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小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
『ぜ』の殺人
 サニーミルクは妖精である。
 ルナチャイルドは妖精である。
 スターサファイアは妖精である。
 彼女らはとても仲良しである。幻想郷という雑多な界隈において、彼女らの存在とは如何にも説明し難いものである。ただ、言うならばやはり妖精である。天真爛漫で無邪気な妖精。恐れを知らぬ妖精の妄信的な進軍は止まることを知らない。
 今から語られる物語は、妖精達の気まぐれから生じたごく些細な出来事からなる、誠に咀嚼反芻し難い、ある意味観念的で記号的である幻想郷の煩悶懊悩を、脳漿から振り絞った後に出来上がる残滓を、数億度の熱で錬金熟成したに等しい鉱物の集大成なのである。
 妖精とは、人間とは、妖怪とは何であろうか? それは一つの言葉に集約される。
『ぜ』。
 見ての通りこの言葉は単一では意味を為さない。為せば成る、為さねば成らぬ、何事も成らぬは人の為さぬなりけり。かの大名はそのようなことをのたまわったがここでは関係ない。
 簡潔に言うと『ぜ』は語尾につけるものである。そうだぜ。それはすごいぜ。お前が好きだぜ。本来ならばこれは世の男性が気前よろしく使う言葉だ。男気、男らしい、男。だぜ、とか言われると世の人民はどんな男性をイメージするのであろうか。日焼け、筋肉質、毛むくじゃら、リーダーシップ、かっこいい、不良。プラスマイナスの差はあれど、『ぜ』から感じられるのは紛れもない男性ということになる。
 そこで本題であるが、この『ぜ』をうら若き女性、いや純真無垢なる生娘、処女、女神のように可愛らしい崇高な存在が使用するとどうなるのだろうか。
 信じられないかもしれないが、これを実行に移した蛮勇は存在したのである。
 彼女の名前は霧雨魔理沙。人間である。しかし彼女は人智を超えた存在になってしまった。
 何故か?
 彼女は『ぜ』を半端な気持ちで使ってしまったのだ。『ぜ』というものは本来は封印されていなければならなかった。それ故に彼女は耐えられなかった。悪魔に心を売り渡してしまった彼女は闇の眷属となる。幻想郷の民はそれを許さない。
 世の中には必ず自浄作用という原理が存在する。生まれる、食べる、死ぬ、土に帰る、そしてまた生まれる。自浄作用とはつまり循環である。だからして、循環からはずれたものは排除しなければならない。それが未来永劫変わらない掟である。幻想郷においてもそれは全くもって不変の概念である。
 霧雨魔理沙はその輪廻の鎖からはずれてしまったのだ。ああ魔理沙。彼女は何故。
 さぁ今その歴史を紐解こうか。
 



 サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。人よんで三月精。彼女達はぺちゃくちゃとお喋りに興じていた。何のことはないいつもの平和な幻想郷の一風景である。
「ねぇねぇねぇ聞いてよ聞いてよ」
 サニーは言った。
「何」
 スターがつぶやく。
「うひゃ、サニー、あはは、うけるわそれ」
 ルナが笑いころげた。
「私最近とっても嫌いな人物が二人ほどいるのよね。誰と誰だと思う?」
「知らないわよ」
 と、スター。
「うふふ。あはは」
「わかんないの? あなた達もよく知っている人物よ。魔法の森の似非魔法使いの霧雨魔理沙と、馬鹿のチルノ。この二人よ。ねぇあなた達も嫌いでしょ? チルノなんてこの前仕返しにきたじゃない。意味わかんないわ。馬鹿のくせに。チルノのくせに」
「ま、大体同意」
「サニー、サニー? チルノ? 魔理沙? おっかしーいひひひひ」
 サニーは三人の中ではリーダー格である。悪戯好きな彼女達はよく悪戯をする。その九割は彼女が発端である。八重歯がチャームポイント。スターは無口である。取り得は黒髪である。ルナは笑い上戸である。
「で、チルノはわかるけど、魔理沙、何故?」
 スターが聞いた。
「あのね、彼女って何かあれじゃない」
「あれ、あれ? あれだって。あはは」
「あれって?」
「ほら、よく語尾に『ぜ』ってつけるじゃない。あれって私意味わからないのよね。だって『ぜ』よ『ぜ』。私の辞書には存在し得ない言葉。何それ? はぁ? 彼女は男性化願望でもあるってわけなの? それとなくアピールしてるの? かまって欲しいの寂しいの? そんなんで萌えると思ってるのねぇええ?」
「サニーうるさい。そうね。『ぜ』は問題ありね」
「でしょう?」
「ぜーーっ。ぜっぜぜぜぜ……。どう? 『ぜ』で笑ってみたけどどう?」
 生暖かい風がびゅうと吹いた。今日は暖かくなりそうな日和だった。
 サニーはリーダーらしく、人差し指をぴんと天に向かって掲げた。
「そういうわけで、私はこの事態をほおってはいけないと思うの。必ず近い未来に災禍をもたらすに違いないわ。これは由々しき事態、一刻を争うわ。『ぜ』の魔女は断固として排除しなければならない。私はここに誓おうと思うの。賛同してくれるわよね? スター、ルナ?」
「是、うん。肯定の是。是非って言うわね」
「ぜっ、ぜーっ。笑いすぎて……疲れ……ひゃひゃひゃひゃ」
 三人の意思は一つになった。幻想郷の自浄作用。回避できない神の鉄槌が今まさに始まろうとしていた。
「それでこそ妖精の仲間よ。それでね私、考えていたことがあるんだけど……」


 三人はサニーを先頭として、チルノが住まう湖の湖畔へと来ていた。
「サニー、本当にうまくいくの?」
 スターが聞いた。
「大丈夫よ。私の計画が失敗したことが今まであって?」
「うん、多量にね」
「ぜっぜっぜっ」
 サニーが考案した計画はこうだった。語尾に『ぜ』を付け加えることによる。魔理沙化。言葉だけで存在は変質変容できるというのがサニーの自論だ。
「信じられないかもしれないけど、『ぜ』の魔力は本物なのよ。ううん、呪いと言ってもいいわ。それほど『ぜ』は危険な概念なのよ。私達はそれを身をもって実証しなければならないの。毒をもって毒を制す。そこまで追い詰められているのよ」
「慧眼ね。サニー」
「覚悟はできたようねスター。今から私が見本を見せるわ。……私は霧雨魔理沙だぜ。どう?」
 その瞬間サニーの体に光が灯った。スターは確かに見た。今の今まで友人だと思っていたサニーの姿が、あの霧雨魔理沙の容姿へと変化してしまったからだ。
「こ、これはすごいわサニー」
「完璧でしょ? さぁあなたも早く」
「私、霧雨魔理沙……だぜ」
 続いてスターの体にも変化が起った。
「よくやったわスター。上出来よ。残りは……ルナ? ルナどうしたの?」
「ぜーっ、ぜっぜぜぜ、ぜーーー。わ、笑いすぎて……息が……ぜ、ぜ、ぜ……」
「ルナ……」
 そこには変わり果てたルナの姿があった。『ぜ』に体を完全に侵食された異形の存在が。
「ちっ。私がそばについでいながらこんなことに……。ルナはもう手遅れだわ……かわいそうだけど」
「ぜ……ぜ……ぜ……」
「ルナ、仇は必ずとるわ。馬鹿妖精と『ぜ』の魔女の首をあなたの墓前にささげるから。必ず、必ずよ」
 うずくまって、ルナは小刻みに振動しながら、やがて息絶えた。
「ルナ、ルナーっ! ……行きましょうスター。ルナの思いを無駄にしないために」
「せいせいしたわね」
 スターは言った。


 尊い犠牲がありながらも、サニー達はチルノを見つけた。彼女は氷の妖精。陽気な日和であるのに、湖を凍らせて遊んでいた。
「暢気なもんね。あの馬鹿面が恐怖に染まる瞬間が見たいわ」
「是、サニー」
 サニーが見つめるその直線、水色の髪と服の氷妖精。双眸で刺し貫くように威圧しかける。憎めば憎むほど憎しみが増す。
「挟み撃ちよ。スターは背後からね」
「是、サニー」
 サニーは正面からチルノに近づいた。警戒心がないのか、視認範囲に入ってもこちらの気配に気づかない。

 ――あなたのせいでルナは。

 友人の命を間接的にも奪ったチルノを許せなかった。サニーの心は業火の炎のように燃え上がった。
「喰らえ!」
 何も小細工はいらなかった。ありったけの力をこめて大玉と小玉を照射する。
「うわ? 何?」
 チルノが何か言っていた。が、聞く耳持たず。仇は一瞬で仕留めるのみだ。
「悪いけど、もらうわ」
 驚いて背後に飛んだチルノをスターが捕まえた。首ねっこを捕まえてぎりぎりと締め上げる。
「な……おま、ま……り?」
「問答無用」
 サニーの一撃がチルノの腹部を華麗に吹き飛ばした。
 チルノは滑空する力もなく、湖へとまっさかさまに落ちた。氷はもう張っていなかった。
「終わったわねスター。でも何だ悲しいわね」
「ええサニー……、う、うう、ぜっ、ぜ……是、是是」
「えっどうしたのスター? まさかあなたまでそんな……」
 スターは地上に落ちてぺしゃりと力を失って倒れた。
「是、是……私はもう駄目よサニー」
「そ、そんなこと言わないで。私、一人きりになったら、どうやって生きていけば……」
「ううん。大丈夫よあなた。サニーはやればできる子よ。あのね……私嬉しかったの……『ぜ』の魔力にとらわれて……。私の人生は否定ばっかりだったわ……自分を押し殺してばかりで……。でもね、是って言うと肯定されるでしょう? 私はそれが嬉しくて嬉しくて……。サニー、あなたのおかげよ。あなたが誘ってくれたおかげで私は生まれ変われたのよ。そうでなきゃ私……あ、もう時間ね……『ぜ』が私を…………ぜ、ぜ、是是是是是……」
 『ぜ』の怨念が華奢な妖精の細胞を侵食し始めた。二人の握りしめていた手、そのからんだ指がすっとほぐれた。
「ス、スター! そんな、待って、いかないで、うわ、うわぁ――――」
 妖精の悲しい叫び声だけがこだました。




 翌日、40度を越える炎天下のうだるような猛暑の中、その事件は突如として起った。
 霧雨魔理沙が自宅にて死亡しているとの報告が、妖怪の山県警本部に連絡があった。
 うつ伏せの状態で、背中を五箇所もつららで貫通されていたのだ。死体があった寝室はおびただしいほどの水溜りができていた。この現場は物議を醸し出した。この炎天下につららが数時間形を保っていた。それだけで奇跡に違いない。それに加えて水でびしょびしょの寝室。
 第一発見者はアリス・マーガトロイド。この日は一緒に人里へ行く約束だったらしい。昼過ぎに霧雨邸のドアを叩くが返事がない。この猛暑の中で、衰弱死しているのではと、アリスは心配になり通報した。天狗らが踏み込んだ時分にはもう既に事切れていた。
「ふむ……これは難事件ですね。こんな珍しい事例はお目にかかったことはない」
 犬走椛、警部である。お気に入りの煙草を美味しそうに吸っている。
 事件の容疑者と関係者は一堂に集められていた。アリス、博麗霊夢、そしてパチュリー・ノーレッジである。
「しかも、これは、あれですね。我々がかけつけた時には霧雨邸のドアは中から鍵がかけられていた。窓も全部です。つまり、アリスさんの言葉に嘘がなければ……これは密室殺人ってことになりますね」
 椛は淡々と言った。
「密室とか関係ないわよぉ。早く私を解放しなさいよ。何で魔理沙が死んで私が捕まるのよ? 説明してみなさいよ。ええ?」
 霊夢が鬼気迫る表情で吼えた。
「いえいえ、霊夢さん。あなたがやったとはまだ決まって――ただ、その可能性が高いとだけ」
「何よ何よ。私何もやましいことなんてしてないわよ」
「ふむ、そうですか。ではこれを見てください」
 そう言って、椛は一枚の紙片を取り出した。
「これは魔理沙さんの机から出てきたものです。ここに書いてあることを読んでみましょうか? えー、私の親愛なる友人の霧雨魔理沙さん。私が貸したお金はいつになったら返してくれるんでしょうか? 私はあなたを本当の友人だと思って用足したわけです。それを何でしょうか。一ヶ月や二ヶ月、いやいや半年以上も音沙汰なしでございます。私は呆れるしかありません。世の中に借りたお金を返さないでいい道理があるわけありません。魔理沙さん、あなたは昔はよく私の神社に顔を出してくれましたね。私は本当の友人が少ない質でしたから、それはとても嬉しかったのです。それがいまやこの有様。私は悲しくて仕方ありません。ほんの少々のお金の貸し借りで友情が壊れてしまうなんて。魔理沙さん、あなたの態度も腑に落ちないではありませんか。人里でばったり会えば鬼にでも会ったかのように、血相を変えて逃げ出す始末。お金の貸し借りといっても心を通じ合った友人のはずです。何故ほんの一言、一言でいいのです。今度おごるぜ、ちょっと待ってくれよ。そんな他愛のない一言で私は救われると言うのに。本当に残念でなりません。あなたと過ごした日々はなんだったのでしょうか? 私との友情は虚構だったのでしょうか? 最後まであなたを信じていた私が馬鹿でした。……本当はしたくないのですが、仕方ないです。けじめはつけてもらいます。博麗的措置に基づききっちりと義務を遂行させてもらいます……」
 椛はここで区切った。霊夢の顔がぐっと青ざめていた。
「この手紙はあなたが書きましたね。霊夢さん? どうですか?」
「う……、か、書いたわよ。それがどうしたのよ? 魔理沙に会う気がないんだから催促状を出したのよ。当然でしょ? 何も間違ってないわよ……私は……」
 下を向いて霊夢はごもごもと言った。
「まぁそうですね。では続きを読みますね。えーえー、魔理沙さん。お金払わなくてはなりません。それは子供でもわかることです。耳をそろえてきっちり、土地を売っても家を売っても臓器を売っても払ってもらいます。いえいえ、しかし私もあなたの気持ちはよくわかります。借金には利息はつきものです。あなたが放置したおかげで借金の額は雪ダルマしきに増えているのです。これはあなたの全財産を草の根わけてでも払えない膨大な金額なのです。どうしてこんなことになったのでしょう? 全てはあなたの腐りきった性質のせいなのです。あなたの自己欺瞞、努力を心の底から厭いながら理想の自己像ばかり追い求める。やることといえば盗みと役に立ちもしないキノコの採取と栽培。呆れましたあなたには。私は本当に呆れていたんですよあなたには。ですが私はかつて友人であった縁として、いくらか譲歩してやりたいのです。それは権利です。あなたの『ぜ』です。そう、あなたがよく語尾につけている『ぜ』の権利。それを私に譲渡してくれれば、借金は全てチャラにします。どうですか? いい話でしょう? あなたの卑小なプライドに私が金額をつけてやると言っているんですよ? 博麗の巫女の私が言っているんです。何を断る理由があるんでしょうか? これは最後の勧告です。従わない場合は強制措置を取りますので覚悟しておいてください。………………あ、失敬、ちょっと空白とめちゃくちゃな殴り書きがありますので…………ここから続きです。
 ひ、ひひひ、魔理沙。言ってやるわよあなたの『ぜ』を。ひひひ、何よ。ただの魔女の癖してぜぜぜって……うざったいったらありゃしないわよ。何であんたが『ぜ』なのよ。おかしいわよおかしいわよ……私は博麗の巫女なのに……それなのに……いひひ、言ってやるわよ魔理沙。何万回、何百万回でも言ってやるわよ。ぜぜぜ、ぜぜぜぜぜぜーって。えへへ、あんたの目の前でね。あはは、あははははは……」
「あはは! これは霊夢が犯人でもしょうがないわね。本当に怖いわ。どんだけ『ぜ』に拘っているのよ。博麗の巫女の癖に」
 じっと聞いていたパチュリーが口を開いた。
「な、なにお……」
「まぁまぁ、えー、今の所は霊夢さんが犯人の最有力候補です。動機もあるし、アリバイもありませんので」
「ですってよ霊夢。大人しく首くくっちゃいなさいよぉ。ほほほ」
 パチュリーが高らかに笑った。
「ああすいませんがパチュリーさん。あなたもそう安心してられない立場なんですよ」
「何よ。私は関係ないわよ。魔理沙は友人でも何でもないわよ。他人他人、無関係」
「ふむ……。その割には随分お付き合いがあったようですね。本の貸し借り……いえ一方通行ですかね。とにかくパチュリーさん。あなたの手紙も机の中から見つかりました。それを今から読み上げます」
「え……」
 パチュリーはぎょっとして目をむいた。
「ちょ、ちょっと読まないでよ。関係ないでしょあれは、あれは」
「いえ、証拠となり得るので。読ませていただきます」
「へへ。読まれちゃいなさいよ。どうせろくなこと書いてないわよ、陰険陰鬱魔女の腐れ恋文なんでしょ?」
「く……」
 椛がまた別の紙片を広げた。
「魔理沙へ。あなたをほんの少しでも信じた私が馬鹿でした。あなたにとって私とはただの本箱でしかないのですね。わかりますわかります。私のいじきたないゴキブリのような性格を嫌悪してのことでしょうからね。ええどうせ私は暗くて本ばかり読んでいますよ。でも私はそれが私自身であるのですからしょうがないのです。さて本題に入りますが、私の方からある本をお送りしたいのですがよろしいでしょうか? 本の内容を手短に説明しますね。それは魔法の本なのです。魔法の本ですから数千ページあります。その一ページ一ページにあなたの『ぜ』を封じ込めることができます。ふふふ。今びくっとしたでしょう? 魔理沙、あなたは自分の『ぜ』が無限大だと思っているのでしょうが、実は違うのです。本当に、無限――なのでしょうか? 確かめてみたくありませんか? その魔法の本を一度開けばあなたの『ぜ』は瞬く間に印字されてしまうのです。百万字、いえ、一千万、一億、一兆――。どうですか? 身の毛もよだつでしょう? ええあなたの恐怖のほどはよくご存知あげていますわ。あなたにとって『ぜ』はそれほど大切なものでしょうから。だからこそ今私があなたのアイデンティティ、『ぜ』の信憑性を公にしたいと思うのです。いえ何も難しいことはありませんよ。ぺらぺらとページをめくるだけでいいのです。もし本当に『ぜ』が無尽蔵の力であるならば、全ページに印字されてもまだあなたは『ぜ』を使用することができます。どうですか? この試み? やりますか断りますか?
 臆病なあなたは必ずノーと答えるでしょうね。ふふふ、それが魔理沙、あなたの本性ですからね。ふふ……郵便にはくれぐれも気をつけてくださいね。魔法は……どこに潜んでいるかわかりませんからね。ふふふ……あはは……あーはははは……」
「くっ……」
 パチュリーは拳を握りしめていた。
「脅迫ね」
 ぽつりと霊夢が言った。
「曖昧ですが……まぁ動機ありでしょうか? 随分と被害者を恨んでいたようですし」
「ち、違うわよ。魔理沙なんか知らないわよ」
「往生際が悪いわよパチュリー。認めなさいよ。つらら、あんたが作ったんでしょ? そして遠隔操作かなんかで……それで密室も」
「いえ霊夢さん。パチュリーさんにはしっかりとしたアリバイがあるんです。ずっと図書館にこもっていたそうです。いくら魔女といってもあの距離で操作はあり得ません」
「ふん……」
 一瞬部屋に静寂が広がった。
「あの」
 アリスが前触れなく手を挙げた。
「何ですかアリス・マーガトロイドさん?」
「魔理沙は悩んでいました。だから……」
「と……いうことは……」
 椛の目が輝いた。
「自殺ね」
「自殺だわ」
「ふむ」
 部屋の全員の意見が一致していた。
「よしこれで決着だ。霧雨魔理沙は神経衰弱による自殺。何、実に簡単なことだった。悩んでいたとはね。ははっ」
「ったく手間かけさせないでよ」
「全くだわ」
 立ち上がる二人。その時アリスが口を開いた。
「あの、自殺なら、魔理沙の死体は私が弔ってあげたいんですけど。いいですよね?」
「うむ、もちろんだ。魔理沙もそれを望んでいるだろう」
「はい、ありがとうございます」
 アリスは深くおじぎをした。




 幻想郷に闇がさした。ごつ、ごつと地面を穿つ音が闇夜に響き渡る。
「ふふふ、こんなにうまくいくとはね……」
 アリスはにやりと笑った。彼女もまた『ぜ』を狙う者の一人だった。魔理沙は誰にも渡さない。いや、魔理沙なんか関係ない。欲しいのは『ぜ』だけだ。『ぜ』はそれほど莫大なエネルギーを内包しているのだ。核熱の躍動に匹敵するほどの超概念。
「それにしても、前々から魔理沙に恩を売っておいてよかったわ。霊夢やパチュリーなんかに渡して……渡してなるものか……。私は『ぜ』を手に入れて神に……いや、神なんて小さすぎるわね。もっと上の、遥か高みに……」
 シャベルで苦労しながら穴を掘った。せっかくだから魔理沙は庭に埋めてあげようそうしよう。
「さてと。ふふふ、それじゃ『ぜ』はもらうわよ……」
 アリスは魔理沙の口に手をかけようとした。とその時――。
「待て愚かな魔女。それはいけない。危険。近寄ってはならない」
「誰? 私の邪魔をする気?」
 小柄な妖精がアリスの網膜に映りこんだ。金輪際記憶にない容姿だ。
「私はサニーミルク。この世から『ぜ』を排除するために生を受けた。霧雨魔理沙は死んだ。だからその糸は断ち切らなければならない」
「何を、私がどんな思いをしてここまで。黙れ黙れ」
 アリスは諦め切れなかった。『ぜ』とは彼女には絶対的であったから。
「いいかよく聞け、そして私を見ろ。『ぜ』は万能ではない」
「馬鹿な……」
 暗がりに目を凝らして見た。恐ろしいものを見た。『ぜ』の成れの果て、朽ち果てた張りぼての建物。サニーミルクの体は『ぜ』によって完全に侵食されていたのだ。
「わかったか。だから『ぜ』は終わらせなくちゃならないの。誰かが犠牲にして、だから――」
「そ、それ以上言うなぁ! 私の気持ちなんて誰にも、誰にも……」
 ばっと飛び上がり薄い胸板を突いた。『ぜ』が拡散しぷるぷると蠢いた。それはまだ生きていた。地面に落ちても、なおも新たな宿主を探そうと、目をしぱしぱさせながら這いずっていた。
「うふふ。これで邪魔者はいなくなったわね……さぁ!」
 アリスは両手を広げて『ぜ』を待った。目をつぶってその時を待った。
 しかし。
「……何? 私じゃ駄目だって言うの? どうして? 私じゃ務まらないって言うの? そんなのってないわよ……私が何もかも犠牲にしてきたのに……それなのに……」
 彼女は諦め切れなかった。自分では薄々感づいていたとしても、後戻りは出来なかった。死んだ魔理沙の白い顔を見た。これが『ぜ』のかつての宿主だった。どうして『ぜ』はこうまで彼女に順応したのだろう? アリスは不思議でならなかった。ただのちゃらけたほとんど魔力もない名ばかりだけの魔女が。どうしてどうして『ぜ』の才能が。
「くそっ、くそぅ。そっちからこないならこっちから……」
 アリスは『ぜ』を直接つかんだ。そして大口を開けて口に放りこもうとした。
「待てやめろ! お前では無理だ!」
「まだ生きていたのね。この死にぞこないぃ! もう遅いわ。私は『ぜ』になるのよ」
 朽ち果てたと思われていたサニーは、かろうじて形を保っていた。アリスを止めようと手を伸ばす。
「待て、待て!」
「遅いわ遅いわ。えい!」
 『ぜ』がアリスの体内へ入った。瞬間、アリスの内臓血液骨皮膚毛全てを『ぜ』によって攪拌されて飲み込まれた。アリスは『ぜ』に支配された。宿主ではない単なる栄養に成り果てた。
「あぶぜ、あぶぶぶ、あぜぜえぜっぜぜ」
 もはやアリスではなかった。『ぜ』はアリスを媒介として、そびえ立つ塔のように悠然と地上を見下ろした。
「なんと。終わりだ。『ぜ』が幻想郷を破壊する。何故?」
 サニーの叫びは虚空に消えた。
 『ぜ』の巨大なタワーから『ぜ』の子種が落下傘のように降り注いだ。『ぜ』の力は圧倒的だった。これに対抗できる勢力は幻想郷にはなかった。人間も妖怪も妖精も『ぜ』の洗礼を受けた。抗うことのできない運命。それが『ぜ』である。
 ぜ、ぜぜぜ、否ではない是是是是是。
 幻想郷は全てを肯定する。
 それが『ぜ』。

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