意のままに操られる。
「お姉さん、これでいいんですね。はい、今直ぐに行きます……」
 半ばぶつかるようにして扉を開ける。前回と同じようにさとりはベッドに横たわっていた。
「あら? また来たのぉ?」
 前回と全く同じ抑揚同じ表情。続けて視界を侵す巨大で淫らに湿った双丘。快感の針がビーンと突き抜けてリグルに圧し掛かってくる。
「あ、あわわ……、すごい、お姉さんを見てるだけで、僕……」
 さとりが立ち上がり、腰を揺らして近づいてくる。リグルは抵抗する理由も無く白い身体に抱擁される。
「あぁーん、私の約束ちゃんと守ってくれたのね。いい子ね坊や。お礼に二度と戻れないようなトラウマを植えつけてあげるね…………」
 リグルは薄紫に塗られた、ぷっくりと膨らんだ唇をぼうっと見ていた。彼女から放たれる言葉一つ一つがリグルの全てなのである。
「くすっ、せっかくだから坊やに選ばせてあげる。このぷるぷるの唇がいーい? それとも坊やの大好きなおっぱいがいい? ううん、それとも……お姉さんと一つになりたいの? うふふふふ…………」






 霊夢は地霊殿一階東部を地道に探索していた。探索可能場所は全て探すという、気の長い話ではあるが、着実にクリアへとは近づいていた。
「結構重要そうなアイテムも手に入れたわね……。そろそろ幽々子にも連絡をいれてみようかしら?」
 メニュー画面から通話のアイコンを押す。まだ幽々子しか通信機を持ったものはいない。ついでに地図もいない。他の仲間は一体何をしているのかと、本当に館の中に飛んだのかと、根本的なことを疑問に思い始めた。
「もしもしー幽々子? そっちの調子はどう?」
「はーい霊夢。私の方は順調よ。飛倉の破片とプールの鍵を手に入れたわ。これって絶対キーアイテムでしょ。西部は大体探索したから次は北部行くわよー」
 幽々子の元気な声は霊夢には安らぎだった。紫も通話できないのであれば、幽々子に頼るしかない。
「私の方も、飛倉の破片一つ手に入れたわ。一体何個あるのかしら? ああそれと、変な紙切れ見つけたんだけど……」
 
 3732―673

「この数字になんか聞き覚えというか、何か関係のある情報は無かった?」
「ううーん、別に数字が必要な場所は無かったわね。じゃ何か見つけたらまた連絡しあいましょうねー」
 幽々子の透けた半身がさっと消える。霊夢は大きく嘆息した。重要そうなアイテムを手に入れているとはいえ、白く埋められた地図の範囲は全体からすると微々たるものでしかない。東部もまだ探索する場所があるし、北部と二階と地下は手付かずだった。いや誰かが地図を取りそびれている可能性もあるが、通信機と両方合わせて今の今まで音信不通なのは、どうにも異様な事態に思われた。
「ま、今の私に出来ることは地図をシコシコ埋めるしかないわね……ん?」
 霊夢はメニュー画面の端にあるEND残数に目を留めた。最近は探索に夢中なのとあまり死んでいないので、すっかり制限事項の存在を忘れていたのだ。
「嘘……。もう残り387回? 何で……? ちょっと前まで500回越えていたじゃない。いくら時間の流れがわからないからって、二時間も三時間も経ってるわけないのに……」
 霊夢は自分の目を疑った。見間違いと思い、目を擦って表示を見るが、残り回数は変わらなかった。呆然として表示を見る。数秒後、387が383へとその形態を変えた。
「え? 今同時に4つも減ったわよ? いくら何でもそんな偶然……」
「ああこれは何人か確実に捕まっていますね。捕虜の状態です」
 キスメが頭の上から言った。
「何よ……それ?」
「マニュアルを読めばわかりますよ。このゲームでは特定NPCの手にかかって数回ENDすると、捕虜状態になることがあります。中には一回で捕虜になる場合がありますが。この状態ではプレイヤーは一切の行動を封じられます。ペナルティとして、END残数マイナス30回、それに加えて時間制限による削りがプラス1されます。ですから捕虜になることはゲームクリアにおいて、大きな障害になるのです」
 キスメは淡々と説明する。霊夢は錯乱して何が何やらわからなかった。
「……で、どうなのよ? 一体どうすればいいのか教えなさいよ!」
「もちろん捕虜を助けることが出来ます。この場合は、特定NPCへの選択肢へ干渉する形での交渉となります。うまくいけば捕虜解放ですが、失敗すれば自分の身も危険にさらします。プレイヤーを捕虜にしてくるNPCは、様々な手練手管を使って籠絡してこようとしてきますので……。今現在の状況は最悪です。霊夢と幽々子さん以外の五人は、誰も地図と通信機を持っていません。助けようにも場所がわからないのです。NPCにも移動型とほぼ座標固定型がいますから、ある程度はわかるのですが……」
 霊夢はキスメの説明を聞いて絶望した。助けようにもすぐに助けられない。それに強力なNPCの存在。このまま人手不足で削られ続ければジリ貧は間違いないのだ。キスメと会話をしている間にもまたEND残数は379へと切り替わった。とすると捕虜になった人数は三人だが――。
「時には仲間を切り捨てることも大事ですよ、霊夢さん。七人全員揃ってなくても一応クリアは可能ですから」
 何かを諭すようなキスメの言葉。霊夢は目の前が真っ暗になる心地がした。




 気持ちの良い熟睡をした後の目覚めは本当に気持ちがいい。八雲紫はゲーム時間で5~7時間程度の眠りを楽しんだ。
「ふぁぁぁあああ……。ああよく寝た。ちょっと藍、らーん! お水持ってきてお水。冷たい冷や水!」
 紫は普段から手足のように使っている式神の名を呼んだが、何度呼んで現れる様子は無い。段々と覚醒する意識と記憶。三十秒ほどしてようやく紫は、ここが自ら霊夢達を招きいれた仮想空間であると了解した。
「ああそっか。私外界のゲームの中にいたんだっけ。結構寝た気がするけど霊夢達はどうなったのかしらねぇ」
 惰眠を誘う魔のベッドからようやく抜け出し立ち上がる。両手をあげてぐんと背伸びをして、気だるそうに扉へと向かう。見た目は幼い容姿であっても、体の中心から滲み出る所作の本質は何も変わってはいなかった。

「さて……と。どうしようかしら? とりあえず……」
 部屋から廊下へと出て、赤い絨毯を踏みしめる。と、ここで紫の鋭敏な感覚が、廊下を横断する何者かの存在を察知した。姿は見えないが確実にそれはいた。絨毯の上を風船のように軽い物体が通り過ぎる微細な振動。
「誰かそこにいるの?」
 紫はそれが真正面に来た時に言った。
「――あなた、私の姿が見えるの?」
 空間がぐにゃりと歪む。異世界の扉が開いたかのようにひずみが生じ、虹色の光を出しながらその声の主の実像が正体を現した。
「私が見える人に出会うなんて何年ぶりかしら。あなたはとても運がいいわね。私の名前は古明地こいし。この館に住むさとりお姉ちゃんの妹なの」
 紫はこいしと名乗った少女をまじまじと見つめた。黒い帽子を被って、肌は全く血の気が無く、沈みきった表情が物悲しい。存在自体が希薄で、幽霊のように薄い平面で、後ろの壁がほとんど透けて見えた。
「あなたなら、私の願いを叶えてくれる気がするの。だって、だってこんな偶然――。お願い、この鍵を持ってお姉ちゃんを悪魔の呪縛から救って欲しいの。私のせいでお姉ちゃんは……。全部私が悪いの。あなたならきっとお姉ちゃんを救ってくれるはず――――」
 こいしはポケットから血でどっぷりと濡れた鍵を差し出した。錆びた金属の上に赤い染みがリアルに浮き出ていて、今にもポタリと滴り落ちそうな予感がした。
「悪いけどこれは受け取れないわね」
「どうして?」
「あなたとお姉ちゃんの身に何があったのか知らないけど、私は部外者だからねぇ。あなたを救うのはあなた自身よ。この鍵はあなたが持っていなさい」
 紫が拒否すると、こいしは驚いたように目を瞬かせて、ゆっくりと鍵を元のポケットへと戻した。
「うふふ、あなた人間ね。私にはわかるもの……。人間に教えられるなんて私馬鹿ね……。じゃ、さようなら親切な人間さん。最後にお話できてよかったわ…………」
 こいしはそう言ってすっと霧のように消えた。後に残るのは何も無かった。
「結局なんだったのかしら? さぁーてっと、霊夢達も怒ってそうだしぼちぼち行くとしますか……」
 腰をトントンと叩いて未知なる部屋を目指す。紫のペースは何時如何なる時でも崩れることは無い。
 





「ほら早く捕まった三人の場所を教えないよ! あんたなら知っているんでしょ? ほらっ、ほら!」
 霊夢の頭は沸騰していた。仲間が捕まったとあってはいてもたってもいられない。自分がゲームの中のプレイヤーの一人であることも忘れて、暴力的にキスメを責めたてていた。
「いえいえいえ、それは無しにしてくださいよ霊夢さん。何のために現在位置を知らせる地図があると思っているんですか? そんなに簡単に仲間を見つけられたら本末転倒ですよ」
 キスメの桶が激しく揺さぶられて、緑のおさげがぶんぶんと上下に躍動する。
「霊夢ー。その辺にしておいたら? キスメさんも困っているでしょうに……」
 作戦を立てようと、通話状態になっていた幽々子が嗜めた。
「あんたは少しは焦りなさいよ! 残数ENDはもう375回しかないのよ? リアル一時間で192回削られる計算になるから、もう残り二時間切ってる計算になるわ。それに加えてBADENDで何回かは死ななくちゃいけない。この館の広さ考えればたった二人でなんて探索できるわけないじゃない! ちっ、誰よ何もせずに捕まったのは! 私が性根を叩き直して……」
「まぁまぁ、そんなに青筋立てて叫ばなくても……。きっとみんなにも深い事情があったのよ。ねっ、霊夢にもそんなことってあるでしょ?
 急に従者が過労で倒れたり、保存しておいた食料が切れたり。予期せぬ出来事ってのは急に起こるものよ」
 必死でなだめる幽々子の言葉も、今の霊夢には耳障りだった。それほど我を忘れて混乱していた。閉塞された環境が霊夢の心を圧迫し、そのはけ口は不甲斐ない仲間への愚痴として現れた。
「と、とにかく、全員私が叩き起こしてから……」
「霊夢さん、メニューの通話画面開いてください。さっきから点滅していますよ。誰かが通信機を取って連絡してきました」
 はっと我に返り急いで通話アイコンを押す。画面にはユカリの文字が光っている。地霊殿に入ってからやっと霊夢はひと時の安心感を得た。霊夢にとっては八雲紫はそれほど大きな存在だった。
「もしもーし、応答せよ応答せよこちら紫。あ、やっと繋がった。もう早くとりなさいよ。あんまりレディーを待たせるものじゃないわ。で、ゲームの方はどうかしら? 私がいない間に頑張ってくれていたかしら?」
 空中に紫の姿が映し出され、三人との通話状態になる。ふざけたような締まりの無い声。霊夢は久しぶりに紫と話せた嬉しさもあったが、積もり積もった文句の方を優先した。
「どーもこーも無いわよ! 地図と通信機を手に入れたのは、ずっと私と幽々子の二人だけだったし。あまつさえ三人が行方知れずのまま捕虜になる始末! 真剣さが足りないわよ! どいつもこいつも……」
「あら霊夢ったら随分ご機嫌斜めね。駄目ねぇ。そんなに取り乱しちゃいけないわ。それに引き換え幽々子は余裕があるわね。これが年季の違いって奴かしら?」
「私は楽しんでるわよー。美味しいものも食べたし満足だわ……」
 二人の緊張感の無い会話は、霊夢のイライラを増長させる。如何ともし難い種族の壁が霊夢の前に立ちふさがっていた。
「ゆ、紫、暢気にくっちゃべってる暇は無いのよ。時間が、もう時間が無いのよ――」
「何焦ってるのよ霊夢あなたらしく無いわねぇ。まんまと製作者の罠に嵌りっぱなしじゃないの。こんな仮想の薄気味悪い空間なんてなんの意味も……」
「違うのよ違うのよ……。本当にもう時間が……」
 霊夢は紫に捕虜ペナルティについて手早く説明した。

「ふーん、私がいない間にたいぶ酷い状況になったわね。ま、初心者ばっかりだからしかたのない面もあるわ。三人アウトか……。これはもうクリア無理かしらね。キスメさーん、ちょっと来てー。今回の挑戦を放棄してリセットしたいのだけれどー」
「はーいただいまー」
 透けた紫の虚像めがけてキスメが飛んで行った。
「ゲームのリセットをお願いするわ。私達は地底で一生奴隷として暮らす運命になりました。ちゃんちゃんで終わりよ。二人共それでいいわね?」
「ちょ……。紫何言ってるの? リセットってどういうこと?」
「えーここまでのデータは自動保存されております。残念ですが、今回は失敗ということで。あ、人数減らしても再スタートできますので、またの機会があればご利用ください」
 まだ頭が追いつかない霊夢にキスメが説明する。
「何々? あんた達何を言ってるの?」
「リセットよ。この仮想世界を終わらせるの。ゲームの中で何が起ころうとも、電源ボタン一つではいお仕舞い。現実の世界には何の意味もなさないわ。ねぇ幽々子ももう終わりでいいでしょ?」
「んー、残念な気もするけどまぁいいわよ」
 幽々子がやや名残惜しそうに言う。
「それじゃあ決まりね。キスメさんお願いするわ。リセットの方法を教えてちょうだい}
「はいわかりました。それではメニューからシステムアイコンを押して…………ギ、ギギッ! …………申し訳ございませんお客様。特例措置により、ゲーム中のログアウトは不可となりました。このままゲームをお楽しみくださいませ……」
 笑顔のキスメが突然豹変して無表情になって言った。と同時にシステムアイコンが凍結され、QuitとRestartが封じられる。
「え? 何なの? リセットは? シムテムの……? このアイコン押しても何にも起きないわよ?」
「これはこれは……。こんなちゃちな空間で、この私を捕まえようなんて舐められたもんね。なんのつもりか知らないけど……。んん? へぇ……まさか……ね。まぁいいわ。引き続きゲームを楽しみましょうか」
 非常事態にも関わらず紫は冷静になる。全ての境界を司る彼女にとっては閉鎖空間など何も意味はなさない。
「紫、紫! 何ぶつぶつ言っているの? もうゲームは終わるんじゃなかったの?」
 霊夢が声を荒げている。
「あーんそれがねぇ、霊夢。どこかの怖ーい黒幕の人達が、私達をゲームの世界に閉じ込めようとしているのよー。困ったわぁー。ここでは私はか弱い10歳の少女だしぃ。何も出来ないわぁー。くすんくすん……」
 わざとらしく泣き真似をする紫。その呆れるほどあさはかな演技も、霊夢の目には真実に映ってしまう。
「そ、そんな……。じゃあ私達どうなるの……?」
「んー、力を合わせて頑張ってこのゲームをクリアするか、地霊殿の妖怪達のエサになるか二つに一つでしょ? ねぇキスメさん?」
「はいその通りです。ゲーム終了するためには、ゲームクリアか残数ENDの全消化、それか人間全員の捕虜化が必要です」
 キスメの表情はまた普段の愛嬌のいい顔に戻っていた。
「ですってよ、霊夢? このまま死んだら二度と幻想郷に帰れなくなっちゃうわ。張り切って頑張りましょうね」
「二度と幻想郷に……? 私が助けなければ魔理沙達も、そして私も……。あっああ紫、私、私……。う、うん……。わかったわ紫。私が何とかしなくちゃ……私が頑張らなくちゃ……」
 霊夢は自分にいい聞かせるようにつぶやいた。紫ですらどうにもならない状況に、霊夢は絶望的な思いを抱いていた。どうして、どうしてとという思いと共に、早く仲間を助け出さなければと、気だけはやるばかりで、考えは依然としてまとまらなかった。
「何だかよくわからない話だったけど、このままゲーム続行ってことなのね。……そういえば、私の有能な庭師さんはどうしたのかしらねぇ?」
 緊張感の無い顔で幽々子はぽつりとつぶやいた。 






 黒髪の少年を犯して殺し、魂魄妖夢は地下迷宮で頭がおかしくなり、彷徨う狂人となりBADENDとなった。
妖夢は今は座禅を組んで精神統一をしている。自分の愚かさを戒め、雑念を全て取り払うための時間が必要だったのだ。
「私があのような罪を犯してしまうとは……」
 自分の行いを深く悔いる。例えこの空間が仮のものだったとしても、罪は罪だと妖夢は考える。それ故に妖夢の憤りは非常に激しいものだったのである。
 穏やかに息を吐いて、心を無にしているとあの少年のいやらしい肉体が、とんと天井から降りてきた。どこからともなく赤と青の気持ちの悪い色の蛇が地を這って、真っ白い少年の肌へと絡みついていく。少年はそれを自分の性器やわき腹や首に巻きつけ、あろうことかこれみよがしに妖夢に見せ付けてくるのだ。
(お姉ちゃん、僕の大好きなお姉ちゃん。蛇が僕の色んなとこに巻きついてくるよう……。助けてお姉ちゃん)
 蛇は子蛇とも思える小さな体で、少年の敏感な部分を責め嬲っていた。性器の頭から尿道へと細い舌を入れられ、あどけない唇から子蛇が何本も口の中を侵そうと入り込んでいく。肛門には蛇の頭がずぶりと入り、少年の敏感な粘膜を湿った鱗で蹂躙するのだ。このあまりにも淫靡な責めに少年は悲しくも甘い嗚咽をもらした。
(はうん! 蛇が、蛇が僕の中に入ってくるよう! お口もお尻も、オチンチンの中も全部弄ばれちゃう。お姉ちゃん……、早くこっち来て蛇を抜いてぇ……。僕このままじゃ頭がおかしくなりそうなの……。お尻の中じゅぷじゅぷされてオチンチンも舌でちゅるちゅるされてぇ……。早く助けて……。もしかして僕を見捨てたりしないよね……? お姉ちゃんはいい人だもんね……。うふふ…………)
(騙されるな。これは魔だ。私の邪な心が作り出した幻影。消えろ、消えるんだ!)
(くすくす……。助けてくれないんだねお姉ちゃん。僕がこんなに酷い目にあってるのに……)
 蛇の虜となった少年は尚も暗闇の中で、妖夢を堕落させようと妖しく踊り狂った。長い長い涅槃に近いとも思われる精神集中の後、妖夢はやっとのことで、悪魔の少年の幻影を打ち払った。
「ふぅ……。もういいでしょう。魔は消え去りました。早く幽々子様達と合流できる手段を探しましょう」


 未だ地図を所持していないがために、ここがかつて通った道かどうかもわからない。妖夢は薄暗い迷宮をひたひたと歩く。見覚えのある白骨死体、またあの魔少年が捕らわれている鉄格子の牢屋に来ていた。
「……あ! お姉ちゃんやっぱり助けに来てくれたんだね。僕心配してたんだよぉ……。お姉ちゃんが僕のこと無視して行っちゃうと思って……」
 妖夢は牢屋の外にある鍵束に手をかけた。これがあれば他の牢屋も開けられると考えたのだ。ただしそれにはこの少年の誘惑を撥ね退けなくてはならない。
「お姉ちゃん……。またさっきみたいに僕のこと犯していいよ? 僕お姉ちゃんのこと愛しているから何度でも何度でも……。ほら、見てぇ……。ボクのオチンチン……」
 少年が足を開いて、ドクドクと脈打つ性器を見せ付けていた。妖夢はそれを一瞥しただけで、鍵束を手に取りスタスタと立ち去っていた。
「あっれぇ? お姉ちゃん? 僕がどーなってもいいの? ね、ねぇ、お、おねえちゃーーん!」
 悪魔の手先の声は妖夢には届かない。
 鍵束を持ち別の牢屋を開ける。長い年月をかけて風化したと思われる人間の残骸。その手には地霊殿の地図と、そばには通信機がころがっていた。






「捕虜になった仲間のプレイヤーが、もしゲームクリアに必須なアイテムを持っていた場合、それだけで詰み状態になってしまいます。捕虜にされやすいNPCは断トツで古明地さとりです。このNPCは隠しパラメーターとして、男性に対して快感がプラス100%、女性には50%加わります。ただし二階の一番大きな部屋に普通はいるので、避けようと思えば避けられますが。完璧な真ENDを目指すためには、彼女との接触は絶対に必要です。一度さとりに捕まってしまえば助け出すのは非常に困難です。もしどうしても助けたいのであれば、捕虜になってから早い内が一番可能性があります。ほとんどチャンスは一回きり、これが逃せば助けられるパターンはほぼ0になります……」
 キスメが整然と説明している。とりあえず霊夢達は攻略に必要な情報を、全てキスメから聞き出すことにしたのだ。
「次にお燐ですが、これは初見殺しのようなNPCです。彼女のゾンビ化への契約は普通に断れますので。変な死体趣味が無ければ問題ないです。ゾンビ化すると館内をランダムに彷徨います。捕虜から解放するには聖水が必要です。ゾンビ化したプレイヤーを見つけて、聖水をかけるだけですので、運がよければ普通に出来ます。えー、このゲームクリアに絶対必須のアイテムは飛倉の破片六個とプールの鍵、焼却炉の鍵、それにムラサ船長の扉のパスコード。さとりの日記はバックストーリー的なものを説明しているのでいりません。えーとその他にも細かいアイテムはありますが…………」
 現在霊夢は東部の半分以上を調べ終えていた。幽々子は西部を終えて、北部へと手を伸ばそうとしている。調べるといっても、数々のENDへの罠があるのでそう簡単にはいかない。特に廊下に堂々と鎮座しているキメラの存在には手を焼いた。最短ルートを通ろうとしても、この化け物が道を塞いでいるので、周り道をしなくてはならないのだ。歩けど歩けど廊下にはキメラ。霊夢の探索の効率は全くもってあがらなかった。
「何か……キメラの数が増えている気がするんだけど? さっきはあのルートにいなかったはず……」
「ええと、飛倉の破片を入手するたびに、キメラの密度が上がりますよ。六個で最大60%アップです」
「はぁそうなの……。隠し要素ばっかりでうんざりするわね……」
「ゲームってそんなものですよ霊夢さん。未知の部分があるから面白みがあるのです」
 キスメの言葉も霊夢はあまり理解し得ない。こんなに神経を減らすゲームなどやりたくは無かった。しかもどこの誰だか知らない黒幕に自分達の命運を握られているというのに。

 ピピピと効果音がした。メニューを見ると通話アイコンが点滅している。幽々子からだ。
「はいはい、私の妖夢のお帰りよー。ほらみんなに元気な声を聞かせてあげなさいよ」
「皆さん遅れました。心配かけて申し訳ありません。魂魄妖夢、ただいまの参上であります」
 幽々子の半身の隣に妖夢が浮んだ。ほんの少しの時間の別離とはいえ、何年も会っていないに思えた。
「あのねー、聞いてよ。妖夢ったらね、私に通話してきた時はね、すごい涙声だったのよ。こう、ひくっ、ひくってしゃくりあげてね……」
「も、もうやめてくださいよ幽々子様ー。そんなに変な声出していませんよ」
 妖夢を茶化す幽々子は本当に嬉しそうだった。
「これで四人揃ったわね。END残数は今325回、これならぎりぎりいけるんじゃない? ねぇキスメさん。以外と盛り上げるためにそういう風にプログラムされているんじゃないかしら」
「は、はい、四人はまぁ最低ラインでしたね。今からでも的確にアイテムを集めれば十分クリアは可能です」
 紫は不思議なことを言ったが、霊夢は俄然やる気が出てきた。クリア出来るならば、仲間も助けられればいいではないか。そうだ、妖夢が四人目なのだから、必然的に捕虜は魔理沙、アリス、リグルとなる。アリスやリグルはともかく、魔理沙はこんな不気味な館に置いていくわけにはいかない。
「それじゃ、これからの作戦を決めましょうか。妖夢はそのまま地下を探ってちょうだい。かなりの広さだから隙間無く地図を埋めて、プールや焼却炉の位置を確かめておいて。幽々子は罠に気をつけながらそのまま北部を探索して、飛倉の破片も必ずあるはずだわ。私は今いる二階を探索するわ。で、霊夢は東部の残りマスを埋めてちょうだい、その後は幽々子の手伝いに北部を……」
「紫、紫、肝心なこと忘れているわよ。捕まった仲間よ。もしかして必須アイテムを持っているかもしれないし、助ければ人手も増えるし時間による削りも緩和されるわ。まだ時間は残っているし、仲間の救出を最優先に考えるべきだわ」
 霊夢は反論して言ったが、紫は眉をひそめた。
「霊夢。もうお仲間を助けるなんて考えは捨てた方がいいわよ。よしんば助けるとしても何かのついでね。地図も通信機も見つけられずに捕まる仲間なんて、あえて助ける意味があるのかしら? あなたはそう思わない? 霊夢?」
「で、でも……私達は仲間……。人間の仲間だし……」
「仲間ね……。そういえばみんな人間って設定だったわね。でもよく聞いてね? 何の役にも立たない仲間は邪魔になるだけなのよ。そんなの仲間でも何でもないの。足手まといはガンガン切り捨てるべきよ。地図も見つけられないのに、必須アイテムなんか持っているわけないわ。どうせ怖くなって逃げ回って妖怪につけこまれたんでしょうね。この場合、ほんの少しの時間の削りのために仲間助ける価値は無いわ。救出に伴うリスクの方が大きすぎるもの」
 紫の言うこともある意味正論なのだが、霊夢は聞き入れたくなかった。
「お、おかしいわ紫。そんな、そんな足手まといだなんて……。魔理沙は私の大事な……」
「大事なねぇ……。うっ、くっ、くくくっ! あら御免なさい、これは只の思い出し笑いだから気にしないでね。まぁいいわ。それで――誰を助けるっていうのよ? 三人とも揃いも揃って地図無しで雲隠れ。一体どこを探すっていうの? いいから地道に地図を埋めた方がいいわ。そうすれば捕虜のお馬鹿さんもそのうち見つかるはず――」
「い、いえ二階の古明地さとりは固定NPCだってキスメが言ったわ。そこにいけば必ず誰かいるはずよ」
 紫は首を捻る。幽々子と妖夢は会話は聞いているものの、自地域の探索を熱心にしていた。
「ふぅん、でもそのさとりさんはこのゲームで一番強力なNPCじゃないの? キスメさんも言ってたように、チャンスはほぼ一度きりで……。失礼だけど霊夢にそれが出来るのかしらね。情報によるとさとりさんは心を読む妖怪じゃないの。今の霊夢の浮ついた気持ちで、その妖怪に立ち向かえるの? ミイラ取りがミイラになっても私達は誰もあなたを助け――――」
「紫!!」
 霊夢が一喝していた。血が出そうなほど拳を握り締め歯を食いしばる。
「そんなの間違ってるわよ! 私は、私で……。必ず仲間を助け出すわ!」
 通話がプチンと切れた。むなしい静寂だけが場を包む。
「ちょっと紫。いいのあれ?」
 幽々子が聞く。
「いいも何も――。まぁあの子の好きにやればいいわ」
「そんなこと言って本当は気にしているんでしょ。それにあなた隠しごとばっかしてるのね。なぁにさっきの演出。ゲームの中から出れないだなんて、用意周到な紫がそんなヘマするわけないじゃない。ねぇ黒幕ってのは実は紫なんでしょ? みんなを怖がらせるためにね。外界ってのも嘘で、実はこの空間も紫が作って……」
「残念だけどその予想は大はずれなのよねぇ。この世界は確実に私以外の手によるもの。私は無礼千万な支配者が作ったゲームを、プレイヤーの一人として純粋に楽しみたいだけよ」
 紫ははっきりと言った。
「幽々子様? 何言ってるんですか? 私にもよくわかるように言ってください」
「んー、妖夢は知らなくていいわー。ほらさっさと地下を探索しなさい。でないと怖いお化けが出てきちゃうわよー。ドロドロドロ……」
「ひぇっ、ひえええっ! やめてください。私は怖がりなんですから!」
 陽気に騒ぐ二人の手前で紫はニヤリと笑った。
「ふふ、誰でもいいわ。ゲームを楽しもうじゃないの。それに――」
 そう、これはこれで面白い試みだと紫は思った。軽くスキップをしながら廊下を飛び跳ねる。その足取りは天女のように軽かった。






 聖輦船の部品となる飛倉の破片、紫は部屋の片隅でそれを見つけた。
「これで破片は三つ目ね。順調順調。二階はそんな広くもないし、他にも重要なアイテムがあるのかしらねぇ?」
 紫は気分よくして部屋の外へ躍り出る。廊下を気ままに進むと縦に長い階段の踊り場が見えた。地図を確認する。どうやら一回北部のやや西側とつながっているらしい。
「これで階段も確認と……。幽々子にでも直接挨拶にでも行こうかしら……んん?」
 踊り場の影でもつれ合う二つの影。紫は初めそれが何かわからなかったが、徐々に近づくとその影の正体が明らかになった。
「マリサぁん。好き好き! すごい好き!」
「アリス、私もだぜ……。アリスの腐った肉の臭いもたまんないぜ……」
 十メートル以内に近づいてようやくわかった。このゲームを一緒に開始した、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドの無残な姿だった。
「何これ? 趣味悪いわねー」
 むせ返るほどの腐臭。もはや人間としての尊厳などは微塵も無かった。ただお互いの死肉を喰らい、絶えず腐敗再生しながら館を彷徨う生人形。紫の嫌悪感は最高潮に達した。それによって出た結論は放置。この二人に紫が情けをかける理由は何もないのだ。尚も体を寄せて哀れな性行をしようと二人を見て、紫は何も声をかけることなく踵を返す。
 メニューからの呼び出し音。霊夢からだった。
「紫、霊夢だけど。さっきはごめんなさい。私少し気が動転してて……。で、でも紫の言うこともわかるけど、私は私で信念を貫きたいのよ。それだけはわかって? ああそうそう、さっき聖水を手に入れたのよ。誰か、ゾンビ化した仲間がいたら、これで助けられるから……」
「ええわかったわ霊夢。私もごめんなさい。自分の気持ちばかり押付けて、あなたの意思も尊重するべきだったわ。聖水を手に入れたのね。良かったわ、ゾンビ化した仲間を見つけたらすぐ連絡するから。じゃあね霊夢。私はあなたの頼もしい味方よ」
「う、うん! ありがとう紫。……じゃ切るね」
 嬉しそうな霊夢の声。本当に使いやすい駒だと思った。ちょっとおだてればすぐその気なる。
 また振り返って、おぞましい生き物をもう一度見てみる。
「こんなクズ共は幻想郷にはいらないわね。この生臭い館で一生を過ごすのがお似合いだわ」
 紫は今度こそゾンビ化した魔理沙とアリスの前から立ち去った。




「マリサ? 見て見て? こうやって肋骨をオマンコに刺せば擬似オチンポの出来上がりよ。んっ、入れるわね……ああんっ!」
「アリス、アリス、アリスが入ってくる。アリスの腐った骨が私の中に入ってくる」
「ああああ! マリサの中ぐちゅぐちゅぅうー。いっぱいHなお汁が溢れてくるぅー。ねぇ気持ちいい? 気持ちいいぃ?」
「骨の突起がひっかかって気持ちいいよ。そんなにかき回されたら垂れ流しだぜ……。えへえへへへ……」
「はん、あん! あんあん! そんなに締め付けないでマリサぁ。そんなにされたら私イっちゃううううう! 子種のシロップどぴゅどぴゅしちゃううう!!」
「私の中でアリスが破裂してるっ! すごいHな臭いだ……。はぁはぁ、アリスにいっぱい中出しされちゃったぜ……」
「あはぁ、これでマリサも私の子孕むのー。ねぇ私もマリサの子孕みたいからオチンポ入れてぇ? 交互に中出しあいっこしよぉ?」
「わかったぜアリス。ほら見ろ大きい腕の骨だぞ? いっぱい泣かせちゃうからなー」
「キャーマリサったら。そんな大きいの入らないぃ! 駄目ぇ。オマンコ壊れちゃう壊れちゃう!!」
「好きだっ、ずっと好きだぜアリスっ!」
「私もよマリサ。キスして? ドロドロお肉ジュース口移ししよ? あむあむぅーおぼーーー!!」 
「美味しい美味しいよアリス……」
「ねぇマリサ? 私達の子供は無事に生まれるかしら?」
「きっと生まれるさ! アリスに似て可愛い子がいいぜ!」
「やだぁーまだ女の子だって決まってないのにー」
「あはは、私は女の子がいいぜ」
「マリサたら、うふっ、うふふふふ…………」
「あはっ、あははは…………」





 
「紫……、よかった。別に気にしていないみたいだわ。聖水も取ったし、直ぐに助け出せるわね。後は……」
 霊夢は探索しつつも二階へ昇る階段を探していた。古明地さとりの捕虜になっているプレイヤーがいるのならば、即刻助け出すべきだと霊夢は思った。何も失敗すると決まっているわけでは無い。何も挑戦しないまま、仲間を見捨てるのは嫌だった。
 地霊殿東部から北部へと繋がる廊下の突き当たり、霊夢は二階へ通じる階段を見つけた。蔦のようなイメージの螺旋階段。長い蛇同士が口から尻尾を喰らっているようにも見えた。
「やったわ、これでさとりの部屋へ行ける」
 足早に階段を駆け上がる。入り組んだ廊下にはキメラの姿がちらほら見える。もう無駄なENDはできない。慎重に音を立てないようにしながら歩を進めた。

 煌びやかな宝石が散りばめられた、御伽の国のような豪奢な扉が行く手を塞いだ。地図を見るとこの部屋はかなり大きい。おそらくここがさとりの部屋なのだろう。心臓がドキドキした。果たしてこの先に誰かが捕まっているのかいないのか。どっちにしろ霊夢は確かめなくては気が済まなかった。
「そうだ、入る前に連絡しておかなくちゃ」
 メニューから通話アイコンを押す。しかし反応が無い。何度押してもうんともすんとも言わなかった。
「何これ? こんな時に壊れてるの? ちょっとキスメ……」
 霊夢はぐるっと首を回したがキスメもいなかった。キスメモードはずっとONのままのはずなのにどうして? 今までキスメの姿が消えたことなど一度も無かったのに。改めて目の前の扉を見る。何か扉の奥から強力な波動が放出されているように思えた。全ての電磁波もエネルギーも全て遮断する強力な波動を。
「どうしよう……。もし私がここで捕虜になったとしたら……。ううん、何を言ってるの、私が妖怪なんかに惑わされるわけないじゃない。絶対、絶対助けて見せるわ」
 霊夢の頭は曇っていた。閉塞感と寂寥感が正常な判断を失わせていたのだ。豪華な扉はどことなく楽しそうに思えてしまう。霊夢は自分の行動から生じる不利益も考えず、誘われるように扉の中へ入った。


「お邪魔しま…………うっ!」
 部屋の中は霊夢にとって異世界だった。純白のベッドの上には、全裸の男女が汗で湿った肌を重ねていたのだ。
「お姉さん、お姉さん、もっと、もっと……」
「うふっ、坊やは少し痛くされるのが好きなの? ……あら、お客様ね。坊やのお友達かしら? ふふっ、よかったわね。可愛いお姉ちゃんが坊やを助けに来てくれたのよ? ほら挨拶しなさい?」
 リグルは乳首を摘まれてキスをされていた。幼いペニスが痛いほど怒張し、さとりの責めを受けるたびに固く反りあがって悶えた。
「ほらいらっしゃいませー。ようこそー」
「はぁぁぁ……」
 さとりはリグルのペニスを持ちお辞儀をするように下へと向けた。すべすべの手に握られたリグルのペニスはそれだけで破裂しそうになった。
「あっ、あ……」
 どうしていいかわからずに、霊夢は思わず声を失った。
「ふぅんあなたがレイムさんですね。私は心が読める覚妖怪の古明地さとりと言いますのよ。ふふ、言わなくてもわかります。このリグル君を助けに来たのでしょう? もう少し遅ければリグル君は私の完全な虜になって、一つも選択肢は無くなってしまう予定でした。今この状況、レイムさんとリグル君のやりようによって、今後の展開は変わるわけです」
 さとりは何故か説明口調だった。リグルのペニスに指を這わせゆっくりと焦らすようにしごいている。
「やっ、やめなさいよ! リグルを離しなさい!」
 顔を真っ赤にしながらも霊夢は何とか声を絞り出した。
「ううーん、私は別にリグル君を解放してもいいんですけどね……。リグル君の意見も尊重したいの。ねぇリグル君? お姉ちゃんが一緒に行こうって言ってるよ? どうする? ほらぁ、さとりお姉さんとどっちにするぅ?」
「ふぁ、はぁぁ、やめ、僕、僕ぅ!」
 さとりの豊満な胸がリグルの背中でぐにゃりと形を変える。耳もとで囁きながら、ペニスを緩急をつけながら執拗に嬲っている。
「私の方が好き? こんなHな体で気持ちいいことしてくれるお姉さんの方が好きよねぇ? 違う? ん? んんー?」
 さとりの唇がリグルの首筋にぴたっと吸い付く。柔らかい唇の感触がリグルを深い恍惚状態にする。
「はぁ、はぁ、お姉さんが好きぃ。僕さとりお姉さんとずっと一緒にいたい……」
「あーんありがとう。ほらリグル君はお姉さんが好きなんだって。残念だったわねレイムさん。ほらほら、おっぱいですよぉー」
「あっ、むっ、むっ……」
 リグルの顔面が巨大な胸に閉じ込められる。母親に甘えるようにひしとすがり付いて、進んでさとりの支配を受けようとする。
「ひ、卑怯よ! そんな裸になって何してるのよ? いい、いやらしいわ!!」
 霊夢が激昂して言った。目の前に起る事実の意味がわからなかった。裸の白い体を持ったさとりが、リグルを食べているようにだけ思えた。蛇が獲物に巻きつき捕食するような感覚。吐き気がするほどのおぞましさが沸き上がってきた。
「んもう、リグル君の本心なのにねー? そんなに信じられないなら、リグル君の口からいっぱい言いたいこと言ってもらおうかなー」
「な、何よ……」
 さとりはリグルの後ろに座り、ペニスを後ろから両手に収めた。
「あぁ……お姉さん……」
「言いなさい全て。このレイムさんにされたことを」
「は、はい……。レイムさんは僕をいじめました。僕は何もしてないのに通りすがりってだけで、石を投げつけてきたのです」
 さとりの手がわさわさと動く。
「へぇレイムお姉ちゃんは悪い子なんだ? いじめっ子なんだ?」
「ちょ、ちょっと、いきなり何を……」
「悪い子は黙っててねー。ねぇリグル君? 溜まっていることは全部吐き出した方がいいわよ。そうしないと体に悪いですからねー。ほらすっきりしましょーね。全部話してくれたらオチンチンもすっきりしてあげますからねー」
「ぁぁお姉さぁん……。手が気持ちいいです……。レイムさんがいじめたのは僕だけじゃありません。友達のミスティアもチルノもルーミアもみんな言っています。博麗の巫女は僕達を何の理由も無しにいじめるのです。見た目が気にいらないとか、根性が悪いとか、そんなどうでもいい理由で僕たちを迫害するのです……。でっでも相手は博麗の巫女だから何も言えません。だって博麗の巫女は絶対的だから。僕達には何もできないんです。今日も無理やり地底に連れて来られて、妖怪に酷い目に合わされて……」
 リグルは嗚咽しながらさとりの胸に顔をうずめた。
「ああもうなんて可愛そうな子なの。よしよし、つらかったね。もう悪い子のレイムとは一緒の世界にいなくていいのよ。お姉さんがずっと一緒にいてあげるから……」
「はい……。さとりお姉さんに出会えて本当に良かった……」
 頭を撫でられてリグルは落ち着いてしまった。完全に心酔し陶酔しきった顔。リグルはもうレイムという存在を意識することは無くなった。
「だ、騙されないでよっリグル! そいつの気持ち悪い顔見なさいよ。どうみても妖怪の顔じゃない!」
「えーっ、違うわよねぇ? お姉さんのこと大好きでしょ? リグルくぅん?」
 さとりが真上から見下ろして、目を細くして包み込んだ。
「はい……。お姉さんすごい美人で、僕見とれちゃいます……。あ! あ、あああ!!」
 さとりの手にどろりとした唾液たっぷりとまぶされる。両手に満遍なく行き渡った粘液は、性欲を昂進させる媚薬となり、リグルのペニスを弄んだ。
「お姉さんの手の中ぐちゅぐちゅでいい! お姉さんの手! オチンチン破裂しそう!」
「気持ちいいでしょー? 大抵の男の子はこうされるとすぐに漏らしちゃうのよ? いじめっ子のお姉ちゃんの前で漏らしちゃいなさい。それがさとりお姉さんへの服従の証。Hなお汁漏らすとお馬鹿さんになって何も考えられなくなるのよ……。うふふ、ほら、ほらほらほら!」
 吸い付くのような指の腹が、幼いペニス全体をリズムよく刺激する。唾液も絶えず補充されて、途絶えることの無い極上の蜜責めが続く。
「やめ……やめ……」
 霊夢は涙を流していたが、それでさとりの行為が止むわけは無い。
「ああタマタマせりあがってきたわ。さぁオチンチンから白い液お漏らししましょーね。レイムお姉ちゃんよく見えるようにしよっか? おしっこしーしーのポーズですよー。ほらさとりのお姉さんのすべすべの手でイっちゃうのね。ほらほら、お姉さんのことで頭いっぱいにして苦しいこともみんな全て忘れてイっちゃいさない。あん気持ちいい気持ちいい。ほら、ほら! あん、あん、とろとろの唾液でたっぷり包み込んであげる。んーっ。ほらねちゃねちゃぁ……。先っぽもタマタマも竿も全部くちゅくちゅ……。あ、オチンチン破裂しちゃう。すごい、タマタマから坊やの精子がくちゅくちゅぅ……。くちゅくちゅ、くちゅくちゅ! くちゅ、くちゅくちゅくちゅくちゅ!!」
「お、お姉さん! 出る! オチンチンから何か出るぅ!!」
 リグルの嬌声が轟くと、白い濃い精液が放物線上を描いて数メートル飛び散った。膝ついて座っていた霊夢の顔にも、その淫らな飛沫はふりかかる。
「はぁ……はぁぁ……」
「はいよく出来ました。大好きよ、坊や。チュッ♪」
 放心状態の少年の頬に魅惑の接吻が押付けられる。その後さとりはすっと立ち上がり霊夢のそばで仁王立ちした。
「さてと……。悪いレイムお姉ちゃんにはおしおきをしてあげないとね。まさかこの古明地さとりの部屋へ勝手に入って、無事で帰れるとは思ってないでしょうね? あらそんな悲しい顔しないで? 初めてだから、優しくしてあげるわ……。たっぷりと時間をかけてね……。うふふふ…………」
 霊夢は頭が真っ白になった。何も見えない何も聞こえない。ただ湿った肌を合わせる感触だけ。夢見心地のまま霊夢の意識は深い暗闇へと沈んでいった。






「ひいいっ! た、助けて! 怖い、怖いいいぃ!」
 霊夢は半狂乱になっていた。BADEND後目を覚ました霊夢は、息絶え絶えになりながら一階への階段へと這って辿り着いた。何が起ったのかわからない。仲間を助けようと部屋へ入ったのに、裸でまぐわり合う痴態を見せられながら罵声を浴びたのだ。この現実は霊夢の脳細胞の数パーセントを破壊した。自分が正しいと思っていた行為が無残にも跳ね返され、霊夢が受けた衝撃の度合いを推し量るには難くない。
「やめて! 来ないで、来ないで!」
 さとりのすらっとした艶かしい身体が頭をよぎった。唇を奪われて舌を吸われ乳首を指で転がされた。霊夢の中に新たな快感の種が萌芽する。白い手が霊夢のへそから下へと向かうところで、テキストの進行は終わってしまった。あろうことか霊夢はその先を望んでしまっていた。甘くとろけるような愛撫に、そのまま身を委ねてしまいそうになったのだ。
「いや、いや……。私は違うから、違うから……」
「ちょっとー、どうしたのよ霊夢ったら?」
 幽々子が口を開く。人間四人は現在同時に通話を繋げている。霊夢の憔悴ぶりを放ってはおけなかった。
「知らないわよ。どうせ百戦錬磨の女主人に軽く捻られたんでしょうね。」
 紫は霊夢に通話しようとしたが、しばらくは繋がらなかった。不思議に思って何度も試みて、数分後やっと通話出来たのであるが、その時既に霊夢は完全な茫然自失の状態にあった。
「霊夢さん……。随分困惑しているようですが、一体何故……」
 妖夢が心配そうに言う。
「それにしても困ったちゃんねー。まさか本当にさとりの部屋に何の対策も無しにずかずか入っちゃうなんてね。重要アイテムも持っているのに、もし続けてENDして捕虜になったらどうする気だったのかしらねー。せめて他の仲間にアイテム渡していくぐらいはしないとね。それが最低限の礼儀ってもんでしょ?」
「ご、ごめんなさい紫。私、部屋に入る前連絡しようとしたんだけど、通話出来なくて……」
「二階のさとりの部屋周辺では、通話機能と私は使えなくなります。さとりの能力の表現と言いますか、実際はEND後簡単に逃がさないないための仕様ですがね」
 キスメが抑揚なく説明した。
「ですってよ霊夢? まぁ通話遮断機能が働いているのなら、一度引いてみるってのが普通でしょうに? わざわざ自分から危険に足を踏み入れてどうするのかしら? いい霊夢? あなたの行動は仲間全員の命を危機に晒したのよ。あなたの軽はずみな行動が、全員の悲劇を招く危険性もあった。運良くこうして無事でいるからよかったけど……。もっと和の精神を大事にしてもらいたいわねぇ。各々の行動はみんなの利益のために、大多数の利益のためには個々の主張なんてなんの意味もないのよ。少しは協調性というものを持ちなさいよキョーチョーセーを。全く、あなたは博麗の巫女だからこんなことで…………」
「ごめ……んなさい紫。私がわる悪かったわ紫。私が全部、私が私がわる、悪かったわ……私私私が…………」
 呂律の回らない霊夢の声が奇妙に響いた。どうにも修復し難い空気が四人の中に漂っていた。
「もういいでしょ紫? その辺にしておきなさいよ。霊夢だって悪気があってやったわけじゃないでしょ? 今こうして四人でいられるのをよしと思わなくちゃ」
 幽々子が助け舟を出すが、紫は批判の手を緩める気は無かった。
「ところで捕まってたのは誰だったの霊夢?」
「あ……あっ、リグル、リグルよ紫……」
 紫は頭をぽんと叩き、呆れたといった表情をした。
「あらあんな底辺のいじきたない蟲妖怪、助けられなくよかったじゃない。速攻で捕まったし、ゴミ掃除の手助けをしてくれたさとりさんにお礼を言いたいぐらいだわー」
「それは、それは……違うわよ。リグルは幻想郷の……」
「なぁに霊夢? 仲間とでも言おうとしたの? あの蟲妖怪はあなたも嫌っていたじゃない? ちょろちょろと飛び回ってうざったいたらありゃしない! あはは! 正直なった方がいいわよ霊夢。捨てるべきものは捨てる! ゴミの分別しっかりしなきゃね! そうしなきゃ部屋がゴミの山になってしまうもの」
 紫の辛辣な言葉だけが場を支配した。
「ま……とにかく説教してばかりもいられないわね。ゲームの攻略に力を入れましょうか。今さっき幽々子が飛倉の破片を見つけたから、キーアイテムの破片は4つ。プールの鍵は持っているから、鍵で必要なのは焼却炉の鍵だけ。地下は妖夢が地図を埋めているわ。END残数は221回、まだ一時間とちょっと残っているのよ。みんなの力を合わせればこれは決して無理な数字ではないの。そう――みんなの力を合わせればね……」
 軽蔑したような目で紫は霊夢をチラッと見る。
「幽々子は北部の残りを探して。妖夢はもう少し地下の地図を埋めたら、中庭から地下へ下りる入り口を開けといて、そこは一方通行のはずだから。私は二階が終わりしだい、幽々子の手伝いをするわ。みんな頑張りましょうね!」
 紫が一人で拳をあげる。
「ゆ、紫? 私は、私は何をすればいいの? な、なんでもするわよ……?」
 霊夢が涙声でか細く言った。
「んー、霊夢はゆっくり寝てていいわよ。そんな精神状態じゃBADENDまっしぐらでしょ? あなたはゆっくり休んでればいいわ」
「そんな、そんな紫、私は大丈夫だから……。ほら! こんなにピンピンでどこも、どこもおかしくなんか――――」
「駄目よ、膝が笑っているわ。あーあ、せっかく優しく言ったのに、空気を読んで察しなさいよ。邪魔なのよ、霊夢。あなたに動かれると。飛倉の破片はもう4つ持っているからキメラの動きも活発よ。注意力散漫なあなたが動いても無駄にENDを重ねるだけ。仲間のためを思うならそこでじっとしてなさいよ。わかったわね。お願いだから私を失望させないでね霊夢……」
 老獪な妖怪のような不気味な顔で紫が言った。
「…………っ、ご、ごめんさい。私が悪かったわ……。少し……休んでいるから……」
 霊夢はがっくりと肩を落とした。霊夢は本気で紫に怒られたことは無かった。紫の信用を失ってしまった――この一点が霊夢を激しく絶望感に苛めた。






 獲物の臭いを嗅ぎつけ涎を垂らすキメラと、陰湿な罠を的確に避け、紫は二階端の小部屋で焼却炉の鍵を手に入れた。気づきにくい隠し扉であっても紫にはほとんど意味が無い。
「紫ー。幽々子よー。飛倉の破片手に入れたわ。これで後一つね」
「ご苦労様幽々子。こっちも焼却炉の鍵は手に入れたわ」
 紫はほっと一息つく。ゲームの中でこんなやきもきするとは思わなかった。さてとどうするか。いくら自分でもプログラムの奥の奥まで探すのは面倒くさい。
「あ、あのー妖夢です。地下から外に出たところなんですけど……。傘をかぶった変なNPCがいるんですが……」
 妖夢が通話に入り込んできた。
「あっ、妖夢さん! そのNPCに交渉してください。もしかしたら……」
 キスメが飛び跳ねて言った。
「えっ、何ですか? ……ふむふむわかりました」


 多々良小傘の所持アイテム

 ・さとりの日記~2ページ目
 ・さとりの日記~7ページ目
 ・血塗られた鍵
 ・飛倉の破片
 ・ムチとろうそく


 多々良小傘は探索型のNPCであり、地霊殿に存在するアイテムを集める性質がある。プレイヤーの動きが遅ければそれだけ多くのアイテムを収集される。
 キスメは妖夢に小傘と交渉するように言った。持っているアイテムを聞き、そして人間達四人は中庭まで寄り集まった結果になる。
「やっぱり重要アイテムを持っていましたね。交渉するアイテムはただ一つ、飛倉の破片のみです」
 キスメが四人の周りを回っている。
「はぁみなさんもっと早く来てくださいよ。この小傘って方何度も私を食べてもいいかと聞いてくるんですよ」
「よよっ? やっと来たのかえ? 待っていれば四人分の驚きをくれるとは本当じゃったのう! ようどすようどす。わちきのアイテムを一つくれてもやってもいいぞ? ただし! 驚きが足りなかった場合は頭から丸飲みしちゃうぞよ! ひょひょひょ!」
 小傘は化け傘を翻しべろりと舌を出す。上半身は未だ少しも見えない。
「NPCからアイテムがもらえるのはわかったんだけど、どうやって交換するの? 私達お金に換わるものもってないわよ。アイテムにもそんなの無かったし」
 幽々子が首をひねって聞く。
「ちゃんとありますよ。多々良小傘は恐怖を主食とする妖怪です。つまり――人間達の苦痛の度合いに応じてアイテム交換の成否が決まります。これから小傘が驚かせてきますので、できるだけ苦痛目盛りをあげてのぞんでください。幽々子さんと紫さんがかなり苦痛を感じない体質ですので、もし全員が苦痛200%にしたとしても、成功確率は五割以下ぐらいになると予想されます」
「ふんふん。よくわかったわキスメさん。私は苦痛200%。幽々子と妖夢もそれでお願いね」
「あ、あの……紫。私は……」
 ずっと押し黙っていた霊夢が口を開いた。
「ああ霊夢もいたのね、……そうね、100%ぐらいでいいんじゃない? あんまり驚いて失禁されても困るしねぇ」
「え、何で? 私も200%にするわよ。少しでも成功確率をあげなくちゃ……。
「いーのいーの。大丈夫よたぶん成功するはずよ。私は霊夢の体のためを思って言ってるのよ。素直に受けなさいな」
「でも……。それじゃもし失敗したらみんなに迷惑が……」
「ああそっか。その点なら問題無いわ。私がそばにいれば大体のことはどうにかなるから……」
「でも、でも……」
「いやいやいや……」
 二人の言い争いは長きにわたったが、結局霊夢は苦痛120%にすることに決まった。
「みなさん決まりましたか? あ、驚かされる前に四人パーティーを組んでください。リーダーになった方がこれからの選択権を持つので、よければ先頭になって組んでください」
「それじゃあ私がリーダーになるわ。みんな異存はないわね?」
 紫の発言に従い霊夢達は四人組になった。これで死ぬ時も一緒の運命共同体である。小傘の驚きゲージを満たすには四人の恐怖感情が必要だ。失敗すれば全員喰われて1ENDを喫してしまう。それ以上にまずいのがNPC小傘がどこかへ行ってしまうことだ。重要アイテムを持っている小傘を探している間に、残り時間は刻々と削られていく。
「ねぇねぇ、あんまり話し込んでるとわちき飽きちゃうよん。あ! もういいの? よろしゅうお願いしますー。みんないっぱい驚くのじゃ!! うひゃひゃひゃひゃ!」
 化け傘の動きがぴたっと止まる。太腿からスカートへと徐々に正体が露わになっていく。
「時間的にも死んでる余裕は無いわねぇ。幽々子、妖夢、気合入れて驚いてよね」
「そうねー、妖夢が怖がりだからたぶん大丈夫じゃない?」
「わ、私はそんな怖がりじゃ……」
「そうかしら? それじゃかえって困るわねぇ……」
 傘の端はもう胸の辺りまで来ている。ふと何かをおもいついた幽々子は、妖夢の後ろへと回り込んで静かに時を待った。

「いっくよー! 驚け驚けべろべろばぁあああ!!」
「うわあああ――――」
 小傘が化け傘を放り投げると、妖夢が独楽のように地面を駆け回っていた。幽々子が直前に妖夢の背中を押し、わっと耳元で大声をあげて、恐怖を倍化させていたのだ。
「あっ、あぁぁ……。これは……」
 霊夢が恐怖に包まれ愕然とする。鮫のようにギザギザ生えた鋭利な歯、ぎょろりと醜く光る血走った一つ目。それだけでも人間を怖がらせるには十分であったが、更なる添え物として、二つの生首が小傘の大口の中にぶらりと垂れ下がっていた。
「あら? この方どこかで……」
 生首の主はダウザーのナズーリンと一階の食堂を住処とするNPCオクウだっだ。数十本の牙に頭部を貫かれて、ゴムボールに詰まった汚水を吐き出すように、脳漿が穴という穴から溢れ出していた。
「NPC多々良小傘はアイテムを集めるだけじゃありません。他のNPCを殺してでもアイテムを奪おうとします。もちろん返り討ちに合うこともありますが――。ナズーリンは友好的な徘徊型NPCです。ああは言っても結局館の中に残っています。力が強まった小傘に殺されてもおかしくはありません」
 キスメが説明する。霊夢はナズーリンの目玉の無い眼窩を見つめた。NPCとはいえこの絵柄は強烈だった。死の直前までのリアルな表情が、顔の筋肉の強張りを通して直に伝わってきた。
「お、おお、おおええっ! おえっ!」
 霊夢は出ない胃液を必死吐き出そうと苦悶した。
「うひゃうひゃひゃ! 驚いたかえ? 中々面白い驚き方で予は満足なりや! 力がみなぎってきて何でもできそうじゃ! おおそうじゃったそうじゃった、アイテムと一つとの交換の約束だったのう。お主ら何が欲しいのだ?」
 成功確率五割以下の壁はどうやら越えたようだった。紫は迷うことなく飛倉の破片を所望し、小傘はまた化け傘で上半身を隠して館の中へと消えて行った。


「みんなご苦労様。これで無事、飛倉の破片は全部集まったわね」
 紫が皆を労って言った。
「ひっ、酷いですよ幽々子様……。後からあんな大声出すなんて……」
「あら私はチームのためを思ってやったのよ。妖夢が転がって怖がったおかげで、化け傘ちゃんは満足したに違いないもの」
「いいえ、幽々子様は絶対面白がってやってますよ。間違いありません!」
「きゃっばれた? うふふふ……」
 楽しそうな白玉主従とは引き換えに霊夢の心は沈んでいた。自分が一番低い120%の苦痛であったのにもかかわらず、耐え切れずに目を背けてしまったのだ。目がトロンとして瞼が重くなってきた。ゲームの中とは言えゆっくり眠りたかった。体も精神も限界を越えて崩壊への警鐘を鳴らしている。このままゲームを続ければ間違いなく狂ってしまうに違いない。
「う……。はぁ、はぁ……」
「霊夢大丈夫?」
「あ……。だ、大丈夫よ……。まだまだ全然いけるわ」
「そう、後少しだから頑張りなさいよ。こんなとこでへこたれてたら博麗の巫女は務まらないわよ」
 紫が優しく声をかけてくれるだけで霊夢には十分だった。そうだ、自分は博麗の巫女だったのだ。こんなことでくじけてはいけない。もっと紫に報いなければならない。だって紫は私の――。あれなんだろう。私は、私は……。ううん何も考えなくてもいいわ。だって私は博麗の巫女なんだもの。紫の言う通りにしていれば何もかもうまくいくんだから。
「さぁキスメさん残りのイベントを教えてちょうだい。後147回しか残ってないわよ。ぐだぐだしていたらゲームオーバー。一時たりとも無駄には出来ないわ」
 




 薄気味悪い地下の外周に沿い、黒塗りの地図部分へと近づく。大きな黒い空間は二箇所、焼却炉とプールだろうか。脱出のための重要なフラグはまだ見ぬこの地域にある。
 焼却炉の鍵を使い人間四人は中へ入る。熱された空気が肌を焦がすほどぶわりと揺らめく。部屋の中心には赤々と永遠に燃えるであろう、激しく凝縮された神の火。その前方に佇むのは巨大な体躯を持つ堂々した大烏。食堂のNPCオクウに、双子の兄弟姉妹かと思われるほどよく似ている。
「核融合の力を持つ地獄烏の空(うつほ)です。このNPCから核エネルギーをもらわなければ聖輦船は動きません」
 キスメが桶に完全に身を隠して言っている。
「んっ? 何だ何だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だよっ。早く出て行かないと酷い火傷して死んじゃうよ?」
 霊夢達に気づいた空が無愛想に追い払った。
「幽々子さん食堂でもらったお弁当の包みをあげてください」
「あ、あーあれね。なるほど、ここで使うのね。はいどうぞ、あなたのお友達のオクウさんからのお届け者よ」
「あれれ? 私の気高い同胞の頼みごとを聞いてくれたのかい。それなら邪険には出来ないなぁ……と、お前達は人間じゃないか。なんと、人間が……。まぁいいだろう。どうだ愚鈍なる人の子よ? せっかく来たのだから、何か頼みを聞いてやらないこともないよ。何でもいいよ。私は万物の霊長の頂点に立つ存在だからね。出来ないことは何もないはずさ」
 空は霊夢達が人間だとわかると、急に偉そうな態度になったように見えた。
「それじゃ頼もうかしら。空さんの神秘の力、核融合エネルギーを少しわけて欲しいのよ」
 紫が一番前に立って言う。
「ふーん。私の力を? あははっ。そうか! 私の噂は旧都まで響き渡っているんだね? それで遠路はるばる訪ねて来たと。そうだろう人間よ?」
「ええその通りよ。旧都はあなたの噂で持ちきりよ。神の力を宿した偉大なる霊長――空様って」
 まるで用意していたかのように紫が答える。
「いやそうかい! やっぱりね。私はとても機嫌がいいよ。でもねこの力はそんなに簡単にあげるとかは出来ないんだよ。この力の扱いはそれほど難しい。私の信用に足る存在にしか分け与えたくないのさ。うーん困ったな、ん、そうだ! 私が今から問題を出すから、それに答えることが出来たら力を与えよう。どうだい? 人間ってのは知恵が働くって言うじゃないか? もちろん受けるよね?」
「もちろん望むところよ空さん」
 紫はふっと息を吐いて首を二、三度回した。
「まぁ別に不正解だからっていきなり殺しはしないから安心してよ。私は無益な殺生はしない、それが頂点に立つ者の姿だと思うからね。じゃ問題を出すよ――」
 漆黒の羽が舞い上がって炎を揺らめかせた。どこか不相応の貫禄を持つこの空を見ながら、霊夢は問題のテキストが流れるのを待った。
「朝起きたら四本足、昼には二本足で、夕方には三本足の、この世で最も愚かな生き物ってなーんだ? 時間はたっぷり五分。ここでは早い者勝ちだよ。誰でもどーぞ」
 この問いは確か聞いたことがある。朝は赤ん坊だから手を使って這うしかない。昼は成長して二本の足で立つ。そして最後には老人になって杖をつくから三本足。人間、これは人間でしかありえないのだ。
「に、人間よ! 答えは人間だわ」
 霊夢は思わず声を出していた。瞬間――何とも言えない微妙な空気が漂った。幽々子も妖夢もはっとした表情で目を逸らしてした。紫はぷっと吹き出しそうになるのを堪えているように見えた。なんだろう、まさか間違っていたのだろうか? しまった、でしゃばって口を出すのではなかった。
「正解正解。うんうん、人間はよく自分達の立場をわきまえているね。ここでは妖怪よりも低俗で何の力も無い存在。たった一日と形容されるほど短い寿命。起きては地べたを這い蹲る赤ん坊、やっと二本足でたったかと思えば、直ぐに誰かに寄りかからないといけない老人さ。これほど愚かで悲しい生き物があるだろうか?」
 NPC空には奇妙な空気も全く気にはしない。
「続けて第二問! こんな簡単な問題で私の力を使おうなんておこがましいからね! 起きた時から二本足、散歩すれば三本足。そして永遠に三本足。この世で最も気高く力強い生き物ってなーんだ?」
 空はそう言って左手の人差し指を、何かを意味するように天高く掲げた。
「何だろう……。全然わからないわ」
 散歩して三本足の生き物とは何だろうか。まるで意味がわからない。
「何だか分かった? 妖夢?」
「いえ全く。禅問答みたいなとんちでしょうか?」
 周りの仲間も答えあぐねているようだった。紫を見る。空の指先だけをずっと見続けていて微動だにしない。
 二分三分と誰も答えられないまま時間は過ぎていく。
「なんだー? ちょっと難しいかな。可愛そうだから大ヒント! その答えをお前達はこの地霊殿でもう見ているんだよ。これでわからなかったらもう知らないね」
 見ている、見ているとは。この館で三本足の生き物はいただろうか。あの気色悪いキメラは三本足どころでは無い、無駄に増えた多足だ。洞窟の蜘蛛の足は八本。その他の妖怪もほとんど二本足だった。やはり三本足はいない。そもそも生き物にとって三歩足とは中途半端だ。バランスを取るために偶数になるのが普通だろう。とすると、三本足の意味は何かの比喩――。
「答えは……。あなたですね。空さん。神の力を宿した最も神に近い存在。永遠に続く力は三本目の足として抽象されるのでしょう?」
 紫が淡々と言った。そうか、この烏なあまりにも高慢な態度を見れば、その答えもあるのかもしれない。しかし、三本目の足が神の力の連想とは。霊夢は釈然としない思いの中、空の発言を静かに待った」
「うん、正解正解大正解だよ! 情報を持っていないのに随分勘がいいね。その通り、私は三本足の神――八咫烏の力を宿した存在。崇高なる神の力を使うことを許された唯一無二の霊長さ。人間なんかとは比べ物にならないほど偉いんだよ。いずれ、この地底を出て世界を支配する。支配の先には何があるかわからない。けれど支配すればきっとみんな私について来てくれると思うんだ。なんたって私は神様と言ってもいいくらいすごいんだから……」
 空はべらべらと自慢話という無駄話を始めた。この切羽詰った時分にこれはまずい。
「……ああそうだった。お前達は私の力を欲しかったんだっけ。すっかり忘れてたよごめんごめん。約束通り八咫烏の核融合のエネルギーを分けてあげるよ。何か入れ物もっているかい? 例えば耐熱ビーカーとか……。このエネルギーは素手で触ったりしたら溶けて大変だからね!」
「耐熱ビーカー……? 誰か持ってる?」
 紫が周りに聞く。幽々子と妖夢は首を振った。急いでアイテム欄をかき回してみる。が、耐熱ビーカーの文字はどこにも存在しなかった。
「私も持ってないわ、紫……」
 霊夢が不安げな声で言った。キスメはどこに行ったのだろうかと探してみると。五メートルほどの上空に優雅に浮んでいた。まさか必須アイテムを失念していたので隠れていたいのだろうか。
「何も持っていないのかい? それじゃ神の力は渡せない……と言いたいところだけどね! いい方法があるんだよ。それは……、お前達の中から一人選んで神の火を宿すんだ。たぶん三十分ぐらいは持つんじゃないかなぁ。当たり前だけどその人間の命は無くなっちゃうけどね。どうだい? ゆっくり決めていいよ。私はいつまでも待ってるからさ」
 空はそれだけ言ってずしりと胡坐をかいた。
「これって一人を犠牲にしろってこと? 神の火を体に受けた人はもうクリア不可能になってしまう……。キスメ、キスメ! どうなのよ?
降りてきて答えなさいよ」
 霊夢の呼びかけにもキスメは応じる気がないようだった。
「今更耐熱ビーカーとやらを探す時間はないわねぇ。誰か一人を生贄にして突破するしかないわ――」

 この一言は霊夢の身に重く圧し掛かった。ここまで来て苦楽を共にしてきた仲間を犠牲に出来るわけがない。幽々子と妖夢も青白い顔をして言葉を失っているようだ。
「さてと……。重い選択ね。どうする? ジャンケンでも決めちゃう? さすがにそれは無粋すぎるかしら?」
 紫が軽口を叩く。冗談のつもりなのだろうが誰も笑わなかった。
 どうしたらいいのだろうか。この中から犠牲になる一人を選べるはずもない。紫も幽々子も妖夢も大切な仲間だ。誰かを切り捨てることなど出来ない。それならばいっそ全員で心中――。いや、この際自分の身を犠牲にするのはどうだろうか、そうすれば紫は助かる。そうだ、紫は自分の全てだ、紫さえ生き残れば、何故だろう? 何故? 何故? わからない。わからないわからない。
「ふぅ……。このままじっとしてても意味は無いわ。ここは私が犠牲になるわ。みんなたっしゃでね」
「ちょっと紫……」
「駄目ですよ紫様。幽々子様の友人にそんな真似はさせられません。ここは私が犠牲になりましょう!」
 霊夢が自分が犠牲にと思った瞬間、紫が自ら名乗り出た。駄目だ。止めなければ、何としてでも止めなければ。紫が死んでしまえばなにも残らない。それならば自分が、自分が――。声を出そうにも出なかった。霊夢は今一歩を踏み出せなかった。
「やだぁ、そんなに真剣にならないでよ。私を誰だと思ってるのよ? こんなのお茶の子さいさいよ」
 必死に二人が止めても紫は譲らなかった。
「あ……、ゆ、紫……」
「あ、霊夢。ごめんなさい時間切れよ.残念ながらね。私の分まで生きてちょうだいね、霊夢」
 笑顔の紫が言う。時間切れ? 時間切れとは? このゲームの? ゲームはまだ終わっていない。自然な会話のように見えて何かがおかしい。
「う、うん。うん……」
 霊夢はただひたすらに頷くだけだった。
「どうやら決まったようだね。神の火を受け取るプレイヤーはユカリでいいんだね。さぁ前に出てきておくれよ。神聖なる授与式さ!」
 待ちかねたように空が言った。紫が三歩前に歩み出る。空が胸の辺りに手を突っ込んでいる。そして何か光輝く、強大で雄大なエネルギー、これが核融合の力なのだろうか。一度触れてしまえば一瞬で消し炭になってしまいそうだった。
「さて人間の体に光を灯そう! 光栄だろう! そらっ!」
 空が眩しい光を握った拳を振り上げた。霊夢はそれを直視できずにじっと目をつぶった。
「…………?」
 何か壮大な効果音でも鳴るかと思って身構えていたが、何も起らなかった。それどころか、五体満足の紫がぼんやりとして立っていたのだ。
「あはは! 冗談冗談! 私は無益な殺生はしないっていっただろう? 入れ物は別に用意してあるんだよ。ほらこの袋に入れて持てばいいのさ。これで約束は果たしたね。ねぇねぇ私格好よかった? 本当の神様みたいって思っちゃった? ふふふ……」
 霊夢は拍子抜けして、床にぺたんと座りこんだ。よかった――。紫が、紫が死ななくて――。
「ねっ、私の言った通りでしょ?」
 神の火と表示されたアイテムが紫の手元へと入りこむ。長い焼却炉のイベントはようやく終わりを告げた。





 淫らな喘ぎ声が染みわたる古明地さとりの部屋。霊夢が遁走してからというもの、リグルは何度も何度も犯され続けていた。射精してもすぐに部屋の中からスタートしてまたさとりに抱擁される。イッっては戻りまたイッては復活という永久機関の中に組み込まれていた。もうこの輪廻から逃げ出す手段は無い。チャンスを自ら捨てたリグルの運命は、永遠のさとりのペットとなる他無いのだ。
「あっ……あっ……」
 何度目かもわからない柔らかい肉による愛撫。リグルはさとりの魅力的な手足に擦り付けてまた射精しようとしていた。
「リグルくぅん、段々いい顔になってきたね? もっと深いふかーい場所へ行ってみたくなぁい?」
 さとりの妖しい笑顔が広がる。絶対に逆らえない。目と唇を交互に見るだけで射精しようになる。
「あ……。深いっ所って……?」
「今よりもっと気持ちいいの……。もっとおかしくなって追い詰められて逃げられなくなって……」
「はぁ……。僕行きたい。お姉さんと一緒ならどこにでも……」
「あらそう? 嬉しい……リグル君ぎゅーーっ」
 巨大で張りのある乳房が顔を押しつぶし、リグルの頭を抱える。脳へ酸素がいかなくなり、思考が泥沼になる感覚に陥る。
「むっ、むぐ、むぐ……」
「くすっ、おっぱいされたまま素敵なとこに行こっか?」
 柔肉で拘束されたまま引きずられる。部屋の奥のごく簡素な扉の前に二人は立った。
「ここよ。楽しい楽しい桃源郷の始まり……」
 バタンと扉を開け連れ込まれる。狭い、ほとんど周りは壁だらけで空間が無い。二人でいればもう体のあちこちが当たってしまう。
「わぁなぁにここ? せま……むぐっ、苦し……」
 さとりの匂いが狭い部屋に充満する。首をねじって何とか部屋を中を確認すると、白い便器と消臭剤が置かれている。
「そっ、ここはおトイレなの。ここに二人で入ると体が嫌でもくっついて興奮しちゃうでしょ?」
「んっ、んっ、ああっ!」
 腕も足も絡まってほどこうとすればするほど身動きがとれない。顔は乳房でロックされて、汗の匂いとフェロモンで常にリグルの思考を支配しようとしてくる。
「むっ、むぁっ! はぁ、はぁ……すぅ……。んんー!」
「ほらほらもっとお姉さんの匂い吸いなさい。坊やの匂いとお姉さんのHな匂いが混じってとっても美味しいでしょう?」
 むせ返るような甘酸っぱい匂い。トイレという排泄場所の不快感もまるで感じられない。ただ狭苦しい空間が二人の密着感をより高めている。数分もつれ合った後リグルはぐったりとして、甘く危険な乳房の抱擁を受け入れた。リグルがもう抵抗しないのを確認すると、さとりは優しく包みこむような愛撫に変えて、つんと尖った乳首を吸わせた。
「ふぁ、お姉さん狭い、優しい、そんなにされたら僕おかしく……」
「あらあら……。そんなにお姉さんのおっぱい吸って……。完全に堕ちちゃったわね……。これからもっとすごいのよ?」
「はぁ、はぁ、おっぱいされてるだけでもうイキそう、あ、あ、ああ…… 
 さとりは狭い個室でぐるっと苦労して後ろを向いた。リグルのペニスにぴたっと張り付くように白い腎部が覆いかぶさる。
「あ、あああ、何これ……。お姉さんのお尻が……僕のオチンチンが……」
「ほら一つになろぉ? リグル君お姉さんのお尻と一つになろぉ? お姉さんのお尻の穴にオチンチン差し込んで一つに……」
 腎部をさとりが揺らすとリグルのペニスの先が肛門へとちょうどよく収まる。逃げ場の無い怒張しきったペニスはその入り口で涙を流してもがき苦しんだ。
「う、動かないでお姉さん。このままじゃお姉さんのお尻の中に、僕のオチンチンが入っちゃうよぉ!!」
「うふふ、だぁーめ逃げちゃ。だってお姉さんリグル君の破裂しそうなオチンチン、お尻でぎゅっとしてあげようとしてるんだから……。ほら、諦めて入れちゃいなさい。ほら、ほらほら? 先っぽつんつん、つんつん♪」
 腰を艶かしくくねらせると、窄まった肛門が先走り汁で濡れて徐々に緩くなっていく。
「あっ……! 先っぽちょっと入っちゃうから! 駄目……。ああっ、そんなにお尻動かさないで、出る、お尻に出しちゃう!!」
 リグルは先っぽを少し咥えられた刺激だけで盛大に射精してしまった。さとりはイった状態のままのペニスを、そのまま深く腸の奥まで咥え込んだ。
「あっああん……! 坊やの変態……。お尻の入り口で射精してヌルヌルで滑りよくして、お姉さんのお尻の奥まで入れちゃうんだから……うふふふ……。もう一回イっていいのよ? 今度はお尻の中で出しちゃおうね?」
「はぁっ、はぁっ、出しだばっかりなのに、また固くなっちゃう! お姉さんのお尻の中ぬるぬるで気持ちいい! すごい締まる! は、はぅん! オチンチン千切れちゃいそう! すごいすごい!」
 リグルは大声をあげて白い尻肉へ向かって腰を打ち付ける。むっちりと弾力のある肉を、後ろから抱え込む雄としての本能の充足感。指でがちっとつかめば吸い付くような柔肌の感触が甘く酔わせる。上から見下ろせば緩やかな曲線が、きゅっと引き締まったお腹から重量のある腎部へと扇情的に描かれている。
「あーん、あーん! また出ちゃう。お姉さんのお尻の中に出しちゃう……」
「出して、出して! 坊やの欲望全て吐き出しちゃいなさい!」
 狭い部屋で密着して犯し犯される倒錯的な感覚。リグルは白い尻を味わいながら何度も射精した。


「…………はぁ……、あれ? お、お姉さんのお尻……。あああオチンチンまた入ってるよぉ……」
 暗転後リグルの目の前に広がったのは白い魅力的な光景だった。圧倒的なほど大きい腎部。そしてその奥に位置する窄まりにペニスが既に嵌っているのだ。
「うふふ、こうした方が面倒が少ないでしょ? イったらまた巻き戻し。何回でも何回でもね……。ほら見て? 坊やがあんまりお姉さんのお尻のことばっか考えているから、こんなに下品で大きくてたぷたぷしたお尻になっちゃったぁ……。むちむち真っ白で綺麗でしょぉ? 後でおっぱいみたいにお顔埋めてもいいよ? ほーらお姉さんが動くとお尻のたぷたぷが坊やのお腹にたぷたぷしちゃうよ? あんそうそう、指で痛いくらいにつかんで? 気持ちいい? もっと腰振って? あん! あんあんあん!」
 リグルは何度も魅惑の腎部にとりこまれて射精した。逃げようにも気づけば肛門の深部にがっちり咥え込まれている。抜こうとすれば横幅の広い腎部とたっぷり油の乗った尻肉が、ぴったりと吸い付いて行く手を阻むのだ。仮想空間の閉じられた世界の、更に深淵の閉じ箱の中でリグルは如何ともし難い責め苦を強制されていた。
「出る! また出ちゃう……。はぁ、はぁ……。ああさっきイったのにまたお尻の中だよぉ! い、イくっ! イってもイっても……止まらない、終わらない……。助けて! あああ狭い、狭い、狭くて苦しいのにお姉さんのお尻が白くていやらしくて……。逃げられない、お尻、お尻がぁぁ、餅みたくてぷるぷるで……。あっまた出るっ! お尻でぎゅっとされて何度もでも出ちゃう! お尻の中に閉じ込められておかしくなっちゃうよぉ!! 助け……ああ……お尻……お尻……えへへ……お姉さんのお尻大好きぃ……あはは……お尻、お尻……」
「くっくっ。だいぶ出来上がってきたわね。ねぇリグル君? 一つ設定を変えるだけでもっと気持ちよく方法があるんだけど、聞きたくない?」
「も、もう……いや……これ以上したら……」
 リグルは休む間も無くイキ続けて溶けていた。過剰な快感の摂取は自意識そのものを破壊する。
「駄目よ、うふふ。教えてあげるね。リグル君とさとりお姉さんは実の姉弟なの。血のつながった仲いい姉弟」
「僕が……さとりお姉さんと? 僕が弟で……。お姉さんが……あああ…………」
 リグルのペニスが腸内で更に膨らんだ。背徳的な思考が興奮を更に加速させる。
「さとりお姉ちゃんっていいなさい? リグル君はHなお姉ちゃんに狭いトイレに連れ込まれて犯されてるのよ。泣いても許してくれないの。お尻の大きなお姉ちゃんに咥えこまれて何回でもイっちゃうの」
「お姉ちゃん、さとりお姉ちゃん。僕の……」
「そうよ大好きなお姉ちゃんと近親相姦しちゃうの。お尻で童貞奪われてえんえん泣いて射精して、うふふ……。絶対逃げられないよ、もう……。あ、あああっ! ……んもう、動いてないのにお漏らししたの? もっと我慢しないと駄目よ? ほらもう一回お尻の中から始めましょうね…………」
  


 終わらない悪夢が続く。度重なる思考回数は時に隠された闇を暴く。
「あん、あん……叔父様ったら少し私が誘惑したらこんなにされて……。うふふ、叔父様の心は全てわかっていました。私は若い頃のお母様と瓜二つ……。うふふ……。こうやってトイレに連れ込まれたんですの? 本当に駄目な叔父様……。私がおしおきしてあげます。んっ、んんっ、ああ叔父様が私の中に入ってきますわ……。叔父様、好きです、愛していますわ……。はぁ、はぁ……ふぅ……。叔父様? 間違いを犯しそうになったら必ず私を使ってくださいな……。うふふそんなに私のお尻に顔を埋めて可愛い叔父様……。……はっ、お、お父様……。どうして……? ああ叔父様を許してあげ、私が、私の方から誘惑したのです。あっ、ああ……。なんてことを……。お、お父様どこへ? まさか、まさかこいしも……。お、お願いします。私が、私が全て悪いのです。全ての罪は私が被りますから……。こいしは、こいしだけは、ひ、ひひひっひっ、あっ、ひっ、ひいいいっ! …………ああっ! くあっ! っひひひひ――――」






 パスコード3732-673を入力して近代的な扉を開ける。霊夢が序盤に入手した紙切れの数字は、ムラサ船長への扉を開く鍵だったのだ。
「これがムラサ船長です。幽霊ですが幽閉されて死んだわけではありません。元からの幽霊が幽閉されたわけです。詳しい説明は省きます」
 ムラサ船長は水兵服以外を見れば、黒髪ショートの典型的な美少女キャラに思えた。幽霊だから透けているのだが、表情が豊かであまり死人という感じはしない。
「ありがとうございます。ああこの日が来るのを私は何年も待ち続けていました。この時空を旅する聖輦船は、きっとあなた方の世界へと導いてくれるでしょう。聖輦船は地下の巨大なプールに安置されています。ただし動かすにはそれなりの準備が必要です。散らばった飛倉の破片を集めて、動力となるエネルギー、それにプールの下の間欠泉と蘇らせなければなりません。間欠泉は地下にある4つのレバーを同時に下ろすことで噴き上がります。どうか頑張ってください! あ、私は先に聖輦船で待っていますので連れていってくださいね?」
 にこにこと人の良さそうな笑顔で船長が言った。
「よろしくね船長さん。さてと、間欠泉のレバーの前に聖輦船の準備に行きましょうか」
 紫が船長を連れ出す。地下の北側の広い空間に巨大なプールはあった。鍵を使い中へと滑り込む。長らく使われていないのだろう、緑色濁った水に、藻や苔が大量に堆積していた。
 プールの縁から桟橋が架けられて、貨物列車のような地味な風貌の聖輦船らしき物体が、数百年来と思われる埃と雨露を被って浮んでいた。
「あれが聖輦船です! ああよかった。あの船は私と恩師をつなぐ希望の船でございます。この地底のプールでもいつまでも私の帰りを待っていたに違いないのです」
 ムラサ船長が感慨深く言った。桟橋を渡り船のドアへと辿りつくが、長年の湿気により完全に錆び付いているようだった。このままでは入れない。
「霊夢。錆取りスプレー持っているわね。直ぐに出しなさい」
 紫が霊夢に聞く。
「え? 私持って無いわよ?」
「聖輦船のドアは錆取りスプレー、トンカチ、硫酸瓶のどれかで開けることが出来ますが……」
 キスメはいつものように桶に嵌っている。
「いやいや、持っていますとも。時間が無いんだから早くしなさい。アイテム取り過ぎて整理も出来ない霊夢が悪いのよ。そんなんだから神社もゴミが溜まるし神の一つも下ろせないのよ全く……」
「ご、ごめんなさい。ちゃんと探してみるわ……」
 霊夢はアイテム欄を1ページ目から確認した。山ほどの無駄なアイテムの山。7ページ目まで進んでまた最初に戻ってやっと錆取りスプレーの文字を発見した。序盤に取ったまますっかり忘れていたのだ。
「あったわ。私の勘違いで……」
「いいわよ。どうせもう終わるんだもの」
 紫はそっけなく言った。どうせ――という言葉が霊夢には何故か悲しかった。
 スプレーを使うとドアがするりとはずされる。
「飛倉の破片を各所に設置、動力部に神の火。ムラサ船長は操舵室に向かいます。これで準備は整いました。残る仕事は地下にある4つのレバーを同時に引くだけです。通信機で連絡を取り合い、必ず同時に下ろしてください。その後15分以内にここまで戻ってきてください。キメラやその他NPCでENDになれるのは一回が限度です。どうかお気をつけください。失敗すれば時間の大幅なロスになりますので」
 キスメが最後になるであろう説明をした。
「END残数は72回――。ぎりぎりもいいとこね。みんな失敗は許されないわよ。地図でレバーの位置は全て確認してある。通信機ONでレバーを同時に下ろした後、全速力でここまで戻ってくる。これで私達の勝ち、ゲームクリアよ」
 キスメと似たようなことを紫が復唱した。
「色々あったけどうまくいくものねぇ。お疲れ様紫」
「まだ終わってないわよ幽々子。最後にどんなどんでん返しがあるかわからないもの」
「やっと終わるんですか。もう薄暗い地下は懲り懲りです」
 口々に少し安心した言葉を口にする。霊夢は怖かった。一つも安心出来なかった。それはこのゲーム内だけではない、至極根本的、根源的な思念より来るもの。博麗霊夢は致命的な死の影を感じ取っていた。
「大丈夫霊夢? 顔が青いわよ?」
「紫……。だ、大丈夫よ。あ、後少しなんだもの……。ここまで来たら――」
 若干強がったが、霊夢の心は潤わなかった。紫がまるで見も知らぬ他人に思えて仕方が無かった。






「いくわよー。聖輦船浮上化計画発動ー。これより四名は指定された場所まで直ちに戻ること。繰り返すー。これは絶対に失敗出来ない。皆の者心してかかるようにー」
 地下の所定の位置まで四人が散る。紫の掛け声でレバーを下ろした。もう後戻りは出来ない薄い架け橋。人間達は現世への扉へとかろうじて手をかけた。

 紫はプールから一番遠い距離のレバーを担当した。その方が間違いが無いと考えたのだ。気まぐれにこの電脳空間に侵入したものの、思いがけない結果を得た。それが良いのか悪いのか、紫にとっては己の信じることが全てだ。絶対的強者にとっては全てが籠の中の鳥に過ぎない。
「幻想郷に必要なのはやっぱ和の精神よねー。私の考えは間違っていなかったわ。とすると礎がしっかりしてなくちゃ何も始まらないわ……。ああゆっくり寝ていたいのにまた忙しく……」
 独り言をつぶやきながら暗闇を歩く。
「にゃーん。そこの可愛いお嬢ちゃんお嬢ちゃん?」
 何者かの声が聞こえた。紫は無視して通り過ぎようとする。
「ちょっとお嬢ちゃん。無視する選択は無いよ。ああ残念無念。ここで会ったが百年目。キュートな化け猫妖怪のお燐ちゃんの登場だよ。人間から魂を奪って華麗にパワーアップ。今の私ならお嬢ちゃんを殺して簡単にゾンビ化できるのさ。運が無かったね。お嬢ちゃんはもうお家に帰れないんだよ。ひっひひひ。さぁてその可愛らしいおめめを一つ一つほじくり出してあげるよ……」
 黒いドレスに人間らしい容姿の赤髪みつあみの妖怪。存分に邪悪な気を溜め込んだ、化け猫お燐の真の姿だった。
「そおらっ!」
 お燐の攻撃が紫を襲うが、かろうじて空を切る。
「おやおやお嬢ちゃん? 抵抗する気かい? 残念だけどもう終わりさ。この状態の私から逃げる手段は無い。ゾンビENDまっしぐらの急転直下さ。お嬢ちゃんの可愛いあんよとわき腹のお肉。腐って食べごろの美味しいお肉を食べてあげるからさ。ひひっ、ひひひ。……ん? 何か……調子が……?」
 仮想空間がぐらりと歪む。紫が鋭い眼光でお燐を睨んでいた。
「なっ、何さ。そんな目で見ても何の意味も無いんだから……。あれ? 嘘……。何このテキスト。いやいやありえないったら、こんな展開! 人間、相手は人間なんだからさ! あうっ! 助け、たすklるえふぁうえあk-53;あ??!!!」
 お燐は黒い渦になって亜空間へと消え去った。紫の行く手を阻むのは何も無い。






 博麗霊夢は走っていた。誰のため? 人間の仲間のため? いや違う。たった一人の八雲紫のため。それ以外はありえない。博麗霊夢という型に初めから備わっている本質的なもの。それ故に紫からの信用は絶対的指標である。
「急がないと急がないと急がないと……」
 孤独になると不安が募りどうしようもなくなる。
「嫌わないで嫌わないで嫌わないで……」
 何かに急かされるようにして、つぶやきながら紫の待つ船へとひた走る。
「ああっ!」
 霊夢は何かにぶつかってしまった。吹き飛ばされて地面にしりもちをつく。
「痛たいわねぇー。どこ見て歩いているのよ?」
「まぁまぁ、気にしないで行こうぜ? 悪いな、こいつは少し気が短いんだ。じゃあな」
「んもう、しかたないわね。マ……が言うのなら。じゃ、じゃあ今度から気をつけなさいよね!」
 二つの声は身を寄せ合うようにして囁きながら、深淵の闇へと消えていった。
 攻撃的なNPCでは無かったようだとほっとする。霊夢は立ち上がり希望の船へと向かって走った。


 

 聖輦船が待ち受ける緑色のプール。急いで走って来たにもかかわらず、霊夢は最後に仲間達と合流した。
「もー霊夢ったら遅いわよ。女の子を待たすもんじゃないわよー」
 幽々子が仰々しく言った。
「おめでとうございます。後は聖輦船のドアに入るだけです。皆さん本当にお疲れ様でした」
 キスメがぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「はーっ。やっと終わるんですね……。私どっと疲れが……」
 妖夢がため息をつく。表情を見る限りかなり憔悴しているようだ。聖輦船へと繋ぐ桟橋へ急いで足をかける。が、その瞬間、信じられない光景が霊夢の目に映った。
「何で? ねぇ何で……?」
 地霊殿の女主人、古明地さとりがテレポートして桟橋の中間地点に出現したのだ。小柄な体格にふわふわした服装、二階の部屋で見たさとりよりも一回り小さく思えた。
「皆さん運が悪いですね。最後のイベントが発生してしまいました。ここのさとりはパルスィと同じように、一人の心を支配しようとしてきます。ただし二階のさとりは違い、かなり弱体化されています。特に心が崩れていなければ難なく通過できるはずです。大丈夫です。堂々としていれば彼女は何も出来ません。彼女の力の源は、人間の弱い心の部分。それさえ見せなければ彼女はただの非力な妖怪です。それでは時間もありませんのでご武運を……」
 キスメは桶の中に入ってすうっと消滅した。もう出てこないつもりなのだろうか。
「人間さん達ご機嫌麗しゅうございますわ。私の館を随分と荒らしまわってくれましたのね? 残念ですがこのまま無事に逃がすつもりはありませんのよ? さぁいらっしゃい、うふふ……」
 さとりが台詞を言って手を悩ましげにくねらせた。その動きに霊夢は二階で辱めらたことを思い出してしまった。
「もう面倒くさいわね。私がリーダーで話すわ。大丈夫、あんなの汚物にたかる蝿と一緒よ。あなた達は黙って高みの見物をしてればいいわ」
「紫様お願いします!」
 紫が仲間を勇気づけるように言った。そして桟橋へと向かい真っ直ぐさとりを見据えた。
「あら……。私後ろのレイムさんとお話したいんですの。レイムさんは私の部屋にも訪ねてきてくれたし……。もっとじっくり体をつき合わせて話合いたいと思ってましたの」
「断るって言ったらどうするのかしら? 古明地さとりさん?」
「それは……、こうするだけですわ」
 テキストが人間達を強力な力で拘束する。
「あら動けないわぁ。助けて妖夢ー」
「私も無理です幽々子様。足が地面に張り付いたようです」
 紫は不気味に微笑んでいた。何を考えているのかわからない。
「さぁこれで私達の邪魔をする人はいません。こっちへ来てくださいレイムさん……」
 さとりが両手を広げて霊夢を誘う。体の自由を奪われた霊夢はフラフラとさとりに近づいた。
「レイムさんに一つ質問したいのですが……。他の三人は本当に仲の良い仲間だと思いますか? 案外人は信じられないものですよ? うふふ、いつ手酷い裏切りを受けるかわかりません。それほど信頼とか絆などというのは脆いのです」
「違う、私達は本当の仲間よ。何度も苦難を乗り越えてきた――」
「ふーん。まぁ信じるのはレイムさんの勝手ですが……。一度他人の心の中を覗いてみたくありません? 私と額を合わせれば、レイムさんの周りからの評価を知ることが出来ます。ほら興味が沸いてくるでしょう? いえ別にそんなに怖がらなくてもいいのですよ? 本当に真っ当に生きてきたのなら、あなたの評価は胸を張って誇れるものなのですから……」
 さとりが額を合わせてくる。霊夢は抵抗できずに受け入れるしかない。ひんやりとした肌の感触が恐ろしかった。
「はぁ……はぁ……」
「これはユユコさんの分、お次はヨウムさん。尊敬する面もあり非難する面もあり、可もなく不可もなくといったところですか。中々いいお友達のようですね。さて……最後にユカリさんですが……。あらあら? えっ? 何これ? ……まぁいいか。 コホン、人知を超えたレベルのドス黒い感情で染まっています。ユカリさんのレイムさんの印象は……。なんと言ったらいいでしょうか……? とりあえずイメージを送りますね……」
 霊夢の頭の中に数々のイメージが流れ込む。ドロドロに濁りきった負の感情。それは卑小な霊夢の脳が許容できる代物ではなかった。
「うわぁぁっ! やめて、やめて……」
 後ろに飛び上がって尻餅をつく。
「わかりましたか? これがあなたが信じてきた仲間の心です。ほら? 憎くなってきたでしょう? レイムさんも仲間を憎んでもいいのです。溜め込んでいてはいつか爆発してしまいますからね……。私を信じなさい私は心が読める私は万能である私は神に近い存在である。みんな敵ですあなたを貶めようとしています私を信じなさい私を信じなさい私を信じなさい私を信じなさい――――」
「ひえっ、たす、ひっ、ああっ!」
 さとりの洗脳が霊夢の心を狂おしいほど蹂躙する。ああ駄目だ、幽々子も妖夢も紫もみんな自分のことを嫌っている。あああ駄目だ駄目だ。紫の心が怖い。何で何で紫のために今までずっと動いて来たのにあああ。気持ちいいさとりの声を聞いていると気持ちいい。従いたい全て委ねてしまいたい。さとり様、さとり様さとり様さとり様…………。
 顔を覆って震えていると、手にぽんと一本のナイフが置かれていた。さとりが霊夢の耳元に口を寄せてそっと囁く。
「私のために働きなさい? その方が何も考えなくて楽ですよ? ほらあなたを馬鹿にした人間共をこのナイフで刺し殺しなさい」
 霊夢はナイフを持ちふらりと立ち上がった。廃人のような足取りで、かつて仲間だった三人の元へと向かう。
「はぁ……、はぁ……、許さない……。みんな……」
 脳に埋め込まれた架空の肉芽から送られる絶え間ない信号。霊夢はそれに支配されるがままに行動する。
「ああっ、はあっ! いひひ、殺すって気持ちいいいい!!」
 手始めに幽々子の首を刺して殺した、念入りに十回ほど首と心臓を刺し貫く。
「あはっ、なぁに? イクっ! 漏れちゃう、何か漏れちゃう!」
 さとりの支配は快感中枢をも狂わせた。仲間の血が噴き出るたびに絶頂の階段を登る。動けない妖夢の腹をかっさばいてから、目をくりぬいて口を耳まで切り開いてから喉を何度も刺して絶命させた。
「ひゃひゃひゃ! 気持ちいい、気持ちいいよう! 自分に素直になると気持ちいいよぉおおお!!」
 ナイフの刃先は最後の生き残りの紫へと向かう。見た目は非力な10歳の少女。だが霊夢の手が緩むことは無い。最も復讐すべき相手だった。あれほどの強大な嫌悪と殺意を向けられては殺すしか他無い。紫、紫、憎い憎い憎い――。あんたは一体私のなんなのよぉ。あはぁさとり様今直ぐに、あは、あははは、何回刺しても気が済まない。血が、血がいっぱいだよぉ。あはっ、もっと刺したい、顔、顔が全部潰れるまで、顔の皮ひっぺがして、ああっ! 気持ちいい、気持ちいいい。あふっ、あははっ! ……やりましたさとり様。人間共を皆殺しに……。これで、これで――――
「よくやってくれましたね。それでこそ私の可愛いペットですね。目を覚ました後もまた、従順なペットでいてくれると嬉しいです」
 頬にねっとりとしたキスが塗布された。そして意識は深く混濁する。






「ごめんなさいごめんなさいみんな許して許してごめんさないごめんなさい……」
 霊夢はBADEND後、目を覚ますとひたすらに謝っていた。さとりの妄言に惑わされて仲間を殺してしまった。紫があんなことを考えているはずもないのに信じてしまった。霊夢の心はズダボロに傷ついていた。もういちいち復活するのがつらかった。
「紫、後12回しか残って無いわ……。霊夢がこのままじゃ……」
「ふぅーん。中々面白かったわねぇ。霊夢がそんなに思いつめていたなんてねぇ……。あ、霊夢、全然気にしなくていいのよ? ここはゲームの中なんだからね。うっかりずっと苦痛200%のままだったけど全然気にして無いから! うっふふふふ……」
「あああっ! 紫ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 霊夢は地面が陥没するほど土下座していた。
「ちょっと紫! あなたにとっては遊びだけど私達は真剣なのよ? 早くどうにかしてよ」
 幽々子が声を荒げる。
「ふふふ、ふぅ。あらごめんなさい。ちょっとお遊びが過ぎたわ。ねっ霊夢。私はあなたを見放さないわ。だって霊夢がいなければ幻想郷の維持は出来ない。博麗の巫女は言わば私と同質であり、お互いを尊重し得るもの。大丈夫よ霊夢、あなたならやれるわ」
「ゆ、紫……ありがとう……」
 涙を流して頭を打ち付ける。霊夢は生涯でこれほど嬉しかったことは無かった。


 再びさとりの待つ桟橋へと向かう。紫が話しかけるとさとりはまた霊夢を誘ってきた。
「また会いましたねレイムさん? もう一度私のペットになってくれますよね?」
「何度も同じ手になんかのらないわよ! こ、怖くなんかないわ。私には紫がついているんだもの!」
 霊夢は虚勢を張った。さとりはお見通しですよとでも言いたげに、憐れむように眉をひそめる。
「本当にかわいそうな方ですね。あの方の醜い心の中を見せてあげたというのに……」
「嘘よ、嘘に決まってるわ! 妖怪は人間を騙すから……」
「ふふん、まぁいいですよ。あなたがユカリさんを信じるというのなら……。でもこれならどうですか?」
 さとりの顔が絵の具をぶちまけたようになり、ぐちゃぐちゃと蠢いた後、霊夢がよく知る八雲紫本人の顔へと変貌した。
「ああっ、いや……。ユカリ、ち、違うっ! ユカリに化けても私は……」
「本当にわかりますか? あなたがユカリさんだと認識するものは何ですか? 何ですか? 何ですか? わからないでしょう? ほらまた頭がおかしくなります。偽のユカリさんに支配されておしまいなさい。あなたもそれを望んでいるのでしょう? ほら後ろを見てみなさい。あなたが忌避すべき妖怪達が笑っていますよ……」
 霊夢ははっと後ろを振り向いた。三人の古明地さとりが同じ顔で笑っていた。はぁ、はぁ、殺さなきゃ、紫の言う通りに殺さなきゃ。はぁ、はぁ。


「……あーあ。もう飽きたわ。そろそろ終わりね」
 紫がパチンと指を鳴らした。途端に霊夢の周りの風景が変わる。頭がからっと晴れて虚構から現実の世界へと引き戻される。
「あなた達の絆の深さはよくわかりました。私の負けです。さぁお通りなさい。あなた達の待つ世界が待っているでしょう」
 悪役が負けを認めたような台詞が急に流れる。さとりの姿はぱっと消え去ってしまった。
「え? 何で……?」
 わけがわからなかった。絶対にあの流れはBADENDだからだ。
「私達の勝ちねレイム。さっさと船に乗り込みましょう。後二分も残って無いわ」
 紫の声で一同はぞろぞろと聖輦船の中へ入った。
「皆さん遅いですよ! 私はもう駄目かと……。さぁ時空を超える旅に出かけましょう!」
 ムラサ船長の声と同時に間欠泉が吹き上がった。地底の天井を突き破り未知の世界の旅路へと向かう。
「おめでとうございます! ゲームクリアおめでとうございます! 人間達の深い絆は古明地さとりの凍った心をも溶かしたのです。何といういい話でしょうか! おめでとうございます……」
 突然キスメが出現して、うるさいくらい飛び跳ねながら騒いでいた。
「終わったんですか? 全然いい話じゃないですよぉ。もう疲れました……」
 妖夢がぐたっと寝転がっていた。緊張の糸が切れたように放心した表情だった。



 

 偶然にも異世界へ迷いこんだ人間達は、力を合わせて地霊殿を探索し、無事時空を超える聖輦船に乗り込み自分達の世界へと帰った。
 助かったのはレイム、ユカリ、ユユコ、ヨウムの四人。他の仲間達はどうしているのか、今でも必死で逃げているのか、悲しくも妖怪達のエサになってしまったのか、それとも――。レイム達は今日の出来事を胸の奥底にしまい込んで考えないようにした。深い深い、暗闇の底に眠る洋館。地霊殿とは人間の心の闇そのものなのかもしれない。




  ☆☆☆ CONGRATULATION! ☆☆☆
  ノーマルENDおめでとうございます!

 ・地図と通信機を早めに手に入れよう!
 ・仲間をもっと大切にしよう!
 ・もっとNPCに色々話しかけてみよう!
 ・古明地こいしはレアキャラ、何度も挑戦して頑張って会おう!
 ・さとりの日記を全部集めると何かが起る……?


 最終残りEND数 4回  生存人数 4/7   総合評価 D







 京都市街地に雄大に構えられる巨大ビル。デュアルラビットグループ本社の一室、ちれいでん!運営チームは賑わいをみせていた。
「ひゃー楽しかったぁ。社員用だからって何で苦痛快感10%固定なんですかぁ。もったいないですよぉひひひっ」
「そう言わないのお鈴ちゃん。この中に入ってたら限界超えて感じちゃう人がいるからねぇ」
 人が一人がすっぽりと収まる円形の大型の機器。ちれいでん!専用の身体一体型感受筐体である。この中に入ればリアリティ溢れるちれいでん!の世界を体験できるのだ。運営チームは各自NPCとなり、霊夢達の敵対存在としてゲームに興じていた。
 初めに口を開いたのはお鈴(りん)というあだ名の22、3歳ぐらいの女。ちれいでん!のキャラクター、お燐の人間型に非常に良く似た格好をしている。漆黒のドレスに死化粧かと思うほど白い肌が対照的に映えている。猫のようにコロコロとよく動き笑い、何かにつけてひひひと言うのが口癖だ。NPCオーリンとお燐を操作していたのは彼女である。
 それに答えたのはさと子という女だった。背も小さく童顔だがもはや30歳近い。コケティッシュな雰囲気を醸し出していて、露出度が高い服装から伸びるすらっとした手足が艶があって美しかった。NPC古明地さとりを操作し、ゲームマスターの役目も兼ねていた。
「いやーお疲れ様でしたみなさん。僕のかっこいい勇姿見てくれましたか?」
「霊烏路君お疲れ様。私はあなたは注意していなかったの。ごめんなさいね、うふふ……」
 体格のがっしりしたスポーツマンタイプの男。非常に珍しい苗字で霊烏路(れいうじ)と言う。NPCオクウと空を動かしていた。
「ええっ、そんなぁ酷いですよさとさん。僕の可愛い空ちゃんの一番の見せ場なんですからちゃんと見ててくださいよ。ちょっとお馬鹿な子が必死で頑張るなんて萌えるじゃないですか。僕はもっとそういうキャラが増えればいいなといつも思ってるんですが……」
「はいはい、その辺にしておきなさいね霊烏路君」
「そーですよ。今はエログロキャラが流行りなんですよ。いひひっ」
 お鈴が不気味に笑っていた。少し遅れて大型筐体のドアが開く。
「あら封獣君手間取ったわね。どうだった? 面白かったでしょ? 正体不明のキメラの変化形の内の一つ、淑女のお姉さん達を惑わすショタ少年のぬえちゃん! やっぱり可愛い子はいいわよねぇー。私見ててドキドキしちゃったぁー。ねぇお鈴ちゃんもそう思うでしょ?」
「そーですねぇ。普段はあんなすました顔してるのにあんなはっちゃけて……キャーキャー!」
「う……。ひ、酷いですよ。僕初めてだったのにあんなキャラ……」
 封獣と呼ばれたのはまだ20歳に満たない青年。新人としてこのチームに入っている。サラサラの黒髪の女装がよく似合いそうな顔立ちをしている。美貌の魔少年ぬえとしてログインしていた。
「えー? でも乗り気だったよね? あんなえっちぃ声出してさ? ねぇさとさんもそう思うでしょ。ひひひっ」
「そうねぇー。あの演技は初めてじゃないわね。私の直感がそう言っているわ。どっかでもう慣れているのかしらねぇ? 若い子って怖いわねぇ、ふふふ……。今度お姉さんがお相手願おうかしらー?」
「や、やめてください! 違いますよ! とにかく僕はあんな役嫌なんで途中で休ませてもらいました!」
 バンとテーブルを叩く音がする。
「えーせっかく女の子が六人もいるパーティーだったのに我侭ね。ぬえちゃんが頑張らなくてどうするのよ?」 
「知りません知りません。それに何で僕の恥ずかしいことは全部見えるのに、さとさんの方は見えないんですか? 不公平ですよ。」
「GM権限で自由にフィルターかけられるわ。さとりは必ずエロ方面になるからしかたないじゃない。……あれ? 封獣君は私のHなとこみたいの? んー? あん見たいんだぁ? 顔が赤くなってきてかわいーい。どうしよっかなー。見せてあげてもいいよ? ただし二人っきりでね……」
「えっ……」
 封獣青年は顔赤らめて下を向いている。
「キャー! 本気にしちゃったわこの子。封獣君からかうの本当に面白いわねぇ」
「いひひっ。封獣君は私の奴隷になっちゃえばいいよ。ちょっとばかり痛いけどね。ひっひっひひひ……」
「う……も、もう僕は行きますね! お疲れ様でした!」
 慌てて部屋から立ち去る。つかの間の空虚な静寂が訪れた。
「水橋くーん。それに黒谷君もNPCで遊べばよかったのにねぇ。小傘ちゃんとかナズちゃんとか可愛いのにさぁ」
 さと子は少し離れたデスクでキーボードを叩いている男達に声をかけた。
「…………チッ」
 単に舌打ちだけで済ましたのは、長髪で極限まで痩せた案山子ような男。常に殺気だった雰囲気で、貧乏揺すりが絶えず全く落ち着きが無い。彼は嫉妬の妖怪パルスィのモデルであるとかなんとか。その実態は謎に包まれている。
「あら水橋君たらおっかないわねー」
「ひひっ、何かのコンプレックスの塊なんだよ。あれは一生治らないよ」
「もう、何かにつけて独りよがりは困るわねー」
 さと子は慣れているのか気にせずにまた口を開いた。
「それじゃ黒谷君はぁ?」
「あ、僕はそういうの興味ないんで……」
 中肉中背で眼鏡をかけて、特にとらえどころの無い特徴の薄い男だった。
「うーん、黒ちゃんはむっつりなんだよ? 本当は影ではあんなことやこんなことしてるって! ひっひひひひ! 恥ずかしがりやさん! 恥ずかしがりやさん!」
 お鈴は空気を読まずに茶化すのが得意だった。


「それにしても……。チーフから直々に指定があった割には大したこと無かったわね。今日のパーティー」
「そーだよね。地霊殿に来るまでも時間かかり過ぎだったし。中でも段取り悪すぎじゃない? 早々三人捕虜になったのにさ、よくクリア出来たと思うよ」
 さと子とお鈴は熱心に話し込んでいる。今日のパーティは妙な違和感があった。見た目とか文化思考の違い以上の本質的な違い。それが何なのかはGMの権限を持たされているさと子にも計りかねた。
「あれって何のアニメかゲームのコスプレなのかな? 巫女服とかよくわかんない着物とか?」
「うん……。まぁ見た目もあるけど……。私はさとりの補正でプレイヤーの記憶が若干多く入るんだけど。幻想郷? 今日の七人は幻想郷からの旅行者で全員一致していたわ」
「幻想郷ですか? 僕そんな国知りませんねぇ? どっかの団体とかじゃないですか?」
 霊烏路が割って入った。
「それはおいといても……。お鈴、ユカリってプレイヤーは何かおかしいとは思わなかった? 七人みんなおかしかったけど、特にユカリだけは……」
「あ、そうそう! 私お燐最終形態でユカリと遭遇したのに、私の方が負ける流れだったんですよ。あれって変ですよね? そんなフラグちれいでん!のどこにも存在していないと思うし……。あっ死ぬ前に結局バグっちゃったんですけど」
「小傘も途中でユカリに近づいておかしくなっていたわ。何か回線でも悪かったのかしら?」
 さと子は目を細めてぼうっと正面を見つめた。
「チーフの知り合いだとかじゃないですか? 最後のさとさんもわざとクリアさせたんでしょう? 僕不思議に思ったんですよね。さとさんがあんな簡単に通すなんて……」
「いえ違うのよ霊烏路君。絶対通さないつもりだったのだけど、急にフリーズしちゃって。いやフリーズというか、勝手に操作された感じだったわ」
「ふぅん。不思議ですねー。やっぱりチーフが裏から細工してたんじゃないですか? それなら初心者過ぎるのも頷けるし……。ひひひっ、思い出しだけでも嬉しくなってくるよ。二人いっぺんにゾンビ化……ひひっひひひひっ!」
 お鈴の笑い声が止まらない。その手の歪んだ嗜好には目が無かった。
「そういえばプレイヤーの内まだ三人は捕虜になったままですよね? いいんですかあれ?」
「ん……。あれは催眠術みたいなものだから、ちゃんと解かないといけないんだけど。チーフから連絡が入っているのよ。そのままでいいって。やっぱりチーフのお得意様なのね。私達が口を出すことじゃないわ……」
「そうですかー? それにしても変な人達だったなー? ゲンソウキョウ、ゲンソウキョウっとそんな地名かなんかあったかなぁ?」
 霊烏路がデスクに戻りありもしない存在を検索した。さと子は真上の蛍光灯を見つめた。オンラインゲームの対話の相手は顔も見知らぬ未知の人物。それが醍醐味でもあり怖い部分でもある。ユカリとは一体何者だったのか。さと子は考えるのをやめて、今日のプレイの反芻を始めた。






 高層ビルの最上階から、二つの影が夜景を見下ろしている。この世を高みから見下ろすのは成功者か、はたまた堕落した悪魔の使いだろうか。
「ついにこの日が来たわね蓮子」
「まさか……、本当に現実にこんなことが起るなんて……。ああ怖いわメリー」
 二人の女性の名はマエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子。二人共四十台半ばを過ぎて、白髪も混じり始め、顔にはどんなに隠しても覆い隠せないほどの皺が刻まれていた。それは彼女達の果てしない野望への苦労の証でもある。
 京都の大学を卒業した彼女達は、ある目標に向けて行動を開始した。それは幻想郷の存在を証明すること。
 メリーの境界を視認し得る能力は、曖昧模糊な幻想郷という存在の確認をしていた。ただそれは彼女の狭い世界でしかありえない。それならば誰しもがわかる形で示してしまえばいい。彼女はそう考えたのだ。そしてその方法とは? 宇宙か時空の彼方で生活をしている幻想郷の民が興味を持つ、そんな遊びを作ってしまえと。そうすれば幻想郷側から嫌でも訪ねて来てくれる。
 そういう確信がメリーにはあった。何故? 理由などは無い。つながっていればきっといつか。メリーの思考は飛躍している。それが絶対不可能なことであるほど彼女の希望は膨らむ。
 蓮子のプログラミング能力は長い下積み時代を経て開花した。複雑多岐に渡るテキストの羅列原理を構築し、時に順応し選り分け千変万化のストーリを表現するMMOソース。その奇跡的なプログラムは何年もの月日を越えて、今ここに現実に稼動したのだった。
 メリーは知り合いという知り合いは全て使い、金策に奔走し今現在のデュアルラビットグループを設立した。彼女の経営手腕もまた長きに渡る知識の蓄積によるものである。様々な分野で順調に成果をあげ、今も成長途中にあった。


 ことの起こりはこうだった。七人の接続元が不明のVIP会員のIDの接続が確認される。蓮子はハッカーの可能性がありと思い、詳細に調べてみた。全てがおかしかった。ログイン中の固体情報から送られる信号が、明らかに地球上のものではないのだ。何人かは人間に非常に近い者もいたが、その他はどんな動物でありえない、完全に未知の信号を発していたのだ。
「メリー、メリー、来たのよ……。これがあなたの言う、幻想郷って楽園なの?」
 蓮子は実はメリーの夢物語を全て信じているわけではなかった。ただメリーと、同一の目的を持って生きていたかったのだ。例えそれが叶わなくても悔いは無かった。
「蓮子落ち着いて? これは初めてであってもラストチャンス。ただ身元不明の信号であっても幻想郷の証明にはならないわ。捕まえて蓮子。じっくり調べて、どんな生物か、もっと、もっと詳細に――」
 メリーは何の気も無しに捕まえてと言った。蓮子は不思議に思った。肉体は外の世界にあるのに捕まえてとは? 接続が切れればそれは籠の外でしかない。だがその考えは間違いだった。その七人は肉体も魂も全て電脳空間の内側にあった。現代のどんな技術を持ってしてもそれは不可能だ。七人がとてつもなく怖かった。恐ろしい、恐ろしい。肉体を全て文字列に変換するのは悪魔の所業だ。
「メリー、恐ろしいわ。彼らは肉体をも溶け込ませている。捕まえるなんて……」
「蓮子、これは勝負なのよ。まだ見ぬ幻想郷の誰かと、運命づけられた――私にはわかるの。お願いだから無粋な真似はしないでね?」
「わかったわメリー……」
 そうは言っても蓮子はちょっかい出さずにはいられなかった。ちれいでん!チームのNPCを担当させてゲーム離脱をさせないために、ログアウトを封じたりもした。
 七人の中でユカリというプレイヤーは最も異質な存在だった。他の六人よりも、究めて逸脱している、例えようもない超存在の感覚。これが幻想郷なのだろうか。これがメリーが求めた理想の……?
 蓮子は怖かった。もしこのユカリを捕まえてしまったらと。メリーと蓮子、それにこのちれいでん!のシステム、それだけでは済まない甚大な大災害が起る予感がしてしまった。
「三人捕虜になったわメリー。他の仲間は解放する意思はないみたいだわ……」
「そう。いよいよだわ……。幻想郷の民――それも肉体をこちらに移している。もしや、もしや、この現代にそれが蘇ったら……。あは、あはっ、あはははっははは――――」
「メリー……あなた……」
 王者の笑いだったのかもしれないが、メリーはどこかで履き違えてしまっていた。
 ゲームの進行は終盤へと近づく。クリア出来るかどうかはギリギリの状況だった。ラストの桟橋まで来て蓮子はほっとした。これでユカリが抜け出せるのだと。しかしその予想ははずれてしまった。偶然性の高い古明地さとりの出現イベント。それが最後の最後で起ってしまった。
 プレイヤーの一人のレイムが精神衰弱に襲われてENDになった。このままではまずい。ユカリがゲーム内に残ってしまう。なんとかしてこの未知の生物を外に出さなくては。……動かない、というかPCがフリーズしている。直接ゲーム内に下す手段が無い。部屋の全てのPCも同じだった。何故? それならばNPCさとりを操っているさと子に連絡しようと思った。否、それも出来ない。手も足も動かなかった。しだいに息が出来なくなる。怖い怖い助けてメリー、メリー。


「う……」
「蓮子? 蓮子? どうしたのよ急に倒れて?」
 メリーの心配そうな顔が見えた。メリーはいつも変わらなく美しい。
「あ……メリー、私……」
 それはメリーだったのか、どこか遠い世界のお姫様のようにも見えた。
「四人はゲームクリアしてしまったわ。でも三人捕まえただけでも上出来だわ。私達の幻想理論は今ここに完成されるのよ」
 メリーのきりりと引き締まった口元。そう自分はこの顔に惚れたのだと思い出した。
「怖いわ、私怖いの……。Phantasmは人として許されない。いつか私達はその報いを受けるのよ……」
「大丈夫よ蓮子。真実に近くなきゃゲームは面白くないもの。そうでなきゃ幻想の民も……」
「でも、でもメリー。今捕まっているのはユカリの仲間よ。悪魔の手先だわ。私達のせいでこの世が滅びるかもしれないんだもの」
「蓮子……。それでも関係ないわ。今二人の力で幻想郷への風穴をこじあけた事実。それだけが真実よ……。愛しているわ蓮子」
 メリーの綺麗な顔が目の前に迫ってきた。やや水分を失った唇でも、そのぬくもりは二十年以上前と変わらない。
「メリー、メリー。好きよ。愛しているわ」
「私もよ蓮子。ずっとずっと一緒よ――」
 熟成された二人の愛は燃え上がる。それには年齢の垣根などは存在しない。




 
 ――西の神様、西の神様、おいでくださいおいでください!

 ――またこっくりさんの真似事なのメリー? あなたも飽きないわね。

 ――幻想郷から神様を呼ぶのよ蓮子。ええい、東の神様、東の神様――

 ――また幻想郷の話なの。どうしてそんなちっぽけな一枚の紙に神様が来ると思うの?

 ――はっ、そうか! そうだったのね! 蓮子ありがとう! 

 ――どうしたのメリー? 急に馬鹿騒ぎして?

 ――依り代よ依り代! 神様が下りたくなるようなでっかい依り代を作るのよ! 

 ――依り代って言っても具体的に何を作るの? まさか本物の神社を作るとでも?

 ――ううん、もっと楽しい箱庭よ。ああぐずぐずしてる暇は無いわ。さっそく行動開始よ蓮子!

 ――ふふふ、メリーったらいつも勝手なんだから……







 幻想郷は夕闇に染まっていた。博麗霊夢はパチリと目を覚まし、重い頭を抱えながら立ち上がった。
「お疲れ様霊夢」
 紫がぽつんと言う。スキマは閉じようとしていた。七つの水晶玉だけが寂しく残されている。
「ああ紫……」
 頭がぐらぐらしている。何をしていたんだろう? どこか外の世界へゲームをすることになって、それから――。
「妖夢、楽しかったわねびっくりホラーハウス。妖夢が一番驚いたから一人負けね」
「いえいえ、幽々子様の方が驚いてましたよ。見てるこっちが恥ずかしかったです!」
 幽々子と妖夢がじゃれあっていた。そう、紫と自分も合わせて四人でゲームを遊んで――四人? ここには七つの水晶玉がある。何故だろう? もっと多かったような? ああ頭が割れそうになる。
「どうしたの霊夢?」
「あ……紫。私達の四人の他にもっといたような……」
「くすっ、霊夢が誰も呼べなかったからしかたなく四人で遊んだんじゃない。せっかく七つも水晶用意してきたのに余っちゃったわ」
 紫の優しい笑顔だった。
「そ、そっか、そうよね……」
 霊夢はゲームの内容を思い出そうとしたが、全く思い浮ばなかった。ホラーハウスとは? ……白い洋館。煉瓦作りの壁……そして仲間がいて……。
「霊夢には合わなかったみたいね。つまんなそうだったわ」
「え、そう? よく思い出せないんだけど……」
「ま、ちょっと刺激が強すぎたみたいね。ゆっくり寝て忘れるといいわ。んんー。久しぶりに気合入れたから疲れたわー。帰って眠らなきゃぁ。ふぁぁーーーあ。じゃさよなら霊夢。またね……」
 大あくびをして紫が立ち上がる。幽々子と妖夢もそれに続いた。
「和菓子美味しかったわ霊夢。また来るわね」
「幽々子様失礼ですよ! では霊夢さん、今日はどうもありがとうございました! それでは失礼します!」
 
 三人が帰ると、霊夢は夕日の光で赤く染まる居間まで這い出た。
「この筍の包みは……?」
 それは筍だった。袋にくるまれたまだ成長しきっていない筍。紫や幽々子がおすそ分けにでももって来たのだろうか? いやそれは考えにくかった。食べ物を漁りに来るならいざ知らず。
「……ま、いいか」
 霊夢は単純に何も考えないようにした。幻想郷の博麗の巫女として自分はここにあるのだ。そして八雲紫もいる。
 緩やかに赤みが暗闇に変わっていく。幻想郷は今日も周り続ける。






 博麗神社の石段を下り、三つの長い影法師が伸びている。
「紫さん私に何か言うことはないからしら」
 少し怒気のこもった口調で幽々子が聞いた。
「なぁに幽々子? そんな怖い顔して? 何も言うことなんてないわよ」
「そう……。まぁあなたが何をしようと勝手だけど、大切な友人を謀ろうとは二度としないことね」
 しばしの無言が続いたが、やがて紫が口を開いた。
「あら気づいてたの幽々子? うまくいったと思ったんだけどなー」
「あんな偽物の空間なんて意味は無いわ。食事も人の生き様死に様も空虚でしか無い」
「まぁ今回のことは謝っておくわ、ごめんなさい。幽々子が私の霊夢に何かするわけないものね。ちょっと考えすぎたわ」
 紫と幽々子は遠い目で沈む夕日を見つめていた。
「さて、私はスキマで我が家へ直行するわ。じゃーね、幽々子、妖夢」
「お疲れ様です紫様!」
 黒い空間が広がり、幻想郷の賢者が異次元的な移動をする。
「幽々子様? 何を話していたんですか? 私にはよくわかりませんでした」
「いえこっちのことよ……。それより妖夢、お腹ぺこぺこだわー。ご飯五十幽霊分大急ぎで用意してね?」
「そ、そんなぁー。いくらなんでも多すぎますよぉー」
 二人の足取りはとても軽かった。





「ただいまー。藍、らーん。お水持ってきてー。冷たい冷水ー」
 八雲紫は式神が待つ我が家へと帰る。
「あっ紫様お帰りなさいませ! 藍様は今忙しいので私がお水を持ってきました!」
「あら偉いわね橙ー。ありがとうとっても美味しいわー」
 居間の卓袱台に座り、質素な夕食を式と共に楽しむ。それは紫の過去から未来まで永久に変わらない習慣だった。
「今日は何の肉かなー? あむあむ、あ、これはなぁに藍?」
「蛇の肉です紫様」
「んー蛇か、蛇ねぇ。なんかぱっとしない味ね」
「お気に召しませんでしたか?」
「いやなんか今日は蛇をいっぱい見た気がするから」
「とっても美味しいです藍様! 藍様が作る料理は最高です!」
「そ、そうかー。橙は味のわかる賢い子だなー」
 橙が賞賛すると藍の顔が仏のようにほころんだ。紫はぶつぶつ言いながらも蛇肉を平らげていく。
「ねね、藍? ちょっと話があるんだけどー?」
「何ですか紫様?」
「……博麗の巫女のことなんだけど、新しい受け皿の当たりをつけておいて欲しいの」
「何故ですか? まだ数年しか経っていないですし。それに今回は紫様自身が太鼓判を押していたじゃないですか?」
 藍の表情は曇っていた。幻想郷の維持に必要な博麗の巫女は、最も重要な事柄だった。
「んー、何か見込み違いだったわ。やっぱり駄目ね。肝心な時に動けないようじゃ」
「はっ、そうですか。それでは即急に新たな巫女の候補を探すとしましょう」
 仮想空間の中で霊夢の行動に、紫は幻滅してしまった。あまりにも霊夢は人間らしかった。もう少し超然とした態度でなければ妖怪に立ち向かえないであろう。偶然接続した外界のゲームで事実を知らされるとは、何かの運命の導きだろうか。紫はゲームの支配者に位置する人物に何か不思議な感覚を覚えていた。遠い世界をつなぐ深く共鳴するような振動を。
 ともあれ紫はもう二度とあの世界は行かないだろうと思った。偶然開いたゴミ捨て場、そして博麗の巫女のテスト実験。それだけで出来れば十分だった。
「ああそれからね、藍。新しい博麗の巫女が見つかっても、前の巫女が生きていたら困るわよね?」
「そうですね。人間は後五十年くらいはゆうに生きますから」
 紫は少し首を捻った。と、いいことを思いついた。そうだこれは偶然ではない、運命だったのだ。
「そういえば最近地底の様子がおかしいって言ってたじゃない? 博麗の巫女様に向かってもらいましょう。理由は、そうね。人間の素晴らしさを地底の妖怪様達に説いてまわるとか。ああこれから忙しくなるわね。幻想郷の管理も楽じゃないわー。うふふ…………」



          To Be Continued...Another Subterranean Animism...?    
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