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小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
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古明地さとりは悪堕ちに憧れる

「お燐、こっち来なさい」
 それが第一声であった。
「何ですかさとり様?」
 お燐はおっかなびっくりそう答えた。
 長年の付き合いから、主人の言葉の調子だけで何を考えているかわかるのである。今の声は右肩上がりであった。しかもほどよくほぐれてクリーミーで柔らかい、それでいて危険な裏のありそうな深い含みがあった。
 ――何かまたよからぬことを考えているな。
 お燐がそう思うのは無理もなかった。
「あのねお燐」
「はい」
 次の言葉をじっと待った。主人の言葉は絶対である。
「悪堕ちって素敵よねぇ」
「はぁ」
 悪堕ちとは一体。どうせまた変な漫画にでも影響されたのではと、お燐は考えた。
「何きょとんとしてるのよ。悪堕ちよ悪堕ち。堕落しちゃうの。正義の味方が敵の手に捕まってね、色々されて寝返っちゃうのよ。ね? 素敵だと思わない?」
「はぁ」
 お燐はまた気のない返事をした。どうせさとりは心が読めるから、適当に答えても大差ないという考え方だ。
「お燐、あなた心が揺れないのね。そんなんじゃつまらないわよ。私みたいな波乱万丈の人生と比べると、ちっぽけ過ぎるわよ。もっと心にロマンと希望を持ちなさいよ」
「はぁ、しかし……」
 お燐は口ごもった。この妖怪猫の行動指針は惰性にある。流されるまま車輪のようにぐるぐる回転する。その方が楽なのだ。そしてどんな因果か、心が読める妖怪、古明地さとりのペットとして生きている。
 彼女はあまり退屈などは感じない。極めて鈍感な性格だ。我がままな主人の遊びに惰性で付き合っている。
「つまり裏切りってことですか? なんだかぞっとしませんね」
「むふふ。そこがいいんですよお燐。信頼していた仲間が敵方に身も心も捧げて従う――ああなんて背徳的なの。おお、あなたはどうして……」
 と言ってさとりは大げさに、身振り手振りを交えて説明した。
「よくわかりませんが、裏切られたら最悪ですね」
「最悪ですけど楽しいでしょう?」
「いえ」
「楽しいでしょう?」
「いえ」
「……楽しいわよね?」
「いいえ」
 この問答は十回ほど繰り返されたが、お燐の方が根負けして楽しいですと言わされた。実に地底を統べる古明地さとりの力は絶大である。
「ははーん。お燐は本当に困ったちゃんですね。実例を交えればもっとよくわかりますよ」
「最初からそうしてくださいよ」
 お燐はがくっと肩を下げた。
「まぁこれは例えですから……本気にしないで頂戴ね。あくまでも例えです」
 そう言ってさとりは腕を組んだ。
 そして偉そうにして目をつぶり、口の端を嫌味なくらい吊り上げて続けた。
「まず私が絶世の美女と仮定します」
「ありえない仮定ですね」
「ありえますよ」
「いえいえ。だってさとり様チビだし白くて気持ち悪いし眉も変な形だし目つきは悪いしのっぺり顔だしいつもにやにやして口元が歪んでいるし、おまけにいっつも寝癖つけてるじゃないですか」
「お燐!」
 つい調子に乗っていたら一喝された。しまったとお燐は思った。いくら本当のこととはいえ、言っていいことと悪いことがある。これでは従者失格だ。
「寝癖じゃありませんよ。これは私のクルクルキューティクル巻き髪ボリュームヘアーですよ。断じて寝癖じゃありません。密かに可愛らしさを演出するできる女の魅力ですよ」
「巻き髪はわかったんですけど、他は否定しないんですか?」
「私慣れてますから。それに小さい子が好きな人もいますし色白が好きな人もこの目つきが好きな人も素敵な笑顔を好む方もいます。自分は短所に思えても、他人にはチャームポイントに映る場合もあります。わかったかしら?」
「はぁ……まぁ……」
 そう言われてみると、はいそうですかと言う他ない。
 さとりは大きく咳払いをした。
「話を戻しましょう。その絶世の美女がですね、敵の悪い奴らに囲まれてしまいます」
「大変ですね」
「ええ」
「口では言えない酷いことされるんじゃないんですか?」
「普通でしたらね」
「はぁ」
 どうも要領を得ないので、お燐は主人の次の言葉を待った。
「そこで私が……今は絶世の美女ですよ? こう……しなを作って……しおらしそうに目を潤ませて腰をくねっとさせてですね……」
「襲われるんですか?」
「最後まで聞きなさいよお燐」
「はい」
「ごほん、そして私が……流し目をチラッと送りますとね、殿方達が色めきだって愛欲の奴隷になって、私の言いなりになってしまうのです」
 と言って、さとりはお燐にじっとりした目つきを送った。
「やめてくださいよさとり様。そのいやらしい目つきはやめてください。それに何かすっぽ抜けましたよ。どうして見つめただけで悪い奴らが言いなりなんですか?」
「いえ、だから絶世の美女なのですよ」
「じゃあなおさらですよ」
「あなたって物分りが悪いのね。お燐」
「きっとさとり様に似たんですよ」
「まぁこの子ったら」
 もう馬鹿にされている気がしたので、お燐は無視してどこかへ行こうと思った。が、その心理さえも読まれていると思うとむずがゆい。
「いい? 美女にじっと見つめられたら男の方はおかしくなるんですよ」
「変な本の読みすぎですよそれ」
「あなたってロマンがないわね」
「ロマンとこれとは別ですよ」
 さとりは一度ため息をつき、細い腕を誇らしげに組んだ。
「よーく考えてみなさいよ? 屈強な男達が私の色香に惑わされて戦うのよ? それを私はうふふと笑いながら眺めているだけでいいの。あーん素晴らしいわ。やめて、私を奪い合うのはやめて! 私のために……争うなんて……そんな……いやんいやん! きゃ――――」
 甲高い声が地霊殿を貫通した。外まで聞こえて不審に思われないか心配だ。
「ああ……何となくわかる気もしますが……」
「でしょう?」
「鼻高々になっても困ります。もしそんなことしても復讐されたら怖いですよ? 何人もの恨みをかったらさとり様なんて、袋叩きのぼっこぼこになる姿が目に見えます――くふっ!」
 お燐は不覚にも主人が涙と鼻水を流して、必死で土下座している様子を想像してしまった。これには耐えられず吹き出してしまう。
「もうお燐。あなたの心読めすぎですわよ。少しは自重しなさい」
「いえ……くくく……。私、さとり様の泣き顔が……」
「お燐。あなたって見かけによらずアレね」
「さとり様ほどじゃありませんよ」
「そうありがとう」
「褒めてませんよ」
「えっ?」
 と、奇妙な会話をした後、二人はまたとりとめのない会話に戻った。
「ええですからね。復讐なんてされないんですよお燐」
「何故ですか?」
「私が美女だから――男を完全に支配できる力を持っているからです」
「へぇーすごいですね」
「そうでしょうそうでしょう」
 さとりはうんうんと頷いた。
「わかった? これが悪堕ちというか洗脳支配。敵を寝返らせたり操ったりして支配する行為。背徳感満載で素晴らしいでしょう?」
「いえ、あんまりぞっとしませんね」
「もう駄目な子ね」
「はぁ」
 お燐はそろそろ仕事に戻ろうかと思った。主人のせいで随分と道草を食ったからだ。
「ちょっと待ちなさいよ。まだ話は終わってないわよ」
「都合のいい時だけ心を読まないでください」
「読んでないわよ。足がうずうずしてるからそれでわかったの」
「同じですよ」
「同じじゃないわよ」
 後ろを振り返った。無駄話には付き合っていられない。
「行かせないわよお燐」
「先回りですか、卑怯ですね」
「私は卑怯ですから。目的のためなら手段を選びません」
「認めるんですねさとり様」
「ええ」
 覚妖怪からは逃げられない。お燐はやれやれと息をついた。
「結局何が言いたいんですかさとり様?」
 お燐は結論を促した。
「よくぞ聞いてくれました――」
 さとりは両手を広げた。
「私は地上に悪堕ちを広めようと思うの。悪堕ち、支配は素晴らしい。素晴らしいものはみんなで共有するもの」
「さとり様解熱剤探しましょうか?」
「ぬふふ。私は本気よお燐。さぁ我が地霊殿の精鋭を集めてきなさい。戦の準備を始めるのよ!」
「はぁ」
 お燐はやる気なく惰性で応じた。


 地霊殿の一室に、四人の妖怪が集まっていた。
 地底の地獄烏の霊烏路空。お燐の友人で大規模な焼却炉の管理をしている。がっちりとした体格で情に厚いが馬鹿だ。
 椅子にちょこんと腰掛けているのは古明地こいし。さとりの正真正銘の妹である。大きな目がくりくりと動き愛らしい。いつもお気に入りの黒い帽子をかぶってご機嫌だ。
「みんな集まりましたね。さぁ作戦会議ですよ」
「うにゅ。さとり様何ですかー?」
「お姉ちゃんと一緒。わぁーい」
 何とも個性の強いメンバーだと思った。
 と、そこでお燐はこいしの左手の薬指にはめてある、綺麗な指輪に目を留めた。それはおそらく――ダイヤだろうか? 相当大き目の、もしも本物ならばかなりの値が張りそうだ。
「こいし様? どうしたんですかその指輪?」
「んんー? んー、これ? えーっと。ん、うーん、あ……うふふ……」
 笑ってごまかされた。妙に歯切れが悪い。お燐はこのこいしの態度に不可解なものを感じた。
「いいわよお燐。どうせおもちゃの指輪でも拾ってきたんでしょ。この子は無意識だから。さー始めるわよ」
「はぁそうですか」
 気になったが、さとりがそういうので気にしないことにした。こいしはずっとほわほわとはにかんでいる。
「えーこれから地上に進出するにあたってー、私達は紛うことなき悪の組織です。平和ボケしている地上人達に侵攻を試みます。いいですねあなた達?」
「いくぞーおー」
「はいお姉ちゃん」
 賛同する声がすぐあがる。この悪の首領に反対できる者はたぶんいない。
「はい、いい声ですね。それでは悪の組織の名前を今から決めます……と言いたいところですが! 偉大なる古明地さとりはもう組織の名前を決めてあるのです。名づけて……ジャジャジャーン! 地底戦隊チレイデンジャーです! ね、ね、ねねね? いい名前だと思わない? 私三日三晩ぐっすり眠りながら考えたのよ――」
「すごぉーいお姉ちゃん!」
「チレ? うん?」
 姉妹のテンションだけがもの凄かった。お空はたぶんわかっていない。
「あ、あのーさとり様。ちょっといいですか?」
 お燐が挙手した。そうせずにはいられなかった。
「はいお燐赤毛参謀どうぞ」
「勝手に変な名前をつけないでください。あのですね、私達悪の組織なのに正義の味方っぽい呼称なんですか? 戦隊とか絶対に正義の味方じゃないですか」
「よく気づいたわねお燐。さすができるわね」
「誰でも気づきますよ」
 お燐はちらとこいしとお空を見た。二人とも蚊帳の外で何やら話をしている。結局自分がさとり様の相手をするしかないのだ。
「一見――正義の味方に見えるわね。でもその正体は極悪非道の超悪の組織よ」
「そう……なんですか?」
「あ、いいえ。本気しちゃ駄目よお燐。本当はほら! 五人組でレッドとかブルーとか個々に色が割り当てられるじゃない。あれって何で悪の側にないのかって不思議に思ってたのよ。お互いに色ついてた方が燃えると思わない?」
「まぁ一理ありますね」
「でしょ?」
 上目遣いで見上げられた。細かくアピールしてくるところは抜け目ない。
「だ、か、ら。私達も五人そろえてそれぞれ色を決めようと思うのよ」
「はぁ。面倒くさそうですね。まずそこからですか」
「そうよ」
「難儀ですね」
「組織ってのはそういうものよ」
 さとりはメモ用紙をどこからか取り出した。そして短い鉛筆を持つ。
「まず私がピンクね」
「ああさとり様の髪の色もそうですから、ピッタリですねピンク」
「そうよ。紅一点のピンク。みんなから愛されるピンク」
 そこでお燐は少し疑問に思った。
「今のところメンバー四人ですが、みんな女なんですけど、それでも紅一点って言うんでしょうか?」
 数秒さとりの動きが止まった。
「……私が一番美しければそれは紅一点。何も問題はないわ」
「そうですか」
「じゃ私は決まったから、次はお燐。お燐は赤毛だから赤ね。熱血漢の猪突猛進」
「単純ですね。というか見た目だよりですね」
「ヒーローは見た目が大事。これ鉄則よ」
 メモに鉛筆を走らせる。これで二人決まったことになる。お燐は面倒だったので赤でよしとした。あまり気色のよくない色でなければ万々歳だ。
「赤……そういや赤ってリーダー格なのよね」
「あーそれならさとり様にリーダーは譲りますよ」
「いやそれは駄目よ。赤はリーダーだから。ああ悔しいわね。お燐にこきつかわれるなんて、妬ましいわ」
 さとりはがっと鉛筆の頭を噛んだ。まるで橋姫のような顔だ。
「じゃあさとり様が赤やったらどうですか?」
「駄目、私ピンクがいいの」
「わがままですね」
「君子は最後まで妥協しないものよ」
「でもそれだと決まりませんよ」
「お燐レッド。何かいい案考えなさいよ」
 勝手にお燐レッドと名づけられた。必死に脳に汗をかいて考える。
「これはどうですか? ピンクはサブリーダーで、リーダー権限八割使えるってことに……」
「んーそうね。それならいいわね。これで二人決まり。私はピンク。お燐は赤」
 でたらめに言ってみたが納得したようだ。
「さてと……こらっ! こいしお空。あなた達も話に入りなさいよ」
「うにゅ?」
「ああお姉ちゃん。私色鉛筆の方が好きよ」
 呼ばれて二人がそばに寄って来る。
「お空? あなたは……リボンが緑だから緑ね」
「緑? 私? わーい」
「そんな決め方でいいんですか」
「いいのよ。自然を愛する心優しき青年霊烏路グリーン。平和的な心で敵をやっつけるわ」
 さとりはすらすらと言った。
「待ってくださいよ。お空が勝手に男になってるし、悪の組織なのに平和ってどういうことですか?」
「いいのよ! 私決めたから! お空、あなたは霊烏路グリーンよ。核融合の力で地上を制圧するの」
「さっき平和っていったのにもう物騒ですね……」
「いいの!」
「はぁ」
 お空の方を見た。いつものにこにこと屈託のない笑顔だ。この話し合いの半分も理解していないに違いない。
「いいのお空?」
「うん! 私自然大好きよ!」
 もうどうにでもなれと思った。
「さて次は……こいしね。ねぇこいしは何の色が好き?」
「んーん。うーん。んんー。うふふー」
「ふふっこいしは可愛いわね」
 また笑ってごまかそうとする。妹にはたいがい甘いのだ。
「私お姉ちゃんと一緒がいい」
「あらこいし。でもそれは駄目なのよー」
「えー、私お姉ちゃんと一緒がいいー。いいー」
「あらあらー困ったわねー」
 急に姉妹でいちゃいちゃしだした。この作戦会議は明らかに失敗だ。
「あのさとり様」
 機を見て横から声をかけた。
「なぁにお燐」
「終わりませんよ。さっさと決めてください」
「全く、姉妹のスキンシップの時間が……」
「組織の大事な会議なんですから、後にしてくださいよ」
「しょうがないわね。リーダーの言うことだからしぶしぶ聞くしかないわね」
「何か態度悪いサブリーダーですね」
「何か言った?」
「いえ何も」
 さとりは妹の方に向き直った。そしてこう言った。
「こいしはホワイト。白く清冽で清らかな心の持ち主。ピンクの妹。うんうん、平和を愛する夢見る乙女。こいしホワイト。これで決定ね!」
「うわーいホワイト」
 こいしは両手で万歳して飛び上がった。
「ちょっとさとり様。平和を愛するってグリーンとかぶりましたよ?」
「あ、じゃあ修正ね」
「てか悪の組織なのに何で平和なんだろう……」
「もー細かいことは気にしないものよ」
 用紙に項目が記入されていく。これで四人。もう色を決めるだけで疲れ果ててしまった。これから地上に進出するというのに、先が思いやられる。何をしに行くかさえ曖昧だ。
「ん、これでよし! 隊員名点呼ー。さとりピンク、はい。お燐レッド!」
「あ、はい」
「声が小さい。もっと元気よく! 次に霊烏路グリーン……グリーン! お空よ!」
「ふぁ、はーい」
「次回まで覚えておくように。最後にこいしホワイト」
 この声だけは優しかった。
「はぁーいお姉ちゃん」
「あら駄目よホワイト。組織の中で姉妹なんて間柄は許されないの。心を許しちゃ駄目よ。誰に寝首をかかれるかわからないもの」
「はいお姉ちゃん」
「んー、もう……可愛いからいいわ。さぁみんな集まって集まって」
 さとりがばたばたと手を振って招いた。
「何ですか?」
「五人合わせて――今は四人だけど、チレイデンジャーの決めポーズを練習するわよ。これは一週間前思い浮かんだわ」
「えー嫌ですよそんなの。恥ずかしいです。さとり様一人でしたらいいじゃないですか」
「駄目よ。仲間の結束なくして強大な敵に勝てると思うの? ねーっお空もこいしも練習したいわよねー?」
「うん? はーいしたいです」
「お姉ちゃんが言うなら」
「ですってよお燐。ふふ」
 勝ち誇ったような顔。どうせ二人はオウム返しのように、肯定しかしないのだから、こうなるのはほぼ必然だ。
 お燐は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私嫌ですよ。どうせ格好悪いんでしょ」
「とても格好いいわよ。みんなでやれば見栄えがするわよ。蜻蛉のように華麗で駱駝のように重みのあるポーズ」
「その例えでますます不安になりました」
 嫌がるお燐の肩を、お空とこいしがつかんだ。
「お燐、私達は友達だよ?」
「そうよお燐。お姉ちゃんの願いを叶えてあげなくちゃ」
「ひっ、しかし」
「さぁ五十本ほどいくわよー」
「はぁ……」
 お燐は今日一番の深いため息をついた。


 ポーズ練習は入念に行われた。
 汗を拭う。もうこれだけで疲れてしまった。今日は休みたいと思った。
「さて、いい感じになってきたわね。これで仲間の絆も深くなったはずよ」
「そうだといいんですが……」
 お燐はやはり疑念が隠せなかった。
「お燐……さっきからため息ばっかりついて、楽しくないの? 私、お燐がそんな顔だと……」
 その様子を見かねたのか、こいしが口を開いた。
「いえいえこいし様楽しいですよ楽しいですよそりゃもう。従者が主人に従って楽しくないなんてありませんから!」
「そう、それなら――よかった」
 お燐は空元気で声を張り上げた。こいしが不気味な笑顔で艶然と微笑んだ。
「それでいいのよお燐。私達は家族も同然ですから」
「さっき姉妹も関係ないとか言ってましたけどね」
「もうお燐は細かいことばかり目がいって、少しはおおらかになりなさいよ」
「はぁ」
 足音。さとりはつかつかと歩く。
「さてと次は……」
「まだあるんですか」
「まだまだありますよ。個々の必殺技の名称を決めましょう。私はもう決めてありますからあなた達ですね」
「もーそんなのいりませんよ」
 呆れた。これでは地上に出るまで、何日かかるか見当もつかない。
「一つ好奇心で聞いてみますが、さとり様の必殺技はなんて言うんですか?」
「ふふん、聞いて驚きなさんな」
「はいどうぞ」
「テリブルデンジャラスハートローズサクリファイス……」
「あっもういいです」
 長すぎて、技名を唱えている間に攻撃されそうだと思った。そして斜め七十二度上のセンス。
「わーつよそーですねさとり様」
「お姉ちゃんすごーい」
 こうやってはいとしか言わない仲間がいるから困る。
「大体察しはつきますが、その必殺技どんな効果なんですか?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれました。ピンクのお色気攻撃でみんなメロメロにしてしまうのです。投げキッス一つでノックダウン。いいですか? 相手の脳内中枢神経に直に侵入し制御系を狂わせるのです。でもこれは……」
「さぁもう地上行きましょうか」
 お燐はそう言った。善は急げ。
「こいし様も……ねっ行きたいでしょう?」
「んー、うん! 行きたい行きたーい」
 こいしはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねた。お燐は気づいた。主人を動かすには妹を使えばいいと。近親というのはやはり別格の存在である。
「こいしが言うのなら、そうね、行こうかしら。えー皆のもの。各々戦闘態勢を整えて出陣の用意をするように――以上」
「了解しました」
「うんお姉ちゃん」
「あ、どこにピクニックですか?」
 悪の組織の脈動は地道に始まる。
 



 旧都の大通りを抜けて横穴に出る。これを突き当たりまで進んで、縦穴を駆け上れば地上の光が見える。
「勇儀さん、いませんでしたね」
「ええ」
 お燐はこのメンバーに不安があったので、心の底では鬼の星熊勇儀に期待していた。
「どうせ博打でもしながらお酒飲んでるでしょう。あの人はいない方がいいでしょう。強すぎますから。出番があるなら裏ボスですね」
「そうですか」
 だとすると後一人は誰を入れるのだろうか。
 横穴を高速で突っ切る。地底湖にかかる大きな橋。ここにも誰もいない。いつもは橋姫がいるはずなのだが。
「あれーいませんね。珍しいですね」
「あの人もたまには用事があるんでしょう」
 さとりはにやけながら言った。
 もうすぐ縦穴に到着する頃合、やっと地底の一住民、黒谷ヤマメと出合った。
「あらヤマメさんご機嫌麗しゅう」
「ははー。さとり様今日も一段とお綺麗でございます!」
「あらそう? 嬉しいわうふふ」
「今日は何処へ? お供いたしましょうか?」
「はぁーヤマメさんは話が早いわね。誰かさんと大違いよ」
 さとりはお燐の方を横目で見て言った。
「ヤマメブラック。いい名前ね。ぴったりだわ」
「ははー。ありがたくそのお名前頂戴いたしまする」
 ヤマメにすぐ意気投合して仲間になった。
「これで五人ね。よかったわー。足りなかったら大変だもの」
「そういえばさとり様。橋姫も桶の……もいませんでしたね」
「ふふんあの子達は恥ずかしがり屋さんなんですよ。んー。グリーンの予備にでもしようと思ってたのに。ふふふ」
「そんなんだから避けられるんですよ」
「ふふ。聞こえないわお燐。私聞こえなーい」
 耳を塞ぐさとり。地上はもうすぐそこだった。
 お空が一番乗りに降り立つ。
「地上だ! さぁ焼き尽くすぞー」
「悪役らしいわねお空」
 さとりも続いて地面を踏む。
「でもまだ我慢よ」
「ええ?」
「狙うのは正義の味方よ。悪と言っても無差別攻撃なんて無粋だわ」
「うにゅ……」
 何とも紳士的な悪の組織があったものだ。お燐は不安だった。何故なら何もしないでも自分達は悪なのだから。
 白い光が眩しい。
 お燐は十秒ほど目が開けられなかった。




 流れの緩い川沿いに、地底の五人集は縦並びになって歩いた。
 当たり前ではあるが誰も寄り付かない。異形とも言える妖怪が五人も集まっているのだ。人や妖怪が近寄っても目を合わせずに、すぐに退散してしまう。
「地上の皆さんは人見知りですね。いけませんね」
「さとり様と仲良くしたい方はいないと思いますよ」
「お燐、その口縦に割るわよ」
「はぁ、すいません」
 お燐はしまったと思っても遅かった。勝手に口をついで出る言葉。我ながらなおせないものはしょうがない。
 お空とヤマメが前方を歩いている。そこでお燐はさっきから無言のこいしに注目した。
 姉に似た顔でのっぺりしているが妙に愛らしい。同じ姉妹でもこうも違うものだろうか。しかしそれは表面だけ――彼女もまた覚である。内に秘める思いはどんなにかドス黒いのだろうか。
「こいし様」
 気になることがあったので、お燐は意を決して声をかけた。
「なぁにお燐」
 真ん丸の目玉がくるくる動く。焦点はあっていない。見ているようで見ていないのかもしれない。
「指輪、本当にどこから持ってきたんですか? それおもちゃじゃないですよね?」
「んんー? んー、んうー。ん……うふふ。…………ナイショ」
 優しく聞いてみたつもりだが空を切った。ペロッと舌を出されては、それ以上聞けるわけもない。
「そうですか」
「うん!」
 邪気のない笑顔だったが、どこか恐ろしかった。閉じた瞳の覚妖怪。その性質性格気質を、お燐は全体の数分の一も理解できない。
 こいしは大口を開け、白い八重歯を見せてまた口の端を結んだ。
「お燐、私ちょっと」
「ああはいわかりました」
 と言いこいしはすうっと意識を薄くした。無意識下状態に自分を置く。この状態のこいしは存在を非常に知られにくい。
 悪の組織ならば、暗殺者として最適なのだろうか。だが味方にも見えないのは一長一短。
「さとり様、こいし様が」
「ええわかっていますよ。お燐」
「そうですか」
「妹のことはよーくわかっていますから」
 さとりはえっへんと薄い胸を反らした。
「ところでさとり様? 私達はどこに向かっているんですか?」
「大丈夫、ヤマメさんに言いつけてありますわ。目的地は正義の味方の本拠地です」
「ああ本当にやる気なんですね」
「何のために地上に出てきたのお燐。やる時はやるわよ」
 嬉しそうにさとりがスキップをした。足取りは軽く、歩幅が広い。
「正義の味方ですか。あの、もしかして博麗神社ですか?」
「……何でそう思うの?」
 後ろを振り返られ、じんわり見つめられる。
「あ、ああ。あれ? だってさとり様毎晩のようにうわ言で……」
「言ってませんよそんなこと。第一私の寝室にあなた入れないでしょ」
「いえ、さとり様はちょっと寝ながら出歩く癖が……」
「嘘でしょ?」
「いえ本当です」
「まさか」
「じゃあ心を読んでくださいよ」
 額に痛いくらい頭突きをされた。痛い。
「もー痛いですよさとり様。そんなことしなくても読めるでしょうに」
「読心はエネルギー使うんですよ。面倒だから普段使いません」
「はぁ」
「ふーん。で、このことはみんな知ってるの?」
「はい」
 急にそわそわし出したようだ。頬を染めて乙女のようにもじもじしている。
「そんな……私……やだ! 霊夢さんを大好きなこと……。ああ私もう表を歩けないわ。ああ!」
「今歩いているじゃないですか」
「これからですよこれから! もーデリカシーがないわね。恋心多き乙女に対して」
「乙女ですか。さとり様が」
「そうですよ。女は死ぬまで乙女です」
「はぁ」
 気まずいような沈黙が襲った。
 百歩ほど無言で歩く。
「で、今日は博麗神社には行かないんですね。ああよかった。幻想郷の結界の管理者の片割れみたいなものでしょう? そんな人物にはいくら悪の組織でも太刀打ちできませんよ」
「お燐。ふふふ。霊夢さんはアレですよ。ちゃんと考えてあるわ」
「何ですか?」
「霊夢さんは孤独に悪と戦い続けるヒーロー。ほらよくあるじゃない。一話限りの登場で、俺は一人だけで悪と戦ってるぞ! ってな謎の存在。霊夢さんはアレです」
「アレですか」
「そうアレ」
 アレという単語が連続する。お燐はアレについて、詳しく知ってみようと思った。
「アレだとどうなるんですか?」
「悪を狙う第二の勢力ってことになりますから、私と敵対関係ですね」
「ああ、敵方の人物と恋に落ちるってわけですか。これも悪堕ちですか?」
「ちょっと違うわね。でもロマンチックね。二人は敵同士――けれど沸騰する愛は止まらない止めようがない。禁断の愛。ああどうしてあなたは正義の味方なの?」
 そう言って、両手で何か抱きしめるポーズをとるさとり。
「一話限りってのがネックですね」
「ふふ。そんなの私の手にかかれば簡単よ。一話で戦闘して、その中でお互いを愛し合ってしまう脚本を書けばいいのよ」
「はぁ」
「お燐。あなた今絶対無理だと思ったわね。よく聞きなさい、愛の力に不可能はないのよ。どんなこじつけでも押し倒して殴ってでも愛を誓わせればいいの」
「暴力的ですね」
「うーん愛の暴力。それは素敵な恋の媚薬。二人の相性はきっと抜群よ。霊夢さんのトレードマークは紅白の衣装。赤と白を混ぜればピンクになる。何て偶然なのかしら。ピンクの私と霊夢さんは愛し愛される運命にあった……」
 さとりは自分の世界に浸った。彼女の頭の中ではいつでもどこでも、愛する博麗霊夢を手中におさめる構想が展開されている。それは愛の為せる技。彼女の愛は世界を越え幻想郷を越え世界を救うわけではない。破滅の息吹が宙を舞う、極めて退廃的である。それでもさとりは愛したかった。
「試しに一つ話を考えてみましょうか。レイム紅白とさとりピンクは敵対する関係。しかしそれは無意味な戦い。激戦の末二人は致命傷を負います。結果的に芽生える愛――。二人は結ばれるのです。おわり」
「あ、あの……」
「なんですか」
「途中一気に飛びましたね。致命傷の後どうして愛が芽生えるんですか?」
「そりゃあなた。看病してたら情が移っちゃいますよ」
「二人共重症なんじゃないんですか?」
「私は軽かったんです」
「後付ですね」
「この世の全ては後付でできています。結果に対して理由を考えるのが道理です」
「はぁそれでは、他の仲間とかはいないんですか? 見つかっちゃいますよ。敵なのに正義の味方を愛して……」
「敵とわかっていながら愛する……。何て背徳的なんでしょう。おお二人は結ばれえぬ運命! 愛の力は永遠なりや!」
 少し疲れてしまった。お燐は歩幅をやや狭める。
「そんなもんですか。私にはわかりませんね。愛なんてちっぽけです」
「冷めてますねあなた」
「はぁ」
「まぁ……いいでしょう。ほら着きましたよ。ここが正義の味方の本拠地です」
 足を止めるとそこは地獄門――ではなかった。これはお寺の門。怨霊にとっては地獄の入り口。
「どうしますかさとり様? 探りいれますか?」
 ヤマメが大きな声で聞いた。
「私が吹き飛ばしましょうか?」
 お空が笑いながら言う。どう見てもこの二人は武闘派だ。一番頼りになる存在であるに違いない。お空はちょっと抜けて馬鹿だが。
「あなた達は下がっていなさい。ここは私が本物の悪党の見本を見せてあげます」
「頑張ってくださいさとり様」
 そう声をかける。後ろ姿がやけに頼もしかった。こんなに主人の背中が大きく見えた日はなかった。




 さとりが門へと吸い込まれていく。
 叩く。誰かが出てくる。
「大丈夫かなさとり様」
「心配ねお空」
 耳をそばだてて会話の内容を盗み聞く。遠目に見るはネズミの妖怪。
「あーどうもどうもナズーリンさん。お初にお目にかかりますわ。おほほ」
 どうやらこの妖怪はナズーリンと言うらしい。
「どうして私の名前を……? まぁいい。で、何のようだ。見たところ地上の妖怪ではないようだが」
「いえいえ、私、正真正銘の生粋の地上妖怪ですわ。今日はその、あのぉ、うふ、んふ、んふふふーん」
「何だ? 気持ち悪い笑いをして。何かの勧誘ならお断り願うが」
 さとり様もこいし様と同じように、笑ってごまかす癖があるようだ。一体あの背中の頼もしさはどこに。
「いえあの。うふふ。組織ですわ。今日は、こうやって折り入ってご挨拶を……」
 頭を下げている。悪の癖に意味がわからない。
「貴様……何のつもりだ? この命蓮寺にたて付く気か?」
「いえあのうふ。んふ、んっふふふふ……」
「何を笑っている! 答えろ妖怪!」
 もう駄目だと思った。
「ひっ、ひーっ。怖いですわこの方! お燐、お空、ヤマメさん。早く、早くきてー!」
 泣きべそをかいて助けを求めている。最初から悪らしく戦えばよかったのにと思った。
「よしきた!」
「合点さとり様ー」
 武闘派の二人が、ざっと砂を蹴り上げて飛び掛った。
「うわっ、何だ?」
 ナズーリンが何かをするまでもなく、粘着質の糸が小柄な体を包んでいた。
「お空氏!」
「ようしいくよー」
 お空の拳がナズーリンの胸をとらえる。
 嫌な音がした。一撃で葬りさるまさに悪の所業。
「お、お、お前ら……く……」
 ナズーリンがぐったりと地に伏した。
「ひー。やりました正義の味方の勝利ですね。悪は滅びる永遠に!」
「さとり様大丈夫ですか? それと私達悪ですからね」
「ああ、あああー怖かったわお燐」
 さとりはお燐の胸にすがりついた。
「さとり様は一体何しに行ったんですかもう。一人で危ないですよ」
「いえ、心を読んで会話を優位に進めようと思ったら緊張して……。私こう見えてもシャイなんですよ」
「はぁ……」
 お燐は嘆息した。門は開かれたが前途多難だと思った。できることなら引き返したい。
「この中に入るんですか? どうしますか?」
「もちろん入るわよ」
 ケロッとして立ち上がり、そしてにやりと笑った。まるで別人の変わり身の早さ。やはりさとり様は覚だ。
「悪の組織の侵略はこれからよー。んふふふんんー」
 女王様のように笑う。
「さぁチレイデンジャーよ。正義をむさぼる偽りの軍団。命蓮寺集団を壊滅させなさい。彼奴らは人間と妖怪の平等を説く。あってはならない、今までそんな滑稽な時代が存在しましたか? 否否、人間と妖怪は決して同列には扱われない。言語道断ですわ片腹痛いですわーおほほ。突撃突撃ー!」
 ピンクが指をさした。リーダー権限はピンクの手にある。
「美味しいものあるかな? うにゅー」
「さとり様のためならどこまでも!」
「あ、私は嫌なんですが……」
 と言っている間に他メンバーが入っていく。仕方ない。最後まで悪の仲間を見届けるとしようか。
「き、貴様ら……神域を穢して……ただで済むと思うなよ」
 誰かと思ったらナズーリンだ。糸で全身を巻かれて地面を転がっている。普通に喋れるところを見ると、骨折でも大したことはないのかもしれない。
「すいませんね。さとり様の命令は絶対ですから」
「くそ! ほどけ、この!」
 最後まで聞かずにお燐は後にした。
 何を言っても分かり合えないであろう。地下と地上の二つの組織。水と油。混じりようがない。悪と正義は見方によってコロコロ変わる。何かの大義名分があればそれは正義。正義とは――実に相対的なもの。
「私は……悪でもさとり様に」
 惰性とは誠に恐ろしいものである。お燐は敵地へと土足で乗り込んだ。




 寺――見慣れない金堂や伽藍の敷地。
 お燐にとってはここは禁忌の場所であった。寺は魂を無に返し成仏させる場所。お燐は魂を現世に押し止める、火車としての能力を有する。地獄の化け猫妖怪の忌み嫌われた力。輪廻に逆らう人道的に反する存在。
 ここはある意味聖域でもある。踏み入れれば手痛い反撃を喰らいかねない。
 敷地内は閑散としていて人の気配がなかった。地底からの侵入者は一歩一歩をその足で、行動範囲を広めていく。
「さとり様。私少し気分が悪いのですが……」
「何言ってるのお燐。気のせいよ気のせい。あっあそこに母屋があるわ。きっと正義の味方の溜まり場よ。一網打尽にしちゃいましょう。それーのりこめぇ!」
 さとりのかけ声が響く。
 お空とヤマメが勇んで乗り込み、お燐はその後に続いた。
「ごく普通の母屋ですね」
「注意しなさいお燐。どんな罠が待っているかわからないわよ。僧兵ってのは油断ならないから」
 はたしてここに住んでいるのは僧兵なのだろうか。人間と妖怪の平等を説く命蓮寺。そこに住まう人物は如何なる存在か。
「うにゅー。突撃!」
 お空が先導を切った。
「ちょっとお空……」
 烏の足は速い。屋内でも関係なく巨大な羽を広げてひた走る。
 入る先、そこは居間だった。
 誰かいた。
 傘……の妖怪と、黒尽くめ黒髪の少女。こっちも妖怪だ。
「いました! 正義の悪人。人を驚かせるのだけが取り得の多々良小傘と正体不明のうわーわかんない封獣ぬえ!」
「説明お疲れ様です、さとり様」
 さとりが大声で叫んだ。
 見ると、卓袱台にみかん。みかんを頬張っている二人の少女妖怪。実に平和だ。その平和を乱したのが我ら悪の組織だ。平穏な日常を破壊する最も悪らしい行為。本当にすいません。
「え……? 何々?」
「うわ! わちき驚いた!」
 何が起こったかわからない表情。当たり前だ。
「ええ、みなさん落ち着いてください。落ち着いて落ち着いて攻撃を。おち、おちつくのですよ」
 どう見ても一番慌てて混乱しているのはさとり様だ。
「あーみかん」
 と言ってお空が一歩前に進み出た。頬が緩んで涎が口の端から一筋垂れている。
「ん、食べる?」
 ぬえが手招きする。
「はっ、いけませんいけません! この方達は……色仕掛け要員。何て残虐非道な……みなさん騙されてはなりませんよ」
「何ですかそれ?」
 さとりは妖怪の足を指差した。
「見なさいあれを。生足をあんなにむき出しにして。なんて破廉恥な! あれで劣情を誘い、いいように操るのです。正義の味方の化けの皮が剥がれましたね! ここは似非の者達の集まり。俗物どもの集会場ですわ。みなさんこれで心おきなく暴れられますよ」
「さとり様だってスカートじゃないですか」
「だまらっしゃい! 私はお洒落だからいいのです」
「はぁ」
「えー何言ってるの?」
 小傘がきょとんとした。左右で目の色が違う。これが俗に言うオッドアイだろうか。
「うるさいなーもぉー。チンドン屋なら外でしてよ。ん? そこの大きいお姉さんみかん食べる? お茶も大福餅もあるよ?」
「あー、うん……。食べる食べるー」
 お空がふらふらと誘われて卓袱台に座った。
「ああああー、お空! 私の可愛いお空がぁ。色欲につけこみ純真無垢なお空を誑かして誑し込んで……。こ、こらーお空を離しなさい」
「みかんを仲良く食べてるだけに見えますが……」
 うるさいさとり様を無視して、世間話をしているように見える。一体これに何の問題があるのだろうか。
「いけません! そうやって仲良くなった振りをして洗脳を仕掛けるのです。あっちの黒い方、危険です。私の読心でも底が見えません。きっと百戦錬磨の手練手管、詐術の使い手に違いありません。なんていやらしい! 私のお空がけがれるー。ああ早くー」
 さとりは手足をじたばたさせて踊った。
「これも食べる?」
「あ、ありがとうございます」
「名前はなんて言うの? わちきは小傘って言うの」
「私は…………空、お空でいいよ!」
「へーじゃあお空ちゃんでいいね」
「うんうんお空ちゃん」
 実に和気藹々とした雰囲気だ。悪事を働きにきたなど忘れてしまいそうだ。
「くっ……。お空をまんまと篭絡して。どうするつもり? そんな、いけないわ、悪堕ち、お空が悪堕ちなんて、私の可愛いお空が。あああー」
「何かさとり様楽しんでませんか?」
「何を言ってるのですお燐。一大事ですよ。このままではお空は正義の心を植えつけられてしまいます」
「正義ならいいんじゃないんですか? この際色々教えてもらった方が……」
「馬鹿ですかあなたは。悪が正義に堕ちるのも悪堕ち。いけませんいけません」
「紛らわしいですね。何か。で、どうしますか?」
 今の状況はお空がお茶をしている。危機的な雰囲気は全くない。
「やることは決まっています。お空を正義の手から引き戻すのです」
「じゃあ私が話してみましょうか?」
「駄目ですお燐。あなたなんて簡単に言いくるめられてしまいますよ。お空の二の舞です」
「はぁそうですか」
 別に二の舞でもいいと思った。
「ヤマメさん」
「はいさとり様」
 ずっと無言で、騒ぎを眺めていたヤマメが答えた。
「今こそ冷酷無比のナイスガール。ヤマメブラックの出番です。外道極まる策を弄する似非正義の輩に鉄槌を下してください」
「縛りますか?」
「ご自由にどうぞ」
「承知!」
 刹那、舞い上がる。
 ヤマメが天井に貼りついた。そして放射状に蜘蛛の糸を撒き散らす。
「うわぁ何これ?」
「きゃー」
「うにゅ?」
 奇襲を受けたぬえと小傘は糸で四肢の自由を奪われた。何と手際のいい仕事だろう。縛り方も憂いと儚さの中に、華やかさと艶やかさまである。さすがにヤマメブラックは冷酷無比だ。
「お空ー、お空ー」
 さとりが鉄砲玉のように突進した。
「ああごめんなさいお空。私が目を離した好きにあんな妖怪どもの手に……。もう大丈夫よ。今あなたにかけられた洗脳を解いてあげるから……」
「うううー、ぐるじいさとり様ー」
 首を絞められてお空は泡を噴いている。結果的には同士討ちが遂行された。結果があり理由を考える。何故か? 全ては偉大なるサブリーダーさとりピンクのせいだ。


「お空は悪人ですよ。わかりましたか? お空は悪人ですよ」
「さとり様。それ逆効果ですよ。変な思想入りますよ」
 二人の妖怪を捕縛した悪の組織。このペースは順調なのかもしれない。
 しばしの平穏。どさくさに紛れてみかんを食べる。だがその安堵感も長くは続かない。
 鼓膜を突き破るほどの大声。
 紺色の頭巾を被った女現る。
「あああ、ああなた達! ぬえと小傘に一体何を? なんて破廉恥な……。まさか、まさかっ! 誰か、誰かぁ! 強盗、不埒者、助けて! このままじゃ――」
 女が我を忘れて喚いていた。
「新手ですねさとり様。どうしますか?」
「雲井一輪、入道を操る妖怪。決まってますよ。私達は悪!」
「了解」
 激しく泣き叫んでいる。この声で仲間を呼ばれたらやっかいだ。直ぐに捕まえなければ。
 お燐はまだ、組織の中で活躍していない気がしたので、今回は自分が前に出てみることにした。
「遠距離で……怨霊でなら」
 安全な位置から攻撃する。これなら反撃も受けにくい。
 間違い。
「きゃー! 雲山雲山お願い!」
「うわー」
 お燐は一輪の出した入道の拳で殴られていた。数メートル吹き飛ばれて腰を打つ。
「いたた……」
「何してるのお燐。言ったでしょ。敵は音速の速さで拳を繰り出す入道使いよ。油断しないで」
「そこまで詳しく言ってませんよ……」
 格好が悪かった。
 お空とヤマメブラックが必死で応戦していた。もの凄い勢いで拳が飛び交う。なるほど、これは自分の敵う相手ではなかったようだ。後方から援護に徹した方が効率がよい。
「こないでっ、こないで――――」
「このぉー痛い痛い!」
「お空氏! 正面からは無理だ。側面から狙え!」
 一輪はパニックに陥り、入道が暴走しているように見えた。激しい乱打戦が続く。
 お燐も怨霊を放り投げて加勢した。
「さぁーみんな頑張って。もう少しよ」
「さとり様も何かしてくださいよ。ぼけっとしてるだけじゃないですか」
 さとりはくつろいでいた。手にはお茶とみかんと大福餅。
「お燐。忙しい時こそ心に平穏が必要なの。それに私ここから応援エールみんなに送っているのよ。きっちり仕事しているわ。ピンクのパッシブ効果ね」
「意味がわかりませんよ。さぁさとり様も前線に出てください」
 お燐はさとりの首の後ろをつかんで、やおら放り投げた。緊急時だから無礼も許されると思う。たぶん。
「いやー、私はかよわいのよ肉弾戦なんて無理よ。裏切り者ー背信行為は重罪に……ひやぁぁああ――」
 さとりは一瞬で畳を滑った。何という軽さ。入道の拳の風圧だけですっ飛んでいた。
「お燐ーお燐の人でなしー。鬼ー悪魔」
「私妖怪ですから構いません。さとり様役立たずですね。はぁ」
「くっ……。今に見てなさいお燐。各隊員に見せ場の回は必ずあるんですよ。私は一回休みですよ」
「次なんてもうありませんよ。懲り懲りです」
 と言ってお燐は前を見た。
 状況は未だ殴りあいが続いている。
 お空、お空の顔が殴られすぎてぼこぼこだ。これは酷いと言わざるを得ない。地獄烏には防御技術は存在しないのだろう。
「ああっ!」
 やっとのことで、ブラックの糸が一輪の足を捕らえた。
 何とも手こずらせてくれたものだ。
 ほっと一安堵――する暇は与えてはくれなかった。
「どうしたんです……これは?」
 糸が切られる。新手。幽霊? 透けている。気配もなく音も皆無だった。
 水兵が着るようなセーラー服を身に纏っている。しかも濡れそぼった幽霊女。柄杓を片手に薄気味悪いオーラが見える。
「む、村紗よかった……。こいつらがぬえと小傘を……ううう」
 何か勘違いしているようだが気にしない。
「ふん……族、狼藉者ですね。不届きなる輩、聖域に侵入する下賎の民」
「なぁんですってぇー。私達はれっきとした悪の組織。下賎なんかじゃありませんよ。きちんとした信念を持って悪行に励んでいるんです。あなた達似非正義と一緒にしないでください」
 村紗と呼ばれた幽霊に、さとりが突っかかった。
「同じですよ。一輪、あの蜘蛛を抑えていてください。他の雑魚は私が相手しますから。聖にこの醜態は見せられません。私達だけで片付けるのです」
「わ、わかったわ村紗」
「さ、来なさい。下賎の民。背筋も凍る真の恐怖を味合わせてあげますよ」
 村紗が手に持った柄杓を高々とあげた。
 お燐はこの幽霊の臭いをかいだ。怨霊を長年扱っているお燐にはわかる。この幽霊は悪霊だ。一見は至極丁寧な物腰に見えるが、足の先から頭のてっぺんまでの悪霊。何人もの命を葬りさってきた末の、醜悪な血生臭い臭い。
 そんな悪霊がこの寺を根城にしているとは何たる矛盾か。
「くそぅ。この方私に向かって……」
「さとり様。こいつは私が相手します。下がっていてください」
「で、でも主としての示しが……」
「いいですから」
 お燐はさとりの目を真っ直ぐ見た。
「はぁ、あなたもたまにはやる気になるんですね。見直しましたよ」
 さとりは引き下がった。
「は、誰が来ても同じですよ。私は村紗水蜜。聖なる川の船長です。あなた方のような下卑た妖怪なんか目にもくれません。邪魔ですよ。聖の領域を侵した罪を償ってもらいますね」
「村紗船長さん。あなた、悪霊ですね。それも一筋縄ではいかない大悪霊。そんなあなたがこんな寺にいる理由は?」
 すぅと船長は息を吸う仕草をする。
「私は生まれ変わったんです」
「生まれ変わったとは?」
「言葉の通りですよ。生まれ変わった。私は聖のおかげて生まれ変わったんです」
「ふぅん」
 お燐は鼻で笑った。
「船長さん。あなたの罪は落としきれるものではありません。見てください、足元。見えませんか? いや、見えなくされている?」
「何を馬鹿な……」
 村紗は気づいていない。それが恐ろしい。幽霊でありながら数珠繋ぎのように絡まる――幾重にも鬱屈しこじれた思念の渦。これは必ず近い内に災禍を呼ぶ。お燐はそこまで一瞬で見えたような気がした。お燐は覚でもないのに。幽霊と怨霊を見続けてきた故の直感で感じとっていた。
 間違っているかもしれない。けれどこの船長の心を、少しでも乱せればそれでよかった。先に悪事を働いたのはこっちだったが、主人を含めて下賎と呼ばれたのがくやしかった。ただそれだけの気持ちだった。
「善人ぶっていてもあなたはまだ悪ですよ。船長さん」
「は、は、は、面白い。……この化け猫風情。死体を攫う、下賎も下賎。目障りだから消えてください。はっ!」
「船長さんあなたは――」
「お燐」
 話を聞いていたお空が遮った。
「お燐、こいつ私達を馬鹿にしているんでしょ? 許せない!」
「お空、待って!」
 意味を理解していないのかもしれないが、見下されている。その雰囲気は伝わったのだろう。
 お空は止まらなかった。怒りに身を任せて殴りつける。
 が――空を切る。
 村紗の像がすっと空間に溶ける。
「うにゅ?」
「お空危ない!」
 村紗は幽体だ。まともな物理攻撃が効くはずもない。そして――。
「あれ? 息が……なんか……空気……うす…………う…………」
 お空が苦しみだした。必死で酸素を吸おうと四苦八苦している。
「水の恐怖のイメージです。そこの烏さんには窒息の体験をしてもらってますよ。はっ、は!」
 再び像を作り出す村紗。変幻自在の思念体。これだから幽霊は質が悪い。
「お空、大丈夫よ。そんなまやかし私が解いてあげるわ。私は古明地さとり。覚の中の覚。お空、お空――」
「さとり様お願いします」
 頭を下げる。やっと主の出番がきたのだろうか。
「ふん、どうですかね。それ!」
 村紗が勢いをつけて柄杓を振るう。
「お空、お空。……あれ? 私も息が…………あ……あっ…………っ」
「さ、さとり様。そんなぁー。しっかりしてください。さとり様、さとり様さとり様……」
 さとりは金魚のように口をパクパクさせた。
 お燐は予想外の事態にパニックになった。
 動転。
 思考回路が崩れパンク寸前になる。どうすればいい? ああこんな地上に来るんじゃなかった。無理を言ってでも止めるべきだった。今となっては遅いが、このままじゃみんながやられてしまう。自分のせいだ自分の――。
 お燐の心を絶望感が襲った。
「は、は、は。愚かですね。部下も愚かなら主人まで愚かです。断っておきますが私は殺生はもうしないことに決めています。放っておいても死にませんよ……。ただ、私は生まれ変わってから少し足りないんですよね。何が足りないかっていうとですね。刺激ですよ、あの、あの感覚――引きずり込む――そりゃもう、ひっ、ひっ。……少しぐらいなら精神が壊れても構いませんよね? だって、だって悪人なんですからね。ちょ、ちょっとぐらい、もっと、顔、みせ、私、我慢できな――」
 村紗の顔が悪魔のように歪む。
 悪霊の戯言を聞いている内に、ふつふつと何かが湧いてきた。自分に腹がたって仕方がなかった。
 お燐の惰性は少々捻じ曲がった。
 半目になって泡を噴いているさとりとお空を見た。
 待って、今助けるから――。
「許せない」
「はぁ? せっかく私が浸っているというに、何ですか? 聖のために成敗してくれましょう」 
「お燐レッド行きます!」
 跳躍、飛び掛る。
 霊体に有効な爪撃。
 柄杓と爪が相打つ。
 キンと弾ける音。
「は! 頂きましたよ右腕!」
 死角。激痛。
 裂傷が。筋が痛い。柄杓で? 違う。
 これは。
 お燐は村紗の肩に担いだ物体を見た。
 村紗の体格には大きすぎる大仰な代物。
「アンカーですよ。私は船乗りですから。見慣れた物がイメージしやすいです。生命体への透過率90%。当たれば死ねます。いえ、死なせませんけどね。へへ! 私殺生は止めたんですからね。聖の教えに従って……私は、私、私は!」
「く……」
 右手がだらりと垂れ下がる。思いがけない武器にしてやられた。これではもう攻撃も防御もままならない。
 アンカーが揺れる。
 伸縮自在の万能破壊兵器。
「あうっ!」
 脛に衝撃。
 引きずらなければ移動できない。
「何とあっけない。終わりですね。正義らしく急所ははずしてあげます」
 ひたひたと水の滴る音がする。
 一歩一歩近づく船幽霊。
 離れてヤマメブラックと一輪が戦っている。こちらを気にかける余裕はない。駄目だ。
「諦めましたか。結構ですね。悪人は最後が見苦しいのが多いですから。は、は、は」
 このままじっとしているわけにはいかない。でも片腕だけでは怨霊を飛ばすも効果も半減だ。
 残るは……ゾンビフェアリー。彼女らなら何とかして――いや足止めにしかならない。
 そんなことをしても、待つのは拷問。
 ――こんな時にさとり様が……さとり様。いつもは気丈でいるのにこんな時に全然役に立たないんですね。私もっとさとり様がたよりになると思ってました。あんな幽霊ぐらい過去のトラウマを呼び起こして、一瞬でやっつけてくれると信じていました。だってさとり様いつも自信満々だったじゃないですか。心が読むのが面倒と言ってても、それはブラフで本当は恐ろしく強くて超越した存在だと思ってました。でもそれはまやかしだったんですね。私騙されていました。でも私も悪いんです。さとり様にどこかいつも期待していました。そんなんだから……。
「何をぶつぶつ言っているんですか。念仏なら聖に唱えてもらいましょう」
 祈るような思いでさとりピンクの方を見た。
 ――見ない方がよかった。
 汗と涙と鼻水と涎。
 これほど醜い顔は一生の内でお目にかかったことがない。
 部下の窮地に何もできない主人。
 完全に見誤っていた。
 自分の眼力のなさを呪う。
「はぁ」
 真上に凶悪なアンカー。
 お燐は観念して目をつぶった。
「お燐。何してんの。うわ! お姉ちゃん変な顔! あはは!」
 誰? こいし様?
 こんな時に!
「誰ですか? またいたのですか? 面倒ですね。すぐ水底のトラウマを……」
 村紗の気が一瞬それた。今だ。
 左腕に全神経を集中する。
 狙うは頭部。
「いけっ! ゾンビフェアリー!」
「は――」
 突撃。
 村紗の像が半分ほど崩れる。
 不意打ちの効用か散らせていない。
 このまま意識まで破壊してしまえば――。
「は、はぁ? 私に、なんてこと? せっかく、聖に船を。何で? 私、生まれ、くそ、負けるか、柄杓、つかむんだ」
 しばし拮抗する勢力。
 崩れる。
 飛散すると思った村紗は、ゾンビフェアリーを叩き落とし始めた。
 駄目だ。もう二の矢がない。終わった。
 今ので限界。すいませんさとり様。
「ねーねーお燐。この人倒せばいいの? お姉ちゃんとお空苦しめてるのはこの人なんでしょ?」
「こ、こいし様駄目なんです。いくらこいし様が強くても……」
 今までどこにいたのだろう。まさかずっと無意識でいたのか。それならもっと早く加勢してくれていれば。しかしこいし様にそれを求めるのは酷であろう。
 村紗の像が戻りつつある。覚悟を決めるしかない。
「はーっ。はぁ、はぁ。妙な真似してくれましたね化け猫さん。しかしそれも無駄に終わったようですね。悪は必ず負けるように筋書きが決まっているんですよ。残念ながら。さぁ粛清しましょうか。船底、水底、沈めてあげますよ。二度と浮かび上がれないようにですね」
 今度こそ終わりだと思った。
 自分がやられれば村紗にダメージを与えれる手段がない。
 本当に本当の終わり。
 お燐は運命を呪った。
 その時、襖がさっと開いた。
「どうした? 何があった? 表でナズーリンが……」
 誰?
 お燐の記憶には存在しない声だった。
 敵か味方か。
 この流れは敵のはず。もう味方の救援コマンドは使いきっているのだから。




 線の細い大柄の、黄金色の頭髪。服装に神々しさ溢れるが、どこか威厳なく頼りないように見える。
「と、と、寅丸様。お早いお帰りですね。だとすると、ひ、ひ、聖も――」
「ええ村紗。聖は今外でナズーリンをみています。それで……この状況は何があったのですか?」
 また新手。一体この寺の居住者はどれだけいるのか。もうお燐は終わりだと思った。
「あっ星ちゃん」
 こいしがそのその妖怪に声をかけた? 知り合い? こいし様がどうして?
「あ、あれー? こいしちゃんどうしてここに? ここには来ちゃ駄目言ってたじゃないですかもう」
「えーあの。ん、そう。今日はお姉ちゃん達と遊びに来たの! 今みんなでお遊びしてたのよ!」
 何か様子がおかしい。星と呼ばれた妖怪の、きりっとした顔つきが緩んでいる。でれでれとしてだらしない。
「へ、へぇ……」
「ねぇー星ちゃん。この前買ってもらった指輪私とても気に入ってるのー。ほら見て? 似合うでしょ?」
「う、うんうん! こいしちゃんは何でも似合うよ。あはは!」
「そ、れ、で。あのぉ、私新しい可愛いお洋服欲しいと思ったの。ね? 星ちゃん? 欲しいなー欲しいなー」
 星の首にこいしがぶら下がった。
「あ、あの……」
「欲しいなー欲しいな! ねぇーいいでしょー?」
「んもう、しょうがないですね。こいしちゃんのためなら……………………はっ! いえ、いえいえ! 知りません知りません! こんな子私は知りませんよ! 今の誰も聞いていませんね。私は毘沙門天代理ですよ。こら! 離れなさいこらー!」
 へらへらしていた星が、急に血相を変えて騒いだ。
「えー? 何で星ちゃん? 私達あんなに愛し合ったでしょ? ねぇーねぇーったら!」
 尚もすがりつくこいし。
「あ、あの……寅丸様?」
 村紗がぽかんとしている。
「ご主人――」
 大声が部屋に轟いた。見るとナズーリンが目を吊り上げて怒った顔をしている。
 その後ろにいるのは、僧衣に身を包んだ優しげな女性。これが幻想郷に聞く、聖白蓮なのだろう。
「聞いたぞご主人、その女子の指輪は相当の業物だ。もしかして……宝塔を質に入れたのは……ご主人じゃ……。なくした――なんて嘘までついて……。私がどんな思いをして探したか……」
 ナズーリンが恨みがましい目で睨んだ。
「ああ……違うのですよナズーリン。いや、これには深い深い訳が……。そりゃもう重大で甚大な……」
 星がおろおろとしている。首にはこいしが巻きついたまま。
「はっ、まさか。最近檀家からのお布施が少ないと思ってたのも……寅丸様がちょろまかして……」
 遠くて一輪が叫んだ。
「いえいえいえいえ! 待ってください。全然違いますこれは陰謀ですよおかしいですよ絶対!」
「星ちゃんだーいすき!」
「うわぁぁ――。やめてください私は知りません。知らないんです本当に」
 何が何だかわからないが、正義の味方は仲間割れで総崩れだ。こいし様にこんな能があるとは意外だった。それでどうしよう、この場はこの混乱に乗じて逃げるのが得策か。……そうださとり様は今どうしているのか。
 お燐は横を見た。
「…………ぶはぁ。ふ、ふっ。こんな催眠術もどきで私を謀ろうなどと五千年早いですわ! おほほほほほ!」
「さとり様。起きるのが一万年遅いですよ」
「何ですかもう。一体どうなっているのよ……。あれこいし? 敵の首元にすがりついて……何? お燐、説明しなさい」
 お燐は手短に説明した。お空も大丈夫らしい。いつの間にか安らかな顔で寝息を立てている。
「なるほどわかりました。こいし、素晴らしいわ! 敵の内部に入り込み主格を誑し込むなんて……。こいしにあんな才能があるなんて……はっ、妹にあるなら私にだって……。いや! やめて! 私のために争うなんてそんな――」
「さとり様うるさいですよ。早く逃げましょうよ」
 場は混沌としている。逃げるなら今しかない。星に正義の仲間が詰め寄って問い詰めている。
「こらー離れて! 違うんですったら!」
「寅丸様落ち着いて――」
「ご主人見損なったぞ! それでも毘沙門天代理なのか?」
 その喧騒の中に、聖白連がふわりと降り立つ。少しも表情を崩さずに、口元に柔和な笑みを穏やかに湛えている。
「星――」
「は、はい聖」
「あなたのことは後でゆっくり聞きますね」
「はい……」
 星はしおしおとして倒れこんだ。
「村紗」
「は、は、はい!」
 船長がびっと敬礼する。
「私がいない時は、命蓮寺はあなたに任せてあります。わかりますね」
「はい、そうなのですが……」
「この状況をどう説明しますか? 村紗、あなたは」
 笑顔のまま白蓮が言う。
「ははぁ。あの、あの者達が、先に、土足で、この地に、足を、はい、は、は」
「わかりました。信じましょう。しかし――あなたは対応を間違えましたね。まだ分かっていないようですね村紗。……あなたを助けたのは間違い――だったのでしょうか? ねぇ村紗?」
「ひひ、ひ、聖! 私は私はっ……」
 村紗が泣き崩れて土下座をした。
 お燐はこの様子をぼんやりと見ていた。自分達を苦しめたあの村紗をいとも簡単に従えている。この尼僧の圧倒的なオーラ――威圧感とも包容力とも思える底の見えない力。その力にお燐はぐっと気圧された。
「おほほほ――。さぁ正義の味方のボスの登場ですね。さぁ皆さんやってお仕舞いなさい。敵は私が仕掛けた巧妙な作戦でバラバラです。今が叩く時です。なぁにあんな破戒僧、辱めてやればどうにでもなります。さぁさぁ!」
「さとり様何言ってるんですか? 煽らないでくださいよ。それに作戦なんてなかったでしょ? こいし様のことなんて全然知りませんでしたよね?」
「知ってました。私はこいしの姉ですよ」
 さとりは真顔で言った。
 さすがだと思った。結果に対する後付の技。
「お姉ちゃんお早う。さっきは面白い顔だったね。またやって?」
 こいしがトコトコと戻ってきた。
「うふふ。こいしよくやってくれたわ。私の考えた作戦通りね」
「お姉ちゃんうわーい!」
「うふふ、うふふ」
 何故かここだけ和やかな雰囲気になっている。しかしあちらはそうではないようだ。あれやこれやと騒いで収集がつかないではないか。全てはこいし様の力。覚の中の覚はこいし様だったのだ。
「さてと――」
 白蓮がすっと前に出た。
「大体話はわかりました。悪の道を突き進む、あなた方の御心、その純粋なる思い、私にもよくわかります。しかし――少々やりすぎたようですね」
「ふん。だとしたら何なんですか? この似非正義超人!」
「さとり様……この後に及んでその品のない台詞は……」
 呆れてしまった。さとり様はやはりさとり様だ。
 ずしんと地鳴り。
 気が満ちていた。白蓮の周りに集中展開されるパワー。
 巻物? 宙にゆらゆらと滞空する不思議な紋様。
「――けじめをつけなければなりませんわね」
 白蓮が堂々した態度で言う。まさしくこれは王者たる風格だ。
「望むところですわよ。おほほほほ!」
「お姉ちゃん、この人、私がやってもいい? いい? うふふ、楽しそう!」
 こいしが張り切って言った。
「何人――でも同じです。超人聖白蓮の力は無敵です」
 自信。威圧。
 よくわからないが、お燐は身震いした。
「こいし殿! ここは私に任せられよ!」
 ヤマメブラックが名乗りを上げる。やけにかっこいい。
「えーっ。うん。そう? じゃ、ヤマメさん。美味しいところ、ちゃんと残しておいてね」
 こいしはペタンと座った。
「一人ですか? まぁいいでしょう。最初からまとめてかかってきても――それが悪でしょう? 後から後悔しても――行きますよ! 南無三――――」
 一瞬だった。
 ヤマメブラックが遥か彼方へ。
 どんな現象が。
 理解不能の神技。
「はぁ? 冷酷無比残虐非道のヤマメさんが一撃で……。そんな……」
 残虐非道属性がブラックに更に追加された。
「さぁわかりましたか? 次はまとめて」
「くっ、うふふふふふぅ。おもしろーい。次は私よ!」
「どこからでもどうぞ。ふふ」
 こいしが意識を消して走る。
 消えた?
 何が?
 空気の振動だけが頼り。
「ふふふ。やるわねこいし。あの技を体得しているとは」
「あっわかるんですかさとり様」
「いえ全然わかりませんけどね」
「はぁ」
 お燐は戦う仲間を目の前にしてほっとしていた。この戦いは白蓮が決着をつけてくれる。そう感じていた。負けても勝っても――。こちらの非もあるがあちらの非もある。そう無理やり理由付けて考えた。
 ぼけっと見えないものを見ていると、肩をポンと叩かれた。
「行きますよお燐。私達は悪の組織ですよ」
「……そうですね、さとりピンク」
「ええお燐レッド」
 勢いに任せる。何故か涙が出た。
 そういえばこいし様はホワイトだったな。
 見えないものに跳ね飛ばされる。
 思考の空白。
 ――あっ。
 さとり様が宙を舞っている。
 スローモーション。
 その光景が最後に目に焼きついた。




 結果的にはあの後、聖白蓮の南無三により、悪の組織は全員打ち倒された。勝ったのは正義の味方らしき命蓮寺。
 しかし自分達は未だこうして地に足をつけて、悠々と生きながらえている。喧嘩両成敗。決め手になったのは寅丸星のだらしない不品行。大部分はこいし様に非があると思ったが、どうにか事なきを得た。付け入られる者にも隙がある。そのことを聖は咎めた。先に戦を仕掛けたのも結局うやむやになって終わった。
 こいし様は後日、謝罪に命蓮寺を訪れた。頭をぺこりと下げたと思ったら、また飴玉買ってねとか言って、寅丸星を心底震えさせたとかなんとか。
 聖白蓮は平等に人を罰した。
 聖人――。
 そんな寛大な心で命蓮寺をまとめあげている。
「はぁー。素晴らしいですわ白蓮教主様。人間と妖怪が平等に暮らす、誠にお素晴らしいお考えですわぁー」
 お燐はさとりと連れ立って、命蓮寺を頻繁に訪れていた。線香のすえた臭いがお燐にはきつかった。この煙は怨霊に悪い。
「古明地様。信じれば夢は叶いますわ。さぁ私と一緒に真の幻想郷を目指しましょう」
 さとりは白蓮に心酔した。人間と妖怪の平等。博麗霊夢と自分との関係が鍵だった。
「ええ。人間と妖怪が平等。霊夢さんと私も自由に恋愛できるのです。何の障害も苦労もありませんわ。自由に、いつでもどこでも愛を告白して、接吻して、なんて素敵なんでしょう」
 お燐が、それじゃいつもと変わらないでしょうと言っても聞かなかった。さとり様にとっては博麗霊夢は特別な存在。その距離が少しでも縮まれば何でもいいのかもしれない。
「さとり様さとり様」
「何ですかお燐。私は今ありがたいお経を唱えているのですよ。あーあー、ナンミョーホーレンゲキョウ……」
「さとり様。白蓮という人物……本当に信用していいのですか?」
「何を言っているのですかお燐。あんな徳の高い人に向かって。私は覚ですよ。あの方は深い心をお持ちなのです。おお……」
 もうこれは何を言っても聞かないと思った。さとり様は魅入られてしまったのだ。他人の心を読む覚が支配されるとは。
 こいし様の様子を見て、浮かれた陽気な気分になっていると思ったらこれだ。自分に才能があると信じ込んで努力はしない。さとり様は元来そういう気質なのだ。自身の読心の技術を、少しでも高める努力でもすればいいのにと思った。
 これも悪堕ちか。さとり様の望んだ涅槃の境地。それもいいのかもしれない。
「さとり様、私少し、外の風に当たってきますね」
「おお……おお……」
 返事はなかったが、立ち上がって障子を開く。
 生暖かい風がびゅうと吹いた。
 空気が受け付けない。
 火車としても、個人としても。
「こいし様なら……いや……」
 それは無理だと思った。閉じた瞳の心。能力が大したことがなくても、心が読めるさとり様はそれだけで求心力がある。無邪気に壁に突進するようなこいし様は、地底をまとめる器ではない。
 だとしたら――。
 人間の子供がこちらを見た。
 避けられる。
 赤い髪に妖怪じみた目元と口元。
 地上は合わないのだ。そうやって自分を偽っていくのには無理がある。
「はぁ」
 ため息はまるで、体の中の魂を吐き出しているように思う。
 循環しない排出物。
 やはり自分は地底の日陰で暮らすしかないのだ。
 眩しい日の光から目を背ける。
 カアとどこかで烏が一つ鳴いた。
 惰性、惰性。
 火のついた車輪は転がり続ける。
 どこまでもどこまでも――。


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