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小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
楽しいピクニック
 私は起きる。
 眠いを目をこすってお着替えしてと。
 うんしょ、うんしょ。顔を洗って歯を磨いて準備万端。
 今日はお姉ちゃんと地底のみんなと一緒に、楽しいピクニックの日です。
 ピクニックって何? お姉ちゃんに聞いたらお山にお散歩することって言われました。
 お散歩お散歩! 私お散歩大好きです。何が起きるか本当に楽しみ。
「おはようございます!」
 私は台所の扉をバーンって開けて、ドキドキわくわくしながら入りました。
「おはようございます、こいしお嬢様ー」
「おはようございます……」
 えーと、今の時間は朝の五時半です。お姉ちゃんに、ピクニックはお弁当が必要だから、朝早く起きて一緒に作ろうって! だから目覚ましいっぱいかけてお眠り。ちゃんと起きれたからお姉ちゃんはきっと褒めてくれるはず。でもいない。でもきっとすぐに来る。だって私のお姉ちゃん何だもの。
「こいしお嬢様お早いですね。さとり様はまだ起きられていないようです」
 そう言ったのはとってもお喋りでかゆいところに手が届く、エキゾチックで大人っぽい顔立ちの黒谷ヤマメさんです。
「ヤマメさんおはよう! お姉ちゃんもすぐ来るよね? ねっ?」
「ええ来ますとも来ますとも。ささっ、こいしお嬢様、さっそくピクニックのためのお弁当作りを始めましょう」
「わーいお弁当お弁当ー」
「おーい水橋女史。ご飯はもう炊けたかい? 弁当の本分は飯だ。これが不味くては話にならないからな!」
「はーいもうすぐよ……」
 そう応答したのは、低血圧そうで、青白い顔をした水橋パルスィさんです。いつもどこか影のある雰囲気で、自分だけの空間を持っていて素敵な人です。お姉ちゃんには負けるけど耳も尖がってて美人さんだと思います! 時々地霊殿の宴会でもたいそうなご馳走を作ってくれて、とってもお料理上手な人。きっといいお嫁さんになれると思います。
 うふふ、私もいっぱいお料理習って素敵なお嫁さんになりたいな、なりたいな。
「ふぅむ。上出来上出来。ほらぼやぼやしてはいられないよ。ご飯はさっくり混ぜ合わせて、全体を均一にするんだ。釜の中でも飯のうまい所と不味い所が存在するからね」
「了解、ヤマメさん」
 地霊殿特製の大釜から、ぶわーっと白いもくもくの蒸気が台所いっぱいに。ご飯の美味しそうな香りが漂ってきます。やっぱりパルスィさんは飯炊き上手。何にもおかずがなくても、白ご飯だけで二杯も食べられちゃいそうです。
「フレー! フレー! 我らが地底の住民! フレー! フレー! それヤ、マ、メ! パ、ル、スィ!」
 突然、隅の桶から声が聞こえました。何だろう? うわーただの桶じゃありません。とっても可愛らしい桶に嵌った妖怪のキスメさんです。私、キスメさん見てると転がしたくなっちゃう。うふふ。いつからいたのかわかりません。だって桶だからわかりようがありません。
「何だいキスメ。忙しいんだから手を貸しておくれよ。とんかつと鮭のホイル焼きと漬物とタコさんウインナーとポテトサラダと色々おかずが煮詰まっているんだからさ!」
「同じく同意」
 ヤマメさんが手をしっちゃかめっちゃかに動かしなから言っています。パルスィさんも怪訝なご様子。
「ええー? 一人は応援役が必要でしょ? その方が効率がいいと思うし。それに私桶でしょ? 桶だもの! 桶だから!」
「そうかいキスメ。じゃあ必死に応援しておくれよ」
「まぁ……」
 露骨に桶を強調されてしまいました。パルスィさんは少し不満そうです。でも私もキスメさんはそれでいいと思います。だって桶だもんね。妙に納得してしまいます。
 私はじーとヤマメさんを観察してみました。すごいすごい。もの凄い速さで包丁と鍋と食材が乱舞していきます。
 それは決して一箇所に止まることなく、流れ落ちる滝のよう――。
 あれ? あれれ? ヤマメさんの手が何時の間にか六本になっています。
 おかしいなおかしいな? 目をごしごし……。
 ふぅ、どうやら私の見間違いだったようです。ヤマメさんはきっちり二本の手。きっとあんまり動きがすばやかったから、いっぱい生えているように錯覚したんだと思います。
「料理は早いほどいいのです。早さはうまさにつながります。素材は常時劣化していきますから!」
 うわー何だか本格的な料理人みたいです。かっこいいです。
 ……と、そのヤマメさんの影に隠れるようにして、パルスィさんも黙々とキャベツを切っています。無言でしっとりとして、横顔が美人です。無駄のない動きでぴしっと型が決まっていて、とても一朝一夕ではできない完成された感じです。
 ああ、憧れちゃうな。こう、パルスィさんを見ていると、愛する夫に尽くす若妻って雰囲気がたまらないです。うんうん。
「ふぁぁ……」
 おっといけない。私あくびしちゃったぁ。いつもはもっとお眠むしてるから……。ふぁぁ……。それにしてもお姉ちゃんは私に早起きしろって言って起きながら、自分はお寝坊なんて! もう仕方のないお姉ちゃん。起きてきたらここは一発びしっと言っておかなくちゃと思います。
「さとり様遅いですねぇ。こいしお嬢様? 退屈でしたら何かお手伝いしますか?」
「んーんー、うーん、いいの。私お邪魔になっちゃうといけないから!」
「そうですか! ではでは……。そろそろさとり様も来るはずですよ」
 あくびをした私をヤマメさんは目ざとく見ていたようです。やっぱりヤマメさんはとっても気がきく人です。まるで後ろにも目があるみたい。
 あーあ、早く来ないかなお姉ちゃん。


「あらみなさんお早いですね……」
 六時を過ぎてやっとお姉ちゃんが起きてきました。もう遅いよ。
「お早うございますさとり様! 現在急ピッチで作業進めております!」
「お早うございますさとり様……」
「フレー! フレー! さ、と、り、様!」
 台所のみんながいっせいに声をかけます。でも私はつーん。
 早起きの約束を破った仕返しです。お姉ちゃんの方を見ないようにして、つーーん。
 お姉ちゃんはちょっとは私を理解すればいいと思うのです。
「あらこいし? お姉ちゃんにお早うは言ってくれないの?」
 声をかけてきても無視を決め込みます。私はちょっとぷんぷんしてるの。お姉ちゃんのせいなんだからね。
「もうこの子ったら……。ふふっ、挨拶できない子じゃしょうがないわねぇ。お姉ちゃんはそんな子には育てた覚えはありませんよ? こいしが動かないんじゃ、今日はお弁当は卵焼きなしね。ああ残念だわ……」
 ええっ、私はあのお姉ちゃんが作るぷるぷるのあまーい卵焼きが大好きなのに。ううー、それが食べられないとなると、急にお姉ちゃんを許したくなってきました。そう、今日は早起きして、お姉ちゃんと一緒に卵焼きを作るお約束。いつまでもへそを曲げても、やっぱり美味しい食べ物の方が重要です。
「お姉ちゃんごめんなさいっ。お早うお姉ちゃん。えへへ……。一緒に卵焼き作ろう?」
「ええもちろんよ、こいし。さっエプロンつけましょ?」
 お姉ちゃんはピンクのエプロン、色違いで私は黄色のエプロン。お姉ちゃんは後ろを結んでくれました。
「卵焼きにはまず第一に、新鮮な卵選びからが重要ね。これは地底でも有数の取れたてほやほやの鶏卵。素材はばっちり、後は料理人の腕前が勝負。さっこいし、卵の殻をカチカチして割ってみなさい」
「わかったお姉ちゃん!」
 カチカチ、卵の殻に傷をつけてみる。両手でパカッと開けてボールにポトン。
 一個、二個、三個……。
「一体何個開けるの?」
 私は言ってみました。見るとパックに入った卵がずらーっと。めまいがしてしまいそうです。
「ふふー、それはいっぱいよ。だって地霊殿には大食いのペットがいるんですもの。ペットがお腹すかしちゃ主人も悲しいわ。みんな美味しい卵焼きが食べたいって言ってるもの……」
「そ、そっかー。うん、私頑張るっ!」
 カチカチ、パカッ。カチカチ、パカッ。カチカチ、パカッ。カチッ、パカッ。カチッ、グチャ。
 開けては落とす、開けては落とす、開けては落とす、開けては落とす…………。
 うわわ……。頭がおかしくなりそうです。
 カチッ、パカッ。
 ずっとこればっかり! 
 私は飽きてきたのでお姉ちゃんの方をチラッと見ました。
 目は口ほどにものを言うといいます。 
 私とお姉ちゃんは仲のいい姉妹だもの。
 いつでも以心伝心で深い絆でつながっているはずです。 
「ふふっ、もうこの子ったら、飽きっぽいわね。まぁ十分でしょう。残りはヤマメさん達に任せましょ。私とこいしのお弁当の分だけ、二人で焼いた甘い卵焼きにしましょうね」
「うん……、うん!」
 やっぱりお姉ちゃんは私の考えることをわかっています。えへへ、お姉ちゃんと二人で焼く卵焼き。とってもいい気分です、ランランラン、ラランランラン。
「さぁボールにこれを入れてぐるぐるかき混ぜてみて? こいし?」
 お姉ちゃんはコップにたっぷり入った、白いどろりとした液体を持ってきました。何だかぬるぬるして気持ち悪そうです。
「なぁにそれ?」
「これは卵焼きをふんわりさせる魔法の液体よ。これがないとぼそぼそで美味しくないわ。それにこれは取れたて特製の純度100%よ! 遅くなってごめんなさいね。これがどうしても必要だったから……、お姉ちゃんこいしのためにふんわり卵焼き作りたいと思って……」
 ふわわ……、お姉ちゃんがとっても切ない目で見つめてきてドキドキです! お肌もいつもよりつやつやしてて美人です。こんなこと言われたら私もどうにかなっちゃいます。
「ううん、いいのお姉ちゃん。私自分のことばっかり……。お姉ちゃんの気持ちいっつも無視しちゃってて……。ありがとうお姉ちゃん!」
 私も笑顔お姉ちゃんも笑顔。
 じーっと見詰め合って頭の中からジュースがじわーって。とってもいい気分です。
 うん、何か今お姉ちゃんが持ってるコップの中身みたい。
「さてと、こいし、お箸でそれかき回してみて?」
 卵と白いのがぐちゅぐちゅになったボールの中。何だかとってもぐちゃぐちゃです。黄身と透明な白身、それに得体の知れない白いジュース。ふうふぅ、頑張ってかき回さなきゃ。
 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる――。
「こいし、回転が足りないわよ? もっと頑張って?」
 ええっ? 今でも腕がパンパンになりそうなのに、これ以上なんてどっか飛んでいっちゃう!
「ほらほら? まだいけるでしょ?」
 ぐるぐるぐる! さっきよりもいっそう腕をぐるぐる。
 それでもお姉ちゃんが急かしてくるのでたまりません。
 ぐるぐるぐるぐる目が回る。
 あっあっ、あーんっ!
「ぶっ!」
 何てことでしょう! 
 あんまり勢いよくしたものだから、ボールがすぽーんって抜けちゃいました!
 ひどいのは更にその先です。どろどろの白と黄色の混ざった液体が、せっせと作業していたパルスィさんの頭に飛んでいってしまいました。
 あわわ、これは大惨事です。パルスィさんの髪に頬に唇に服に、濁った液体がぶちまけられています。
 おろおろ、おろおろ。
 私は頭が真っ白になっておかしくなりました。
 どうしようどうしよう。
「ああもう、何してるのこいしったら……。さっパルスィさんすぐにお顔を拭きましょう」
 私ははっとして駆け寄ります。
「ごめんさいパルスィさん……」
「いえ、いいんです……」
 私が悪いのに、ああどうやって償えばいいんでしょう?
 お姉ちゃんはパルスィさんについた液体を拭き取っています。……あれ? お姉ちゃんそれ雑巾じゃない? いいのかな? それって床拭くものじゃない? ……ああそっか。きっとお姉ちゃんは気が動転していて区別がつかないんだと思います。そうに違いありません。
「もうっ……。この子ったら。ほらちゃんと謝りなさい」
「ごめんなさいごめんなさい……」
「もっと誠意をこめて!」
 お姉ちゃんが急に怒った顔でどなりつけてきたので、私はびくっとして必死に謝りました。お姉ちゃんはいつもは優しいけど怒るととっても怖いんです。でもそうでなければ地霊殿の主人はやっていけないのだと思います。
「ああ、いいのです。さとり様。私が周りに注意をしていなかったから……」
 ああパルスィさん。全部私のせいなのに。パルスィさんはこんな時でも私をかばってくれるなんて、とっても心の清い人だと思います。
「それでは私の気がすみませんわパルスィさん。目には目を、歯には歯を。これが地底の掟。私の妹が古明地でも構いませんわ。私、そんな古い慣習に縛られるのはもう止めようと思うんですの。所詮頭の固い先祖が決めただけ。私達は平等の立場――。ですから……」
「痛いっ!」
 突然お姉ちゃんに指をひねられて、私の小指が明後日の方向いちゃった! うわーん。痛い痛い!
「これでここは矛を収めてくれませんか? こいしも心から反省しているようだし……。ねっこいし?」
「う、うん! パルスィさん本当にごめんなさい!」
「いえ……、いえ……。もうお構いなく……本当に……」
 パルスィさんが青ざめてガタガタと震えています。全部私のせいです。私のせいでパルスィさんを怒らせて……。ああ取り返しのつかないことをしてしまいました。せっかくの楽しいピクニックなのに私のせいで全部台無しです。
「ああパルスィさん。まだ怒っておられるのですね? そうですか、一本では足りないと……そうおっしゃるのですね? おお、ですがですが――、こいしはまだ年端もいかないのです。どうか無邪気な子供がやったと思って……。はぁそうですか、あなたの心の内はよくわかります。そうですものね、指一本でこれだけの大事がすむはずはありませんわね……」
「おやめくださいさとり様……。本当に、おやめください……」
 二人とも悲しい声で話しています。一体どうしたらいいんだろう? 
 くるりくるり。ヤマメさんは鍋ふるい。キスメさんはどっか行っちゃった。
 どうすればパルスィさんの怒りを静めることができるのかなぁ?
「私が犠牲になりますわ。どうかこいしの命だけは……ああ! あなたの持つ五寸釘で私をめった刺しにしてくださいませ。それであなたの気がすむのなら、慎んでそれを受けたいと思います。ほら、けじめはしっかりつけないといけませんわ! ほら早く!」
 ああ私のせいでこのままじゃお姉ちゃんが穴だらけ!
 どうしようどうしよう。
「おやめください、おやめください……」
「いえ! いえ! ほらほら!」
 お姉ちゃんとパルスィさんは揉み合いをしています。
 パルスィさんは涙をオイオイと流すほど怒ってます。
 なんて私はいけない子!
 私が犠牲にならなくちゃ! 
 でもどうやって話かけたらいいんだろう?
 ええと、うーん、うーん……。
「おお許してくださるのですね、パルスィさん。なんて慈悲深いお方なんでしょう。ほらこいし? もう一度ちゃんと謝りなさい? もう二度としませんって」
 あれれ? 何時の間にか収まりがついたみたい。
 謝らなくちゃ謝らなくちゃ。
「……ごめんなさぁい。私が全部悪かったの!」
「はぁ……はぁ……」
 パルスィさんは肩で息をしています。よっぽど怒っていたんだと思います。
「よく言えたわねこいし。さっ折った指の手当てをしましょう……。みなさん後はよろしくお願いしますね?」
「了解でございますさとり様!」
 ヤマメさんの元気のいい声。
 あーあ私のせいで卵焼きがおじゃんになっちゃいました。
 なんて悪い子なんでしょう。


 台所から別の部屋に入ります。
 お姉ちゃんは救急箱から包帯を取り出して、私の小指にぐーるぐる。
 しっかり固定して一安心!
 折れた骨はしっかり伸ばしておかないと、変な風に治って大変です。
「お姉ちゃんありがとう!」
「ごめんなさいねこいし。痛かったでしょう?」
「ううん、私が悪いから仕方ないの!」
「わかって頂戴ね、こいし。これも全部あなたのためなのよ。こいしの痛みは私の痛みでもあるの。けじめはしっかりとつけないと駄目なのよ。あなたのために……」
 お姉ちゃんの優しい笑顔。私とお姉ちゃんは深い絆でつながっている。だって私はお姉ちゃんが大好きだから。
「うんわかった! お姉ちゃん」
「うんうん、いい子ね。さてと……。そろそろお弁当もできた頃だし行きましょうか」
 そうです。
 今日は楽しいピクニック。
 楽しまなきゃ損損。
「はーいお姉ちゃん。わくわくお弁当! ドキドキピクニック!」





 ヤマメさんの奮闘で、とても美味しそうなお弁当ができあがりました。もうお店に飾ってもいいくらいのできばえです。
 赤白黒緑黄色、色とりどりの食材がふんだんに散りばめられていて、まるで宝石箱のよう!
 うふふ、お姫様が食べる食事もこんなのかなぁ?
「さぁお弁当もできたことだし、お寝坊のペット達も呼ばなきゃね」
 お姉ちゃんがお弁当の箱を、バスケットの籠に入れながら言います。
「私はお燐を呼んでくるから、こいしはお空をお願いね」
「うん了解っと!」
 走って走ってぴょんって飛んで。
 お空の寝床へさっさかさーっと。
 えっとね、お空は本当はとっても難しい漢字の苗字のおっきな烏の妖怪。
 確かれいうじ? うつほ? でも私達はみんなお空って言うの。
 だってその方が可愛らしいもんね!
「トントン、お空! ピクニックに行こうー」
 お空の部屋の大きなドアを叩きます。
 あのね、お空の部屋は他のペットの軽く五倍以上! 特注の金属製のおっきくてでっかいお部屋なの。
 だってそうじゃないと入りきらないんだもの。
 ある日私がお空はどんだけ大きいの? って聞くと二十メートルぐらいって言いました。でもね、またある日聞くと三メールぐらいって。またまたある日は十メートルだって。
 おかしいよね? お空はとっても忘れんぼう屋さんなの。
 だから毎日大きさがまるで違う。
 一つだけわかること――お空は私よりもずっとずっと大きいの!
「お空ー! お空ーー!」
 私は声を張り上げます。
 もうお空ったら、おおいびきで寝てるに違いないの。ドンドン、ドンドンドーン!
「うにゅう?」
「あっお空お早う!」
 のっそりとした動作でお空が部屋から出てきました。やっぱり大きいです。
 今日はどんだけなのかなぁ?
「今日はどれくらい?」
「ええこいし様。今日は五十メートルです」
 う、うわーすごいです。今までの最高記録です。
 あくびをしながらぼさぼさ髪の寝癖で本当に眠たそう。
 体はがっしりしてて、むちむち? むきむき? どっちがいいのかな? 
 足なんか丸太のように太くてとっても強そう! 
 でもお空はお姉ちゃんの言うことは何でも聞く、とっても従順で優しい子なの!
 私も早くこんな頼もしいペットが欲しいなぁ。
「こいし様今日は?」
「ピクニックの日よお空」
 案の定お空は何の日か忘れていました。
「うにゅ……。ピクニック……となるとこれがいりますね」
 とお空が言うと、右手に変な筒状の棒を装着しました。
 お空は最近この棒がお気に入りなんです。
 お姉ちゃんに聞いてみても教えてくれない。
 何でかな? 何であんな重そうなもの?
「お空それ重くないの? 大変じゃない?」
 私は素朴な疑問を聞いてみます。
「ええこいし様。これは重いのですけど、私はもっと重いので大丈夫です」
「ふーん、ふぅん。そうなんだ! やっぱりお空は力持ちだね! あはは!」
「あははー、そう私は力持ちー」
 私がころころ笑うとお空も笑いました。
 お空はとってもおおらかな性格で親しみやすいです。
 その上大きくて暖かくて太陽のようだと思います。





 お空が顔を洗って着替えて準備して、やっとのことで玄関口まで出てきました。
 ちょっとてこずったので、お姉ちゃんはもう先にお燐を連れて待っていました。
「もう遅いですよこいし。お早うお空、今日も大きいわね」
「お早うございますさとり様。今日も私は太陽です」
「お姉ちゃんごめんさないっ。あっ、お燐もおはようー!」
 私はお姉ちゃんのペットのお燐に挨拶をしました。あのね、お燐は猫耳のとっても可愛いお姉さんなの。赤髪みつあみの美人さん。それにとってもお掃除好き。地霊殿の中で見かけてもいっつも掃除をしているの。お燐がいるからこんなに綺麗なんだなぁと思います。
「お早うございますこいし様。今日はピクニック楽しみましょうね?」
「はーいお燐!」
 わぁい、みんなでピクニックって楽しいなぁ。今日は高いお山に登るんだって。いっぱい歩いて綺麗な空気を吸って紅葉みながらお弁当! とっても楽しみです。
「さぁさぁ地霊殿一行の皆々様、黒谷ヤマメが先導します。よいお旅になりますように!」
 ヤマメさんが言いました。えーと、これでピクニックメンバーは、私とお姉ちゃんとお空とお燐とヤマメさんの五人になるのかなぁ? あれパルスィさんは?
「ああパルスィは気分が悪いからお留守番だって。あいつは低血圧だからね」
 ヤマメさんに聞くとそう言われました。
 あー、もっときちんと謝りたかったのに残念です。ピクニックの和気藹々と雰囲気ならきっと仲良くなれると思ったのに。
「こいし? ハンカチ持った? 帽子はかぶった? 靴は履いた?」
「うん大丈夫!」
 お姉ちゃんは心配症です。私のことをいつも気にかけてくれるんです。
 あれ? お姉ちゃんは両手に何か持っています。何だろう? ああそうだ! 大切なお弁当です。すっかり忘れるところでした。でもお姉ちゃんが持っているなら大丈夫!
「あっさとり様? 私がそれお持ちしましょうか?」
「いいのよお燐。今日ぐらい仕事を忘れてゆっくりしなさいな」
「は、はい……」
 お燐が見かねてお姉ちゃんに言いました。さすがペットのお燐です。主人のために尽くすいい子だと思います。
 そういえばお姉ちゃんはお燐はイゾンショウなんだって言っていました。いつでもどこでもお掃除がしたくて仕方がなくなるんだって。うーん、でもお燐は掃除するのとっても大好きだって言ってたし、好きなことができるなら問題ないんじゃないかなぁ?
「さぁそろそろ出発しましょうか」
 お姉ちゃんの一声でした。
 ああ楽しみだなぁ……。
 どんな出会いが待っているのか今からドキドキです。





 旧都をびゅーんって抜けて地上の入り口へと向かいます。いくらピクニックといっても飛ばなければ地上に出れません。
 久しぶりの地上です。地底もいいけど、このお日様の照るポカポカの地面も素敵だと思います。
「あの山を目指しましょうか」
 お姉ちゃんが言います。うわぁ大きなお山です。あれなら登りがいがあると思います。
「いけいけー!」
「駄目よお空。飛んじゃ駄目。ピクニックは二本の足で歩くものよ」
「うにゅう、ごめんなさいさとり様」
 お空が怒られちゃいました。ピクニックは歩くもの。
 歩くー、歩くー、私は歩くー。
 歩け、歩け、どこへ向かって?
 ふんふんふーん。何だかお歌でも歌いたい気分です。
 口笛ひゅーひゅー、でも私は口笛ふけないの、ごめんね。
 ちょっと頭がぼうっとしちゃいました。
 私は時々こうなるの。もう何でかな? 
 意識がすーっと薄れて白くなっちゃうの。
 きっと周りの景色がちゃんとしてないからだと思います。
「ああっ! なんてことだ!」
 ヤマメさんの突然の声で、私ははっと我に返りました。
 一体何が起きたんでしょう?
 見ると道端のど真ん中に、大きな泥水が溜まっていました。
 ああ大変です。このまま進めば綺麗なお靴が泥水だらけ!
「ふふん、お嬢様方心配めされるな。ここは私が身をもって道を示しましょう」
 あれれ、何だかヤマメさんがとってもかっこいいです。紳士のような顔つきです。
 真っ直ぐ泥水たまりに向かってと……、あっわかりました。漫画か何かで見たことがあります。水溜りに上着をふぁさってかけて、さぁお通りくださいお嬢様って! いやんそんなことされたら好きになっちゃいそうです。
 あれあれ? でもヤマメさんは上着を着ていないのにどうするんだろう? 
「えいっ!」
 うわっ、ヤマメさんはそのまま泥水にダイブしちゃいました。あーあ、服が汚れちゃって、かわいそうなヤマメさん。
「あらすいませんねヤマメさん。さぁこいし。ヤマメさんのご好意を無駄にしてはなりませんよ。慎んで渡りましょう」
「えっ、ええっ? いいのお姉ちゃん?」
 これにはびっくりです。ヤマメさんは自分から橋になったのですから。
「さぁさぁお渡りなさいな妖精さん。何も気に病むことはありません。どうぞ私の背中をお踏みになってください」
 私がとまどっていると、お姉ちゃんはスタスタと橋を渡っちゃいました。
「ああ嬉しいです。さとり様。ささっ、こいしお嬢様もどうぞ」
「ほらどうしたのこいし? 早く渡りなさい。ピクニックは歩くものよ」
「う、うん……」
 私はおっかなびっくり歩きました。私の靴は汚れないけどヤマメさんは汚れちゃう。何でこうなるのかなぁ?
「ああ素晴らしい、素晴らしい……」
 ヤマメさんは一人で感嘆しています。私よくわからなーい。
「うにゅ。じゃ、私もと……」
「ちょっと待ちなよお空。あんたが渡ったらべろべろじゃないさ」
 お空が渡ろうとすると、お燐が止めちゃいました。
「あらお燐。別に止めなくてもいいのよ? 案外いけるかもしれないし」
「ちょっとちょっとさとり様。冗談はよしてくださいよ。いくら何でも酷すぎます」
「あらあら……。ペットが主人に歯向かう気なの?」
「いえいえ、それとこれとは……」
 急に険悪な雰囲気です。どうしよう?
 普段はとっても仲良しなのに、二人は口げんかを始めちゃいました。
 止めなきゃ止めなきゃ!
 でも私は頭がすーっとします。
 何も考えられない。ふわーってなってどーん。
 あはは、面白い面白い。
「うにゅーん。進行進行ー!」
「ちょ……」
 誰かの声が聞こえる。
 もう何も見えない。
 くらいくらーい。





「…………んはっ! あれ……?」
 目を覚ますと世界が揺れている。広い背中。
 そうかここはお空の羽の上。
「やっと起きたのこいし? 急に眠っちゃってもう……」
 お姉ちゃんが聞いてきます。頭をぶんぶん。何をしていたのか覚えていません。
「ピクニックよ。ほらお空の背中から下りて歩きなさい」
「あ、いいですよさとり様。こいし様一人ぐらい軽いですから。ねっ? こいし様もこの方が楽でしょ?」
 お空の体温が伝わってきて温い。羽毛布団みたいでふわふわ。
「ううーん。お空はふわふわ……」
「もうこの子ったら……。じゃあお空、お願いするわね」
「はいさとり様! 責任を持って!」
 お空の首にしがみついていると景色がずんずん進みます。下にはお姉ちゃんとお燐がいます。
 でもあれれ? お燐が何か悲しそうです。何かあったのかなぁ?
 山はどんどん深くなっているようでした。太い木が増えて草もぼうぼうです。
 地底にはこんな場所はありません。怖いなぁ怖いなぁ。迷子になったらどうしよう?
「お空、お空!」
「うにゅ? なぁにお燐?」
 お燐がお空に声をかけています。何があったんでしょう?
「あんたさっきから蟻を踏んづけているよ? もう前ばっか見てないでちゃんと足元も見なよ。靴が汚れているじゃないさ」
「あー、うん、でも面倒くさいから!」
「ったく……本当にお前さんは馬鹿だよ」
 見ると確かにお空の靴は汚れていました。でも仕方ないと思います。
 お空はこんなに大きいんだから、蟻さんを避けて通るなんて無理だからです。むしろ蟻さんの方が避けてくれなくちゃ。
 まだまだ進むどんどん進む。
 深い森は青々と。大波小波が打ち寄せて。
 蟻さん蜂さんよっといで。
 怖くはないからよっといで。
「う……」
「お空どうしたの?」
「何かチクチクする」
「え?」
 何だろうチクチクって? やっぱり森の中は怖いと思います。
 本当に何が起きるかわからないこわーいジャングル。
「蚊がいるわね。山の中だもの。お空、ちょっと追い払いなさい」
 お姉ちゃんが威厳満々で言いました。そっか蚊さんがいたのね。チクチクってして肌がぷくーっと膨らんで。
「はいさとり様。こいし様、ちょっと蚊を退治するんで下りていてくださいね」
「うんお空! 頑張ってね!」
 私はお空の背中からすとんと降りました。
「お空、北西60度に軽くもてなしてあげて」
「了解ですー」
 お空が膝をついて棒がついた右手をぐんと構えました。先っちょにエネルギーが溜まっていくのがわかります。
「エネルギー30%充填完了。砲撃開始!」
 どーんっていう音がして、白い光が野山を突っ切っていきました。これで蚊さん達もおとなしくなるかな?
「上出来よお空。これでもう刺されないでしょう」
「はいさとり様。お褒めにありがとうございます!」
 やっぱりお空は強いです。蚊さんの気配もすっと消えちゃいました。
 んー? うん? 変です。さっきからお燐がずっと喋っていないし。今もガタガタ震えています。
 いつもはとっても優しくて落ち着いているのに、急にどうしたのかなぁ?
「お燐」
「はっ、はいー!」
 お姉ちゃんの声に、お燐がびしっと軍隊の敬礼をするように、ぴんと背筋を伸ばしました。
「掃除はしなくていいわよ? ここはそんなことをしなくてもいいの。他所の地ですからね……」
「でっ、でも……」
「何ですか? 今日はピクニックなんですよ? 今日ぐらいは仕事を忘れてもいいのよ? ねっお、り、ん」
「はっはいさとり様。ありがとうございます。あああありがとうございます」
 お燐は泣きながら笑いながら奇妙な表情で、足が震えていました。別にお掃除してもいいと思うのに。
「ねーっ。お姉ちゃん。お燐にお掃除……」
「ああっ、いいのですこいし様。私は我慢できますから、あああ……」
「こいしは私のペットまで気にかけなくていいの。ねっ、お燐もこう言っていることだし、先を急ぎましょう。山頂まではまだまだありますよ」
 お姉ちゃんの優しい声。ぽわぽわして気持ちいい。
 お燐も笑っているし大丈夫なんだと思います。
「ゆけーーっ、進めーっ!」
 お空が掛け声をあげました。
 そうそう、今日は楽しいピクニック。
 ちゃんと楽しまなくちゃね。




 歩き続けて足が棒のよう。もうずいぶんと高く登りました。
「もう七合目らへんね。もういいでしょう。その辺の野原でお弁当にしましょうか?」
「うわーい。お弁当お弁当! 私もうお腹と背中がぺったんしそうなの」
「私もぺこぺこです。いっぱい食べなくちゃ」
「あ……、掃除しなくちゃ……。掃除しなくちゃ……。さらわなくちゃ、洗って綺麗にして干して削って……」
 みんなお弁当って聞いて歓声をあげています。卵焼きは残念だったけど、鮮やかな色のお弁当を思い出して、口の中に甘いつばがどんどんあふれてきます。
「さて……。じゃあ配るわね……」
「うん、お姉ちゃん。早く早くー」
「早く早く……。はぁはぁっ、切れる、切れちゃう、切れる――――。うわあぁ! あはっ、あはははっ――」
 お姉ちゃんが腕に下げている入れ物をごそごそしています。
 ごそごそ、ごそごそごそごそごそ。
 あれれ? 様子がおかしいです。お姉ちゃんが口をへの字に曲げて変な顔。
 うーん何だろう? 変です。お姉ちゃんは桶を持っているように見えます。あのお弁当を入れたバスケットとは全然違います。
 それにあの桶どこかで見たことあります。ううん、どこだったかなぁ?
 そんなことを思っていると、桶の中からぴょこんと何かが頭を覗かせました。緑のおさげのツインテール、ああっ! キスメさんです!
「ふぁっ、よく寝たぁ。あれ? さとり様達お早うございます。ここはどこ? 明るいですね。……何か視線が痛い? 何で? 私が桶だからですか? 桶は桶ですからどうしようもありません……。そっれ、フレーフレー! さとり様! フレーフレー! こいし様……」
 何て巧妙な罠。形といい色といいつやといい大きさといい、あのお弁当を入れたバスケットと勘違いしても仕方ありません。
 この一件について、お姉ちゃんを責めるのは酷過ぎると思います。
「桶だ桶だ! お願い掃除させて! ひひぃ! 切れるんだったら、糸が糸が! 切るなって! 切るなったら!」
 お姉ちゃんはキスメさんをまじまじと見つめたまま、ピクリとも動きません。とてもにこやかな笑顔でした。ええ、それはもう満面の笑みで。
「あれ? お弁当はないんですか? もしかして桶と間違えたんですか? あはは、さとり様って意外と馬鹿なんですね」
「あはは、お空、言うわね」
「ええもう、あはは……」
「うふふふ……」
 あっお姉ちゃんがキレました。私にはわかるんです。もう誰にも止められないと思います。顔は笑っていても心はメリーゴーランドのようにぐるぐる回転していると思います。
「あれ……? 体が勝手に……。うわぁ!」
 ああお空がいきなり地面に土下座し始めました。何回も何回も、地面に頭突きするたびにごぉんと深い地鳴りが響きます。
「お、お姉ちゃん。お空を許してあげて? お弁当は我慢すればいいから……」
 私はそう言いました。少し思い直して、お姉ちゃんにも四分の一ぐらいは責任があると思ったからです。
「駄目よこいし。お弁当はピクニックには絶対必要だから」
「ねーねー、私お腹すいちゃったぁ。お弁当まだぁ?」
「ひえぇぇっ? 何でネジ回しが必要なのさ? ちゃんと探してってば? だからいつも掃除しろって――」
「うわぁ、うわぁ! 頭! 痛い痛い! うわぁうわぁ!」
 わぁみんなが一斉に喋って混乱状態です。それもこれもみんなお弁当がないせいです。お弁当がないのは誰のせい? 私のせい? お姉ちゃんのせい? お姉ちゃんのせいは私のせい? あれあれー?
「全く……、どいつもこいつもああああああ――――」
 お姉ちゃんが恨みのこもった声をあげると、桶を持った右手がぐるぐる回されました。すごいすごい。大回転です。遠心力も加わって外への力がうなぎのぼりになっていきます。
「ちょ……やめ…………」
 キスメさんの声はかすれてしまいました。あの回転の中では息もできないでしょう。
 大変! キスメさんがお姉ちゃんにどうにかされちゃう!
 でも私はお姉ちゃんの妹だから――。
 どうしよう? ねぇお燐? お空?
 二人とも色々といっちゃってるわ。
 今ここでお姉ちゃんを止められるのは私しかいないっ!
 やらなくちゃ、やらなくちゃ――。
「お、お姉ちゃん!」
「……もう遅いのよこいし……。時は満ちてしまった……。私は全てを破壊する力を手にしてしまったの……。ひひひ……」
 お姉ちゃんが遠い目をしています。私も何か悟りました。お姉ちゃんは私に見えないものが見えるんです。覚妖怪しての優れた力。私が永遠に届かない領域です。おめでとうお姉ちゃん。本当におめでとう――。
「そーーれっ!」
 ついに桶は解き放たれました。太陽に向かって桶が吸い込まれていきます。
 ――落ちてきませんでした。
 ああそうか。キスメさんは夜空に輝くお星様になったのね。
 すこやかに祈ろうと思います。
 ナムアミダンブナムアミダンブ……。
 

「あーあーあー、掃除するのは私のここ! 耳から入って鼻から出てまた目から入った裏側。ここは埃が一番たまりやすい所。さとり様、今すぐお申し付けくださいませ。掃除洗濯火事炊事。ひひひっ、お掃除するのが私の生きがいです。掃除しないと積もっちゃいますからね。積もっちゃうと詰まっちゃうんですよ。そうしたら針かなんかで抜かないと! 切れちゃうんですよ。ああー、お空は馬鹿だから汚すんだってば! ひぃぃ――、早く埋めてくれなきゃ、埋まっちゃうじゃないさ! 火の車は急に止まれないったら! 止まれないったら……」
「さっきからうるさいわよ、お燐」
 場はまだまだ混乱しています。 あっお姉ちゃんの華麗なグーパンチが炸裂しました。お燐はぐるっと回ってきりもみ回転。鼻血を出しながら起き上がります。
「あふっ、さとり様? ここはどこ? 早く掃除させてください。でないと埋まります」
「ばぁーっ。誰が埋まるの? さとり様?」
 さっきまで土下座していたお空も復活しました。額からどばどば血が出ているのは気せいだと思います。
「あなた達反省しているかしら?」
「ええ掃除だと思いますさとり様」
「そりゃもう。いっぱいハンセイしました」
 お姉ちゃんは二人にお説教です。しつけは大事といつもお姉ちゃんは言っています。私も見習わないと。
「……この際だけど、お弁当の代わりを探してきて欲しいわ。お空だけじゃ心配だからお燐もついていって」
「おおー、任せてくださいさとり様。この一面の山野原全てぴっかぴっかに掃除してやりますよ!」
「うにゅー。これって……、さとり様の尻拭いってこと?」
「いいからさっさと行きなさいよ!」
 お空の太い足をお姉ちゃんが本気で蹴りました。でもふっとんだのはお姉ちゃんで、足を押さえてごろごろしています。
「ぬああぁあ……。私の足が……」
「あれぇ? さとり様ごめんなさい。あっははっはは!」
「何馬鹿笑いしてんだいお空。ほらちゃっちゃっとやっちゃうよ!」
「うん……、じゃあいってきまーす」
 お空とお燐は嬉しそうに飛んで消えて行きました。
 残されたのはお姉ちゃんと私。
 お姉ちゃんと二人っきり。
 えへへ、お姉ちゃん……。
 私に気づいてくれるかなぁ?
「こいし、ちょっと手を貸して?」
「うんお姉ちゃん!」
 そうです。やっぱりお姉ちゃんは私のお姉ちゃんでした。
 ふらふらになってお姉ちゃんは立ち上がります。
 そして柔らかい草の上に二人でぺたんと座り込みました。
「ふぅ……。いい空気ね、ここは」
 私もそう思います。無言の笑顔でお姉ちゃんに返しました。
「こいし、そこのシロツメクサを集めてきて? そう、その白いお花よ」
「うんわかった!」
 野腹には白いお花がたくさん咲いています。きっとこれがシロツメクサなんだと思います。
 ぶちぶちぶちぶちぶち。お花さんごめんなさい。
 いっぱいいっぱい集まりました。これならお姉ちゃんも喜んでくれることでしょう。
「ほらこんなに、お姉ちゃん」
 両手一杯のお花さん達。愛の告白もこんなのなのかな? 
 お姉ちゃんは私の手からお花を束にして手に取り、ぐるんと回してぎゅっとしてどかーん……じゃなくて、ぎゅっとしてぎちぎち……。
「なぁにそれ? お姉ちゃん?」
 お姉ちゃんはお花で何かを作っているようでした。器用に巻いてつなげて、みるみる内に一つの完成系が形作られていきます。
「こいし、ちょっと帽子とって?」
「なんで?」
「いいから取りなさい」
 お姉ちゃんの優しい声。この声の時はとっても気持ちいいの。全て委ねてふわふわになるから。
 私は黒い帽子をすぽーんと脱ぎます。一番のお気に入りです。
「花冠よ。シロツメクサで作ったこの世に一つの冠」
 そうっだったのです。お姉ちゃんが作っていたのは綺麗なお花の冠。私の頭にすっぽりおさまって、いい匂いがぷんぷんです。
「お姉ちゃんありがとう!」
「うふふ、ね? 私にもかぶせてみて?」
 さすが私のお姉ちゃん。もう一個花冠ができています。私はお姉ちゃんの頭にそっと冠をのせました。
 これで二人は一緒。嬉しいなったら嬉しいな。
「こうして二人でゆっくりするのも久しぶりね……」
「うん……」
 何だかいい気分です。二人で肩を寄せ合って眠っちゃいそう。
 暖かい風がざざーって……。私達姉妹を包み込んでいるみたい。
 今この世界にはお姉ちゃんと私の二人だけ。
 二人はいつでも通じ合っていると実感できます。
「お姉ちゃぁん……」
「あらあら……この子ったら……」
 私はちょっと積極的になってお姉ちゃんにぎゅーってしてみました。
 ほお擦りしてくんくん……。とってもいい匂い。
 段々ふぁーって眠くなる。むにゃむにゃむにむにお眠むの時間。
「寝ちゃ駄目よこいし。そうだわ、ペットを待ってる間に昔話をしてあげましょうか? ねっ聞きたいでしょう?」
「ううん? 聞きたいききたーい!」
「そう……。じゃあお話するわね……」
 お姉ちゃんのゆっくりとした声は子守唄のようでした。まぶたが重くなって意識が飛びそう。
 でも我慢我慢。ちゃんとお話聞かないともったいないもの。
「あるところに理想郷――エデンって言うね、とっても素敵な場所があったの。そこは神様が創造した神聖な場所。ある時神様は気まぐれでそこに二匹の生命体を住まわせたのよ。雄と雌の一匹づつ。名前は――アダムとイブと言ったかしら?」
「ふぅん、アダムとイブさんね……。私覚えた!」
「こらこら、声は出さなくていいからちゃんと聞いていなさい……」
「うん……」
 お姉ちゃんの声はどんどん優しくなる。そうすると深くなる。深くなってとろけそう……。
 とろーりとろとろ美味しいジュースの精……。
「エデンの中で二人は何不自由なく暮らしていたの。そう、何一つ困ることなくね……。食べ物も木に美味しそうな実がなって、綺麗な水も流れていて、なぁーにんも困ることがないの。……でもね、一つ決め事があったの。楽園の中央に位置する大木、その木になる実は絶対に食べていけないと、神様に言われていたのよ」
「ふーん、何でだろ……。一番美味しいからかな?」
「ええ、まぁ美味しいとも言えるわね。それは知恵の木の実だったのよ。生命体に新たな進化を遂げさせるための禁忌の実。これを食べれば生命体は更に賢くなれるのよ。こいしだったらどうする? とっても素敵な木の実があったら約束破って食べちゃう?」
「ん……」
 私はちょっと考える。お姉ちゃんが見下ろしてくる。
 わからない。
「……私はお姉ちゃんに従うよ。ここはエデン、お姉ちゃんと二人っきりなの。うふふ」
「あらあら……もう……」
 お姉ちゃんは本当に嬉しそう。私以外には絶対見せない笑顔です。
「……で、結局二匹はその知恵の木の実を食べちゃうのよね。怒った神様は二匹をエデンから追放してしまったのよ。二匹は泣き叫びながらどこかへ行ってしまったとさ……。でも彼らには知恵の木の実から授かった力があるのよね。その後はどうなったか……、うふふお姉ちゃん忘れちゃったわ……」
「えーっ。これからいいところだと思ったのに……。ぶーぶー」
「ふふっ、ふふふっ……」
「あはは、お姉ちゃんだぁーい好き……」
 花冠をかぶった私達姉妹はどっちがアダムでイブなんだろう?
 お姉ちゃんは知っているのかなぁ?
 お姉ちゃんはきっと知恵の木の実を持っている。
 私にないものを持っている。
 だからここが私の理想郷――。
「あっ」
 風が波打って私の帽子がころころ。
 追いかけようとして手を伸ばしても届かない。
 空が青くなって赤くなってくるっと回ってまた青くなって白くなった。 





 しばらくうとうとしていると、懐かしいペットの声が聞こえてきました。
「さとり様ー。ただいまでございます。見てくださいいっぱい調達してきました。鉄板も食器も親切な河童さんがくれました。ばーべきゅーしましょさとり様。じゅーじゅー焼いて食べると美味しいですよ」
「掃除は心が落ち着きますね。掃除は心の平穏。掃除は私の全て。掃除があるから私がある。掃除自身が私であり……」
 二人ともほくほく顔です。両手両足に食べ物がびっしり。さっすがお姉ちゃんのペットだと思います。お燐もにんまり笑って満足そうです。やっぱりお燐は掃除している時が一番輝いていると思います。
「お燐、お空、お疲れ様。そうね、生なんて味気ないし、バーベキューパーティーとしゃれ込もうかしら。青物は適当につまめばいいものね」
「はーい、ではさっそく準備しますね」
 お空があちこちから石を持ってきて鉄板を置く土台を作っています。あまり見ないお空の手際のよさにびっくりの思いです。
 お姉ちゃんの方はというと、きりりと引き締まった横顔で、ペットの動作を見ています。私と二人っきりの時とは全然違う大人の顔でかっこいいです。
「あーあー、駄目だよお空さん。そんな土台じゃ。地面と平行でがっしり組むんだ。こういうものは最初が肝心だからね!」
 誰だろう? いきなり声がしました。
 あっヤマメさんです。んーでも、私には腕や足が何本かなくなってちょっと血だらけではみ出しているように見えるけど、きっときっと私の気のせいだと思います。
「あらお帰りなさいヤマメさん。運河旅行はどうだったかしら?」
「ええさとり様! いえいえ、ただの貧相な小川でした。泳いで三往復ほどしましたので」
「そう、後でお話聞かせてくださいね。うふふ……」
「ええもちろんでございます!」
 楽しそうに喋っています。ヤマメさんが来ると急ににぎやかになった気がします。一人より二人、三人より四人五人の方がずっと楽しいと思います。
「野菜切り終わりましたー」
「ほうこの肉質は上物だね。成長過程は柔らかくてしなやかで美味しいのさ」
「火おこしますね……、えっとこれくらいかな……うわぁ!」
 お空が点火しようとすると、調節を間違ったのか、火がぶわっと飛び出てお燐の服をちょびっと焦がしました。
「ああっ! あちちち! 何すんのさこの子は? 危なく丸こげじゃないさ!」
「あははー、ごめんお燐」
「さとり様なんとか言ってくださいよ。お空はいつもこれだから……」
「何を言っても無駄よ。お空は馬鹿ですからね」
「あははー、そうそう、私は馬鹿だからー」
 お燐はぷんすかしています。お空もヤマメさんもお姉ちゃんもみんな笑っています。つられて私も笑っちゃいます。心の底から笑うってのはいいことです。
「さぁ鉄板もあったまったことだし、そろそろ肉を焼こうか。うーん骨付き肉が美味しそうだ。ささ、こちらの上物はお嬢様方の分だ。私の眼力で選んだ最も油がのった部位。どうぞ噛み締めてお食べください」
「うわーい、ありがとうヤマメさん!」
「いえいえ、当然のことです」
 じゅーじゅー肉の焼ける音。油が滴るじゅーじゅー焼き。
 これって直火焼き? たぶんお空が頑張れば直火焼き。
 丸こげ丸こげソースはどこ?
 赤いジュースはソースの代わり?
 でもちょっと鉄臭い。
「ここ焼けたわよこいし」
「あっお姉ちゃんありがとう」
 お姉ちゃんが私のお皿によそってくれました。
 あーんはむはむ。うん柔らかくて美味しい。
 これは子羊の肉のようにとろける美味しさ。
 レアぐらいが私は一番好きなの。
 火を通しすぎると肉は固くなっちゃうから。
 固くなったら何でもいけないの。
 お姉ちゃんも前そんなことを言っていたし。
「美味しいですねこれ。終わったら掃除もできるし最高ですね。立つ鳥後を濁さずって、とっても素敵な言葉だと私は思うんですよ」
「うにゅー、もう燃料が切れちゃった……。火を起こしてるとお箸がつかえない……。困った……。誰か代わってよー」
「ふんふん、舌の上でとろける旨みのオーケストラ。この味は肉質とこの火力がなければ完成されないね! いや私は今日この場に立ち会えて最高だ……」
 みんな本当に楽しそうです。美味しいものみんなで囲んで食べると、自然に笑顔でほころむの。
 ああピクニックに来てよかった。色々あっても私達は仲間なんだね。
「こいし、いっぱい食べていいのよ。野菜も忘れないでね」
「うんお姉ちゃん!」
 隣のお姉ちゃんと一緒に楽しいお食事。
 楽しいな楽しいな。




 お日様が疲れて赤くなってきました。あの楽しい時間も嘘のよう。なんだか物悲しいセンチメンタルな気分。
 もうキャンプファイヤーは消えて、お燐はせっせとお掃除をしています。お空はヤマメさんに捕まってよくわからないお話をしています。
「ふー」
 と息を吐いて夕暮れの空を見つめます。お姉ちゃんも見つめています。
 お姉ちゃんと私が見ている夕焼けは同じもの。
 目に映る光線を共有している、それが私達が姉妹である証。
「ピクニック楽しかった? こいし?」
「うん……うんうん! とっても!」
 私は大声で答えます。
「それはよかったわね。私もこいしが喜んでくれて嬉しいわ。でもね……」
「でも?」
 何だろうと聞き返します。
「ピクニックはお家に帰るまでがピクニックなのよ」
「へぇー。お姉ちゃんは物知り!」
 そうです。帰るまでがピクニック。
 私達は地底が住みかだから。深い地底に戻らなくちゃいけないのです。
 この夕日も好きだけど地底のしんみりとした空間も大好きなのです。
 丁寧な掃除も終わり、寂しい家路へと急ぎます。
 ずっと歩きどうしだったので足が重い重い。
 でも最後だからお空の背中なんかに乗らずに自分で頑張ろうと思います。
 山を下りて平地が見えます。私達が消える深いほら穴はもうすぐ――。
「止まって、みんな」
「どうしたんですかさとり様? 掃除ですか?」
 お姉ちゃんが急にそう言いました。とっても怖い顔です。
「ちょっと生意気な羽蟻さんの出番ね……」
「うにゅ? 羽蟻って?」
 お空が聞いてもお姉ちゃんは答えません。もう少しで夜になりそうです。
 夜は暗くて怖いけど変な安心感もあります。
「あ……」
 遠い木立の道の一点から、紅白の蟻さんが飛んできました。羽がないのに飛んでて羽蟻さんでよくわかりません。
「帰るまでがピクニックよみんな。わかってるわね?」
「もちろんですさとり様!」
 ヤマメさんが言いました。手もいつのまにかわさわさ増えています。
 紅白の羽蟻さんはこっちまでゆっくり近づいたかと思うと、バケツみたいな籠をぽんっと投げ捨ててきました。
 ん……。あれは見覚えがあります。桶……、そうキスメさんが転がっていました。
 ええそれだけならばまだいいのですが、キスメさんは顔をもう見てもられない状態までぼこぼこにされていました。きっとこの蟻さんがやったんだと思います。暴力を振るう乱暴な蟻さんです。
「……あっ、…………ぁ」
 キスメさんは虫の息でした。ああなんてかわいそうなんでしょう。これではお嫁にいけないです。いくら桶でもこれはひどいと思います。
「お姉ちゃん……」
 私はお姉ちゃんをチラリと見ました。
「ええわかってるわよこいし。我らが地底の同胞を傷つけられては黙ってはられない。目には目を、歯には歯を! 受けた仕打ちは必ず復讐するもの! 私達の正義はここにあるのよ!」
「おおさとり様は正しい。この黒谷ヤマメとキスメは戦場をともにした仲間。この悪魔的所業は断じて許せません!」
「そうだそうだ! 正義だ正義!」
「いひひっ、魂が美味しそうだよっ! 早く吸わせてぇ――。出ないと掃除しちゃうからさぁ、ひひひっ」
 みんなテンションが最高潮になっています。私達が仲間を思う気持ちは誰にも負けないのですから――。
「お空やお空。よく聞きなさい。あなたは神よ」
「うにゅ?」
「あなたは地上を支配する新たな神。あんな羽蟻なんざ一瞬で消し飛ばすことができるわ」
「ふぇ? 神ってさとり様より強いの」
「何言ってるの? 私よりは弱いわ。いいから早くしなさい」
「どうして? 私は支配できるのにおかしくない?」
「……それは私が更に偉い神だからよ。わかった?」
「んーん、うーんわかった! 蟻さん倒してから考える。私は神である!」
「はぁ……」
 お姉ちゃんとお空が何やらごにょごにょしています。何かいらやしいです。
 神とか何とか言っています。そういえばエデンの話で神様が出てきました。神は理想郷をつくった――そして私はその中にいる。だとしたらお空はその位置に? あれれ? でもお姉ちゃんはもっと偉い神なんだっけ? それにお姉ちゃんは箱庭の中のアダムでイブで……うわぁーん、私頭がおかしくなっちゃうよぉ!
「お空は真正面から突っ込んで、今のあなたには蟻は触れない。ヤマメさんとお燐は羽と足を狙って欲しいわ……」
「了解さとり様!」
 三人の声が重なりました。いよいよです。羽蟻さんの殺気がすごいです。目がぎらぎらと光って、内にこめるとてつもないパワーが、どこからともなく湧き上がってくるのです。本当にこれ蟻さんなのかなぁ。
「こいし、爪をよく研いでおきなさい。蟻さんがバランス崩したら首を一気にやっちゃいなさい。とーっても気持ちいいわよ?」
「うんわかった! お姉ちゃんありがとう!」
 お姉ちゃんは私のために、一番美味しいところを残しておいてくれます。
 お姉ちゃん大好き! 一番愛してる!
「さぁてお立会い。ああもう私の言うことは聞きたくないと? 何という愚かな! 先に狼藉をはたらいたのはそちらの方――。非は彼奴らにあり、虐げられしは我ら! 天意は我らの指先に集まるもの。全てを見通す力は神の力……」
 前口上が長いよお姉ちゃん。あっ羽がぱたぱたって、すごい速さ。
 次の瞬間羽蟻さんは飛び立つの。うん、絶対そう思います。
「終わりだよっ!」
 待ちきれないのか、お空がぴかぴか光ったまま突っ込んでいきました。まるで彗星のように綺麗です。
 羽蟻さんは上に飛んであっちに着地して……ヤマメさんの糸とお燐の怨霊でぐーるぐる。
 身動きできない袋詰め。
 お姉ちゃんの意思がびんびんに伝わってきます。
 私とお姉ちゃんは今つながっているから無敵なの。
 うふふ、ごめんなさいね恐れを知らない羽蟻さん。
 その細い首筋もらっちゃうよ。
 さくっ、ぴゅーっ。
 あはは、うふっ、うふふふふふ。
 ああピクニックって楽しいな。
 これから毎日ピクニックしたいなぁ。お姉ちゃんに話してみよっと!
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