fc2ブログ
小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
僕は曲がったことが大嫌いなんです
 これは遥か遠い昔の話のこと。
 ある所に陽林という少年がいた。家柄がよく大切に育てられたお坊ちゃまである。将来の夢は誰よりも偉くなること。
 幼少より英才教育を授けられた陽林は、親や親類縁者により与えられたレールに沿って日夜邁進していた。勉学のための物であるならば何でも与えられた。彼はそれに報いるために頑張った。しかし彼は決しておごり高ぶるようなことはしなかった。幼きながらも、一人前の大人のような誠実さを持ち合わせていたのである。それは一種の危うさで腐れかけたつり橋のようなバランスを保ってはいるものの、その頑なに実直であり真面目であることが陽林の本尊であった。
 



 ある時陽林は、塾の帰りに市場で筆を買おうと思った。
「おじさん。これちょうだいな」
「あいよ」
 既に日は暮れかけようとしていた。頬髯をもじゃもじゃと生やした男から筆を受け取ると、足早に家路をつこうと駆け出した。
 どんと何かにぶつかった。
「あいたた……」
「ご、ごめんなさい」
 陽林が見たのは女性だった。とても美しい女性が倒れていた。天女のような薄衣を身にまとい白い足がぽんと投げ出されていた。首も肩も腕も腿も全体的に細かった。しかし妙な色気があった。細身なのにどこかふっくらとして、指を押せばきっとぷるんと心を躍らすような反動が予想できた。顔も小さく個々のパーツがあまり自己主張をせずに、調和の取れた清楚な佇まいらしき落ち着いた安心感を醸し出していた。
 薄い胸板が息をついて肩を揺らしていた。自然にその下へと視線は向かう。対比して腎部は思いのほかむっちりとしていて肉づきがいい。女性の中心となる腰回りの何とも言えないライン。薄衣は西日に軽く透けていて、魅惑的な尻の湾曲が少年の心をうっとりと悩乱させた。ごくりとつばを飲む。その女性のあまりの艶かしさに陽林は目を奪われてしまっていた。地面には籠が放り投げられ、その周りには大きめの梨がころころと転がっていた。
「僕拾いますね。本当にごめんなさい」
 慌てて腰を落とし梨を拾う。全てを拾い上げて籠に入れてやる。陽林は女性の手をとり、服のほこりを払い立たせてあげた。
「あらありがとうボク」
「い、いえ当然のことです」
 とぎまぎして答える。澄んだブルーの瞳はとても深く穏やかだった。切れ長の瞳、すっと通った眉、高くも低くもない鼻、桜色の薄い唇。派手さはないが一定の調和がとれている。いつまでも見つめていたいと思う。化粧を塗りたくって固めた下劣な性を感じさせるのとは違う。それとは全くの対極にあるかのような洗練された美だった。 
「お姉さん君にお礼がしたいな……」
 音もなく擦り寄られる。腕を取られて柔らかい体をふにっと押し付けられた。直後に鼻腔を通り抜ける妖しい香りに気づいた。甘くて脳を蕩けさせてくる、官能の誘いを促進させる極めて危険な芳香だった。
「ふふ……」
 陽林が何も言わないのがわかると、女性はそのままもたれかかるようにして歩行を促せた。右足と左足が、自分のものではないかのように動く。
(な、何だこのお姉さん。でもいい匂いがするし、とっても美人だし……)
「お名前は? ボク?」
「よ、陽林って言います」
「そう。私は青娥って言うのよ。よろしくね。これも何かの縁だから私の家にいらっしゃいな」
 抵抗する理由もなかった。陽林は無言で応答した。そうすると、青娥はにんまりと笑って、ぎょろりと軽く目をむいて少年をくるんでみせた。
(青娥お姉さんか。僕どうなっちゃうんだろう?)
 そう思いながらも、陽林の足は棒のようになったまま歩き続けた。ただひたすら青娥の肢体から香る甘い匂いが、精神を否が応にも酔わせていた。


 粗末なバラック小屋に似たあばら家だった。陽林はその中に連れ込まれた。奇妙な芳香がいっそう強くなる。
「適当に座って。今、梨むいてあげるから」
「あ、はい」
 青娥が奥へと消える。ぺたりと座り込む。陽林は家の中を見回した。くもの巣があちらこちらに張られてある。隙間風も強くみしみしと壁板がきしむ音が聞こえる。古い朽ち果てた、女の人が一人で住んでいるとは思えないほどの有様だった。あの清楚な虫一匹も殺さないようなお姉さんがこんな。その現実とのギャップに陽林はぶるっと身震いをした。
(早く帰って勉強しなきゃいけないのに。僕こんなことを。ああでもあのお姉さん美人だし……この変な匂いも……ああ……)
 陽林は、何度青娥が戻る前に立ち去ろうと思ったか数知れなかった。だが立ち上がろうとしても、どうしても体が動かなかった。濃厚な香りが胸に入り息苦しい。しだいに目がうつろになり陶酔が深まっていく。何もかもどうでもよくなってしまう。自分の名前も記憶も出生も全部。
(何だろうこれ? ああお姉さん早く来て……でないと僕おかしく……)
 本当に気が狂いそうだった。濃密な匂いに惑溺して昏倒しそうになる。
「待った? 中々いい包丁が見つからなくてね……」
「ぷ、ぷはぁっ。はぁ……はぁ……」
 その声で一息つく。青娥が笑顔で、果物ナイフに近い形状の包丁を右手に持ってきた。その優しい顔が、なぜか山姥のような恐ろしい形相に錯覚した。笑っているはずなのにどこか恐ろしかった。
「むいてあげるね……梨」
 そのまま青娥は陽林の前に座った。横座りで足をぴたりとそろえている。青娥が戻ってくると、あの心を蕩かす匂いは気配を消したようだった。一体あの匂いは何なのだろう。陽林はそう思ったが、青娥の前で聞くのははばかられた。
 傷一つない手がするすると梨の皮を剥ぎ取っていく。青娥の包丁の扱いはとても手馴れていた。梨の実にすっと包丁を入れたかと思うと、次の瞬間に手のひらがくるっと回るともうむけている。この技術に陽林は心の中で手を叩いた。
「じょ、上手だねお姉さん」
「そう? まぁ慣れてるからね私。うふふ」
「う、うん……」
 にこにこ笑う柔和な顔。その姿に不思議と不気味な感じを抱いてしまう。脇に気持ち悪い汗をかき、背中にぞくりと悪寒が走る。
「食べて」
 今度は無表情な青娥が言った。
「いいただきます」
 綺麗に食べやすいように切り分けれた梨。それをほいと口に放り込む。甘いじゅわっとした水分が口内を満たし喉に落ちる。自然を凝縮した果実の旨みに陽林は舌鼓を打った。
「おいしい……これおいしいよお姉さん」
「そう? もっと食べていいのよ?」
「はい!」
 もう一つに手を伸ばす。しゃくしゃくと舌触りがよく口の中でとろける。本当においしい梨だった。それを嬉しそうに青娥は見つめていた。右手だけを動かし最低限の動作で口元に持っていく。大口を開けることはせずに、半分ほど、いやそれ以下の口の大きさで梨の塊を食べようとしていた。
「ん、はぁ、んっ……」
 当然梨は口に一気に入りきらない。無理やり狭い口に押し込んでいくので、入りきらない果実の肉片がぽろぽろと零れ落ちる。
「ん……じゅ、んっ」
 青娥は歯を使うということはしなかった。本当にただ梨を押し込むだけである。一旦口の中に入れたはずの梨も、無造作に開いた口の端から淫靡な唾液と混ざり合ったジュースとなり首筋をつたう。
(あっ、ああ。この人綺麗な顔しているのに、どうしてこんな下品な食べ方を……)
 陽林はそう思ったが、青娥の顔から目が放せなかった。まるで赤子の生き血をすするかのように、おいしそうに頬をすぼめて喉を鳴らしながら梨を胃に落とし込んでいく。どろどろになった汁は、首から鎖骨を越えて白い胸元まで到達している。露のしずくがはじけるように肌の上で踊っていた。
 胸元は谷間が見えるか見えないかのぎりぎりのラインで保っていた。細い体に繊細なあばらが浮いている。内臓まで透き通るかのような白い肌。しかし毛細血管の一つさえ見当たらない。
 陽林は薄衣に包まれた美貌の女性の内側を夢想してしまった。蠱惑的な笑みを浮かべて、しずしずと一枚一枚布を脱いでいく青娥の愛おしさを思った。四つんばい、揺れるおっぱい、豊満なお尻、そして優しい瞳。その理想的すぎる女性が、目の前で誘惑してきて妖しく媚肉を躍らせてくる状況まで進展した。手を握られる。唇をちゅうと荒く吸われる。匂いたつ乳房で顔を優しく抱擁される。そして……。
(僕なんてことを考えて。お姉さんを裸にしてだなんて……)
 陽林はしばし官能の妄想に呆けた。それは数時間の長い時にも思えた。
「うふふ……」
 はっと気がつくと青娥が梨を食べ終えていた。指についた汁を陽林に見せつけるようにしてべろりと舐めあげている。獣のように指を舐めしゃぶる姿もどこか扇情的だった。こんなにも美しい女性が、いわゆる狂気を孕んだ振る舞いを無造作に交えていると思うと、陽林は何ともいえない不思議な感情に陥るのであった。
「ああおいしかった」
 右手の指を全て舐め終わると、青娥の顔は初めに出会った時のような優しい顔になった。純真で無垢で、この世の穢れと憂いを全く知らないうら若き少女の顔だった。
「陽林クンは食べないの?」
「あ、僕もうお腹いっぱいで」
「ふぅん。そう?」
 そんなことはなかったが、青娥のあの食事の様子を見せられて何も喉を通らなくなっていた。それは単純な嫌悪感ではなく、淡い煮えたぎるぐらぐらとした甘ずっぱい感情だった。
「ところで……」
「はい」
 青娥はそこで目を細めて緩い流し目を送ってきた。細い顎に手を置いて頬杖をつく。その角度も妙になよっとして艶かしい。
「私もっと陽林クンのこと……知りたいな」
「はぁ、僕のことですか。僕はただの勉学生です。将来は偉いお役人になりたいと思います」
「ふーん。お勉強好きなんだね。若いのに。それで偉くなってどうするの?」
「間違いを正すんです」
「間違い?」
 と言った青娥の眉がうっすらとひそんでいた。心の内を知れない表情に幻惑されそうになる。
「僕は曲がったことが大嫌いなんです。この世には飢えや貧困で苦しんでいる人が大勢います。でも一部の人たちは楽をしてのうのうと暮らしています。これはいけません。だから僕修正をしたいんです。偉くなってこの世を変えてやるんです」
 陽林は常から自分の考えていたことを言った。
「ふーん。へぇ、曲がったことがね……ふーん……」
 青娥はそうつぶやいて、くすくすとほくそ笑んだ。
「何がおかしいんですか?」
「うん、あのね。陽林クンがそこそこ偉くなってもね、結局限界ってあるのよね。ふふ」
「ぼ僕は由緒ある家柄です。それに毎日頑張って勉強しています。限界なんてありません」
「それで偉いお役人様になって世界を変えちゃうんだ。偉いね君。あはは。偉い偉い」
 また青娥はそう言って笑い転げた。何だか馬鹿にされている気分になって不愉快だった。
「ふふ……。君がもしお役人様になってもそう変わらないのよ。それより、この梨を町の片隅にいる乞食さん達に持っていってあげなさい。その方がずっと徳が高いわよ。あはは」
「違います。僕の言ってるのはそういうことじゃないんです。根本から変えるんですよ」
「どう違うの? 何も違わないわよ?」
「うっ……」
 反論しようと思った矢先、青娥の上体がぐっと前のめりになっていた。無防備に開いた胸元から、誘うように白い乳房がのぞいていた。釣鐘型で乳首はつん上を向いている。ほどよく肉のついた理想的な形で、乳首が黒味がかった紫色にくすんでいる。その使い込まれたような変色も、どこか背徳的な劣情をそそり立たせた。
「お勉強よりも、もっといいことがあるわよ……」
 言いながら、青娥は両手で胸の肉をぎゅっと寄せて谷間を作った。陽林はそのあまりにも扇情的な姿に目と心を奪われていた。柔らかい餅のような質感が、細い指が乳房に食い込む感触を通して視覚に訴えてくる。かすかに聞こえる甘い吐息の鼓動もその欲情を後押ししていた。脳が痺れて思考が定まらない。下腹部にずしんと、何か重い釘を刺したかのような鈍痛が走る。
「あっ、おね、おね……」
「くすっ。どうしたの? ほら、反論してみて……?」
 そのまま乳房をぷるんと揺らされた。薄衣と乳肉の間に充満していた、芳醇な香りがまた陽林を陶酔の境地へと誘った。
(ああなんで僕。お姉さんのおっぱい見ているだけなのに……。とてもいけないこと、曲がったこと、人の道にはずれている気がする。だって女の人の裸なんて見ちゃいけないんだ……。でもとってもいい匂い。あああの胸に埋もれることができたら……)
 陽林はふらふらとして、その桃源郷に倒れこもうとした。しかし――。
「くすっ。はいおしまい」
「あっ……」
 青娥はくすりと笑い、胸元を手で隠してさっと飛びのいた。その仕草はませた少女が使う無邪気な手管に相似していた。
「いやらしいんだね陽林クンは。うふふ、駄目よ女の人をそんな目で見ちゃ。はい、今日は帰りなさい。お勉強頑張ってね」
「あ……はい」
 そう言われると、限界まで上り詰めた灯火が、しゅうと水を浴びたように消し飛んだ。けれど甘い匂いだけは心と体内に残っていた。
「また来てね……」
 手を振りながら、青娥が優しく語りかけてきた。肯定とも否定とも言えないがとりあえずこくりと頷いた。
 陽林は煮え切らない気持ちのまま、寂れた小屋を後にした。




 その日の夜、陽林は寝所の中で狂おしいほどの劣情に襲われていた。毛布かぶって眠ろうとすると、どうしても青娥の白い裸体が頭の中で踊るのだ。そのせいで全くといっていいほど眠りにつけない。悶々として息苦しく、下腹部が燃え上がるように熱い。
(ああ……。お姉さん、僕お姉さんのことばかり考えている。帰ってからもずっと。僕、僕……。オチンチンも何だか変だし。僕おかしくなったのかな……)
 陽林は悶えながら青娥の肉体と戦っていた。別のことを考えようとしても、次々から次へとあの悩ましいイメージが脳にべたりと張り付いてくる。梨を下品に食べる顔も思い出した。口元からだらだらと流れる果汁に興奮する。清楚な面持ちが一変した妖怪じみた気色のギャップに倒錯する。ぺろりと長い舌を伸ばして果肉をすすりこむ姿にどうしようもない激情を感じる。
(はぅん、お姉さんそんな吸わないでぇ……)
 陽林はついに、じゅるじゅると自分のペニスをすする青娥の顔を想像した。小さな口で頬張りながら卑猥な音をたてながら咥える淫蕩な女の青娥を。
(お姉さんお姉さん……)
 想像の中での青娥は現実よりもさらに淫乱だった。貞操観念なんかかなぐり捨てたような淫らさだけが取りえの女。清楚な佇まいで相手を惑わして、自分の堕落した性を見せ付けてその世界に引きずりこむ魔性の女。
(あーん僕を食べてお姉さん……)
 夢の中で会話しながら、陽林は都合のいい夢想を展開した。ペニスに卑猥な汁を滴らせながら、一心不乱にしゃぶりついてくる。窄まった頬がねっちりとその粘膜の心地よさを送ってくる。しだいに、淫靡な胎動が頂点に達しようとしていた。
(お姉さん……。何か……何かくるぅ……)
 数秒後、どろりと若々しい青臭い濃密な結晶がこの世に出でた。少年は初めての精通を、妖しくも淫靡な女性の口内妄想で執り行った。
「はぁ……はぁ……。僕……」
 荒く息をつきながら、自分の体に起きた現象を理解しようとする。下着が濡れていてとても気持ち悪かった。
(僕いけないことをしたんだ。お姉さんを裸にひん剥いて。口の中に僕のアソコを突っ込んだりなんかどうして考えたんだろう? ああきっとお姉さんさんのせいだ。お姉さんが僕にぶつかって梨を落としたから。それで僕おかしくなっちゃたんだ。ううん。いやお姉さんは悪くないけど、あんなやらしい食べ方されてうわあああ。もう寝よう。またお姉さんが僕の中に入ってくるから……)
 陽林はその後も、青娥の幻影と戦いながらまどろんでいった。





 明くる日陽林は、いつも行っていた塾を休んでしまった。日中も青娥のことが忘れられなくて勉強が手につかなかった。あのむっちりした白い谷間に心を乱されて動悸が激しくなる。昨日は寸止めされた格好で辛抱がたまらなかった。
 陽林はふらふらと右往左往の千鳥足で、青娥の待つあばら屋へと向かった。道中に何度やめようかと思ったかわからない。自分はいいとこでの坊ちゃんである。今は勉学に一極集中することこそが本分だというのに。このまま青娥の毒にあてられて邪な道に引きずられてしまうと思うと、凍てつくような漆黒の恐怖が著しく背を苛むのであった。
「や、やめよう。いけないこんなこと……。僕はこんなことで、あんな女なんかで道に迷ってはいけないんだ。僕は偉くなるんだ。そうだそうだ!」
 意を決してそう言った。そして踵を返し元来た道を戻ろうとする。
「あら陽林クン」
「わっ」
 青娥だった。昨日と変わらぬ姿で、腕に籠をかけてにっと微笑みながら立っている。その籠の中には大粒の梨がでんと鎮座していた。
「いいところで会ったわね。今日もいらっしゃいな」
「あっ、あの僕……」
「いらっしゃい」
 目と口の筋肉だけで笑っていた。たまらなく恐ろしかったが、その誘いを断るだけの勇気がなかった。


「待っててね包丁持ってくるから」
 青娥が立ち去る。やはり部屋の中はほこりっぽくまるで生気がない。退廃的で人を自然に堕落させるような気が立ち込めている。
(どうしてお姉さんはこんな所に住んでいるのだろう)
 陽林は不思議でならなかった。あの容姿ならいくらでもいい所のお嫁さんになれると思うのに。どうしてこんな場所でくすぶって。昨日の梨の食べ方を思いだした。綺麗すぎてちょっと浮世離れしているのだろうか。
 しばし気持ちを落ち着けて考えてみる。今日は惑わされないようにと思った。甘い匂いにも少し鼻が慣れたのか、ぎっと歯を食いしばっていればいくらかは耐えられる。
「お待たせ陽林クン」
 しばらくして青娥が包丁片手に戻ってきた。にこにことやはり満面の笑みだった。
「今日も皮をむきむきしてあげるね……」
「いいえ。それにはおよびません」
「あらどうして? お腹すいてないの?」
「お姉さんは間違っています」
「あら」
 青娥は驚いたという風に目が丸くなっていた。陽林は即座に続けた。
「僕は偉くなります。だからここでお姉さんを正したいと思います。お姉さんのこの生活態度は間違っているのです」
「私に説教するの? まぁ……可愛い子。うふふ」
「わっ笑いごとじゃありません」
 可愛い子――。そう言われて陽林は危うく魅入られそうになってしまった。薄衣に透けた肉体が目に入る。青娥の存在そのものが限りない魅惑の果実だった。圧倒されながらも何とか陽林は平静を保った。
「そこのかまどはずっと火が入っていません。蜘蛛の巣がはったままです。壁も床もぼろぼろです。掃除も全然されてなくてほこりも積もりすぎてます。不潔極まりなくこのままじゃ病気になってしまいます。そんなんじゃいけませんお姉さん」
「それだけ?」
「まだまだあります。これはほんの序の口です」
「そう。でもね」
 そこで青娥は大きく息を吸った。
「私はこの生活に慣れきっちゃったのよね。だからね陽林クン。私はこのままでいいの。満足しているから」
「いけません。それにお姉さんは何を食べて生きているんですか? まさか梨だけですか? お姉さんは仙人で霞でも食べて生きながらえているんでしょうか?」
「ん、あ、そう。食べる、ね。ふーん。そんな行為も。……私が仙人? あらやだ……うふふ」
 何だか要領を得ない青娥の応答が返ってきた。口に手を当てて目を細めている。まるでこちらをあざ笑っているかのようだ。
「ふふふ……。ねぇ私のことはいいから。陽林クンの将来のことを考えなきゃね」
「僕は偉くなります。そう生まれついていますから」
「そう。大した自信ね。あ、陽林クンは宦官って知ってる?」
「知ってますけど……」
 もちろん知っていた。男根を切り落として生殖機能を封じる代わりに、高い役職についている者達のことだ。ただし陽林にはその実感がわかなかった。いくら偉くなるといってもそこまでする必要があるのだろうかと。
「君もオチンチン切り取っちゃえば簡単に偉くなれるわよ。うふふ」
「な……」
 もう呆れ返ってしまった。この人にはたぶん他人をおもんばかる心がないのだと思う。だからこうした、人目には憚られるような言動も行為も軽々しくしてしまうのである。
「あら気を悪くしちゃった? うふん。でもね、偉くなるってのは相応の犠牲が必要なのよ? でないと一生地を這う虫になっちゃうからね。あはは。あ、陽林クンは頑張ってお勉強して偉くなるんだったかな。うんうん、偉い偉い~♪」
 青娥が足をばたばたさせて大笑いしていた。もう一秒たりともこの場所にはいたくなかった。陽林は立ち上がろうとして床に手をかけた。
「待って陽林クン。うふっ♪ こっち見て?」
「何の真似ですか? 僕はもうお姉さんなんかに惑わされないって決めたんです」
 肉づきのいい太腿がほとんど露になっていた。裾が乱れて白い足がむき出しになっている。目も心なしか潤んでいた。何かを訴えかけるように唇を震わせてこちらを見つめて――。
「私といいことしにきたんでしょ? 昨日は我慢させちゃったからね。あはは」
「……もう帰りますよ」
「待ってよ……ねぇ……ねぇ……お姉さん……寂しい……な」
 服の裾をつかまれてひっぱられる。今までで一番優しい声が陽林の脳をゆすった。体全体が弛緩してぼうっとしてしまう。白い足が段々と広がっていく。つぼみから花びらが開くように、とてもゆっくりと甘い蜜の匂いを漂わせながら。神秘的な暗がりの領域がはっきりと見える。下着はつけていなかった。その媚態に誘惑されて、逃れられない雄の衝動に突き動かされて道にはずれた行動を開始する。さっきまでの決意と戒めは瞬く間に雲散霧消した。
「あ、あ、お姉さん……お姉さんっ!」
 初めにつかんだのは乳房だった。衣を剥ぎ取り爪を立ててもみしだく。柔らかくて艶かしい肩が目に入るともうどうでもよくなった。上から覆いかぶさって口付けをかわす。
「んっ、んっちゅっ。はぁっ、はぁ」
 わけもわからず混乱しながら青娥の体をまさぐる。何をすればいいかは本能的にわかっていた。うっすらとして無毛に近い秘所に若き剛直をあてがい突き入れる。
「ああああっ!」
 陽林は高くほえた。中は凄まじいほどの圧力と濃密な果汁で満たされていたからだった。奥まで一気に入れると快感はさらに大きくなった。根元からみっちりと咥え込まれて、ペニス全体をこちょこちょと愛撫されているかのような感触が絶え間なく続く。甘い愛液も後から後からわいてきて休む暇もなかった。
「お姉さん気持ちいいよう! ああ!」
 陽林は魔性の肉壷に魅了されてすっかり虜になって腰を振り続けた。
「お姉さんお姉さんもっと……」
「……」
「お姉さん好き……好き、好き!」
「……」
 何度も歓喜のおたけびをあげる中、陽林はとても恐ろしい事実に気づいていた。しかし性の快楽がその事実から目を背けさせていた。
「お姉さん出るぅ……」
 一度目の射精を完了する。それでもまだ全然おさまらなかった。
 青娥の表情は見なかった。
 そしてむなしく腰を振り続けた。


 ひとしきりの性交終えた後、青娥は何も言わずに服を着ていた。その横では陽林が涙を流しながら膝をついていた。
「うっ、うっうっ、うっ」
 血の涙が出るほど泣いていた。果てしない後悔と絶望が陽林を襲った。それも満たされない形での最も極めて残酷な喪失だった。
「どうして泣いているの? よかったわよ。うふふ」
 青娥がこともなげに言った。その無邪気な表情にへどが出そうになった。
「あ、あ、あなたは悪魔です。僕を、僕を弄んで……」
「あら悪魔だなんて……酷いわね。私犯されちゃったのよ? 陽林クンに。うふっ」
「違います。あなたは酷い人です。僕を誘惑しておきながら、あなたは行為の最中一度も喋りませんでした。あえぎ声も……いや息すらもしていなかったと思います。人間の……所業じゃありません。やっぱりあなたは悪魔なんです。ああ、あなたが少しでも僕を惑わせて愛の言葉をつむいで欲情させてくれたなら、僕は少しでも救われたのかもしれない。けれどあなたはそれを全て打ち砕いたんです。ほんの、少しも、絶対的に虚無の沈黙を僕につき返したわけですあなたは。表情も感情も全部捨て去って人形のようになって……。僕がそんなこと望んでいるじゃないってことわかってて……。罪の重みを僕一人に押し付けるような行為を、あなたは仏頂面で遂行したわけです。それが恐ろしい。ああああ!」
 陽林は精神が軽くおかしくなっていた。行為の最中に青娥の心がすっぽぬけていたのに気づいた。誘惑するのは振りだけで、後は野となれ山となれという態度である。その拒絶に少年の心は崩壊の一途をたどっていた。
「でもちゃんと濡れてたわよ私。んー、結構気持ちよかったし……」
「いいえ。僕はあなたの心が欲しかったのです。例え邪でもいいから……。これじゃ生殺しです」
「あら……。でも私全然そんなつもりじゃなかったのよ? してる時は私こうやって身を任せているのが普通でね……ふわーってして浮かびあがるようにね……」
「もういいです! 聞きたくありません!」
 陽林はそう言って突っぱねた。
「あら怖い」
 青娥はまだ笑っていた。まるで自分の行為の重みを知らぬように。
「うっ、うっ……。とにかく僕は曲がったことをしてしまいました。人の道にはずれてしまったんです。女の人を犯してしまった……ああ」
「ふーん。で、どうするの?」
「死にます」
「あら」
 無意識にそう言った。自分の存在価値はもうないと思ったから。
「死ぬんだ。あはは。ほらここに包丁あるわよ? 使う?」
「あ……」
 満面の笑みで包丁を渡された。多少の勢いというのはあったものの、こう自然に対応されると決まり悪い。
「はい一気にやった方がいいわよ。死ぬんなら首の頚動脈をざっくりね。うん、首の骨まで到達するぐらいやっちゃえば大体即死だから。ほら頑張って陽林クン!」
「う、うわぁぁぁ――」
 完全に頭がおかしくなっていた。躊躇する暇もなく陽林は自らの命に手をかけた。
 ぶすり。
 肉が裂ける音と鮮血が同時にほとばしる。包丁を一気に喉奥まで差し込む。これが痛いのかどうかもわからない。神経回路のスイッチが壊れて遮断したのだろうか。どくどく流れる血液だけが視界を染めていた。その生臭い赤色の中で、青娥の舌をぺろりとして笑っている顔が最後の記憶だった。


 

「ん……? ん? ん?」
 陽林は覚醒した。首を回して周囲の状況を確認しようとする。だが体がぎゅうと紐で縛られているのかどうにも動かない。見ると、どうやら棺桶のような細長い箱に自分は入っているようだ。
「僕は……確か。自分で首を刺して……ああなんて馬鹿なことを。でもどうして生きているんだろう?」
 そうだった。あんなに血を出したはずなのだから、出血多量のショック死は間違いない。
「うーうー。誰か……」
「あっ。起きたの陽林クン」
 記憶に残る声。自分を破滅に導いた張本人、青娥の声が聞こえた。
「たっ助けてください。お姉さん。早く僕をここから出してください!」
「何言ってるの陽林クン。今からお姉さんが助けるのよー。死んだらつまらないでしょ? だから……」
「意味がわかりせん。んん?」
 言うまもなく白い粉がどさぁと顔に降りかかる。息もできない何もできない苦しい苦しい。
「キョンシーよ。私の製作品第一号。成功するといいわね。うふふ」
「んんー!」
 唸ろうが何もできなかった。棺桶の蓋がぱたりと閉じられ永遠ともいえる闇夜が始まる。
 燃えるような凍るような溺死するような腐るような。そんな長い旅路の夢を見た。


 蓋が開いた。立ち上がる。
 陽林だったものは不死の異形生命体として新たに生を授かった。
「あーあー。うーああー」
「きゃっ、成功~。ああ私の可愛い可愛い……」
 誰かが頭を撫でてきた。しかしそれが何であるか誰であるか存在も理解できない。存在の概念すらかなり危うい。
「あら眠っている間に脳がシェイクされちゃったの? もう……。いい? あなたは生まれ変わった。そう……新しい名前。宮古芳香なんていいわね。うん」
「んー? あー? よし……か?」
「そう芳香よ。そして私は青娥様。言ってごらんなさい。主人の名を」
「……せーいーがーさま。わが、しゅじん」
「そういい子ね」
 陽林改め芳香の脳は極めて曖昧であり脆弱な回路をしていた。ここまでの腐敗具合で、仮にも脳の役割をはたしているのは奇跡に近かった。
「歩いてみなさい。芳香」
「うぁ……」
 歩くという言葉に反応して足を動かす。だが筋肉がうまく連動しない。どたりと前のめり倒れこんでしまった。いや、筋肉の不具合というよりこれは間接が固まってしまっている。膝もひじも数ミリすら曲げることはできなかった。
「うふふ。君は曲がったことが大嫌いって言ってたもんね。形は違うけど夢がかなってよかったね」
「うーあー」
 芋虫のように這う。依然として立ち上がることはできない。
「あはは。一人でたてないのね……もう。私の手がないと駄目なの? いけない子ね」
 白い腕にくるまれ立たせてもらう。バランスを取りこの姿勢を維持するだけでも一苦労だ。
「せいがさまありがとう」
「うん、どういたしまして」
「はぁ……」
 芳香はぼーっとしていた。それしかすることがなかった。青娥の命令なくしては動けない忠実な僕だった。宮古芳香。それが自分の名前。青娥様。愛する自分の主人。
「あっそういえばここもつけかえておいたから」
 青娥の手が芳香の股間を触った。かつてはそこにあるはずだったもの――。失ったものの記憶の断片がわずかに残っていた。
「ああ、ない、せいがさま。ぼく、ここに」
「うふふ……。オチンチンとって偉くなる……ってのとはちょっと違うの。私は女の子の方が好きなのよ。だからつけかえてあげたの。もちろん嬉しいわよね?」
「う、ううん。うれしいうれしい。せいがさまありがとう」
 そう言って芳香は嬉し涙を流した。ついでに色々なものを垂れ流した。
「あ、ああ……」
「悪い子悪い子。でも大丈夫よ。私が一からしつけてあげるから……。うふふ、うふふ……」
 くっくっと笑う青娥の前で、芳香は盛大なる幸福感に包まれた。痛みも苦しみもなく主人に全てを委ねられる安寧の境地にたどりついた。
「せいがさま。ありがとう。せいがさま」
 芳香はまた感動の体液を漏らした。




 また幾日もの時が流れていた。青娥は芳香を従えて遥かなる異郷の地で生活をしていた。
「あーやーらーれーた。せいがさま。おしかった、ですね。あと、すこし」
「うんそうね……。でもあの巫女は何だか使えそうね。それに結構可愛いし……」
 幻想郷。弾幕勝負という聞きなれないルールにより決闘し優劣を競う。
 芳香達は今日その洗礼を受けた。博麗の巫女の力はあまりにも強大すぎた。
「今度遊び行こうかしら? ね、芳香?」
 するりとご自慢の人形の顔を撫でる青娥。と、その時芳香の顔つきがくるりと豹変した。
「青娥様。一つ言わせていただきます」
「えっ、急に何」
「さっきの弾幕勝負。青娥様の動き全くなっていませんでした。いけません。根性と思考回路が曲がっています。僕古代の英雄達の兵法も学んでいたんですよ。せっかく僕が身を粉にして盾になっていたっていうのに、青娥様は効率悪いです。ちゃんと後ろに隠れていればいいのにあっちにふらふらこっちにふらふら。あれじゃ僕の苦労が報われません。せっかく僕が玉を出して端に追い込んでも、当てずっぽうな場所にしか打たないじゃ意味がありません。理にかなっていません天意に背いています。こんなのが僕の主人っていうのが残念でなりません。本当に綺麗なのは顔だけなんですね。そうやって清楚な振りしていれば周りからちやほやされて構ってくれると思っているん……もがもがもがも、ぐがが、あっあっあっ、ああああ、ああーあーあーあーあーすーわーれーる。ああ……」
 芳香の腐って柔らかい頭骨に穴が開いていた。そこに青娥が口をつけてじゅるじゅると濁った液体をすすっている。
「んちゅ、じゅる……。あの子の元気な脳みそがまだ残っていたのかしら? 腐って色々いれて取り替えてくっつけたはずなのに……。うふふでもこれで大丈夫ね」
 と言って口をちゅぽんと放して、青娥は芳香の頭をぽんと叩いた。
「あーあーあー。せいがさま、大好き。せいがさま。私のしゅじん。せいがさま――」
「これでよしと。さて……」
 青娥は無邪気な目でこの幻想郷を俯瞰していた。その視線の先には何が見えているのだろうか。彼女の求めるところ彼女自身にしかわからないのである。
「せいがさまー、せいがさまー。せいがさまー」
 オウムのように繰り返す芳香を、無表情に辛辣に眺める。
「この子も……そろそろ飽きちゃったかな? 元はといえば妙に生意気な子だったし……。いや、それより二体目、新しい子でも入れたら面白くなるかも……。うんそうしようそうしよう」
 青娥は不気味に微笑んだ。キラキラとして目が爛々と輝いていた。
 霍青娥。邪仙である。
スポンサーサイト



copyright © 2006 小箱の小話 all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.