fc2ブログ
小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
さとり切断譜
 私は辺りが夕闇に染まりかける頃、とぼとぼと果ての無い道を歩いていた――が、突然鳩尾を棒状の物体にえぐられ、吹き飛び、そして意識が切れた。



 目を覚ますとそこは映画館のようなステージに、緞帳がゆるゆるとめくれ上がる瞬間だった。
「……いや…………急いでいたから…………」
「…………人をはねといて…………危うく人殺しに…………助かった……」
「……ゴホゴホ、私の治癒魔法のおかげよ。とにかくこの興味深い催しは見なかったら一生の心残りになるわね。あの奇人変人が何を見せくれるか本当に楽しみだわ」
 周りには三人の女性がいるようだ。前の二人の声は遠く、よく聞き取れなかった。人間かそれとも魔の者かは定かではない。未だ暗がりに慣れない目を酷使して私は状況の理解に努めた。
「えー皆様大変長らくお待たせしました。この催しは幻想郷初お披露目でございます。今回は厳正な抽選の結果、幻想郷を代表する御三方へのお披露目となります。さぁ飛び入りの人間様も、ご遠慮なさらずにとくと目に焼き付けておくのがよろしいかと――こんな幸運は二度とありません。それではめくるめく夢の旅路へ――」
 ステージに明かりが灯り、奇怪な音楽が私の耳をかき鳴らす。一体何が始まるだろう? もしや私はこの女性達のいけにえなのであろうか。暗闇が恐怖を否応なしに呼び起こしていく。しかし次に私が目にした物ははるかに想像理解の範疇をはるかに超越していたのである。






 現在は時刻八時数分前、今宵地底の魔城、地霊殿において、地上との親交目的のパーティーが開催されていた。博麗の巫女、博麗霊夢は友人の霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドによる熱心な勧めを受けて、気の向かない食事会へと赴いたわけである。
 霊夢は喧騒に包まれた大広間を見渡してみる。親交目的とは言っても地上の名だたる妖怪全てが来ているわけではない。目についたのは八雲の一味と紅魔館の一派だけである。当主のレミリアと腰巾着の十六夜咲夜といういつものコンビとは別に、腰の重そうなパチュリー・ノーレッジの姿も見える。普段の態度からわざわざ地底の底まで来て、こんな騒ぎに同席しようとは、霊夢には中々想像できなかったのである。ほとんど食事をとる事も無く黙々と持参した本に目を落とす姿は、この場にひどく不釣合いだった。
 地底の陰気でどんなに目隠ししてても覆う事のできない臭いが鬱々と漂っていた。地底の妖怪かほとんどで、霊夢にはこの空気はいささか重すぎるのであった。いくら友好そうな態度を取り繕っていても、妖怪は妖怪だ。しかも地底の奥底に潜む陰湿でジメジメした穢れた空気を撒き散らす妖怪。どんなに譲歩しても人間と妖怪は相成れない物だと霊夢は考える。今まで存在をも封印していた地底を呼び起こした紫の考えを、霊夢は理解する事はできなかった。
「霊夢食べてるか? これおいしいぜ」
「ええもちろん、地底の食べ物なんて期待してなかったけど、結構いけるものね」
「腹が減っていれば何でもおいしいんだぜ、霊夢」
 魔理沙は再びアリスとの会話に戻る。霊夢は手持ち無沙汰になり、夜行性のお嬢様にでも挨拶しようと席を立った。


「あら霊夢。ご機嫌いかが? 今日も月が紅いわね」
「霊夢さんご機嫌麗しゅうございます」
「ここからどんなに頑張っても月は見えないわよ、レミリア」
 霊夢は適当に答えると、向かいの席にすっと座った。パチュリーは本から一寸だけ目を逸らし、上目遣いで霊夢を一瞥した後、また知識の山へと思考を埋没させた。肌は血が通っていないように青白く、顔まで痩せた筋肉は、寡黙な無表情を際立たせていた。
「今晩はパチュリー。今宵はどんな風の吹き回しかしら?」
「あら霊夢。気づかなかったわ、本に集中するあまり雑音全てシャットアウトしていたものだから」
 パチュリーは白々しい態度で嘘とも誠ともわからない感じで答えた。
「私達研究を欠かさない魔女にとっては、地底の主人、古明地さとりの催し事には後ろ髪を引かれるものがあるのよ。数々のペットを従える女主人は一体どんな素敵な出会いを見せてくれるのかしら? ねぇ霊夢、あなたはそうは思わない?」 
「あいにく私は興味ないのよ、その手の事は」
 霊夢は古明地さとりとの遭遇を邂逅していた。他人を心を読まれる事がこれほど嫌悪感を増長させるとは思わなかった。あの侮蔑に満ちた表情を見ただけですぐさま殴りたくなったからである。覚妖怪が地上から居場所を追われて、地底へと隠居させられたのも無理はない事だ。他人をトラウマを呼び起こしそれを酒の肴に喰らうような妖怪は、人間にとっては最も唾棄すべき存在である。

 霊夢が物思いに耽っていると大広間の大時計がボーンボーンと八つ、鈍重な音を鳴らした。

 盛大な拍手が沸き起こる。目を見やるとまるで幼稚園児が舞台に上がるような初々しさを乗せて、古明地さとりが壇上へと上がっていた。
「地上の皆様、それに地底の皆様も、この度は親睦を深めるこの場にお集まりいただき、誠にありがとうございます。皆様存分にお食事、ご歓談お楽しみくださるようお願いいたします。つきましては――これより九時、本日のメインイベントを開催したいと思います。どうか皆様、それまでごゆるりとお過ごしください」
 さとりはそう言うと小学生がやり終えたような満足げな表情を浮かべて、意気揚々と奥へと消えていった。


「イベントって何かしらねぇ霊夢?」
「私には地底人の考える事なんてわからないわよ」
 霊夢はレミリアに気の無い返事で答えた。
 パチュリーは我関せずと言った態度で、自分の世界に浸りきっていていた。


 霊夢は八雲紫と適当にだべっていた。地底の事を聞くと何やらいい訳ばかりで要領を得ない回答ばかりだった。式の藍と橙もそばでこの場を楽しんでいるようだ。紫の友人、西行寺幽々子は料理を皿にてんこ盛りにして周囲を大いに驚かせて、従者の魂魄妖夢は主人を嗜めるのに全勢力を注いでいた。
「いやいやいや霊夢ちゃん。私もこの辺は妥協すべきところ譲歩すべきところをね、きちんとね、わきまえておりますつもりでね、地底の皆さんもこれからー心を入れ替えて、深呼吸をしてーはいてーすってーはいてー。ああ藍、お酒もう一杯ついでちょうだい。おおおっとと。それでね幻想郷の一賢者として私はね、頑張っておるわけでありますよ本当に。過去のしがらみなんかね、お茶の子を散らすようなものなの、誰も私の苦労をわかってくれないの、霊夢、あなたはね、ちゃんと、霊夢、うぉおーーん、悲しいわ、何が悲しくて、ああ」
「飲みすぎだわ紫。あんまり飲むと化粧も化けの皮も剥がれるわよ」





 古明地さとりは部屋の中から鍵を開け、訪問者を招きいれた。

「そんなに興奮なされても困りますわね。準備はもうできているのでしょう?」

 さとりは自分の一言一言が他人の心にどう影響するか熟知していた。言葉一つで他人が動揺するさまをはるか高みから見物する、それがさとりの一番の享楽であり、覚妖怪そのものだったのである。

「おやおやあなたが怒るなんて珍しいですわね。今更何を考えても無駄ですよ。あなたは一度私に屈服したのですから」

「あなたの全てを見せればいいのです。なぁにみんなすぐに認めてくれますよ」

 そう言って訪問者の方をチラリと見る。顔が紅潮し肩が震えている。さとりは楽しく楽しくてたまらなかった。もっといじめて弄んでさけずんで貶めて、心が痩せたところを天使のような笑顔で救ってあげる。そしてまた輪廻のループで決して逃がさないようにじわじわと細菌が細胞を侵食するように支配していく。その他人が泥沼に嵌りこむ過程を想像すると、さとりは嬉しさを隠せず、思わず笑みがほころぶのだった。

 さとりはすっと後ろを振り向く、もう獲物は堕ちたも同然。

 瞬間、一片から一億倍へと増殖する殺意。


 危険察知――する間も無く―― 


 既に心読む術もなく意識が途切れた。





 宴もたけなわになりそろそろ九時を周り、さとりが予告した時間は既に過ぎ去っていた。
「霊夢さん霊夢さん」
「ん? どうしたの?」
「あ、あのー申し訳ないのですが……さとり様がお部屋に篭ったままなので、一緒に来て欲しいのですが……」
 赤い髪で猫耳でさとりの従者の火焔猫燐が霊夢に言った。顔から血の気が引いたように青ざめている一体どうしたというのだろう。
「昼寝でもしてんじゃないの? 低血圧そうだし」
「い、いえこの大事にそんな事は……私が呼んでも全く反応がないのです。部屋の鍵は一つしかなく、さとり様が肌身離さず持っているのでどうしようもないのです」
「ふーん……さてやはり博麗の巫女の現る所、異変が起こる運命なのかしら。いやな予感しかしないわ」
「どうしたんだぜ? 霊夢」
「霊夢、この私が力になるわ。何でも言いなさい」
「霊夢ちゃん。待って、行かないで」
 お燐の只ならぬ景色を感じた者達が霊夢の周りに集まってきた。これだで頼もしい仲間がいれば何が起こっても平気だろう。
「さとりが部屋に一人でいて、音信不通みたいなのよ。みんなで呼びに行きましょう」


 ぞろぞろと用心棒を従えて、霊夢はお燐に案内されてさとりの部屋へと向かう通路へと向かった。
「ん? おーいお燐ちゃん。そんなにぞろぞろ連れてどこ行くんだい?」
「ああ鬼の姐さん。さとり様がちょっと……よかったらついて来てくれないかい」
「この星熊勇儀、大事な友の頼みとあっちゃあ見捨てておけないねぇ。旅は道連れ世は情けだよ。はっはははは!」
 酔っているのか声のでかい鬼の勇儀が霊夢達の後ろに従った。
 通路は狭く長く、無駄に入り組んでいて、初めて来たならば必ず迷うであろう構造だった。他人の心を読む妖怪の本性の表れかなと、霊夢は密かに思うのだった。通路に隈なく敷き詰められてた絨毯は赤茶けた色をして、流れ落ちる血のイメージを連想させた。延々と連なる壁には多種多様な動物の不気味な剥製が所狭しと並べられていて、地霊殿の異様で重々しい雰囲気を増幅していた。
「ここがさとり様の寝室です。ですが鍵がないので開ける事はできませんが……。さとり様ー、お燐です。何かあったのですかー? さとり様ー。お返事願います」
 お燐が頑丈そうな扉をどんどんと叩きながら呼びかける。しかし返事は全くない。霊夢はこの部屋に異常な空気を感じていた。絶対に何も寄せ付けないような異様な磁場、外からの攻撃を全て遮断するような、何重にも張り巡らされた入念な結界が展開されているのである。
「どうしたものかしら、そうだこんな事態に適材適所の妖怪がいるじゃない。紫、紫ー。駄目だわ完全にあっちの世界へ旅立ってしまっているわ。さて……この扉を抜ける方法は如何と……?」
「簡単な事だわ霊夢、扉を突き破ればいい。経費はもちろん私が持つから、ねぇお燐さん、よろしいでしょう?」
 レミリアが威厳に満ちた表情で言った。
「あ……でもこの部屋自体特殊使用で作られてますので。さとり様はあの性格ですから、敵を多く作ってしまうのです。寝てる時でも心配になってしまうので、虫一匹通さないような堅固な造りになっているのです。少々の衝撃ではびくともしないと思います」
「ここは私の出番だな! そこの吸血鬼、景気付けに一発ぶちかましてやろうじゃないか!」
「ええ結構よ。勇猛果敢な鬼の大将さん」
 レミリアと勇儀が気を高めて一歩後ろに身を引いた。次の瞬間、一刹那と思う間も無く轟音と共に、地霊殿の主人を隔てる障壁は打ち砕かれた。
「ふぅ……まぁざっとこんなものね」
「痛てて……腕がしびれて……」
 服をほこりだらけにしながら余裕の表情を見せるレミリアを置いて、霊夢は先んじて部屋に転がり込んだ。
「まずは私が確かめるわ、あんた達は外で待ってて」


 霊夢は部屋を散策し始めた。思いのほか広かったが、主人を見つけるのはたやすかった。
 古明地さとりはベッドの上で行儀よく眠っていた。カッと目を見開いたまま永遠に覚める事の無い眠りだった。体の損傷が著しかった。首と四肢を鋭利な刃物のようなもので切断されていて、おびただしい程の血の染みがシーツを美しく彩っていた。まるで芸術彫刻のトルソーが、この物静かな部屋とベッドを基調として寂しげに鎮座しているように思えた。霊夢はそばで確認するまでもなくさとりの死を悟ったが、一応心音を確認する、生命反応は全くない。
「お燐、お燐ーー! ちょっと来なさい。この部屋の鍵はどこにあるの?」
「は、はいそこの机の二番目引き出しにいつもさとり様は……きゃあああぁあああ!!」
 霊夢はすぐに引き出しから鍵を見つけ、懐に入れ、泣き叫ぶお燐を抱きかかえて、部屋の外へと躍り出た。
「どうだったの霊夢?」
「レミリア、みんなを呼んできて。古明地さとりは死んでいたわ、それもバラバラに切断されていてね」




 霊夢はさとりの寝室の入り口を取り合えず結界で封じて、別の部屋に主要人物を集めた。メンバーは、魔理沙、アリス、紅魔館組、白玉楼主従、八雲紫、藍、橙。そして地底に住む、古明地こいし、お燐、霊烏路空、勇儀、水橋パルスィ、黒谷ヤマメ、キスメ、地底出身の封獣ぬえと村紗水蜜、さらに何故か射命丸文がいて、異種混合の大勢が一堂に会した。
「なんなのよ霊夢。こんなに集めて。ふぁーあ、もう帰るわよ」
 寝ぼけ眼の紫が言った。
「ボケてる場合じゃないわよ。事件よ、事件が起きたの。古明地さとりが何者かに殺されていたのよ。死因は切断による出血多量が原因だと思われるわ。それで――」
 部屋じゅうにざわめきが広がる。
「えーお姉ちゃん死んだのー? 何でー? ねぇ? ああそっかぁ私が殺したんだぁ。あははー」
 さとりの妹の古明地こいしが霊夢の前に仁王立ちして立ちはだかった。
「こ、こいし様何を言ってるんですか、すいません霊夢さん。こいし様は少々興奮されていますのでどうか……」
「お燐ー、邪魔しないでよ。お姉ちゃん私が殺したって言ったじゃない。私はお姉ちゃんが大嫌い――ねぇ離してねぇ離して――」
「お燐悪いけどそいつはふん縛っておいて」
「さて邪魔が入ったわね、本題に入るわ。私達は九時過ぎに古明地さとりの死体を発見したの。そこでこれを見て頂戴、何だと思う?」
「どっかの鍵じゃないか、それがどうしたんぜ霊夢?」
 魔理沙があっけらかんと答える。
「ええ魔理沙。これはさとりが死んでいた部屋の鍵なの。そしてその鍵は一つしか存在しない、さらに鍵はさとりの部屋の机の引き出しにあった。さとりが死んでいた部屋は特殊結界が張られていて、扉を開ける以外ではどんな意識を持った存在も通過する事が不可能。どんな妖怪や幽霊、もしくは神様であってもね。さて、これがどう言う事を意味するかわかるかしら?」
「あやや? 何なんでしょうか? 全然わかりませんねぇ。ああどうぞどうぞ私に気にせずにどうぞ続けてください」
 へこへことした態度で射命丸文が言った。
「なんであんたがここにいるのよ文?」
「いやー、記者の天性の勘というか事件の臭いが私を呼ぶのですよ、ええ。この状況は私が責任を持って詳細に書きとめておりますで、その点は任せてください」
「まぁ記録係りも必要ね。続けましょう」
「私とレミリア、勇儀、紫、魔理沙はお燐にさとりの異変を教えられて、さとりの部屋の扉を破ったの。これが九時過ぎの事ね」
「ふむふむ……」
「当然鍵は掛けられていた、でも、鍵は部屋の中にあったの。とすれば――さとりを殺した犯人は一体どこへ消えたのかしら?」
「え、えーとそうです! 犯人は部屋の中に潜んでいたんですね。そして霊夢さんが捕まえた、さすがです」
「残念ながら文、隅々まで探したけど犯人の欠片もなかったのよ」
「やや、訳がわかりませんよ。頭がこんがらがってきました」
「そこがこの事件の一番の肝ね、つまり――」
「つまり、密室殺人ってわけね」
 パチュリーが本を閉じ、霊夢の言葉をさえぎって言った。
「な、なぁにパチェ。ミッシツサツジンってのは?」
 レミリアが落ち着きの無い様子で言う。
「あら知識人さんはよくご存知のようね、代わりに説明してもらおうかしら?」
「……面倒だけどしかたないわね。不通に名前通りの意味で、絶対に誰も通り抜ける事ができない、そう言う部屋の事よ。実際には偶然だったり人為的トリックだったり……まぁ色々方法があるのだけれど……ふふふ幻想郷では何の意味も成さない事ね。だってほらそこのスキマ妖怪さん、空間を捻じ曲げて繋げる事ができるでしょう? この事件はそれで終了、何も語る事はないわ」
「え? ちょっとそれって私の事を言ってるの?」
 紫がきょどった調子で言った。
「あら紫、酔いがさめたみたいね。あんた犯人にされそうだからしっかり弁解しといた方がいいわよ」
「ちょ、ちょっと霊夢、助けてよ」
「ははぁこれは大スクープです。八雲紫、古明地さとりを殺害……と」
「紫は違うわよ、だって私がずっと側にいたもの、スキマを使ったらすぐにわかるわ。ねぇ妖夢も見ていたわよね」
 西行寺幽々子が落ち着いて言った。
「ええそうです。紫様は確かにパーティ会場から離れていませんでした」
「私も紫様はずっといたと思います。ね、ね、藍様もそうでしょう?」
「そうだな紫様は絶対に動いていない。式である私が責任を持って保証する」
「や、やっぱり、持つべきものは家族と友達だわー、あなた達ありがとう……ありがとう……」
「そんなの信じられないわねぇ。仲間同士で偽証し合うって例もあるし、仮に動いていなかったとしてもスキマは使えるのかもしれない。例えば――そう、その無用に膨らんだスカートの中でスキマを使うってのはどう? それなら完全密室殺人も可能、簡単に事件は解決ね」
「霊夢助けてよ、このままじゃ本当に犯人にされてしまうわ。それに私は地底と友好を結びに来たのにこんな事をする理由がないわ。そう私は無実なのよ」
 紫は泣きべそをかいたような声で言う。
「ちょっとパチュリー。からかうのもいい加減にしなさいよ。まさか本気で言ってるわけじゃないでしょうね」
 霊夢が語気を強めて言った。
「ふふっそうね。絶対神が犯人では面白くないものね。私はただ可能性をあげたまでよ。後は霊夢探偵のお手並み拝見といこうかしら」
 そう言ってパチュリーは再び本を開き、含み笑いをかみ殺した。


「ふふんじゃあ探偵の面目をかけて、私も推理を展開しようかしら。それも幻想郷らしい華麗なトリックをね。私達が生きていたさとりを見たのは八時ごろ。明るい壇上の下で衆目の目に晒されたわ。まさかあのさとりが偽者だなんて言う奴はいないでしょうね。あんな気持ちの悪い背格好の奴は他にいないもの。つまりさとりは八時から九時までの一時間の間に殺されて、この時間帯のアリバイを調べれば犯人が絞られるって寸法ってわけ。まぁ偽証があったり思い違いがあったりで簡単にはうまくいかない。でもここには一人だけ自由に動ける人物がいるのよ、それは……十六夜咲夜――あんたよ」
 霊夢がびっと指差した先には瀟洒な紅魔館のメイドがいた。
「待ってよ霊夢。咲夜はずっと私の側にいたわよ。えーと私も咲夜も二、三分席をはずしたけどそれ以外はお互い確認できたわ。あ、パチェも見てたわよね? ね?」
「さぁ……私は本に夢中だったから」
「ほほーっあの紅魔館のやり手メイドが今度は犯人とは……スクープばかりです! 見逃せません! ……ひっひいっ!!」
 レミリアが息巻いている文をぎりっと睨んだので文は十歩ほど後ろに飛び上がってしまった。
「だからアリバイなんて関係ないのよ。そのメイドの能力を思い出してみなさい。そう、時止めよ。」
「でっ、でも……」
「お嬢様、いいのです。聞きましょう霊夢探偵さん」
 咲夜はにっこりと笑いかけて言った。
「大広間からさとりの部屋まで通路を通って、さとりを殺して解体し、また戻ってくるまで何分必要かしらね? 時が止められるから殺すのに手間もかからない、ナイフで解体するのも瀟洒なメイドならお手の物。十分少々もあればできるんじゃない? もちろんこれは咲夜視点の時間だから、私達が実際に感じている時間は二、三分って事もあり得るわ」
 霊夢ほっと一息つき更に続けて。
「こうして何くわぬ顔でさとりを殺害した後、大広間へ戻った。それに咲夜が犯人であれば密室の謎の解明も簡単なのよ。さとりを殺し、鍵を奪った咲夜は外から鍵をかけ戻った。そしてお燐が異変に気づいた後に私達と一緒に来て、レミリアと勇儀が扉をこじ開けた瞬間時を止めて、机の引き出しに鍵を戻せばいい。これで事件は解決、簡単な密室殺人だったわね」
「れっ霊夢違うわよ咲夜は大広間にパチュリーと一緒に残っていたじゃない。おかしいわおかしいわ」
 レミリアはまるで駄々っ子のように言った。
「ふーんでもそこの生き字引さんは周りの事などお構いなし……こっそり私達の後をつけた咲夜は扉をこじ開けた瞬間を狙って時を止めて悠々と密室を作り上げたのよ」
「くっくくく……あはは……」
 咲夜はさもおかしいと言った感じで笑った。
「何がおかしいのよ咲夜」
「残念ですが私が犯人ならお嬢様と一緒に行きますわ。その方が簡単でしょう、こそこそ後をつける理由がありませんし。それに――わざわざ密室を作り上げる理由が私にはないのです。この場合、わざわざ密室殺人にしてしまったせいで、私に嫌疑がかかった結果になっています」
「そんなのどうとでも理由はつけれられるわ。例えば密室マニアだったとかね。奇術好きのあんたなら一つや二つ、高尚なご趣味ぐらいお持ちでしょうからね」
「ものは言いようですわね霊夢さん。しかし私が犯人であるという推理には重大な欠点があります。私の時止めの能力を過大評価しすぎているのです。私が実際に止められるのは一呼吸程度、ほんの二、三秒でしかないのです。どんなに頑張ったとしても五秒――しかも再使用には数分の充電期間が必要なのです。私は地霊殿へ来たのも初めてですし、さとりさんを殺す理由もない、見知らぬ道を通過し、死体を解体して、誰にも気づかれずに戻るなんて時を止められたとしても、とてもとても無理な事ですわ」
 咲夜は流れるように言った。
「それはあんたが言ってるだけで、実は数分止められるのかもしれないし、以前にここに来て――そう共犯の線も捨てがたいわね、咲夜は誰かと内通していて……」
「霊夢、やめなさい、あなたの負けよ。咲夜の事は私がよく知っているわ。大広間から咲夜が長時間席を離れて無い事は私が証明する」
「……申し訳ありませんパチュリー様」
「そっ、そうよそうよ! 咲夜の無実は私が証明するわ!」
 レミリアも同調して勢いで言い放った。 
 霊夢は咲夜が犯人だと本気で思っていたわけではない。ただ紫を犯人に仕立て上げようとからかったパチュリーへの当て付けのつもりだった。この事件はそんなに簡単ではない。この陰鬱な地底世界にうずまくドロドロした感情が引き起こしたのだ。地上の人間妖怪にはさとりをそこまで恨むものはいないはず。真犯人は必ず地底住人の中にいると霊夢は確認していた。 
「まぁ幻想郷には変な能力者が多すぎるから、単に可能性を示しただけよ。ごめんなさいね咲夜、恨むならそこの知識人を恨みなさい」
 パチュリーは霊夢の言葉を聞いて、眉を2ミリ程上下させたが、何事も無く視線を本に下ろした。
「さて……ここまではお遊びよ。本題に入るわ。この事件は何よりも動機が大事だと考える、四肢と首を切断して殺すなんて常人では考えられない仕打ちよ。よっぽど深い憎しみを被害者に抱いていたか――もしくは密室トリックのためにどうしても必要だったか。ともあれ現時点ではそれはわからない。地上人にはこの地霊殿に来たのは初めてが多いでしょう。それ故に深い殺人動機を持つものは非常に少ないはずよ。この事件は地底住民の誰かによる可能性がかなり高いわ」


 霊夢のその言葉で部屋にざわざわと話し声が沸き起こった。無理も無い、地霊殿の主を殺した犯人が同胞にいるかもしれないと示唆されたからだ。
「ふんふん……犯人は地底妖怪の誰か……。紫さんや咲夜さん犯人説も面白かったのですが、やはり本命は付き合いの長い人たちが適当ですね」
 射命丸は妖怪数人に鋭い視線で睨まれたのもおかまい無しに言った。
「おーい霊夢、退屈な話で飽きてしまったぜ。私達が関係ないならもう帰っていいのか?」
 魔理沙が間延びした声で言った。
「ええいいわよ。地上の妖怪、人間の皆さんはもう帰ってもいいわ。ご足労お疲れ様でした」
「そうか霊夢。じゃあ私は先に帰ってるぜ、行こうかアリス」
 アリスはええと答えて魔理沙と共に去っていった。
「あー霊夢ちゃん私も飲みすぎたから帰るとするわ。この後の対応は霊夢に任せるから、どうかなんとか丸く収めてくれるようにお願いします、本当にお願いします」
「わかったわ紫、丸く収まるかは別だけど」
 部屋から人が消えていく、その中で椅子に座ったままのパチュリーの姿を認めた。
「どうしたのパチュリー? ぎっくり腰にでもなったのかしら?」
「今までのはただの前座。ミステリーが一番面白いのはここからじゃない。一人一人的絞って犯人を追い詰めていく快感がたまらないわ。霊夢探偵の推理と犯人の最後を見届けたいのよ」
「ふーんまぁ止めはしないけど邪魔だけはしないでね」
 パチュリーはうなずく事もなくまた本に目を落とした。


「いやいや盛り上がってまいりましたね、楽しみです。あ、私は新聞記者ですので当然残ってますので、はい」
 文が気合を入れていると一人の妖怪がすすっと前に進み出た。
「ちょっとちょっと! 何勝手に話を進めてるわけ? なんで私達の中に犯人がいるって事になってるのよ!」
 緑色の嫉妬深い目と尖った耳がトレードマークの妖怪、水橋パルスィが言った。
「必ずいるとは言ってないは、ただ――その可能性が高いところから調査するのは当然の流れでしょう」
 霊夢が言った。パルスィは既に頭に血が上っているいるように見えた。
「違うわきっとそうよ、地上の奴らがさとりさんを殺して、私達に罪をなすり付けようとしてるに違いないわ。ねぇみんなもそう思うでしょう! ねぇ勇儀!」
「パルスィ少し落ち着けよ。なぁに私達に犯人がいない事を証明すればそれでいいじゃないか」
 パルスィに呼ばれた勇儀が決まり悪そうに答えた。
「そんなの不公平だわ、地上の奴らは私達を馬鹿にしてるのよ、ああ妬ましいわ。私は尋問されるなんていやよ――そうだわ、こんな紅白巫女と貧相な魔女ぐらい私達でまとめてかかれば――こいつらを人質にして地上の奴らに、罪を被らせた愚かさを思い知らせてやるのよ!!」
 そう言ってパルスィが激昂して霊夢に単身つかみかかって来たが、霊夢はひょいと身軽な動作でかわし、逆にパルスィの腹部に強烈な掌底を叩き込み、パルスィはその場に崩れ落ちた。
「ううっ! ううぅ……苦しい……苦しい……ぉぉ」
「言っておくけど私はとても強いから変な気は起こさない事ね」
 パルスィの惨めな姿を見て地底妖怪達はぐっと怯んだ様に見えた。彼女らにとって霊夢は異邦人であり、この場を取り仕切っているのには違和感を感じていたが、霊夢のこの行動が強烈な抑止力となり、軽はずみな行動を起こす者はいないと思われた。しかしここ地底に限っては抑止の利かない危険な連中も存在していたのである。
「うぅ……勇儀ぃ……痛いよぉ……」
「よしよし、わかったらじっとしてような」
 さっきまでアレほど憎しみを露わにしていたパルスィも勇儀の前ではしおらしくなっている。
「さて、揉め事も解決したようだしそろそろ……」
「霊夢、その前に」
 と言って、パチュリーが細腕をすっと上げた。
「さとりの死体を見たいのだけどいいかしら?」
「うーんまぁ知識人にも見てもらいましょうか。ええ別にいいわよ。それじゃあ行こうかしら。あ、文も来たらどう? 大スクープ一人占めじゃない」
「いっいえいえ、私は殺人は専門外なもので……ここでお留守番をしているしだいであります」
「ああそう、じゃあ行きましょうかパチュリー」


「私はここで待ってるわ。結界を張っておいたから誰かがここに無理やり入ろうとすればすぐにわかる。結界はどこも破れていないから現場状況はそのままのはずよ」
 二人はさとりの部屋の前まで来て、パチュリーがのそのそとさとりの死体へと向かった。
「これは――」
 パチュリーはこの事件のほぼおおよそを理解した。そして気まぐれな知識人はこの事実を自分の胸の内だけに止めようと思った。
「満足した? パチュリー? 何かわかったのかしら?」
「ええ、消極的にわかったわ」
「ふーん、何だか奥歯に物の挟まったような言い方ね。まぁ明日永遠亭からでも専門家でも呼んで調べてもらいましょう。素人が変に荒さない方がいいわ、現場状況の保持が優先だから」


 二人が部屋から戻ってくるとちょっとした騒ぎが起こっていた。パルスィが文に掴み掛っているのだ。文は必死の形相でカメラを守ろうしているように見えた。
「やめてくださいーー! 暴力反対です! ああ暴力は!!」
「このアホ天狗殺してやるわっ! このっこのっ!!」
「パルスィよしなって……」
 勇儀が間に入って止めようとしている。パルスィはヒステリー状態でどうしようもなかった。他の妖怪達は我関せずと言った態度で傍観している。無駄に関わり合いになりたくないのか、それとも気に入らない天狗を見捨ててパルスィの応援をしているのか、それは誰にもわからなかった。
「ああ! ひぃひぃ……助かりました霊夢さん」
 霊夢が何とかして二人を引き離した。文の服はところどころ破け、肌に引っ掻き傷を作っていた。
「一体何したのよ。まぁあんたの事だから大体想像つくけど」
「この天狗が私達をそのカメラで撮ろうとしたのよ。魂を抜き取る機械なんでしょうそれ? 地上の奴らは私達を影から暗殺しようとしたのよ、許せないわ!」
 パルスィが怒りを有頂天にして言った。
「あやややや……それは迷信です。何も害はありません、えてして人畜無害なのです。これはファインダーに写したものを絵に変換するというかなんというか……」
「文、もう写真は諦めなさい。つまらない意地を張っている事はないわ」
「は、はぁ……申し訳ありません霊夢さん」
 文は急にしおしおと萎んでしまった。これ以上刺激するのはまずいと思い、霊夢はさっさと尋問する事にした。


「えーと色々ゴタゴダがあったけど気を取り直して始めようかしら。そうね……まずは密室の謎は置いといて、八時から九時までのアリバイと被害者さとりとの関係でも話してもらうわ。うーん……それじゃあ誰からに……」
「ねーっ、お燐、まだ駄目なのぉ? 私もうお眠むの時間だよう」
「こいし様……もう少しですから今しばらく。あの申し訳ありませんが霊夢さん……」
 一晩泣きはらしたような顔のお燐が言った。主人の死を受け入れられないのか肩が細かく震えている。霊夢はお燐の心境を思うと胸が痛くなるのであった。
「そうね……先に聞いておくわ。それでは古明地こいしさん、あなたはパーティーの間、何をしていたのかしら?」
「えーっとねぇ、えーと、お散歩、楽しいお散歩していたの!」
「お散歩ってどこを?」
「それはねぇ、んー、お空の上! 高い高いお空の上を飛んでいたの! 体がふわーって飛び上がって気持ちよくなって……」
 霊夢は頭が痛くなって来た。姉が姉なら妹も妹だ。一生の内で絶対に付き合いたくない人種だと思った。
「……もうお散歩はわかったわ。それで、あんたはお姉ちゃんの事をどう思っていたのかしら?」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんはねぇ、うーん、私が好きで、でも嫌いになって、だからね、みんなも嫌いになってね。でもね、みんなおかしいの、お姉ちゃんが悪いのにみんな言いなり! で、お姉ちゃん死んだのよね? そっかぁ、私がお散歩している間にきっとね、殺したのよ、だって相思相愛だもの! うふふ、お姉ちゃん、大好き! 大好き!」
 姉のさとりにこいしはよく似ていた。手足も短く非常に小柄で、黒い帽子を被り、ふわぁっとボリュームのある髪がなびく。血色の悪い顔に、小さく整った個々のパーツの中で、大きな目だけがぐりぐりと自己主張を繰り返していた。
 こいしは無意識を操る能力持ち、誰にも気づかれずに殺人を遂行できる。今の発言を聞いている限りは姉を殺す動機もありそうだがどうもはっきりしない。まず鋭利な刃物で分断した理由、姉妹間の憎しみがどんなものであれ、ここまで無慈悲に出来るものなのだろうか。そして密室を作った理由。こいしに意図的に密室を作る頭はなさそうだ。とすると――何らかの偶然が働いて密室が作り上げられてしまったのかもしれない。密室の謎を除けばこいしは犯人らしい犯人としては適当な人物だった。しかしまだ結論を出すのは早い。全員の話を聞いてからでも遅くは無い。
「ねーっ、紅白さんもういいの? 私まぶたがぺったんしそう」
「ええありがとう。お休みなさいこいしさん」
「はぁーい、お燐、お空、お休みなさい」
 こいしは無意識を使ったのか音も無く部屋から消え失せていた。


「はて……こいし嬢はどうなんでしょう? お散歩? アリバイ無し、動機ありって事でいいんでしょうか?」
 文がメモに筆を取りながら言った。
「ん……まぁ気まぐれ屋さんみたいだし保留って事でしといて。さて次は……この館の住人のお燐と空に聞いてみようかしら? あんた達は八時から九時までの間何をしていたのかしら?」
「えーと……さとり様死んだんですか? 何故ですか? いくら私が忘れっぽいからって……そうだ皆さんで私を担いでいるんですね? そうだそうに違いありません!」
 空は大きな体に似合わない大粒の涙をポロポロと流している。
「あ、あの私とお空は厨房から大広間へ料理を運んでいたんです。大忙しで猫の手も借りたいぐらいでした。厨房はさとり様の部屋とは反対側です。料理がひとしきり運び終わった後私はさとり様呼びにいって……そして霊夢さんに助けを求めました」
「空はお燐と一緒に作業した事を覚えているかしら?」
「う、うーん……う……」
「お空は五分前の事も覚えてないんです……本当に困ってしまいます」
 お燐が悲しそうに言った。
 霊夢は考える。お空が覚えてないとするとお燐は一緒にいたと言っても、アリバイは無い事になる。しかしこの二人に主人のさとりが殺せるのだろうか。親しい仲だから油断させて一気に殺す事も考えられるが、二人の落ち込みようを見ると、それは想像しにくかった。もし殺したとしてもあんな解体はお空には無理――お燐はどうだろう? お燐は死体を持ち去ると言われる能力がある。しかし部屋の扉は固く閉じられていた。もし死体を引き寄せる類の能力であったとしても、あの部屋には扉も含めて強力な結界が張ってあった。外部から何らかの力で遠く離れた死体に引力を及ぼす事は無理だ。それにやはりあえて密室を構成する理由がない。様々な理由もあって霊夢にはこの二人事件に関わっている可能性は非常に低いと思われた。
「お燐さんもお空さんもとても悲しそうですねぇ。こんなかわいいペットを悲しませた犯人は絶対に許したくありませんね!」
 文はまた空気の読めない発言をした。まだ懲りてないらしい。部屋の空気が凍りつくのがわかった。犯人も聞いている可能性が大なのだから、文はここから外に出た途端殺されてもおかしくはなかった。
「大体わかったわ。ありがとうあんた達。ああそういえばさとりが言っていたイベントって何なのかしら? わかる? お燐?」
「それについては私もさとり様から全く知らされていないのです。ただ……とても楽しいものよと言っていました……」
 パチュリーがゴホゴホと二回空咳をしたが特に気に留めなかった。
「わかったわ。二人ともありがとう」
 さとりが大勢を集めて見せたかったもの――それは一体何なのだろうか。
「はーい、はいはーい、探偵さん探偵さん。私、すごい事知ってるんです」
 パルスィがキンキン耳に響く声で言う。もう機嫌は直ったようだ。
「何? パルスィ?」
「私この事件の犯人を知っているんです。ちゃんと証拠も動機もあります」
「へぇなら説明してもらおうじゃない」
 パルスィは嬉しそうな顔で続けた。
「それはこの星熊勇儀なんです。私は勇儀が席をはずしたので、こっそり後をつけていきました。そしたらあのさとりさんの部屋の前にいたんです。私、妬ましくて妬ましくて妬ましくて一人で帰っちゃいました」
「おいおい酷いなぁパルスィ、友人の後をつけるだなんて」
「勇儀、認めるの今の発言?」
霊夢が言った。
「ああもちろん認めるさ。ちょっと言いそびれただけで後から言おうと思ってた事だし。でも私は扉を叩いただけで部屋には入れなかったんだよ。鬼は嘘をつかいない。これだけは絶対の真実さ」
「ふーんどうかしらねぇ勇儀。探偵さん聞いてくださいよ、こいつは博打で出来た借金をさとりさんに立て替えてもらってたんです。それで今日もさとりさんに詫びいれに行ったに違いないんです。妬ましい。口論の末、勇儀はカッとなってさとりさんを忙殺、これが真実なんだわ。ああ痴情のもつれなんて妬ましすぎるわ」
「今言った事も本当なのかしら?」
「ああ私は確かにさとりに借金していたよ。でも信頼できる友人の間柄なんだ、それにたいした事の無いはした金で……。私とさとりが殺しあう程憎いなんてのはありえない話さ」
「嘘だわ!! さとりさんは勇儀を利用してわざと……」
「はいはい、痴話げんかはその変にしといて、勇儀? あんたがさとりの部屋を訪ねたのは大体いつごろだったのかしら?」
「うーん大広間に戻った時は八時四十五分ぐらいだったような……」
「となると……その時間までにはさとり部屋で死んでいて返事ができなかった考えるのが妥当ね。これで犯行時刻はおよそ八時~八時四十分の間に行われたと予想されるわ」
「ふむふむ、これでようやく進展しましたね。へへぇさすがに星熊勇儀さんは役者が違います。鬼の中の鬼だと私は思います!」
 文が媚びた調子で言った。
「煽てても何もでないよ、山の烏天狗よ。そういう態度が私は一番嫌いなんだよ」
 文は勇儀に凄まれてへへぇへへぇと言って一段と腰を低くしたのである。
「やっと有効な情報が出てきたわね。さぁこの調子で次いくわよ。密室の謎はこの際後回しにしましょう」
「ちょっとちょっと」
 パルスィが構って欲しそうに霊夢を呼んだ。
「何よパルスィ」
「私にもアリバイは? とか動機は? とか聞いてよ。さとりさんには随分積もる話があるんだから」
「あー、もうあんたの話はいいわ。どうせ面倒くさくなりそうだから」
「きぃぃぃっ、何なのよ私のこの扱いは……妬ましいわ妬ましいわ……」
 鬼の発言は信用にたると思った。この幻想郷で最も強く真正直な存在。勇儀の発言に間違いないとすると犯行時刻はかなり限定される事になる。


「さてと……次は……ええと」
「黒谷ヤマメです。隣の桶に嵌っているのはキスメと言います」
「ああ…そうそう、さっそくだけど八時から何をしていたか教えて欲しいのだけど」
 霊夢はこの土蜘蛛と桶の名前を失念していた。キスメは顔が半分くらい隠れるように閉じこもってちょこんと小さな手だけを覗かせている。
「私はキスメとずっと一緒にいました。な? キスメ?」
 キスメは言葉を出すそぶりも見せず頭を軽く下げただけだった。
「探偵さん探偵さん、はいはい、それは嘘よ嘘、真っ赤な大嘘よ」
「なによパルスィ、また根も葉もない事言って捜査をかく乱するのはやめてよね」
 ヤマメのチッと舌打ちする音が聞こえた。
「ところがどっこい私は見たのよ。そこの可愛いキスメちゃんは一人で大広間をうろうろしてたわ。おそらく迷子になったんでしょう。あんな桶に嵌った妖怪なんていないから見間違うはずがないわよ」
「どうやらパルスィの言ってることは本当みたいね。どうして嘘をついたの? ヤマメ?」
「それは……」
「それはあれよ。そこにいる可愛いキスメちゃんのためよ。キスメちゃんは恥ずかしがりやで人見知りだから、地上の人間なんかとは普通にお話できないわ。アリバイが無い事が知れたら鬼巫女に誘導尋問されちゃうとでも思ったんでしょう。おお怖い怖い。あのね聞いてよ。そこのヤマメはねさとりさんに高価な建築趣味の資金を融通してもらったんだよ。地底の妖怪は何かしらさとりさんに恩を受けてもらっているのさ。けどね、それがさとりさんの狙いでね、何か無償の施しを与える事でね、相手の心に歪みを生じさせるんだよ。誰でもただでホイホイ物もらったら何か返さなきゃと思うだろう。そこがさとりさんの付け込むところなのさ。もちろん私は何も無い、真っさらで綺麗な妖怪だからね。何も引け目に感じる事はないんだよ」
 パルスィはここまで饒舌にべらべらと言った。ヤマメがパルスィをものすごい目で睨んでいた。場の空気がとてつもなく重くなっていくのがわかる。まるで数分に思えるような沈黙をヤマメが破った。
「……私はちゃんと借りを返している」
 キスメはヤマメの足元でガタガタ震えていた。
「へぇ本当かしら? ああそんな目で睨んでも無駄よ。あんたは慎重でクールに演じているみたいだけど本当は臆病なのよ、怖くて一歩も踏み出せない小心者。実はさとりさんにねちっこくやられたんでしょう? さとりさんあんたのような悩み多き少年みたいな性格好きそうだもんねぇ。何さっきから黙ってるのよ、何とか言いなさいよ! あんたがさとりさんを殺したんでしょう? 心を弄ばれて奴隷になるのがいやで殺しちゃったんでしょう!! ああそっかそっか、自分のアリバイのために罪も無いキスメちゃんを利用したんだね。こいつは汚い奴よ探偵さん。さっさとこいつをとっ捕まえて――」
「やめろってパルスィ……言い過ぎだ」
 勇儀がパルスィを羽交い絞めしている。先程の勇儀に対する態度とは一変して、敵意をむき出しにしてヤマメを罵っている。妬み妖怪の本分はこちらなのだなと改めて霊夢は感じ、寒気を覚えた。 
「おお……怖い怖い、すごいですねぇ霊夢さん。あの緑目の方、般若のような顔で……今にも人を丸かじりような勢いですよ」
 文が淡々とした口調で言った。
「勇儀はそいつ押さえておいて。ヤマメ、あんたがキスメと一緒じゃなかったのならどこで何をしていたのか教えて欲しいわ」
 ヤマメは数秒程押し黙っていたがやがて口を開いた。
「……私はずっとキスメを探していた。大広間の中で」
「うーん……まぁいいわとりあえずはアリバイは無しって事ね」
 ヤマメは明らかに霊夢に敵意を抱いていた。本来の妖怪の人間に対する対応はこういうものかもしれない。これ以上何かを聞き出すのは無理だと思った。
 ここまで整理して見ると完全にアリバイがないのはこいしとヤマメの二人。後は密室が作れれば犯行は一応可能となるが一体どんな方法が用いられたのか、考えれば考える程謎に包まれていた。


「ねぇねぇー私達もう帰っていいかな。もう待ちくたびれちゃった。地底出身だけどもう地底にはいないし、関係ないよね?」
「まぁまぁぬえ、厄介ごとははっきりさせておいた方がいいんです。後で足を引っ張られかねませんから」
 封獣ぬえと村紗水蜜が言った。
 長くは地底に住んでいたが、最近の地底異変に伴って間欠泉から沸き上がった星蓮船により地上へと飛び出した。魔界から復活した僧侶、聖白蓮をあがめている。人間と妖怪が平等に暮らす世界を目指しているとは言ってるものの、その真の狙いはよくつかめなかった。人間と妖怪はどこまでいっても敵対する存在と霊夢は常々思うのである。
 封獣ぬえは黒髪に黒服に黒ニーソックスとさながら小悪魔のようだった。奇妙な形の赤々しい羽とやや濁った青色の羽が、幼い少女の顔と合わせて不均一なコントラストを演出している。以前ぬえは上空へ飛び上がった星蓮船の破片を、UFOに幻視させるという方法で霊夢の邪魔をした。ぬえの操る正体不明の種とは、いまいち正体がつかめない真っ暗な存在である。時にこのような事件では何らかのトリックに使えそうであるが、霊夢には皆目見当がつかなかった。
 ぬえの隣にいるのはキャプテンムラサこと村紗水蜜である。セーラー服にキュロットスカートといった水兵らしい姿をしている。長らく地底に封印されていた星蓮船を、間欠泉の沸騰と共に地上に舞い上がらせた幽霊船長だ。霊夢は宝舟と思いこの船を追跡したのだが、実際は村紗の恩人である聖白蓮の復活のために尽力していたとわかった。彼女の船を難破させる能力はこの事件に置いては意味をなさないのだろう。さとりも溺死ではなく切断されていたのだから。
「では一応アリバイとさとりとの関係を教えてもらおうかしら?」
 霊夢は二人をまっすぐ見据えて言った。
「え、えーとね、私は……」
「私達はずっとそばにいました。そうですよね? ぬえ?」
「そうそう! 私は村紗とずっといたわね。確かにそうよ」
 霊夢はぬえが少し落ち着かない様子でチラチラ村紗の方を見ているのに感づいた。
「私が星蓮船を封じられている地底は地霊殿とは遠く離れた地にあったのです。ですから旧都の近くの水橋さんや、さとりさんとはほとんど顔を付き合わせた事もないのです。ええと、一度だけですがさとりさんが地底湖に埋まった星蓮船を見に来た事があったのですが、さとりさんは私は一瞥するなり、ふーんあなたは救ってくれる人がいるのね、残念だわと言って、くすくすと笑い続けていました。私は幽霊の身でありながら、心底震えたのを覚えています。さとりさんの目には何か得体の知れない恐怖を感じました」
「わ、私は村紗に会いに地上と地底を行き来していたのよ。あんな小汚い地底連中なんとか一緒にして欲しくないわ。あーあのなんだっけ、古明地なんとかさんとは、会った事もないし、見た事も聞いた事もないのよ。私は正体不明の妖怪なんだから、簡単に身上は明かせないもの」
「聖白蓮を慕う仲間達の感動物語。いい話でした。ええ私、誇張して、いえいえ、熱心に熱心に力を入れて記事を書かせていただきました。いやぁ毎週恒例で感動させて欲しいものです。おっとすいません、へへへ」
 文はそう言って舌をペロッとひっくるめた。
「わかったわありがとう。もういいわよ」
 この二人はさとりに対する動機がかなり薄いと思われた。五体をバラバラに切断してまで殺すのにはそれ相応の理由が必要。となると、本命はやはり地霊殿をよく知る者の中に――


「ふふっ、ふふふっ、っくくっ」
 パチュリーが道化のように大きな声で笑っていた。
「ああ、あんたも居たのね、すっかり忘れていたわ。そんなに面白い本ならお家帰って読みなさいよ」
「あら御免なさい。ふふっ霊夢まだわからないの? 私はこの事件の犯人も全てわかってしまったのよ。もちろん密室の謎もね」
 パチュリーは本を手に持ち、立ち上がって言った。
「何だか自信ありげね。そこまで言うのならあんたの推理を聞かせてもらおうかしら」
「おおー、二人の名探偵の対決ですね。これは絵になります!」
 と言って文はカメラのシャッターを立て続けに押した。
「まず――この事件で考える事はただ一つ、誰が密室を作る事が出来るか、それだけが大事よ。アリバイや動機、凶器なんてのは後からいくらでも吐き出す事ができる」
 そう言ってパチュリーはにやっと笑う。
「でも、その密室の謎が解けないんでしょう?あの部屋は外部からのどんな攻撃も絶対に通さないわ。いくらここが幻想郷であろうとも、どだい無理な話よ。私が責任持ってそれは認めるわ」
「ふふっまぁ落ち着いて、密室の可能性を一つ一つ検証してみましょうか。まず古典的なもので、部屋の鍵を外から投げ入れる方法があるわね。これはあの部屋に対しては全く無意味ね。扉もぴったり隙間無く嵌っていて、覗き窓の類も存在しない。もちろん、隠し通路の存在なんて無いわよね? 霊夢?」
「ええ確認したわ」
「鍵を中に入れる方法はない、と思われるわね、でもこれには抜け道があるのよ。それはね霊夢自身が犯人だった場合よ――」
「ええっ? あやあや……まさか……」
 妖怪達がざわめく。
「ちょっと変な事言わないでよ。主人公が犯人なんてどこの三文小説よ」
「まぁ怒らないでこれはただの仮説だから。霊夢はさとりを殺し、部屋の鍵を持ち外から鍵を掛けた。後はお燐が異変を感じて霊夢を呼びにくればいい。博霊の巫女に助けを求めるのも当然ですもんね。そして死体を確認するのも巫女の仕事。後は自分で持っていた鍵をさも机の引き出しから見つけた振りをすればいい」
「あや? でも霊夢さんはずっと紫さん達と一緒でしたよね? 密室を作れたとしても殺人は絶対無理でしょう」
「そうそう……だから仮説って言ったじゃない。私も霊夢が犯人だとは思ってないわ。ちょっとしたお遊びよ」
「お遊びにしては手の込んだ嫌がらせね。それに私が犯人でも密室を作る理由なんてないわ」
「それは往々にして曖昧なもの、密室の可否こそ最も大事なのよ」
「何だかあんたの言ってることは訳がわからないわね」
「わからなくてもいいわ、さて話を戻すわね。密室状況の可能性には自殺や、心臓麻痺などの突発的事故で死んでしまった場合あるわ。でも、さとりは四肢と首を切断されていたのよねぇ。これで自殺は無理ね、だって仮に両足、左手、首を切り落としたとしても、最後に右手は残ってしまうもの。外部からの精神攻撃などもあの部屋は完全に通さない。ましてや、彼女は他人の心操る達人。彼女が何かしら外部の影響を受けて死んだ可能性はゼロに近い」
「それも駄目なのね。八方塞がりじゃない」
「本質はすぐ目に見えて単純で、一番身近な場所にあるのよ。何でも難しく考えない方がいいわ。外から糸を操作して中から掛け金をかける方法、この事件で使われたのはそれよ。あの鍵穴からなら糸が入り込む隙間があるわ。くくくっ、ほらアリバイもなくて動機もぴったりな妖怪いるじゃない」
 でもそれはと霊夢が言おうとした途端に、水橋パルスィが黒谷ヤマメを上から押さえつけていた。
「こいつっ!! 私の目はやっぱり腐ってなかったわ!」
「く……やめ……」
「この事件の犯人は黒谷ヤマメよ。鍵穴から自分の糸を操作して中から掛け金をかけた。どんな理由からかは知らないけどじっくり体に聞いてみればいいわ。ああ凶器も隠し持ってるかもしれないから身体検査もついでにね。妖怪ならどんな隠し場所も可能でしょう。隅から隅までお願いねっ。くくくっ」
「そ、そんな……ヤマメさんが……」
 お燐が口に手を当てて驚いている。
 周りの妖怪も同調して収集が付かなかった。文はどさくさに紛れて写真を撮っている。
「パチュリー……あなた……」
「なぁに霊夢。事件がすぐ解決してよかったじゃない。それとも他に有力な案があったのかしら」
 パチュリーは勝ち誇った顔で言った。
 あの扉自体にも常に結界の力が流れていた。あの鍵穴からヤマメが糸を簡単に操作できるとは思えなかったのである。パチュリーもその点は重々承知であったはずなのに何故――。


 ヤマメは地霊殿内の座敷牢のような場所に押し込められた。服を脱がされ体中調べられたが凶器に使えるものは見つからなかった。もちろん彼女の隠れた爪や牙自体が凶器でもあったのが。さとり殺害に関しては何を聞いても首を横に振るだけだった。パルスィが目を輝かせて拷問を加えるべきと主張したが、勇儀達が止めたので明日からの動向を見守る流れになった。
 こうして事件の犯人はヤマメであると一応の決着はつき、妖怪達は散会した。


「あ、あの……今日はどうもありがとうございました。私にはどうもヤマメさんが犯人とは思えないのですが……驚いてしまって」
 お燐が残った霊夢、文、パチュリーに話しかける。
「妖怪同士ではしかたないわ。どんな恨みつらみがあるかわからないもの」
 パチュリーが無感情に言った。
「みなさん今日はもう遅いですし、ここに泊まっていって下さい。どうですか?」
「やや、それはありがたい、取材もありますしお言葉に甘えるとします」
「私もそうするわ。あーあ誰かのせいでどっと疲れたし」
「パチュリーさんはどうですか?」
 パチュリーの目が左右に二、三度動き、逡巡した。
「ええ、お願いするわ」
「それではお部屋をご用意しますので、少々お待ちください」
 お燐はそう言って奥の闇へと消えて言った。
「大魔法使い様も夜道の一人歩きは怖いようね。凶悪な殺人犯は捕まったのよ、もっと安心したらいいじゃない。それとも何かやましい事でもあるのかしら?」
「……あなたには関係ないわ、霊夢」
 パチュリーは本から視線を離さずに答えた。
 霊夢は絶対パチュリーが何か感づいていると思った。ヤマメをスケープゴートにして何かを企んでいる。もしやパチュリーが犯人で容疑を逸らすためなのか。以前に地底の調査を依頼したのはパチュリーだった。何か関係しているのかもしれない。霊夢は記憶を追って考える。そうだパチュリーはさとりの死体を見た。自分もじっくり見たわけではない。あの驚愕した表情は確実に死んでいる事だけは確かだった。しかしとても疲れていた。今日は現場の確保だけにして早く眠ろうと思った。


 お燐が戻ってきた。
「お燐、寝る前にさとりの部屋の入り口を確実に封鎖したいわ」
 霊夢は入り口を入念な結界で覆って封をした。寝ている間でも効力を持続できるように、ありったけの霊力を込めた。明日専門家を呼べば詳しい死亡時間や死因などもわかり、新たな進展が見られるだろう。ヤマメが犯人では余りに簡単すぎる。
「あやーさすがに念入りですねぇ」
「これで私が死なない限りは虫一匹は入れないわ」
「そんな縁起でもない。博麗の巫女様は無敵でしょうに」
 文はにやついて言った。
 三人はお燐に案内されて各々の部屋を割り当てられた。
「それではまた明日会いましょう。ではでは、お休みなさい」
「ええ、お休み、文」
 パチュリーは無言で自分の部屋へ入った。 
 

 霊夢はベッドの上で事件の内容を思い返していた。まずさとりを切断した凶器。これがいきなりおかしかった。あんなさとりの華奢な体をバラバラにするのに普通の妖怪なら刃物など要らない。ちぎったりねじ切ったり何でも可能だ。あえて刃物を使うのは非力な人間か――しかし人間は容疑者から完全に外れている。いやしかしそれが間違いなのかもしれない。思考が定まらない。重い磁場のかかった部屋のイメージに押しつぶされながら霊夢は泥のように眠りに落ちた。







 少女は生まれたままの姿で無垢な肢体を晒していた。

「それではこのムチを振るいましょう」

 痛々しい音。弾ける汗。

 柔軟でなめらかな少女の体が湾曲し、波打つようにうねり、芸術的な曲線を形づくる。

 ムチの衝撃が少女の瑞々しい素肌に亀裂のような蚯蚓腫れを一本一本刻んでいく。

「私はあまり痛いのは好きではないので、このくらいにしておきましょう」

 くすくす漏れる笑い声。

 羞恥を煽られ、恥辱にもがく。

 体の芯がぼうっと熱くなる。

 止まない笑い声。

「舐めなさい」

 甘い指が口内を犯す。

 抗えない悪魔の誘惑。

 蚯蚓腫れをそっと撫ぜられる。

 再び背が仰け反る。

「よく見ておいてください。アメとムチは必須の事項です」

 荒々しい吐息がはぁはぁと漏れる。  

 わき腹を揉みしだかれ、肋骨に細い指を差し込まれる。
 
 頭がおかしくなって何かが弾け飛びそうになる。

 怖い、怖い。

「さてこれからが本番です。とっても楽しいですよ」

 薄れゆく意識。

 少女は涙を落としながらも目に映る実像を、憎悪と憤りを込めて胸に刻むのだった。 







 長い夜が明け、か細い日の光が差し込む地霊殿にも朝がきた。
 霊夢はぼーっとした頭脳で食堂の席に座っていた。文とパチュリーはまだ眠っているらしい。
「あ、霊夢さんお早うございます。朝食はもうしばらくかかりますので、今しばらくお待ちください」
 疲れた女将のような様相のお燐が言った。霊夢は先にさとりの部屋の様子を見る事にした。
 結界は全く破れていなかった。しかし――何かがおかしい。結界をゆるめて中へと進む。
 そこには何もなかった。古明地さとりの死体は忽然と消えうせていたのである。赤黒い血のしみだけが、あの殺人の余韻をのこすように残っていた。一体死体は何処へ消えたのだろう? まさか?
 霊夢は廊下で呆然と立ちすくんでいた。
「霊夢さん……? どうしたんですか?」
 お燐が声をかける。
「死体が……さとりの死体が消えたわ」
「ええ? そんな……そんな……」
「おはよー、お燐、ねぇどうしたの? びっくり仰天の顔して」
「こいし様お早うございます。実は……」
「へぇー、うふふ、そうだよね、お姉ちゃんは私が殺すんだもの。恥ずかしくて逃げちゃったんだ。でも、バラバラになったんでしょ? きっと今頃、おててブラブラで困ってるんだわ。お姉ちゃん、待っててね、私がつなげて、もぎ取って、今度こそ殺してあげる! うふふ、うふふ」
 そう言って古明地こいしは一直線の廊下を俊足で駆け抜けた。


 霊夢、文、パチュリーの三人は重々しい気分で朝食を摂っていた。全く予期せぬ事にさとりの死体が消えてしまったのだ。入り口は完全に結界で封鎖されていた。だとするともしさとり生きていてゾンビのように立ち上がったとしても、どこにも逃げられないはずである。まさしく煙のようにさとりの死体は消滅してしまったのである。
 しかし霊夢には一つ気になる事があった。思っていたよりもベッドのシーツの染みが少なかった事だ。あの傷口からは血がどくどくとあふれていた。しかも切断面は五箇所もある。気が焦っていて過大に妄想したのかもしれないがそれでも少なかった。さとりはかなり小柄な体格だった。血の量が少ないのもそのせいだと無理やり思い込んだ。
「いやーびっくりですねぇ。死体が煙のように消えてしまう、マジックみたいですねぇ。あ、もしかしたらこれがさとりさんの言っていたメインイベントなんでしょうかね? 自分を殺して消滅する、何だかぞっとしませんが」
 文はご飯と味噌汁を口にかっこみながら言う。
「あの血は本物だったわ。他の妖怪の血の可能性もあるけど――私は古明地さとりは絶対にあの場で死んでいたと思うの。あの顔は完全に死の顔だった。絶対に作り物ではありえない死そのものが滲み出ていたわね。それにイベントならさっさと手品の種明かししてくれてもいいじゃない。翌朝になって死体消えましたじゃ、もう観客がいなくて何をやってるかわからないわ」
 霊夢は窓際を見やる。パチュリーが不健康そうな顔で、トーストとコーヒーを不味そうに口に入れていた。よく眠れなかったのか目の下にくまが見える。
「それであんたはこれからどうするの?」
「ええと私はこれから地上に戻ります。一旦記事をまとめたいので」
 文が食後のお茶をがぶ飲みしながら言う。
「そう、私は情報を集めてみるわ。死体も消えるわでうかうかしてられないし。ヤマメだってずっと黙秘してるじゃない。この事件はまだまだ終わってない予感がするわ」
 霊夢はふっとため息をついて言った。
「じゃあ霊夢さん、また会いましょう。ではさらば!」
 文は天狗の黒羽をはためかせてあっという間に消えていった。
「さて……私はどこから始めようかしら」
 パチュリーは何時の間にか地霊殿を後にしていた。昨日あの少し動揺した態度が気になった。


 霊夢はしばしぼけっとしながら雲散霧消した死体の事を考えていた。ああでもないこうでもないと思案しているとお燐がやってきた。
「ああお燐、この度は災難だったわね。主人の死体も何故か消えちゃうし……」
「ええ死体を運ぶ猫が主人の死体を運べないなんて……」
 お燐の顔は暗く沈んでいる。霊夢はどうにもやりきれない気持ちになってしまった。
「そう言えば妹さんはどうしたんだい? 姉が死んだというのに随分と――」
 お燐の表情が更に暗くなった。霊夢はまずい事を聞いてしまったと思って狼狽した。
「こいし様は――以前はあんな風ではありませんでした。それはもうさとり様とこいし様は仲睦まじい姉妹だったのです。こいし様はさとり様程能力は強くなく、心を読むのも表面だけだったようで――本人もあまり心を読みたくないようでした。さとり様はそんなこいし様の様子を大分よろしく思いませんでした」
「ふぅん、心を読めても悩みばかり増えそうだものね。並大抵の神経では耐えられないわ」
「私やお空がいてもさとり様はいつも寂しそうでした。ですから――こいし様の事を本当に想っていたのです。それが――あんな事になるなんて」
 お燐はさっきから下を向いている。どうやら泣いているようだ。
「ある時こいし様に、妖怪の男友達ができました。恋人という感じではなく本当にお友達という感じでした。さとり様はそれを心よく思いませんでした。それで、さとり様はこいし様に付き合いをやめるように忠告したのですが、聞き入れませんでした。さとり様はそれに激しく怒ってしまったのです。ほんの注意のつもりだったのですが男友達の心ははずみで無残にも壊れてしまったのです。こいし様は当然激怒しました。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、と言いましたが、さとり様はこれもあなたのためよと、全く取り合わなかったのです」
 霊夢はお燐の話を無言で聞いていた。
「そしてついに悲劇は起こってしまいました。ある日狂ったように錯乱したこいし様はさとり様を半殺しにしてしまったのです。私とお空が見つけた時にはそれはもうひどい有様でした。さとり様は一命は取り留めたものの、一ヶ月程ふさぎ込んでずっと寝込んでしまわれました。こいし様の方はというと、心を読む第三の目が完全に閉じてしまったのです。強烈な心への打撃が影響したのでしょうか、二度と開く気配はありませんでした。こいし様は覚妖怪としての能力を捨て去ってしまってからは、少々気が触れたようになり、不思議な言動をまるで小鳥のようにつぶやくようになってしまったのです」
「うーん……どうにも救えない話ね」
「それからというもの、私はある事に気づいたのです。こいし様の気配が見えないのです。いるのにいないようなのです。こいし様にそれを聞いてみたところ、自分の気配が周りに見えていない事に気づいてない事がわかりました。こいし様は自らの無意識をまるで――意識していなかったのです。さとり様はそのこいし様の変化を、ただの一過性の病気と言いました。ですが私にはとても恐ろしく感じました。だって、見えない事がわからない、それならば――どうやって窮地に助けを求めればいいのでしょうか? こいし様は夢遊病のように昼でも夜でも無意識で出歩く時間が長くなっているのです。このままではこいし様は自らの存在さえ消してしまうのでないかと、私は心配でたまらないのです。ああそれなのにさとり様がこんな事になってしまって私はどうしたら……」
 お燐はその場にその場に泣き崩れてしまった。
 霊夢は心を読む覚妖怪の業の深さを思い知った気がした。能力の代償に最も大事な部分を犠牲にしている。こいしの目を初めて見たとき霊夢は背筋に凍りつくような寒気が走ったのを思い出した。この子は何の目的もなしに他人を殺し、そしてその行為も無意識に包んでしまう。ただの人間を食料として喰らう妖怪の方が何千倍もましである。
 ただしこの事件に限っては、姉を殺す動機の明確さだけでは足りなかった。刃物で切断、そして密室――とそこに加えて死体消失のおまけである。ヤマメは犯人ではありえないとすると、この事件はまだまだ終わっていないのかもしれない。あんな目をしたこいしを野放しにしていいのだろうか。霊夢の心配の種は尽きなかった。
「……霊夢さん、まさかこいし様がさとり様を殺した犯人という事は……」
 お燐は何時の間にか立ち上がって言った。
「お燐、この事件は私が解決して見せるわ。任せておきなさい」
 霊夢はこいしが犯人でないとは言えなかった。
「お燐、一つ聞きたいのだけれど、さとりが並外れた再生能力の持ち主って事はない?」
「いいえ、こいし様により重症に陥った時も一週間程安静にしておられました。あのように切断されていてはとても……」
「ありがとうわかったわお燐。それからもっと元気出しなさいよあんた。いつまでもメソメソしていてもしかたないわ」
 霊夢は効果は無いとわかっていてもそう言うしかなかった。
 やはりさとりは絶対に死んでいたと思った。とするとあの血の少なさは引っかかる。あの場所で殺人が行われたのは間違いない。もしや死体移動のトリックだろうか? いや死体はそこにあったのだからそれはない。そしてあり得ないはずの死体消失――。霊夢は思考しようとすればするほどドツボに嵌っていくのであった


 霊夢はヤマメが拘留されている座敷牢までやって来た。色々と聞きたい事があったからだ。
 昨日パチュリーが言った外から糸を使って鍵を掛ける説には重大な欠陥があった。どんなに頑張ってもヤマメではあの結界から糸を操作するのは不可能だ。それならばと霊夢は昨日から現在までに別の手段を思い浮かべていた。
 密室の作成は外からではない。中から作ればいいのだ。死体や家具などに糸をくくりつけて機械的に掛け金を下ろせる仕組みを作り、ヤマメがさとりを殺して部屋を出た後、時間差で鍵をかける。しかしこの方法にも欠点がある。後から糸を回収しなければならないがヤマメにはそれは不可能だ。部屋に入っても何かが仕掛けられていた痕跡もなかった。やはりヤマメには無理だ。
 周囲全部を強力な結界で覆われている密室が霊夢を悩ませていた。この何でもござれの幻想郷で、結界一つだけで密室一つ作れない。超能力や遠隔操作といった外から鍵をかける手段はいっさい通じない。とすると――必然的に鍵は中からかけられた。しかし中には死体が一体。この事件は一筋縄ではいかない。霊夢は一から状況を思い返そうと思った。
 ヤマメは無駄に広い座敷牢でごろっと横になっていた。
 ぼろぼろと風化した壁には赤茶けた年輪を重ねたような染みが、また、毛虫を踏み潰して擦り付けたような黒味がかかった緑色の染み、雨水をたっぷり吸った紫陽花を綺麗に押し花にしたような紫、それらがまるで地層のように折り重なっていた。その毒々しい色は霊夢にたいしてかつてここで何が行われたか想像させるには十分だった。
「気分はどうかしらヤマメ?」
 ヤマメは最悪だとでも言いたげに無言で霊夢の方に向き直った。
「そんな目で睨まないでよ。あんたを犯人呼ばわりしたのはあの魔女なんだから。悪いけど真犯人が捕まるまではここにいてもらうしかないわね」
 ヤマメはガチガチと歯を鳴らし霊夢に喰いかかりそうな勢いだった。
「そんなに人間は信用できない? まあいいわ。今から答えられる質問にだけ返事をしてくれればいいわ」
「まずは……そうね、あんたは昨日さとりの部屋へ行ったの? どうかしら?」
「……私は行ってない。それだけは本当だ」
「わかったわ、では次の質問。あんたがさとりから建築資金を融通してもらったのは本当かしら?」
「それはもう昔の事だ。それに全額きっちり返済済みだ。間違いはない。」
「ふぅん、まぁ信じるしかないわねぇ。それじゃあ最後の質問よ。あのキスメの事教えてもらおうかしら。 
「キスメはこの事件には関係ない」
「そうかしら? あんなかわいい顔してても妖怪だもの、案外わからないものよ。桶に嵌った珍妙な妖怪なんてさとりの興味の的……」
「黙れ!! 地上の人間どもに何がわかる! 何が……私達は貴様らに……」
 ヤマメはそうどなって奥へと引っ込んでしまった」
「わ、悪かったわよ……じゃあ何かあったらまた来るわね」
 地底は地上から虐げられた者達が住まう場所だと聞く。ヤマメのように人間に対してひどく排他的な態度が、本来は自然なのかもしれない。
 キスメの情報は昨日と同じく聞きそびれてしまったようだ。あの桶は移動に不便な程度にしか霊夢には思えない。が、案外あの桶がもしかしたらこの密室を構築し得る特殊能力を保有しているのではないかと、霊夢は密かに邪推するのであった。とにかく一度キスメに会って話を聞かなければならなかった。


 霊夢は次に霊烏路空が管理する地霊殿地下に位置する焼却炉までやって来た。肌がヒリヒリと焦げ付きそうな圧迫感。主人の死体を燃やすべきだったこの場所で、地獄烏は一体何を思うのだろうか?
 空は霊夢に背中を向けて黙々と燃え盛る焼却炉に向かって何やら作業していた。この神の火は永遠に消える事はないのだろう。
「ここは熱くてたまらないわね。あんたは熱くないの?」
 霊夢は聞いた。
「ええ、これが私の仕事ですから」
 空は青白い炎の中心をぶれることなく見つめている。黒光りする羽を背にゆらゆらと陽炎がいくつも立ち昇っていた。
「お燐に聞いたからしら? 空、あんたの主人の死体が消えたって事?」
「はい、やっぱりさとり様は生きているんです。私、信じていました。私は馬鹿で、何でもすぐ忘れてしまうから、嫌な事も全部消えてしまうんです。忘れてしまえばそれは現実ではないんです」
 空は真顔で言った。
「でも……あんたの主人は首を切られて死んでいたのよ? どんな妖怪でも致命傷を受ければ死ぬわ。それについてはどう思うの?」
「さとり様は私を拾ってくださり、とても可愛がってくれたんです。さとり様に頭を撫でられるとぽーっとなって気持ちよくなるんです。だからさとり様は今でも生きているんです。きっとまた私の頭を撫でてくれるんです」
 空の目は光が無く巨大なガラクタ人形が話しているように見えた。
「そう……それで、あんたの主人を傷つけたのは誰か心当たりはないかしら?」
「うーん、私にはよくわかりません。周りのみんなはさとり様を必死で避けようとしますが、何故だかわかりません。だってあんなに美人で……優しくて……気持ちよくしてくれて……あぁさとり様、早く私を撫で回してくれないかなぁ……」
 空の目に欲望の火が宿って、頬の筋肉がだらりと緩み、口の端から涎が一筋落ちている。霊夢はさとりの求心力に改めてぞっとした。死してもなお心に深い根を張り、捕らえて逃がさない。神の力を宿した空でさえそれは例外ではない。地霊殿のペットは全てさとりの完全なる僕なのだろう。おそらくお燐も。


 霊夢は焼却炉から戻ってくると、頼んでいた永遠亭からの兎達が来ていた。さとりが死んでいた場所の血液の採取をしてもらったが、死体が消えたと聞いて、ふるふると耳と首を振って怖がった。ともあれこの検査が済めばあれは古明地さとりであったのか、それとも偽者なのかがわかる。まずは前提が決まらなければ推理は始まらない。検査結果は明日わかるそうなので、霊夢は各人に聞き込みを開始しようと思った。




 霊夢は地霊殿から旧都へと降り立った。根底に陰鬱な気が立ち込める地底の中で旧都のにぎわいは異質だった。古風の建物に妖怪達のざわめきの声が絶えない。今からでも祭りの太鼓と笛の音が聞こえてきそうだった。

 羅生門の鬼――

 旧都に高くそびえ立つ巨大な門の下に星熊勇儀はあぐらをかいて酒を飲んでいた。額には鬼の象徴である一角獣のような角、体操着のような服の上からでもわかる、筋骨隆々とした筋肉が鬼の力強さを物語っていた。
「おぅ紅白の巫女じゃないか! まぁ飲みなよ」
 勇儀は盃を高くあげて言った。
「悪いけど私にはそんな暇はないの。事件解決のために走しなければならない運命」
「あれ? さとりさんを殺したのはヤマメに決まったんじゃないのか? 私はあの魔女の言う事をすっかり信用してしまったよ」
「残念ながら魔女の言葉には必ず嘘が含まれているのよ。ヤマメはおそらく犯人ではないわ。それに困った事が起きたの、さとりの死体が消えてしまったのよ。ええ綺麗さっぱりね」
「何ぃこれだから地上の奴らは信用できないんだな。で……今なんと言った?」
「さとりの死体が消えたのよ」
 勇儀は口を数秒への字にした後、ぐびりと盃で酒を飲み干した。
「いや何、私の仲間の事を思い出しただけさ」
「何よあの酔っ払い鬼のこと? 残念ながら霧になってもあの結界は抜けられない、それにあの貧弱体格がまさか鬼の仲間なんて言うんじゃないでしょうね?」
「いやそういう事じゃない。でも消えたと言っても完全に無くなった――無になったって事はないさ。物事はそういう風に出来ている」
「何よあんた、鬼のくせに哲学的な事いうのね。それがこの事件になんの関係があるのよ」
「それを解決するのが巫女の仕事じゃないのか?」
「それはそうだけど……」
 勇儀の言葉は霊夢を混乱させた。さとりの死体が霧状の何かになってしまったと言うのだろうか。例え霧になったとしてもあの結界は抜けられないし、霊夢の目に映ってしまう。まさか結界をもすり抜ける極微粒の粒子になり、まんまと雲散霧消でもしたのだろうか。幽霊の存在が周知の事実になっている幻想郷では、そんな未知の物質、意識体に関しては考えが及ばなかった。幽霊ですら通さない結界をさとりはどうやって突破できたのか、霊夢には全くわからなかった。

 
 
 
 霊夢は地上への入り口へと向かっていた。勇儀に水橋パルスィの住処を教えてもらったが、訪ねる気はなかった。あの口うるさいパルスィの話を積極的に聞く耳を霊夢は持ち合わせてなかったからである。キスメの居場所は勇儀は知らなかった。ヤマメに聞かなければわからないと言われたが、今は地上へ抜ける道を優先した。何よりこの重苦しい地底の空気から開放されたかったのである。明るい日の光と清涼な空気があれば何か名案が浮かぶかもしれない
 長い長い縦穴を抜け、霊夢は久しぶりに地上へと躍り出た。小鳥のさえずる音があちこちから聞こえ、草木はゆるやかな風にざわめく。この開放感が地上なのだと霊夢は生命の喜びを感じた。
 あの地底のジメジメした行き場の無い閉塞間は、生き物を陰の世界に誘ってしまう。その誘惑は強烈で、地上の心地よさなど全て忘れさせて、深い深い暗鬱とした地底に適した肉体と脳細胞へと、変容を無理やり遂げさせてしまうのだろう。


 霊夢は命蓮寺へと真っ直ぐ向かっていた。村紗とぬえにも話を聞きたかった。
 ぬえの態度は何かよそよそしくて怪しかった。ぬえは村紗の恩人である聖白蓮の復活のために必要である、飛倉の破片をUFOに見せ掛け、騒ぎを大きくした過去がある。もしかしてこの事件でも悪戯好きが災いして何らかの形で関わってしまったのかもしれない。
 ぬえの正体不明の種は物の正体をわからなくする効果がある。簡単に言えば物の外見を何かに擬態させる能力と言っていいだろう。霊夢は仮説を立ててみる。もしぬえがさとりを殺した犯人だった場合、正体不明の種を使ってさとりの死体を――と考えて霊夢は頭をぶんぶん振った。その考えはありえない。何故なら死体がそのまま置いてあったからだ。死体を死体に擬態させる意味がない。死体を何か別のものに擬態させるのが自然な考えだろうそれにこれでは密室の製作には全く関係しないではないか。ぬえの能力にもわかりかねる部分もあり、霊夢は頭がこんがらがってしまったので、霊夢は思考を停止した。なおかつぬえにはさとりを殺す動機もない。


 霊夢はまとまらない頭の中で命蓮寺へとたどり着いた。
 命蓮寺は空を駆け巡った星輦船が姿を変えたものである。聖白蓮は年老いた自分を悩み悲しみ、禁忌の秘術を使い若々しい人間へと再誕させた。彼女の教義は人間と妖怪とか平等に扱われる事。妖怪に組した彼女は人間の怒りを買い、魔界へと封印された。白蓮をを慕う妖怪達は散り散りになり、村紗も地底の奥深くへと封印された。そしてこの度の異変により復活を遂げた白蓮はこの幻想郷に新たな基盤を築こうとしている。
 命蓮寺の門の前には小賢しいネズミの妖怪、ナズーリンがいた。毘沙門天の直属の部下らしく、ネズミのくせに知恵が回るらしい。持ち運びが不便そうなダウジングロッドを自慢げに抱えている。
「やぁ君は紅白の巫女じゃないか? ここに来るなんて何かあったのかい?」
「村紗とぬえに会いに来たのよ」
「ほぉ、何用かは知らんが彼女らは今いないよ。どうだい、中で待ってみたら。白蓮様も前々から会ってみたいと言われていたし」
「んーじゃあ待たせてもらうわ」
 霊夢はナズーリンに案内されて寺の敷地内を通った。金堂や伽藍が立ち並び、高価そうな石灯篭や置石が美観を計算され尽くしたように置いてある。博麗神社の寂しい外観との違いに霊夢は圧倒されてしまった。どこからこれだけのお布施と補助金が出ているだろうか。
「そういえば君は探偵業も始めたそうじゃないか。巫女も多角経営の時代なのかね?」
「誰がそんな事言ってるのよ?」
「新聞の号外に載っていたのさ。紅白の脳細胞が冴え渡る、博麗探偵対紅魔の魔女、世紀の推理勝負云々とね」
「ちっ文の奴。あんなゴシップだらけの新聞は信用に値しないわ。成り行きよ、全ては成り行き。私は巫女以上でもそれ以下でもないわ」
「へぇそうかい。でもこの難事件を解決したら巫女様の株も上がるんじゃないか? まぁ頭でっかちの人間の浅知恵をじっくり拝見させてもらうよ。ふふふっ」
 ナズーリンは嫌味たらしく笑って言った。どうしてこのネズミはいつも上から目線なのだろう。霊夢はむしゃくしゃしてたまらなかった。


 聖白蓮は散歩をしていたらしく、直ぐに出会えた。
「では私はこれで」
とナズーリン。
「博麗の巫女、博麗霊夢さんですね。出会えて嬉しいですわ。一度、ゆっくり話をしたいと思っていたのです。どうぞくつろいでいってください。ぬえや村紗もその内来るでしょう」
 白蓮は聖人のような、穢れを知らない少女のような笑顔で言った。 
 霊夢は寺の離れの母屋に通された。掃除が細かく行き届いていて、ここに住む者の気品を感じさせた。白蓮はたたずまいがとても美しかった。外見はやや大人びた女性で、その柔和な笑みから溢れ出る気品が、心の清らかさを醸し出していた。霊夢は白蓮の清楚な雰囲気に流されて固く畏まってしまった。
「この度はぬえと村紗が何かご厄介をおかけしたようで申し訳ありませんでした」
 白蓮は急須でお茶を注ぎながら言った。
「いえいえ、そんなことはありません」
「地底のパーティでしたよね、私も行きたかったのですが、法事が重なってしまって。で、その殺されたのは――そこの主人だったのですよね?」
「はい、そうなんですが……」
「妖怪とはかわいそうな存在ですね。地上でも虐げられ、住処を追われ――。平等とは難しいものです。各々がエゴを主張してばかりで、引く事をしない、そして勝った方が正義をこれみよがしに主張する。人間はいつの時代も変わらないものです」
「しかしあなたも人間ですよね?」
「ええそうですが、しかし私は一度死んだ存在。再びこの地に生を受け、魔法使いとして生まれ変わり、人間とは決別したつもりです。人間である限りは曇りがかった先入観により、本当の平等の実現はできません。私の立場はどちらに傾く事の無い中庸なのです。人も妖怪も自分を見失わないための、拠り所を求めているのです。私はそういう存在になれたらと思い、こうして、毘沙門天様は私の本尊であり……」
「ほう……なるほど」
 霊夢はこういう話は苦手であった。妖怪はただただ退治するだけである。それよりもぬえや村紗の話が聞きたかった。
「あの、村紗とぬえについて聞きたいのですが」
「ああ! 村紗とぬえですか。二人ともとてもかわいい子なのですよ。ふふっ」
 白蓮は目を輝かせて言った。孫の成長話を嬉しそうにする妙齢の女性のようだった。
「村紗は私と出合った時には幽霊船の船長でした。彼女は名のある船乗りでしたが若くして水難事故で亡くなり、不幸にも船幽霊として人を呪いながら浮かばれずにいました。人を溺れさせ同族へと引きずりこみ、終わりのない呪いの輪廻に喘ぎ苦しんでいるのです。私は村紗を救いたいと思いました。そして、彼女の沈んだ記憶から聖輦船を呼び起こし、呪われた海から開放しました。村紗は過去の忌わしい記憶などは全て捨て去り、今は私に付きしたがってくれています。人間も妖怪でもこのように本当の悪人はいないのです。意識体の本質が善であるか――悪であるか、その問いには私は自身を持って善と言えるのです。何故なら皆、救われるために生きているからです。救いを求めない者はこの世に存在しません……」
 白蓮の話は長く霊夢は退屈してしまった。難しい事を考えずに今日と明日の飯の事を考えている霊夢にとっては無味乾燥な外来語にしか聞こえなかったのである。
 村紗は以前には人間に害をなす存在だった。今は牙を収めこの世界に適応しているが、元々の本質はそうは簡単に変わらないだろう。さとりとは一度だけ会ったと言っていた。果たしてどこまで信用していいものなのだろうか。
「……で、私がお饅頭を口に入れようとしたら、おかしいのです。食感もぼそぼそしてて、味もほとんど感じないのです。それでも我慢してもぐもぐしていると、ぬえがこちらを見てニヤニヤしていました。何だろうと不思議に思っていると口の中がおかしいのです。そう、私が食べていたのはただの木の葉っぱだったのです。私はまんまとぬえに騙されてしまったのです。でも私は怒りません。ぬえは本当に悪い子ではないと知っているからです。ぬえは決して進んで他人を傷つけたりはできない質なのです。でもぬえの正体不明の――それが善なのか悪なのか私が救うべきなのか、それすらもわからない部分は恐ろしくもあります。…………ええ、私は尼僧の身で生涯子供は持ちませんでしたので、かわいい孫ができた気分なのです。ころころと猫のように動き、ほっぺをぷくっとふくらませて怒こる姿がとても可愛らしいのです。それで私があらあらうふふと……」
 白蓮の話はいつ終わるとも知れなかった。霊夢は適当に相槌を打って聞き流していた。村紗とぬえの事も一応聞けたのでそろそろお暇しようと思った。
「あらもうお帰りですか? 申し訳ありません。村紗とぬえは近くの川でよく遊んでいるのですよ。それでは機会があればまたお話しましょうね、博麗霊夢さん」
 霊夢は白蓮に丁寧な挨拶をして命蓮寺を後にした。

 
 こざっぱりした山林を縫うように流れの緩い川が流れていた。辺りは既に夕暮れで、烏がかぁかぁと稚児の番をしていた。霊夢は少し急いで川に沿って下っていった。
 村紗とぬえは筏を作っていた。丸太を鋸でぎこぎこと切断し、ロープでしっかり固める。村紗は船長だけあってその作業をよどみなく進めている。ぬえは特に手伝う事もなく村紗の仕事をぽかんと眺めていた。
 霊夢は二人に近づいた。赤い夕焼けに二人の長い影法師が地面を染め、本体はキラキラと輝いて見えた。短い黒髪が緩い風になびいて、同じ空間を共有している。霊夢にはそれが仲のよい姉妹同士に思えた。
「こんにちは船長さん。精がでるわね」
 霊夢は事件の事を聞く気にならなくなって言った。
「ああ霊夢さんこんにちは。もしかして私達を訪ねてくれたんですか? すいません、もしかして命蓮寺の方へ――?」
「ええもちろん。あの大僧正様にこっぴどく説教されてきたわ」
「うふふ、白蓮様はお話好きですから」
 村紗はそう言って人間のように笑った。
「ほら、ぬえもきちんと挨拶するんですよ」
 ぬえは体育座りからひょこっと立ち上がり、可愛げにちょんとお辞儀をした。くせっ毛の髪と独特な羽がフワリと揺れる。霊夢から向かって左の羽は赤い夕日と同調し、右の羽は透き通った青色で、ひっそりと映えていた。
「この筏は?」
「ええ、この川を下って湖まで渡航したいと思います。星輦船は命蓮寺になってしまったので。私は船乗りでしたので、水の上にいないとどうもしっくり来ないのです」
「なるほど、人間も妖怪も幽霊も根本的な事は何も変わらないものね」
 霊夢はしんみりして山に侵食される夕日をぼうっと見ていた。
「じゃあそろそろ私は帰るわ。何かあったらすぐ飛んで行くからね。いつでも呼びなさい」
「はい、ありがとうございます」
 霊夢は背中を向けて飛び立とうとする。
「あ……あの……」
「何?」
 村紗は霊夢を呼び止めた。
「いえ……何でもありません。さようなら霊夢さん」
 村紗は何か言いたそうにしていた。
 善と悪とは何であるか。本質が善であるならば何故人殺しは起こってしまったのか。万物の殺生全て許すのならそれは究極の思考である。人間らしさを絶対に捨てる事のできない霊夢にとっては、白蓮の説法は馬の耳に念仏であった。
 あちこちを飛び回りひどく疲れてしまった。霊夢は気の進まない生き地獄の入り口へと再び舞い戻った。今日の収穫はどうだったのだろうか。霊夢は時に場違いな、金脈の無い炭鉱を掘り続ける工夫のような、無意味とも取れる徒労に襲われるのだった。ナズーリンのにやけ顔が頭に点いては消えた。あのダウジングロッドを掻っ攫ってくればよかったと、一人後悔した。



 
 古明地こいしは無意識を意識せず猛スピードで上空を飛んでいた。第三の目を閉じた彼女は、覚妖怪の本性を封印した事になる。その結果生じた意識間の齟齬が彼女の無意識を助長させ、存在そのものの抹消へと近づけているのかもしれない。
「どこー? お姉ちゃん。待っててねー」
 こいしは当ても無く飛んでいるわけではない。姉の匂いをかすかにインスピレーションし、本能のままに正解へと導く。
「あはっ、お姉ちゃんみぃーつけたぁ」
 こいしは深い霧のかかる湖の湖畔へと降り立った。
「かくれんぼはもう終わりよ。早く出てこないとこわぁい赤鬼さんにつぶされちゃうの」
 こいしは目をぎょろぎょろさせて自らの気配は一切遮断し、視覚聴覚嗅覚を限界点まで活用する。数十メートル範囲での意識体は手に取るように詳細に察知できる。決して獲物を逃がす事の無い精鋭の暗殺者。こいしはべろりと舌なめずりをして、爪を研ぎあがらせて、たっと地を駆け抜けた。



 
 私は夜道の帰り支度を急いでいた。人里に近いとは言っても夜は妖怪の独壇場であり、人間は弱い存在である。小走りで駆け足気味に急いでいると、木陰でガサガサと何かが蠢く音が聞こえる。私の中の恐怖心が警報を鳴らしている。しかしこの時は好奇心が勝っていた。何故だか誘われるように私はその暗がりへと歩いてしまった。
 私は無警戒にそこへ、子供がプレゼントを開けるようにわくわくして近づいた。そしてそれを見た。生首だった。それも幼い少女の生首で、私を上目遣いで燃え上がるような熱い視線で見つめたのだった。私は見つめられておかしくなった。これは明らかに非現実であり妖の者に違いないとわかっていたが、体が自由に動かなかった。首から下は血が滴っている様子も微塵もない。ただ生首の少女との対面に私は、愛を誓いあった恋人が再び出会うような感銘を受けてしまったのである。
 たまらなくなって私は生首の少女を抱きかかえて、いそいそと自分の家へと転がりこんだ。よくよく見れば見るほど少女の生首は可愛らしかった。細く艶やかな髪がすべすべした頬にさっとかかり、くりくりとした目は吸い込まれそうなり、ずっと見つめていても飽きなかった。私はふと少女の薄い桜色の唇に魅入られてしまった。すると少女はそれを見透かしたように、にこりと少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべて、熟れたさくらんぼのように真っ赤な舌を口から突き出し、くるりと一回転させるのだった。
 私はそれを見て脳を舌で抉られるような心地がした。快感と恐怖が入り混じったとろ味のある甘酸っぱい脳内物質が私を恍惚とさせる。少女の美しい顔が目の前に広がる。私は少女の唇に魅了され恐怖の感情も消えうせ、甘い甘い口づけを受け入れてしまった。ドロリとした唾液は異性を狂わせる淫靡な媚薬となり、私の粘膜からたやすく浸透し、血液から脳細胞へと吸収されていくのだ。少女がいとおしくてたまらない。温い沼地の泥濘のように深く、逃がさないように私を取り込んでいく。
 小鳥がついばむような長い長い口づけ。
 少女の魔性の瞳が私を天国へと誘う。
 ごろりと少女の生首が私の下半身へと転がる。
 あっという間に私自身を咥えこまれた。私は声にならない嗚咽を漏らしながらされるがままになっていた。小さい口と細い喉の奥までがっちり咥えられ、ぎゅぎゅうと締め付けられる。唾液の海が私を溺れさせる。少女の献身的な愛撫が臨界点を超えさせる。圧倒的な粘膜の収縮に私はついに爆ぜた。
 潮が引くように快感が薄れていく。下半身を見やる、が、何も無かった。
 肩越しに少女がニコニコと笑っている。腕も無くなる。
 
 少女が大きな口を開け、宝石のような白い歯を覗かせて、首元へ――




 アリスは夜遅く、新しい人形のお裁縫をしていた。
「はぁーさすがに疲れたわね」
 腕のを伸ばしてガチガチになった肩を叩く。
 トントンとドアを叩く音。
「誰よこんな時間に」
 また律儀に二回叩く音。
「はいはい、今行きます」
 アリスは若干の不安を抱きながら勇気を持ってドアを開けた。
 そこには森のしんみりした静寂と暗闇だけが広がっていた。
「なによ、嫌がらせ? 誰もいないの? ちょっと――」
 アリスは周囲を確認するが誰かいる様子はない。
「まっ、まっ、まぁ寝ぼけた鳥が頭突きでもしたに、ちっ違いないわ」
 アリスは再び部屋へと戻った。
「はぁ……何だか気味が悪いしもう早く寝ようかしら」
 そう言って立ち上がった途端にアリスの膝ががくがくと震えた。何かが下半身をまさぐっているのだ。異様な感触にアリスは恐怖した。
 恐る恐るスカートの中を捲ってみる。
 そこでアリスが見たのはあり得ない者だった。幼子のように小さい手がアリスの大事な部分に、下着を掻き分け、刺さっているのだ。まるで細い腕がアリスの股間からにょっきと生えているように見えた。
「なっ……なによこれぇ……」
 アリスは涙目になりながら手を必死に引き剥がそうとする。
「あーーっ! ぁ……ぁぁぁああ!!」
 手を抜こうとするとものすごい勢いで手が振動する。ポタポタと液体が腿を濡らしていく。
「だっ誰か……助け……」
 しばらく悶えているとまたトントンとドアを叩く音が聞こえた。
「だっ誰よ! 今取り込み中なのに……あああ!!」
 アリスは股を押さえながらぴょんぴょんドアへと向かう。
 ドアを開けると見慣れた顔を確認した。魔理沙だった。目が座っていていつもと違う雰囲気だった。
「魔理沙? なんでこんな時間に?」
「ちょっと私の家来てくれアリス」
「え、ええ……」
 アリスは訳がわからなかったがとりあえずついて行った。相変わらずアリスの股間に刺さった手はぐるぐる動き、アリスは歩行に不自由しながら魔理沙の後を追った。
「これを見てくれアリス」
 魔理沙はアリスを部屋の中入れあるものを指差した。綺麗な足がふわふわ浮いていた。足の付け根から引きちぎったような生足が中空に浮いていたのだ。
「これを魔法の森で見つけたんだ。そして私は何故だか恐怖もなくこの足を拾ってきてしまった。……私はおかしくなってしまったんだ……。この足を見てると……」
 魔理沙はそう言うと足の側に跪いて抱きつき、ふくらはぎに頬擦りをし始めた。
「アリス助けてくれ……このままだと私はこいつの……ああ……すべすべしてて……。駄目だ……アリス、この足を触っていると、心が落ち着いて気持ちが満たされてしまうんだ……もう逃げられない……」
 アリスは泣きながら足にしがみついている魔理沙をお揃いだと思った。
「魔理沙、安心しなさい。私も仲間よ!」
 アリスはスカートの端をつまみ仲間である証を見せ付けた。 
 




 霊夢は地霊殿で二日目の夜を明かした。気分が悪く余りやる気が起きない。このままでは拉致があかない。密室と死体消失とさっぱり打開のきっかけがつかめない。眠い目をこすりながらさぁ今日はどこから攻めようかと思案した。
 午前中に永遠亭から検査結果が届いた。血液は古明地さとりの血液であると結論づけられた。やはりあそこで死んでいたのはさとりに違いない。あの脳裏に焼きついたリアルな表情は絶対死んだ時の表情だった。あれが作り物とは考えられない。
 もう一度初心に戻って考えてみる。霊夢は紙とペンを用意して簡単な図面を書いた。結界に包まれた部屋、そして大広間からの通路、引き出しの鍵、数々の妖怪達。
「外からは――駄目ね」
 ペンで部屋の周りをぐるぐるに囲む。
「そして結界をはずす鍵は部屋の中か……」
 鍵の位置に赤丸をつける。
「やっぱり中から……中でさとりを殺して……私なら……うーん……」
「私なら邪魔をするものすべてなぎ倒して逃げるかしら……」
 霊夢は一人でぶつぶつとつぶやいた。
「ふふ、逃げるだなんて、私らしくないわね。殺すだけの大義名分があれば英雄じゃない」 
「それは置いといて……犯人は何故密室を作ったのかしら」
 霊夢の思考は全く定まらない。気が付くと紙が黒い渦でぐちゃぐちゃになっていた。
「あーあ、駄目よ駄目だわ。これには別に次元が必要だわ、そう紫みたいな――」
 紫が犯人ならどんなに楽なのにと霊夢は今更ながらに思うのだった。
 霊夢が広間のテーブルに突っ伏してぐったりしていると、射命丸文がばさばさと玄関から入ってきた。息を切らしてあわてている様だ。
「霊夢さん大変です! 魔理沙さんとアリスさんが殺されました! 二人ともさとりさんと同じようにバラバラだったんですよ!」
「……な……んで……すって……」


 二人は魔理沙の家の中で折り重なるようにして殺されていた。さとりと同様に四肢と首を分けられていたが、切断ではなく強力な力で引きちぎられたとの事だった。 
 魔理沙の家ではもう死体が片付けられていた。おびただしい血の染みが二人の死の凄惨さを物語っていた。何故魔理沙とアリスが殺されたのだろう。二人は地底と関わる機会はほぼなかったではないか。霊夢は急な展開に頭がついていかなかった。




 射命丸と共に再び地霊殿へ戻る。霊夢の心は重く沈んでいた。
「いやいやあの二人が殺されるとは! 私もびっくりです。でも何故さとりさんと同じ殺し方だったんでしょうか? ああそうそう、実は人里でも別に一人殺されていたんですよ。それも魔理沙さんと同じ殺され方だったのです。何か関係があるんでしょうかねぇ?」
 文の言葉もほとんど耳に入らない。霊夢は死人のように憔悴してしまった。
 立て付けの悪い玄関がガタガタと開き、水橋パルスィが広間に現れた。
「あら今日は天狗の記者さんと巫女探偵さん今日は。ヤマメはまだ吐いていないんでしょう? 私が手伝って上げようと思って来たのよ。ありがたく思いなさい――って、何でそんなに暗いの?」
「あやあや、先日はどうもどうも、水橋パルスィさん。実はですね……」
 文は以前の諍いを忘れたかのように二人の死を話した。
「……ふふふっ……そう、さとりさんがいなくなって……人間を……あはははっ!」
「どうしたんですか? パルスィさん?」
 パルスィは不気味に笑っている。
「さとりさんは生きていたのよ、それで地上の奴らをみんな殺そうとしているのよ。やっぱり犯人は愚かな地上の奴らだったのよ! そうだわ、こんなに優秀な私達が狭苦しい地底にいる必要はないわ。今こそ復讐の時なのよ!」
「い、いえ、しかしさとりさんがもしバラバラにされて生きていたとしても、あの結界からは抜け出せないのですよ……」
 文はパルスィに圧倒されながら言った。
「くっくくく、結界で出れない? うーん……はっ……そっかぁやっぱり私達の指導者さとりさんはさすがだわぁ……。さとりさんは妖怪の垣根を超えてしまったのよ。ちゃちな結界なんてものともしない……そう、神様以上の存在になってね! ああ……楽しみだわぁ……地上の人間と妖怪を皆殺しにして、心の清らかな私達が地上を統治するのね……ああ素敵だわ素敵だわ……。木漏れ日が香る公園で私が赤ん坊を抱いて……私の幸せを皆が羨んで……。……どうわぁっ!!」
 甘美な妄想に耽るパルスィの思考を霊夢の鉄拳が打ち砕いた。パルスィの後ろの壁を霊夢が殴り、轟音と共にぽっかりと穴が開いてしまった。
「神様が……? 地上が……? それ以上戯言を言うとあんたの頭がこうなるわよ。今すぐ私の視界から消えなさい!!」
「な、な、な、なっ、何よぉ……何なのよぉぉ……あ、あんたなんかちっとも怖く……ちょ……やめ……来ないで……。う、うぅぅう、うわぁっぁぁぁっぁあああーーーーーっ!!!」 
 パルスィは顔を涙でくしゃくしゃにして脱兎のように玄関から出て行った。
「あややや……まさか地上侵攻なんて事は起こりませんよね? それにしてもおっかない人ですね。くわばらくわばら……」


「はーーっ……」
 霊夢は壁を殴って少し落ちついた。そうだ落ち込んでいる場合ではない。魔理沙の死に報いるためにも早くこの事件を解決しなければならないのだ。
 それにしても刃物と無理やりちぎったのとの違いはあれど、両方とも体をバラバラにされて殺されている。どちらも果たして同一犯人であるかという疑問が残る。もしや見せかけ、カムフラージュのためのバラバラ殺人なのだろうか? 地底の誰かがさとりが生きていると見せかけるために。このままではさっきのパルスィのような危険思想の持ち主が現れかねない。さとりはあの部屋から絶対に出れない。これだけは確かだ。
 とすると、やはり誰かが殺し方を真似て――。しかし何故魔理沙とアリスが選ばれたのだろう。二人は地底との関係はごく薄い。
「ただいまーー! お燐、おりーーん。いないのー?」
 霊夢が考えあぐねていると、別世界から瞬間移動したかのように古明地こいしが広間の中に登場した。服や靴がひどく汚れている。野山を一昼夜駆け巡ったような格好だった。一体どこを散歩していたというのだろうか。
「お帰りなさいませこいし様。まぁこんなになって……すぐにお着替えを用意しますので」
 奥からお燐が出てきてこいしを連れていった。お燐は心なしか容姿がしょぼくれて、やつれているように見えた。
 お燐がお茶を淹れてくれた。こいしは新しい服に着替えて、お茶を飲みに呼ばれてきた空と嬉しそうに話をしている。
「あのね、あのね、お空、お姉ちゃんは絶対近くにいたのよ。でも私がここだーって言って、探してもね、全然いないのよ。お姉ちゃん、もしかして、私と同じようにいないいないになっちゃったのかなぁ?」
「こいし様、やっぱりさとり様は生きていたんですね。私嬉しいです。さとり様が死ぬはずありませんから、ずっと信じていました」
「うふふ、お空はお姉ちゃんが大好きだもんね。そうだ! お空も一緒に探そうよ。二人で一緒に探せばすぐ見つかるわ!」
「ええそうですね、こいし様。ああ早くさとり様に会いたいです!」
 霊夢と文は隣のテーブルで無邪気に盛り上がっているこいしと空の話を聞いていた。
「あやや、二人共子供のように無邪気ですねぇ。何だか私も不思議と、さとりさんが生きているような気がしてきます」
 霊夢はさとりが生きているはずはない、なんて無駄な期待をと考えながら二人の話を右から左へ聞いていた。神ですら通せない結界をただの妖怪が通れるはずがない。霊夢はこの可能性を一笑に付した。 
「そういえば霊夢さん、あの時撮った写真が出来上がったんです。見てみますか?」
 文は十数枚の写真をパラパラとテーブルの上に並べる。気色悪いパルスィのアップ、霊夢とパチュリーの対峙、その他の妖怪達。チラリと見ただけで、霊夢の気にかけるような写真は無かった。
「ふーん……どうにもこうにも写真ぐらいじゃねぇ……」
「そうですか。でも見てくださいこの探偵対決の写真。新聞に使わせて頂きました。よく撮れてるでしょう? ほらこのアングルからだと霊夢はさんはとても凶悪そうに……いえ、頼もしく見えて……」
「ねぇねーっ、天狗さん、それ写真でしょう? そのカメラで私も撮れる?」
 自分の写真の評論をしていた文にこいしが尋ねる。
「えーと、こいし嬢、これは仕事用ですので……」
「えーっ、撮ってぇ、ねぇ撮ってぇー、ねぇーーーっ!」
「あやや……あの本当に、申し訳ないのですが……」
 こいしは必死に食い下がるが文は同意しようとしない。文は助け舟を求めるようにチラチラと隣を見たが、霊夢は面倒がって助けようとしなかった。

「撮  っ  て」

 こいしが悪魔のような顔をして、地獄の亡霊のような声で凄みを利かせたので、文は従うしか道は無くなった。
「こいし様いいなぁ。羨ましい、私も撮ってもらいたいなー」
「すいません射命丸さん。フィルム代はお渡ししますので……」
 お燐が申し訳なさそうに言った。
「ああ、いえいえ、私もちょうど誰かを撮りたいと思っていたところなのです。ああ幸せだなぁ! こんな可愛らしいご令嬢を撮れるだなんて! あはははは……」 
 こいしはカメラに向かってパチッとウインクしたり、腰をくねっとさせたりして、自分の魅力を最大限に発揮できるポーズをとっていた。
「あやーいいですねぇ。もっとこっち見てください。そうそう、上目遣いで……。ああこいし嬢、舌をちょっと出して指を唇にですね……いやー最高です。はーい、次は笑ってみましょうか……」
 文は嫌がっていた割には随分乗り気のようである。
 写真撮影を終えたこいしはぴょんと椅子に飛び乗り、満足げに腰を下ろした。
「天狗さんありがとう! ねぇこれで私の写真集出せるかな?」
「ええもちろん! ベストセラー間違いなしですよ」
 文がこいしに絡まれている間に霊夢は考えを巡らせていた。そういえばパチュリーの事を忘れていたのだ。死体を見たときパチュリーは何か感づいたのではないだろうか。やはりあの死体についてはっきりさせなければこの事件は解決しない。そもそも死体が消えなければこんなに苦労はしなかったはずだ。死体を妖怪だらけの場所でわざわざ刃物で切断、そして六つに分解、これにはさとりへの強い恨み以上の必然性があるのではないかと霊夢は思った。しかしそのための情報が足りなすぎる。霊夢はとにかくパチュリーのいる紅魔館へ行こうと立ち上がった。
「あや? 霊夢さんお出かけですか?」
「ええちょっと紅魔館へ」
「そうですか。お忙しいですねぇ。頑張ってください」
 文は他人事のように言った。




  
 大きな黒い何者かの影がパチュリーに圧し掛かっていた。
「やめなさい……私は神に仕える存在です……やめな……」
「へっへっへ、そうは言っても実は感じてるんじゃないか? 聖女さんよぉ?」
 パチュリーは大きな影に後ろから胸を揉まれ、腎部を抱えられてせつない喘ぎ声を出していた。何とか抵抗しようとするが、パチュリーの力では何者かを押し返すのは到底無理な事だった。
 肉体を弄ばれながら服を脱がされ、一糸まとわぬ裸体を晒される。
「あ、あなたみたいな悪魔なんかに私が篭絡される事などありません。いずれ神の天罰下るでしょう。だからおやめなさい……ああっ……」
「ほう、そうか、では本当かどうか試してみよう。くくく……」
 悪魔の長く男性器をかたどったような淫靡な尻尾の先が、パチュリーの秘裂めがけて侵入していく。パチュリーはベッドのシーツをぎゅっと掴み、歯を食いしばってこれに耐えている。
「おや? 聖女さんのくせにこんなにスルリと簡単に入っていくじゃあないか。本当は慣れているんじゃないの?」
「なっ……私を誑かす悪魔の誘惑には聞く耳を持ちません! 早くお消えなさい!」
「ふん、そんな強がりを言ってられるのも今のうちだぜ」
「あんんっう、あんん!」
 悪魔の執拗な責めがパチュリーの精神を犯していく。ついにはとろんとした目つきで自ら股を開き、パチュリーは悪魔を受け入れてしまったのである。
「はーっ、はぁーっ、悪魔様……私をどうか孕ませてください……」
「おいおい、神様はどうしたんだよ? 俺を罰してくれるんじゃなかったのかよ?」
「いえ……悪いのは私です……どうか悪魔様のそれで穢れた私を罰してください……あっああああんん!!」
 悪魔の淫猥なシンボルがパチュリーの奥へと滑り込んでいく。
「おっとこいつはとんだ淫乱猫だ。自分から咥えこんでいきやがる。お望み道理たっぷり注いで孕ませてやるよ!」
「はい……うれしいです。ひぃぃぃぃっ!!」
 強烈な快感と共にパチュリーの頭は真っ白になるのだった。


「ふぅ……やはり堕ちていく聖女シチュプレイはいいわね……」
 パチュリーは不安だった。あの時一緒にいた魔理沙とアリスが殺されたからだ。その不安を紛らわすために小悪魔と仲良く乳繰り合っていたのである。

 ――まさかあれがそうだとすると、私は危険要素を逃がしたことになる

 パチュリーは卑小な見得のために友人を亡くしてしまった事を後悔した。今度は自分の番であろうかと思った。しかしこの紅魔館の防御体制は完璧のはずだった。誰も自分を殺す事はできないと信じきっていた。

 ――ここに引きこもっていれば安全よ。みすみす殺されてたまるもんですか。そう、すぐに対策を立ててこっちから……

 ドアがふいにぎいっと嫌な音をたてて開いた。

「小悪魔? どうしたの?」
 それは小悪魔では無かった。パチュリーの想像の限界を超えた物体がそこにはいた。ギリシャ彫刻のような女性の胴体部分と右手右足がそれぞれ分かれていて、その三つがダンスを踊るように宙に浮いているのである。切断面は荒くちぎられていて、ポタポタとまるで今切ったかのように血が滴り落ちていた。剥き出しの筋肉と神経が生々しく細胞の死滅を感じさせていた。
 パチュリーはこの世のものではありえない景色に驚愕し、動悸が早くなるのを感じた。急にゴホゴホと咳が出て止まらない。肺と横隔膜がぎゅっと収縮を繰り返す。もう目の前にそれは迫っていた。

 ――私はあなたを見逃してあげたじゃない。お願い、助けて、助け―― 


 
 

 霊夢が紅魔館に到着した時には既にパチュリーはこと切れていた。魔理沙達と同じように体を六つに解体されて死んでいた。パチュリーの華奢な手足は動かない人形ようにただただ沈黙した胴体の上にのせられていた。顔は息が苦しくて死んだのか、必死で酸素を求めるような苦悶の表情だった。
 小悪魔は隣の部屋で後頭部を強打されて気絶していた。賊の姿は見なかったと言った。
「うううあああーーー!! どうして、どうしてなの、パチェ、パチェ……」
 子供のように泣きじゃくるレミリアを咲夜はなだめようとしている。レミリアはもう二度と生命活動を始めることは無い友人の名を、喉から血を吐くような声でずっと叫んでいた。
 霊夢は紅魔館の警備を突破し、パチュリーを死に至らしめた存在に恐怖した。まるで誰にも気づかれる事のなく、誰にも意識される事もなく――。ふと古明地こいしの顔が頭に浮かんだ。だが彼女はさっきまで地霊殿にいたしパチュリーを殺す理由も全く無い。こいしはさとりを探すと言っていた。自分の後を追って地上へ出たとしても紅魔館へはまず行かないだろう。 
 パチュリーの部屋をぐるりと見回す。書斎机の棚に目立つ一冊の本を霊夢は手に取った。日記だった。躊躇なく開きページをめくる。ちょうど二週間前の日記の内容に目が留まった。
 「美鈴も不審な人影は見ていないと言っているのです。私もパチュリー様を殺した不埒者の姿は確認できませんた。館の妖精達も誰一人として侵入者は見てないと。ああ……どうして……。お嬢様はとても悲しがっています……。霊夢さん……どうか……どうか……」
 咲夜は肩をがっくり落として言った。





 霊夢は何度目のかの地底への潜入を試みていた。もう潜るのには飽き飽きしていたがしかたなかった。しかし霊夢には犯人を捕まえる義務があった。何か堤防を崩す蟻穴が、突破口が欲しかった。魔理沙、アリス、パチュリーが殺されたのは必然的だった。一歩も先が見えない暗闇。霊夢は光が欲しくてがむしゃらに飛んだ。
 霊夢は当ても無く飛んでいた。何かを見つけた。桶が飛んでいた。そういえば霊夢はキスメに会ってないのを思い出した。極端な恥ずかしがりやで彼女で普段は身を潜めているのだろう。霊夢は高速で飛ぶキスメを追って、ぐっとスピードを上げた。
「ちょっとー、待ちなさいよー」
 この呼びかけは逆効果だった。欲求不満が溜まった巫女の顔を見たキスメはびっくりして脅威から逃げようとした。
 キスメの桶はまるでジェットエンジンを積んでいるようにぐんぐん加速する。桶と巫女の奇妙な追跡戦が地底の洞穴でスタートした。
「ちっ、何で逃げるのかしら。私何もしていないじゃないの」
 キスメのスピードは思いのほか速かった。しかたなく霊夢は弾幕を使う事にした。前方を突き進むキスメ目掛けてお札を発射する。キスメは直撃を受け、ぐらっとバランスを崩して。先の急カーブを曲がりきれずに壁に激突し、桶から投げ出されて地面に這いつくばった。
「ちょっとちょっと大丈夫?」
 あわてて近寄る。そして霊夢は思わず目を覆ってしまった。キスメの膝から下が無いのだ。霊夢はどうしようもない罪の意識に襲われて自分の愚かさを呪った。キスメは必死に這って桶に戻ろうとしている。早く助けなければと思って近寄った。
 しかし霊夢はある事に気づいた。キスメの下半身から血が全く出ておらず綺麗な白い着物のままだった。
「もしかしてあんた……」
 そうキスメは元から膝下が存在していなかった。それ故に常時桶に入ってひょこひょこと移動しているのだった。
 霊夢はこの事実に何かを感じ取った。霊夢の頭の中でパズルのピースを合わせるように論理が構築されていく。
「そうか……という事は……でも……何故?」
 犯人の目星はついた、しかしまだ証拠が足りない。
 霊夢は思考を明後日の方に向けながらキスメを桶の中へと戻した。幸い激突の衝撃を桶が全部吸収してくれたようで、キスメ自体に怪我という怪我は無かった。
「あ……の……ごめん……な……さい」
 キスメは下を向いてたどたどしく話す。
「いいのよ、誰だって巫女に追いかけられたら逃げるわ」
「ヤマ……メ……ちゃん……は」
「ああそういえばあんたの友達が捕まっていたわね。でももう安心よ真犯人はこの博麗霊夢が捕まえて見せるわ」
 キスメはきょとんとして何もわからないといった顔をした。
 

 旧都の大通り――星熊勇儀はまたいつものように盃を手に取り、霊夢に声をかけた。
「おお紅白の巫女よ久しぶり。それで捜査の方はどうだい。旧都はさとりが蘇った話で持ちきりさ。妖怪達が色めきだって何かが起こりそうなんだ」
「全てはさとりの亡霊がやった事よ。私は今からそれを退治する方法を見つけるの」
「はぁ? 何言ってるんだい。さとりは本当にゾンビにでもなってしまったのか?」
「もうすぐわかるわ、もうすぐ……」
「あれもう行っちまったい。せっかちだねぇ巫女は」 
 勇儀は紅白の衣装が豆粒のように消えてなくなるまでずっと見続けていた。


 霊夢は地霊殿に急ぎ足で戻った。後一押しで全てが解決する。ここまで来て引き下がれはしない。広間をぐるぐると回りまわった。テーブルの上に置いてある写真が目に入った。文が置いていったものだろう。写真を見つけて霊夢の心は踊り狂った。霊夢は写真を一枚一枚見た。もしかしたらこれに手がかりが写ってるかもしれないと淡い期待をかけて。慎重に目を皿のようにしてじっくり写真を凝視する。
 霊夢はそして一枚の写真に目をつけた。
「これは……まさか……そんな事って」
 事実がどうであれ霊夢は自分の推理が正しかったと確信した。
「後は網に掛けるだけね。首を洗って待ってなさい」

 


 地霊殿の深夜――お燐は台所で自分自身を慰めていた。ほぼ半裸で長い舌をべろりとして、満足する事なく必死で愛撫していた。
「さとり様……さとり様……ううぅ、やっぱり私はもう駄目です。さとり様にしてもらわないと……寂しい……」
 お燐はさとりに心酔し過ぎていた。さとりがいなくなってから日が経つに連れて、お燐の精神は崩壊の一途を辿っていた。心の呪縛は大きく、依存は深部にまで及ぶ。中毒症状が顕著に現れ、持続的な焦燥感と脱力感がお燐を蝕んでいく。
「さとり様は……こうやって私の耳を撫でて……そして……」
 主人の手つきを思い出しながら妄想に耽る。だがどうしても満たされない。
「あああぁぁぁ……恋しいです……さとり様の指がぁ……さとり様の目が……口が……足が……全部……」
 お燐は化け猫のような顔をして吼えた。ふいに主人の美しくもある甘美な死に様が頭をよぎった。
「さとり様は……バラバラになって消えて……そうだ……」
 お燐はさとりが死んだ事を受け入れようとしたが駄目だった。無理やりにでもさとりの存在を知らしめ、満足感を得る必要があった。
 台所から切れ味鋭い出刃包丁を見つけ出した。
「あひ……はぁ……これで……」
 お燐の猫の目の闇の中で光り、刃部分をじっと見つめた。
 お燐は包丁を持って手首に押し当てる。
「あは、あはははははは、なぁんだ簡単な事じゃない。ひっ、ひっ、私もバラバラになればさとり様と一緒の世界へ行けるんだ……ひひひっ、ひいいいいいいっ!!」
 お燐の手に力が篭る。ひんやりとした金属の感触が肌に伝わる。ぶちっと皮膚が潰れる音。
「さとり様ぁ!! さとり様ぁーーっ!!! あああああああ――――」




 頭がくらくらする。手はまだついている。
「何夜中に大声出してるのよ。うるさくて眠れないじゃない」
 霊夢がすんでのところでお燐の手から包丁をはじきとばしていた。
「ははぁ……あんたもさとりの亡霊に惑わされた者の一人なのね」
 お燐は涙を流して霊夢を見上げる。
「準備は既に整ったわ、お燐、あんたは解放されるべきよ」






暖かい日ざしが差し込む午前中。冷たいものが飲みたくて居間に入る。

 ばらりと投げ出された新聞。

 見出しに大きく一面に書かれた記事に目を通す。



 古明地さとり奇跡的な復活 神を超えた存在 幻想郷の賢者も全面降伏


 ×月十四日、地霊殿の自室で殺害されていた古明地さとりが奇跡的な復活を遂げた。当初密室殺人だと思われていたこの事件は、後の古明地さとりの会見により地底妖怪、さらに地霊殿の面々を全て巻き込んだ大イベントだった。密室で殺され更に絶対不可能と思わ死体消失という大奇跡を演出し、新たなる神を超えた存在を印象づけるためだと発表したのである。
 自ら死体をバラバラにし、強力な結界をもすり抜ける驚異的な再生能力と防御透過性能、そしていともたやすく人の心を支配せしめる圧倒的なカリスマ性。地上勢力は地底と剣を交わす事もなくすぐさま白旗を揚げた。地上側は全面的に要求を飲む方針であり、今後の展開の予想が……



 この新聞は何を書いているのだろう。

 あいつが生きて復活した? 

 馬鹿な、だってあいつは私が殺したんだ。

 首を突き刺してねじ切って、腕をちぎって足をちぎって――
 目玉をほじくって頭蓋骨を割り脳漿を吸いだしてつぶして切り取った手足も殴って殴って何度も殴って肉も齧って胴体から内臓引きずりだして突いて焼いてはらわたも念入りにつぶしてあああああああ――

 許さない、絶対に許さない。

 私を辱めた奴は皆殺しだ。


 もう一度、もう一度殺さなければ。

 だってあいつは心を読むんだ。

 生かしてはおけない。
 




 洞穴を抜け地霊殿へと入る。

 大丈夫誰もいない。

 あいつはどこだろう? そうだあの部屋に違いない。

 ――いた。

 忘れもしないあの後ろ姿。

 私の正体を暴いたにっくき存在。

 迷う事もなく一文字に突き刺す。

 だが――手ごたえが無い。

 何故か体が痺れて動かない。

「年貢の納め時ね亡霊さん」

 聞き覚えのある声が聞こえて、私ははっとそちらを向いた。





 ここは地霊殿のさとりの寝室。あの忌わしい密室殺人が起こった場所だった。
「ねぇ霊夢? この妖怪が本当にそうなの? ここまで来て間違いでしたじゃ済まないわよ」
 八雲紫が不安そうに言った。
「これにはきっちりとした証拠があるわ。古明地さとり、及び霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジを殺害した犯人――」
 部屋の中にこの事件の関係者達がぞろぞろ入ってくる。部屋のベッドには古明地さとり模した人形が置かれている。その周囲には霊夢が設置した妖怪捕縛用の結界が敷かれていた。並みの妖怪ならば一寸動く事すら間々ならない強力な結界だ。
 霊夢はそのベットの上の人物を指差して宣言する。
「この事件の犯人は――封獣ぬえ。さぁ顔をあげなさい」


 ざわざわと部屋の中が話し声で満たされる。
「どっどうしてこの方がさとり様を……」
 お燐が驚愕した表情で言った。
「ああっ、ぬえ、ぬえ、私がもっとしっかりしていればこんな事には……」
 村紗水蜜が床に膝をついてむせび泣いている。
「船長さんには後で話を聞かせてもらうわ。ではまずぬえが犯人であるという結論に至った私の推理を始めていきましょう」
 ぬえの表情は憎しみに染まっていた。今まで見ていたような可愛らしい少女のそれではなかった。目をぎらつかせて、口は耳まで裂けるかのように引きつり、息を荒々しく吐いて霊夢を見つめていた。
「な……んで? ここに……」
 ぬえが素朴な疑問を口にした。
「ああそうそう、あんたが見た新聞は偽物よ。文に頼んで作ってもらったわ。古明地さとりが生きているとなったら必ず犯人はまた殺しに来る。こんなの、ちょっと考えれば偽の記事とすぐわかりそうなものだけど――まんまと引っかかってくれて助かったわ。これも並外れたさとりの神通力と人望のおかげかしら。死んどいて何だけどさとりには感謝しなくちゃね」
 射命丸文がカメラを構えてひょいっと前に出た。
「でも霊夢さん、私には訳がわかりません。ぬえさんはアリバイもあったしさとりさんを殺す動機もない。何よりあの密室はどうしたら作れるのでしょうか?」
「それを今から解明するのよ文。いいから今から言う事をよく聞いて厳重に書き留めておきなさい」
 霊夢は部屋の中央をコツコツと足音を立てながら重々しく口を開いた。
「この事件は最初から不可解な事だらけだったわ。まず第一にさとりの殺害方法。鋭利な刃物で全身を切断されて死んでいた。妖怪だらけの地霊殿で何故刃物を使ったのか? 人を殺すのに刃物が必要な人間に罪を着せるため? いいえ違うわ、あのパーティーに来ていた人間はごく少数――しかも地底とは縁がごく薄い人物のみ」
 しんと静まり返った部屋の中で霊夢が続けて言う。
「もしくは非力な人間で無いならば、誰か蟷螂のように鋭い刃を持つ妖怪――しかしあのパーティではそんな妖怪はいなかった。ほとんど自前の爪や牙、もしくは怪力で殺傷できる妖怪ばかり。古明地さとりの華奢な体なら、心を読まれさえしなければ一瞬で仕留める事が可能な者達ばかり。つまり切断に刃物を使った事は他人に罪をなすりつける理由としては不自然な事になる。しかも凶器の処理に困るしいい事ないわ」
「ねぇねぇ、そんな刃物一つどうでもいいんじゃないの? 妖怪だってたまには刃物使って殺したくなるわよ」
 パルスィがいつもの妬ましそうな顔で言った。
「それはそうかもしれないわね。でもこの事実と組み合わせると不思議な事が浮かび上がるのよ。さとりが殺されたベットに流れた血の量が明らかに少なかった事。これが何を意味をするか誰かわかるかしら?」
「ん? どういう事だ? 死体はそこにあったんだろ? すぐに止血でもしたのかい?」
 星熊勇儀が首をひねって答える。
「不自然な殺され方――そして少なかった血の量、この二つから導き出される事実、それはあの死体が偽物だったって事よ」
「なんだってい! そりゃ本当かい。あれ? でもお前さんは死体を間近で見たんだろう? いくらなんでも専門家のお前さんが見間違うわけないだろう」
「ええ、でも私はまんまと騙されてしまったのよね。妖怪が死ぬ時の表情、まさに生き写しだったわ。そして関係者の中で唯一さとりの偽の死体を作る事ができるのは、正体不明の操る能力を持つ封獣ぬえしかいないのよ」
ぬえは下を向いて黙って聞いている。
「ぬえがさとりを殺したと考えれば推理は簡単に進むわ。だってぬえの擬態能力はトリックにはうってつけだもの。あの死体があそこまで精巧だったのも、ぬえ自身がさとりを殺したから、まるで生き写しのようにコピーできたと考えれば説明がつくわ。ぬえはおそらく突発的にさとりを殺してしまった。そして死体のコピーを刃物で切断されたように見せかけた。とても焦っていたんでしょうね。刃物で殺す妖怪はいない、それなのにそうしてしまった。この結果不自然な状況が生まれてしまったのよ」
「なるほどなるほど、しかしぬえさんにはアリバイがあるんじゃないんでしたっけ? それに密室も死体消失の謎も全くわかりません。それにもしさとりさんの死体が偽物だったとしたら、ベッドの上でバラバラになっていた物は本当は何だったんでしょう? あや? とするとさとりさんの本当の死体は一体どこへ消えたんでしょうね? まさか部屋の中に二つ死体を置いておくわけにはいかないし、外へ持ち出してどこかへ隠したんでしょうか。ああぬえさんは正体不明の種を使えますから……はて? ますますわかりませんね。死体を隠したいのか見せびらかしたいのか……うーん……」
 文が早口でもごもごと言った。
「確かに意味不明で正体不明ね。でもそれが鵺って妖怪の本質なのよ。そしてそこに真実はある。実はこの事件はとても簡単な事件だった。でもいつくかの偶然が重なって痛ましい犠牲者が出てしまったの。奇妙で手がかりがつかめない。もしかしてさとりが生きていて密室を作り、絶対抜け出せない結界から煙のように消えてしまったかもしれない。私も神の力を超えた超存在の可能性を一瞬でも信じかけてしまったわ。でもそんな事はありえない。だって目の前に皆を惑わしたさとりの亡霊が居るんですもの」
 霊夢はそう言ってぬえの方へつかつかと歩み寄り、ぬえの赤い羽を三本むんずとつかみとり、力任せにひっぱった。
「痛、痛いっ、やめて」
「亡霊よ……亡霊よ……」
 霊夢は痛がるぬえも構わず無理やり羽をもぎとろうとしている。


 紫と文はその様子を呆然と見ていたがやがて文が口を開いた。
「あやや? 霊夢さんは何をしているんでしょうか?」
「まさか……霊夢は……」
「なんですか紫さん?」
「あの目を見てごらんなさい。もはや人間の目じゃないわ。霊夢は推理に詰まって強行手段に出た可能性が高い。ぬえを拷問して無理やり吐かせる気よ。霊夢はせっぱつまると何をするかわからないもの。今まで力に頼ってきたのが仇になったのね。かわいそうに……あのままでは三本全部いってしまうわね。わ、私は知らないわよ、霊夢が勝手にやったんだからね! ……ほらのんびり見てないで誰か止めなさいよ!」
「紫さんそんな無責任な……あの凶暴な霊夢さんを止められる人はあなたしかいませんよ。さぁさぁお行きなさい紫さん。亡骸は私が責任を持って処理しますので」
 紫がいやよいやよと文と揉み合っている間に霊夢の拷問は更に勢いを増していった。
「あーこの妖怪風情がぁ! ネタは上がってんのよ! さっさと吐きなさいよぉ、ほら、ほら、ほらぁ!!」
「ああぁぁぁ……誰が……あぁぁぁ……」
 霊夢は羽を力強く握り締める。ぬえは口から涎を垂らして必死にこの仕打ちに耐えていた。
「みっ、みんなこの人間は狂ってしまったのよ。探偵とか偽って妖怪をいじめたいだけなんだわ! 推理で犯人が見つかったなんて嘘だったんだわ。ねぇ勇儀、早く止めてあげて!!」
 パルスィが泣きそうな声で言う。
「落ち着けパルスィ。ここはあの人間の出方を見ようじゃないか。私は人間を信頼している。なぁにどっしり構えてればいいのさ」
 勇儀は落ち着いた感じで言った。
「で、でも……」
「あぁ霊夢さんやめてください、お願いします! 私が、私が悪いんです。ぬえがこうなってしまったのは、私が、私が――」
 村紗が霊夢の前に土下座して必死に謝っている。
「あはっ、うふふふふ、そう……あなたも犯人だったの……じゃ退治しなきゃね……」
 そう言って霊夢が巫女棒を村紗に向かって打ち下ろそうとした。その瞬間ぬえに異変が起こった。
 びちびちぃと気持ち悪い音がしてぬえの赤い羽が三本胴体から千切れてしまったのだ。いや正確には――分離してしまったと言うべきか。赤かった羽はぬえから脱落すると同時に、それぞれの羽は蛭のような胴体を有して、頭が猫、猿、鶏と、なんとも奇妙な生物へと変貌を遂げてしまった。どちらも怪我をした様子はない、本当にただくっついていただけだった。
「ふぅ、結構しぶとかったわね。悪く思わないでね。こうでもしないとこいつは正体を現さないと思ったから。これがさとりの亡霊の正体よ。密室を構築し、死体消失を可能にした、正体不明のトリック。この事件の犯人は封獣ぬえでしかありえないわ!」
「で、でも何故霊夢さんはこれに気づいたんですか? 羽が生き物に変化するだなんて……」
 文が霊夢聞く。
「それはそこのキスメのおかげで気づいたのよ。キスメは膝から下が欠損している。この事実に私はピーンときたわ。いい、この密室の作成は外部からじゃ絶対無理なの。パチュリーも言ったけど下手な小細工も通用しない。機械的なトリックもどうしても証拠が残ってしまう。とすると――中から掛けるしか方法はない。そして中には死体が一人ぼっちでいるだけ。つまり死体が一人で歩いて鍵を掛けたのでは無いとすれば死体が偽物であるとしか考えられない。そしてこの事件には丁度コピーの達人がいる」
 霊夢はぬえをチラリと見て続けた。
「密室の構築には意思のある生物が部屋の中にいなければならない。もしぬえ自身が死体に変化して密室を作ったとしたら、ぬえはずっと部屋の中にいなければならない。でもぬえはその後もみんなが部屋に一同に集まった時も居たわよね。だから私のぬえが犯人であるという考察は終わってしまったんだけど、もしぬえが分離して死体をコピーしなおかつ意思ある生物を使役できるとしたら――密室の作成は容易になるわ。それに気づかせてくれたのがキスメってわけ」
「なるほどー。つまりこの羽が変化した生物が中から鍵を掛けて、密室を作ったってわけですね」
 文がペンを細かく走らせながら言った。
「ええ、でもまだ半信半疑だったわ。それが確信に変わったのがこの写真なの」
「へぇ、何ですかそれ」
 霊夢はぬえが写っている写真を文の前に見せた。
「んー何がわかるんでしょうか? 一目見た限りは何も不思議な点はない気がします」
「文、羽の色をよく見てみるといいわ」
「ふーむ羽の色ですかどれどれ……あーっ、もしかしてこれは……写真のぬえさんの青い方の羽は少し濁っているのに対して、今目の前に方では綺麗な混じり気のない青ですねぇ」
「やっと気づいたわね。私は地上に出てぬえと会った時と、この写真の羽の色は違う事に気づいたの。何故そうなったのかしら? 密室を作るためには羽を部屋の中に入れておかなければならない。その代償としてぬえの羽は空の状態になってしまうわね。だから何か代わりの物を代用しなければならない。……そしてその代用物がぬえの羽の色に影響してしまったと私は考えたのよ」
「ああなるほど! 羽をちぎったら羽無しになってしまいますもんねぇ。死体は六つに分かれていたので全部で六枚の羽が必要だったのですか。そうすると羽の代用品ってのが問題になりますね。何が使われていたんでしょうか?」
「ここがこの事件の重要なポイントよ。何故死体が六つに解体されていたか。それを考えればおのずと代用品の正体がわかるわ」
「えっ、何ですかわかりません。どういう事ですか霊夢さん?」
「ぬえは六つの羽をさとり死体をコピーしてベッドの上に乗せた。とすると本当のさとりの死体はどこへいったのかしら?」
「ええと部屋の中の何かに擬態して――」
「それなら最初から本物の死体をベッドの上に置いておけばいいじゃない。何をやってるからわからないわ。私は――この事実を知った時正体不明の妖怪の恐ろしさに心底震えたわ。ええ、まるで意図がつかめない漆黒の恐怖をね」
「なんなのよ、もったいぶってないでさっさと言ってよ探偵さん」
 パルスィが言った。
「何が?? コピー? 擬態?」
 空は全くわかっていないようだった。
「あ……もしかして、ぬえさんは……」
 お燐が目を見開いて言った。」
「お燐はわかったようね。そのまさかよ。ぬえはさとりの六つに解体された死体を羽の代用品として、背中に背負っていた。もちろん正体不明の種を使ってね。あのさとりの小柄な体格が幸いしたのね。元々小さい体を切り分ければ更に小さくなる。大胆な隠し場所過ぎて誰も気に留める者はいなかった。それでも写真はこの事実をきちんと捉えていた――何故青い羽に赤い色がにじんでいたのか、それは正体不明本人に聞かないとわからないわ。ぬえは危険を犯してまでもさとりの死体を外へ出したかった。殺す以上の何かをしたかったのだと私は予想したのよ」
「でっ……でも、私にはわかりません。殺したらすぐ逃げればいいじゃないですか。大体――部屋に置かれた死体をじっくり見られたらすぐにばれてしまうじゃないですか。おかしいですよ、自分から捕まる証拠を残してるようなものでしょう」
「だからこの事件は正体不明なのよ文。まるで犯人の意図が見えない。まるで自分から捕まりたいみたいにね。第一に私がもっと注意深くさとりの死体を見ていればこの事件はすぐ終わっていたわ。血が滴っているように見えたのも、正体不明の種のしわざでしょうね。実際にはそこに死体は無かったのだから、見た目だけだったのよ。これがベッドのシーツに血が少なかった理由。切断されてからすぐに移動されてしまったのだから」


 部屋の中はしんとしずまりかえっていた。それもそのはず、この人畜無害そうな妖怪の少女がこうして、さとりを殺した犯人として読み上げられているからだ。それも切り分けられた死体を背中に背負っていたという事実も、計り知れない残虐性の紛れもない象徴だったのである。あの霊夢が尋問していた最中、ずっと誰にも看破される事なくさとりの死体を背負っていたのだから。
「そういえば……死体消失の方は……」
「死体が消えたのはかなり単純ね。ぬえの羽は死体から何か室内の置物か何かに姿を変えて朝まで待った。後は私が驚いて結界を解いた隙に外へ出ればいいわ。虫でも鳥にでも擬態すれば簡単に逃げられるでしょう」
「なっ、なるほど……トリックも種がわかれば簡単なんですね……」
 ぬえはこの間一言もしゃべる事なくずっと下を見ていた。
「で――」
 霊夢が村紗の方に体を向けた。
「村紗、あなたが知っている事を全てしゃべって欲しいわ。ぬえのアリバイはあんたが偽証したとしか考えられないからね」
「あ……はい……、私は嘘をつきました……すいません。あっ、あの時はまさかぬえが殺人を犯してるなどとは夢にも……ああ……。本当のところは、私はぬえがパーティ中急に席を立ってどこかへ行くのを見ました。それから二十分ぐらいたってぬえは戻ってきました。八時三十分ぐらいだったと思います。ぬえは明らかに――いつもとは違っていました。目はうつろで酷く混乱しているようでした。私はお腹の調子でも悪くなったのかと思って何も聞かずにいました。それが、ああ、あんな結果に――。そして……九時過ぎでしょうかぬえの羽の色がおかしくなったのを見ました。私はいつもよく見ているのでわかるのです。綺麗な青色の羽が血を滲ませたようににじんでいくのを。ああ白蓮様お許しください……私はぬえの異変に気づいていながら、何もできなかった愚か者です。ああ白蓮様……ぬえ、ぬえ、ごめんなさいごめんなさい……」
 村紗は最後には蚊の無く様な声でぬえを呼んで泣き崩れた。
「これでぬえのアリバイは完璧に崩れたわね。そして密室を作れる可能性があるのはぬえただ一人。これが地霊殿で起こった密室殺人の全てよ」


「そして、魔理沙、アリス、パチュリーを殺したのもぬえの可能性が高い。ここにあるパチュリーの日記を読んでみればよくわかるわ。ちょっと問題の部分を読んでみましょうか」
 霊夢は一冊の本のページぺらぺらめくってある部分で止めた。
「――古明地さとりが面白い物を見せてくれると言ったので、私は魔理沙とアリスを誘って地霊殿へと赴いた。途中で魔理沙が道を歩いている人間を撥ねてしまった。私はしょうがないと思いながら、その人間に治癒魔法をかけつつ、地霊殿へと向かった。どうしても早く見たかったのだ。……薄暗い舞台の上で私は全裸の少女が現れたのを見たのよ。私は初め、さとりの考えがわからなかった。少女を拷問するくらいなら私は見飽きていたからだ。それでも、さとりが楽しいのはこれからよと言うので私は我慢して、少女がさとりに陵辱されていくのをぼけっと見ていたのよ。――さとりが責め始めて十分程かしら? 唐突にそれは起こったの。ええ、それは見ごたえがあったわね。あんな可愛い少女がね……。こんな地底までわざわざ飛んで来たかいがあったわ。私の研究材料にも使えそうね……」 

「おそらくこの日記の内容に関する部分が、おそらく四人の殺人の動機になったのでしょうね。日記の中の裸の少女ってのは羽をもがれたぬえの事に違いないわ。自分を辱められた恨みでさとりを殺し、魔理沙達も殺してしまった。どうぬえ? そろそろ本当の事を話してもらうわよ」
 ぬえはぷるぷると震えているようだった。憎しみに満ちた目で霊夢を見つめている。
「あ、ああ……四人を殺したのは私だ……」
 ぬえは観念したのかがっくりと頭を下げた。
「そう…で、魔理沙とアリスを殺したの夜だったからいいとして、パチュリーはどうやって殺したの? 紅魔館の警備は屈指の手厚さよ」
「妖精メイドに化けて潜入すれば簡単だった……誰も私の姿を見破る者はいなかった」
「ふーんわかったわ……」
「ふぅ……驚きましたね。本当にぬえさんがさとりさんや魔理沙さん達を殺したなんて……」
 文が言った。
「さてと……ぬえ、そろそろ言い訳でも聞きましょうか。どんな仕打ちを受けたとしても殺しは重罪。今の内に詫びておけば閻魔様の印象も少しは良くなるわよ」
 ぬえは鳴いていた。鳥でも虫でも動物でも魚でもない、この世に生きる全てを細分化し、掛け合わせたような声。それは正体不明にふさわしい、不協和音と理解不能の音波――鵺の鳴き声だった。
「あ、あいつと出会ったのは私が村紗に会いに行ったときだった。ほんの偶然で……一度きり、たった一度きりだったんだ。それがそれが……。あいつは私を一目見るなり私の全てを理解したんだ。恐ろしかった、正体不明の私が全てをさらけ出してしまうのは。あいつの目を見ると逆らえなくなった。あいつはねっとりとした声でこう言ったんだ。大丈夫、私とあなただけの秘密よと。私は段々あいつに支配されていくのがわかった。正体を知られ、弄ばれ、私が私である事を証明できなくなってしまう。それがたまらなく怖かった……」

「そして……ある時あいつは私の正体を他人にも見せようと提案してきたんだ。私は耐えられなかった。初めは三人だけという約束だった。あいつは半ば強引に私を手篭めにしていた。逆らおうにももはや手が出なかった。あの三人の魔女と……一人の人間が私の正体を見た。私は陵辱に耐えながらあいつらの顔をしっかり目に焼き付けた。絶対……絶対……、皆殺し……皆殺し……」

「しばらくしてあいつはまた私を呼んでこう言った。あなたの全て見せてみましょうと。私は驚愕した。そんな事をすれば私という存在が消滅してしまうからだ。私は断固反対した。あいつは甘いささやきで私を懐柔しようとしてきた。あいつは面白がっているのだ。私の正体が知れたら何が起こるのか……、あいつは最初からそれが目的で……あああ……」

「ついにその日が来てしまった。あのパーティの日……あいつは私を皆の見世物にする気だったんだ。私はあいつの部屋へ行きやめようといった。あいつは全く意に介さなかった。何度たのんでも駄目だった。やがて私の中の正体不明が爆発した。気がつくとあいつはバラバラになっていた。殺してしまった殺してしまったと罪悪感に捕らわれてしまった。――そして私の中の正体不明がこう言ったんだ。こいつも私と同じ目にあわせてやれ、とね。私はその声に迷いもなく従った。何も考える必要はなかった」

「自分の羽に正体不明の種を使い、さとりの死体としてベッドの上に放置した。なぜ傷口を刃物で切ったように擬態したかはよく覚えていない。私はとても焦っていたから……そして本物の死体を自分の背に羽の代わりとして取り付けた。血がまだ垂れていたが正体不明の種を強力に使って覆う事ができた。恐る恐る部屋を出て大急ぎでパーティ会場へ戻った……心臓が破裂しそうにバクバクと言っていた。とにかく落ち着く時間が欲しいと思った。時間稼ぎのために私は部屋の内部から自分の羽を動かし鍵をかけた。密室なんてのは全く頭になかった。ただ、ほんの少し、後少しでいいから落ち着きたかったんだ……」

「村紗が心配してくれたが私は何も答える事はできなかった。……少し時間がたって私は冷静になった。そして正体不明の声の意図を理解した。あいつの醜い死体は私の能力のおかげで、薄皮一枚隔ててばれないでいる。私と同じく醜い醜い正体が知られていない。私は嬉しく嬉しくて笑い転がりたかった。そう……もうばれてもよかったんだ。あんな部屋に残した死体のコピーなんてすぐにばれてしまう。そしたらこの背に乗せた死体もばれて……ひっひっ……そうだ……あの時ばらしてくれた方がよかったんだ……私もそれを望んでいて……」
 ぬえの顔が不気味に歪み、相変わらず正体不明の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
「私自身は羽の色が変わっているなんて気づかなかった。あいつの正体を、ばらしたい、ばらしたい、その思いが正体不明の種を赤くにじませたのかもしれない……。あの魔女が死体を見に行くと言って、私はこれで終わりだと思った。と同時にあいつの正体がばれて……ひっ……たまらなくてたまらなくて……今か今かと待ち構えていたんだ。正体は暴かれるもの……自分でばらしては意味が無い……だから私は巫女の質問には普通に答えたつもりだった。村紗が私を何故かかばってくれたもの嬉しくもあり残念だった……そしてとうとうあの魔女が犯人がわかったと言った。私は天にも昇る思いで……ぁぁ……でもあの魔女は私を選ばなかった。とまどう私にまた正体不明の声がささやいたんだ。これは運命だお前の正体不明を見た者を殺せと。……部屋に残った羽は翌朝回収して私の元へと戻らせた。三人の魔女と人間を殺すのは簡単だった……ひっひっ……ああこれで私の正体を知る者はもういないんだ……」
「……さとりの死体は何処へ?」
「あいつは……地上の湖へ沈めた……」
「そう……紫、聞いての通りよ。後はあんたに任せるわ。あーあ、本当に疲れたわ……」
「え、えーとえと、とにかくこの子は確保しとくとするわ……」
 紫がぬえに近づこうとすると、空間のひずみから沸いて出たかのように、古明地こいしが姿を現した。こいしはこの部屋には最初からいなかった。長く研がれた爪をギラリとむき出しにして、既に攻撃態勢を整えていた。
「わぁお散歩から帰って来たらついてるわ。この人お姉ちゃんを殺したんでしょう? 私にはわかるわ。だってお姉ちゃんの匂いがしみついているんだもの! 私の大好きなお姉ちゃん。許せない! 私より先に殺すなんて! 許せない! 許せない!!」 
 誰も止める暇は無かった。こいしの爪がぬえの首を串刺しにしていた。そのままぬえはがぼがぼと真っ赤な血を吐いて、首から頭が千切れてしまった――いやそうではなかった。ぬえは六つの生物に分かれて蠢いていた。右手右足左手左足胴体頭――それぞれが牛、羊、山羊、虎、蛇と動物の頭部だけを有する奇妙な生物へと状態変化してしまったのだ。その中でもぬえの少女の顔部分は驚異的に正体不明だった。この世の霊長を全てごちゃ混ぜにしたような、奇妙でこれを一言で表現するのが不可能な――正体不明の存在がそこにはいた。
 こいしはすぐに周りの妖怪によって押さえ込まれた。ぬえは悲しげな声でずっと鳴いていた。


 ぬえの処遇は八雲紫の手に委ねられた。
 こうして密室殺人から始まった奇怪なバラバラ事件は、博麗の巫女の叡智により幕を閉じた。後日紅魔館近くの湖から、麻袋に入れられた古明地さとりの死体が揚げられた。見る間でもなく肉も骨も無残に粉砕され、判別のしようが無いほどだった。





「おーいパルスィもう時間だぞ。火葬の時間に遅れちまうよ」
「ま、待ってよ勇儀。髪型がいまいち決まらないのよ」
 水橋パルスィは古明地さとりの火葬に出席するために、中々決まらない支度を急いでいた。
「はーっ、はー、お待たせ勇儀……」
「ほら急げ急げ、さとりの最後を見逃すようじゃ目覚めが悪いしな」
 会場は地底の妖怪であふれかえっていた。地底のどこにこれほどの人数がいたのかと思う程だった。さとりの悪口を言う者、泣き叫ぶ者様々だった。
「うひー、まさかこんなに大勢来るとはね。さとりさん嫌われてたんじゃなかったのね……」
「嫌われる、憎まれるってのはある意味人望がある証拠なんだよパルスィ。その人の事をなんとは無しに気にかけている。本当の嫌いは無関心なのさ」
「ふーん……そんなものなのかしら……」
 式はほとんど終わって残りは火葬を残すのみだった。さとりの死体が入った棺箱をヤマメと空が運んでいる。
「さて、最後にさとりの死に顔でも見ておこうか」
 勇儀が棺箱をそっと開け、中を盗み見、またそっと閉じた。
「パルスィは? 見ないのか? お前も随分お世話になっただろうに」
「私はいいわよ。それに顔なんて存在しないくらい酷かったんでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
 ヤマメと空が棺箱に釘をトントンと打ち込んでいる。パルスィはお燐と妹のこいしの姿が見えないのに気づいた。年中失踪癖のこいしはともかく、さとりの忠実なペットだったお燐がいないのは不思議に思った。
「ねぇヤマメ、空、お燐さんはいないの?」
「あれ? さっきまでいたはずなんだけどなぁ……」
「お、お燐は……うーん、忘れた」
 燃え盛る焼却炉へと棺箱が運ばれていく。さようならさとりさん。あなたとの数々の妬ましい思い出は永遠に忘れないわとパルスィは、燃えていく棺箱を見ながら思うのだった。地底の火葬は骨をも残さない。さとりは肉体も魂を浄化され次の輪廻へと果たして到達できたのだろうか。
 パルスィはふとかすかな猫の鳴き声を聞いた。
「ん? 勇儀何か聞こえない?」
「何かって何が?」
「……やっぱり気のせいだったわ。ああさとりさんもついに土に還ってしまったわね……。ねぇ勇儀? 私が死んだらさとりさんのようにみんなも悲しんでくれるかしら?」
「何言ってんだいお前さん。妬み妖怪は嫉妬で簡単に死ねるわけないだろう。煮ても焼いても埋めても復活してきそうだよ。あっはっははははは……」
「まっ……失礼ね。その思考が妬ましい……」
 パルスィは遠い昔に人間を捨てた過去を思い出していた。あの妬ましさは私をどこまで縛り付けるのだろう。覚妖怪の宿命から開放されたさとりをパルスィは少し羨ましく思うのであった。轟々と燃え広がる炎が血も骨も肉も無に変えてしまう。パルスィはその一点を飽きる事無く凝視し続けていた。


 お燐は古明地さとりの絶対的支配を受けていた。故にさとりの死はお燐自身の死に相違無かったのである。火車は自らを地獄の業火で焼き、その身を無に返した。
 霊烏路空は山の神からの恩もあり、地上に出でて守矢の二柱に仕える結果となった。神の火は空の心からさとりの呪縛を消滅気化させ、完全に滅し尽くした。さとりの数々のペットも野生に還ったり、各々の本能に任せて行動し地底の深く暗い奥底へと消えていった。
 あの事件より古明地こいしを見た者はいない。彼女の無意識が暴走し、もはや誰にも意識できない超越的な存在まで昇華したのだろうか。もしくは存在そのものを抹消してしまったのか、それを知る者は誰もいない。
 長らく地底の支配を思うがままにしていた地霊殿の歴史はここで幕を閉じた。地底の妖怪達は相変わらず光の届かない陰鬱な地底で時を過ごすのである。まだ見ぬ地上の光を求めて。





 ――夕暮れ時の博麗神社。霊夢はいつものように縁側で沈む夕日を見ながら油を売っていた。
「夕刊ですよー」
 射命丸文が羽をはためかせて霊夢の前に降り立った。
「夕刊もとってないわよ。あんた何しに来たの?」
「まぁまぁこれはサービスです。せっかくあの事件の特集を組んだのですから。ほら見てください。霊夢さんの緻密な推理が目白押しです」
 霊夢はぼりぼりと頭をかく。
「私は何もしてないわよ。ぬえがあそこで正体を現すなんて賭けだったし。むしろ、私の馬鹿さ加減に呆れるわ。あんな擬態一つ見抜けないなんて。そのせいで痛ましい犠牲が出てしまった。魔理沙が死んだのは私のせいよ」
「あやや、そんなに自分責めずに……なんたって霊夢さんのおかげで事件は解決したんですから。もっと胸を張っていいんですよ。ああそういえば、一つ私不思議に思った事がありまして……。パチュリーさんは何故ヤマメさんを犯人としたんでしょうか? 知識人の彼女ならぬえさんの擬態をすぐ見抜けたと思うのですが……」
「他人の心なんて誰にもわからないわ。それもあの図書館に篭りきりの捻くれた魔女の考えなんてね。頼まれてもわかりたくないわね」
「……そうですか」
 そう、霊夢はこの事件は先の見えない正体不明が引き起こしたのだと思った。他人の心奥底まで見通す正体を見破る力、絶対に正体を現さない正体不明の魔物――この二者が出会えばどうなるかは明白だった。
 霊夢は魔理沙が来ない現実を受け入れて、はーっと長いため息をついた。
 夕闇を見つめながら耳を澄ましてみる。
 ――鵺のよく通るあの鳴き声が聞こえたような気がした。
スポンサーサイト



copyright © 2006 小箱の小話 all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.