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小箱の小話
東方二次小説が多目。 エログロ、ホラーミステリ洗脳色仕掛け等。
あなたの皮わたしの皮
 えーこんばんわ。私は東風谷早苗でございます。今日は怪談のお披露目会ということで、この場にお招き頂ありがとうございます。
 皆さんも知っての通り、私は妖怪の山で巫女として毎日汗を流して、信仰獲得に努めております。外界から私を連れ出してくれた神奈子様、諏訪子様にはいくら感謝してもしきれないほどです。
 とまあそれで怪談とのお話なのですが、幻想郷は人間も妖怪も神も幽霊も皆一堂に会す、言わば種族のサラダボウルなわけであります。それ故怪談と言えるような出来事は、私はこのかた幻想郷に来てからというもの、ついぞ経験したことがありません。
 何か異変が起きれば妖怪達のささやかな気まぐれであったり、自然の流れであったり、そしてそれを解決するのが巫女の役目でもあります。
 幻想郷に不思議なことなど何ひとつありません。もし未知の出来事が起りえたとしても、全ては奇跡で解決できるはずです。幻想郷はそういう場所、更に奇跡の源は守矢の中にあります。
 えーですから、私が記憶しうる不思議なことと言えば、幻想郷に来てからではないのです。私がここに来る前――別の世界の出来事なのであります。
 きっかけはほんの些細なことでしたのに、何かの弾みで大事へとつながります。
 あの時のことを思い出すと、私は今でも身震いしてしまうのです。それほど当時の私には衝撃的だったのですから。






 私が生まれ育ったのはとある山間の小さな町でした。代々的な巫女的の家系、一子相伝の教えを守る一族の女として生まれました。まぁそれで色々と面倒な決め事はあったのですが、普段は周りと変わらぬ普通の人生を歩んでおりました。
 ただ私が非凡だったことをあげるならば、それは私が"見える"体質だったことです。幻想郷ならば幽霊も神も見えるのが当たり前ですが、あちらではそうはいきません。私は神奈子と諏訪子様の御姿を、生まれた時から見ることができるのです。もちろん幽霊の姿もはっきりとわかります。
 幽霊は他の人間とはオーラが違うのです。薄らとした青白い肌をして、実態が無く思念だけの存在です。幻想郷のこなれた幽霊のように気軽に移動などは出来ないのです。ましてや人を不幸にしたり、呪い殺したりはありえないことです。
 考えて見れば当たり前ですよね。死んだ人間が思念だけであれこれ出来るわけはないのです。幽霊になっただけで超能力者になれると思いますか? あっちの世界では幽霊を信じ、更にそれを畏怖し、全ての災いごとの元凶のようにのたまう輩がいますが、見える私にとってはとんだお笑い草です。あんなのは吹けば飛ぶような埃と同じような存在です。
 思念だけというのはそれだけ脆いものなのです。何らかの理由で成仏できずに彷徨って、ただそこにいるだけ――漂うだけ、生有るものに影響を及ぼすことは出来ません。
 だから私、幽霊の存在をダシにして商売に使う輩を激しく軽蔑しています。可笑しいですよね、ちゃんと神様というれっきとした崇拝する存在がいるのに。幽霊なんてなんの役にもたちません。だって考えても見てください、まかり間違って成仏という輪廻からはずれた穢れた存在であるわけですから。もっともっと神を信仰すれば良いのです。もっと、もっと。
 少し話しがずれてしまいましたね。とりあえず私の言いたいことは、外界において幽霊は全くの無味乾燥な存在であるということです。
 
 はぁそれではようやく怪談の話、不思議な話の方に移りたいと思います。
 あれは私が町の小学校の五年生になったころでありました。小学校というのは人里の寺子屋の延長のようなものです。小学校は六年、それから中学高校と三年づつ続き、貴重な活動期を浪費させる機関でもあります。
 ちょうど多感な思春期と言う時期で、私も柄にもなく尖っていましたね。その年頃の少女というのはそういうものです。
 ある日のことでした。一人の女の子、クラスでもリーダー格の子だったでしょうか。赤いリボンの長い黒髪の意思の強そうな子でした。
 その子がある噂話を広めていたのです。
 皆さん『テケテケ』ってご存知でしょうか? モデルとなったのは線路の踏み切りで両足を切断された少女の話なんですが。その子は列車にはねられても数分間上半身だけでも生きていたんですね。もう助かるはずもないのに必死に這って助けを求めたわけです。
 とまぁこれだけなら不幸な少女の話で終わりなのですが、誰が考えたのでしょうか、ある悪戯心を加えると恐怖が身近になってくるのです。

 ――この話を聞いたら三日以内に足が無い少女が現れる。その時ある呪文を唱えないと足を千切られて殺されてしまう。

 とかそういう愚かな戯言を付け加えるわけです。笑っちゃいますよね。もしそのテケテケさんが幽霊になっていたとしても、どうしてその話を聞いた人の所へいけるんでしょうか? どうして人間が死んで地獄耳の能力を手に入れるんですか? 幽霊はそんな万能生物じゃありませんよ。
 幽霊が見えない人は愚かにも無駄な恐怖をするから困りものです。三日以内に来ると聞けば、きゃあきゃあと色めきだった声を出して、必死でその呪文を覚えようとしますからね。本当に浅はかなことです。
 ええと私の学校で流行ったのは、このテケテケの亜流でした。もう詳しいことは忘れてしまったんですけど、追い払う呪文だけは覚えています。

 ――私の皮よりあなたの皮の方が綺麗だわ。私の皮よりあなたの皮の方が綺麗だわ。

 これを三回繰り返します。忘れてはならないのが枕元にバナナを置いておくことだそうです。何でバナナなんでしょうかね。別に蜜柑でも林檎でも構わないと思うのですが。地獄耳の幽霊さんなら皮むきなんてお茶の子さいさいのはずですから。
 この呪文で気をつけなければならないのは、決して逆から言ってはいけないことです。もし間違ってあなたの皮より私の皮が――。そう言ってしまいますと体中の皮膚を剥かれて殺されてしまうそうです。もちろんバナナを用意していなかったり、何も言わなかったりしても同じです。
 瞬く間にこの話はクラス中に広がりました。女子も男子も本気で信じて怖がっています。私は一人我関せずといった態度を決め込みました。だってそんな幽霊は学校のどこにも見当たりませんでしたからね。まぁもし存在していても、噂を広めた瞬間呪い殺すでしょうね。諸悪の根源は根元から断ちます。私が幽霊ならそうします。最も、広まる前に殺す方が手っ取り早いと思いますがね。
 
 ゴホン、失礼。ええ、というわけでこの噂は一人の少女の手によって、クラス中を恐怖の渦に陥れたわけです。休み時間になると呪文を唱える声が聞こえるんですが、関係ない私にはとても耳障りなんですよね。本当にイライラしました。ああ先ほど呪文と言いましたが、私の皮の前に色々言うべきことがあるんですよね。今となっては記憶の片隅にも残っていません。思い出したくも無いし、思い出す必要もありません。
 そんな騒ぎの中放課後になりました。クラス中には母親にバナナ買って来てもらおうとか言って、本気で信じている子もいました。哀れなことです。


 そんなこんなで一日が終わり、また朝が来ていつものように学校が始まるわけです。私は少しも怖くありませんでしたので、ぐっすりと熟睡しましたよ、ええ。
 一限目の授業が始まる前、クラスはその話題で持ちきりでした。半数は信じていなかったのか、普通に寝た子ばっかりでしたが、やはり何人かはご丁寧にも枕元にバナナを置いて、架空の化け物対策の準備をしていたようです。
 一人の男子が夜中にぱっと目を覚まし、誰かが部屋のわきを通る音がしたそうです。男子は皮を剥ぐ化け物だと思って呪文を必死で唱えました。……結局それはトイレに起きた彼の母親だったそうです。当たり前ですよ。幽霊が人殺しなんてしません。当たり前当たり前、至極当たり前のことです。

 幽霊なんて何も出来ないのです。これでクラスのみんなもわかったでしょうねと、私は思ったのですが、この噂は中々消えなかったのです。噂の効果は三日目までですが、一日目来なかったらもう来ないと思うでしょう? 何でもったいぶる必要があるんでしょうか? 幽霊もそんなに暇じゃありませんよ。殺すなら速攻殺す、はっきりして欲しいものです。
 その日の昼休みになってまたみんなが一所に集まりました。赤いリボンをした、最初に馬鹿な怪談話をした子です。みんな薄々嘘だとわかっているのにですね、ごく一部の数人が囃したてるから調子に乗るのです。これだから子供は嫌いなんです。まぁ私も子供の一員なんですけどね、尊い教えを神様から授かっているのですから。そんじゃそこらの子供とは違うわけです。
 
 ――絶対、絶対来るから! 一日目来ないからって安心しちゃ駄目だよ? 間違ってあなたの皮より私の皮~とか言ったら大変なんだから。

 赤リボンの子はとても必死でした。嘘八百並べて如何にも滑稽です。そんなの誰も信じませんよ。信じませんよ信じませんよ。何が楽しいんですかそんなことして? そんなに人の目を引きたいんですか? え? そうなんですか? どうしてそこまでして? ああごめんなさい。ちょっと熱がこもってしまいました。リボンの子がどうしてもかわいそうでかわいそうで……。ま、このまま終わっては怪談でも不思議な話でも何でもないんですけどね。まだ続きがあります。


 噂を聞いてから二日目の朝がやってきました。また通常の平和な学業の時間でした。私は勉強が好きですから、いつも休み時間は有効に使うのです。別に寂しくなんかありません。私には神奈子様と諏訪子様がついておられますから。守矢の由緒ある血筋を背負って、立派な巫女になるべく勉強するだけなのです。
 また長い昼休みがやってきました。昼休みというのはなんでこんな長いんでしょうかね。一体誰が得するんでしょうか。給食を食べきれない人のための猶予時間とでも考えますか。給食は栄養たっぷりです。全部全部食べないといけません。残すのは許されません。絶対的です。親の言うことも教師の言うことも。
 言いだしっぺの赤リボンはまだうるさくわめいていました。男子なんか呆れていますよ。少しは自分の愚かさを理解してくださいよ。終わりです終わり。三日目の最後の夜に何も起りませんから――。あなたの言ったことは全部嘘ですから――。私は全部わかっているんですから――。
 
 そんなことを思っていると問題の子が私の席の前に立ったんですね。私はこの子とは深い付き合いはありません。というかむしろ嫌い合う仲です。彼女は何故か私に敵対心ばかり向けるのです。私は運動神経もよく学業もよく出来ましたから、彼女は嫉妬をしていたのだと思います。小さな子供の卑小な嫉妬です。尊大な私は気にもかけません。だって神奈子様や諏訪子様に笑われてしまいますもの。

 ――ちょっと早苗ちゃん。バナナちゃんと用意してる? 用意してないとお顔の皮全部ひっぺがされちゃうわよー。きゃははははっ!

 私はじっと黙って無視していました。関わっても時間の無駄とわかっていましたから。

 ――何で無視してんのよ? あぁ? 早苗? おい! きゃははは! まぁいいわ。そういや早苗には呪文を直接教えてあげなかったわね。いーい? 私が直々に教えてあげるっ!

 クラスの女子も男子も笑っていました。私は何も考えずに過ごしました。だって私が笑われる筋合いは何一つありませんから。その態度が気にらなかったのかその子は私の耳をひっつかんできました。

 ――今から呪文を言うからよく聞きなさい。あなたの皮より私の皮……あっ間違えたぁー。私の皮よりあなたの皮の方が綺麗だわ。これだけ最低限唱えていればいいのよ。……おーい聞こえたのかよ? しっかり返事しろよぉ早苗ぇ? きゃはは! 忘れるといけないからもう一度言ってやるわ…………

 リボンの子は顔が真っ赤でした。何をそんなに焦っているんでしょうかね。
 放課後がやってきました。
 




 私は少し遅くなって家に帰りました。





 三日目の朝でした。学校へつくとみんなの様子がおかしかったのを覚えています。
 朝の会で先生が教室に入ってある事実を告げました。赤リボンの子が昨夜から家に帰っていないそうなのです。みんなは驚きました。まさかと思いつつも、口々に囁きました。幽霊か化け物に皮を剥がれて連れ去られてしまったと。
 私は沈黙していました。だって私にはその子とは何の関係もありませんから。生きようが死のうがどうでもいいです。

 休み時間はその子の話題で持ちきりでしたね。それでも学校は変わらず時を刻むものなのです。また給食の時間、そして昼休みとなりました。
 ああところで男子というものは何で教室を走り回るんでしょうかね? 私にはその神経が理解できません。
 男子達が教室でふざけて追いかけっこしていました。狭い教室の中のことです。壁や机に阻まれて危険がいっぱいです。案の定追いかけられていた男子が、椅子につまづいて教室の隅の掃除用具入れのロッカーに激突したんですよね。幸いなことに大してスピードは出ていなかったんで、軽い打撲程度だったんでしょう。
 箒やちりとりが入ったロッカーは、授業が終わって掃除の時間になるまで普通は開けませんよね。まぁ気まぐれで誰かが開けたり、用具の確認に開けるかもしれませんが。
 それでその男子は腕をさすりながら立ち上がったんですが、あることに気づいたんです。ロッカーの中から赤い液体が染み出していることに。ええ私も見ました。真っ赤に染まった――まるで血のような。
 教室の中が一瞬で喧騒に包まれてしまいました。赤い液体は段々と水溜りの範囲を増やしていきます。何か日常では考えられない出来事が起きていると、子供心ながらにわかっているのでしょうか。女子達は赤い液体を見て悲鳴をあげていました。
 そうこうしている内に一人の勇気ある男子がロッカーの戸に手をかけました。皆が固唾を呑んで見守っています。
 数秒逡巡しましたが、男子は勢いよく戸を開け放ちました。


 ……何があったと思いますか? ああこれが誰かの悪戯で、ロッカーの中のバケツに赤色の絵の具を水で溶かしただけだったなら、そうだったらどんなにかよかったでしょうね。
 ただし現実は違います。ロッカーの中には赤リボンの子――怪談の噂を広めた子が、バケツに頭を突っ込んで、逆さまの状態で放り込まれていたのです。そう、赤い液体は血でした。はっきり見たわけではありませんが、顔の皮膚をずたずたにされて出血しているように見えました。
 戸が開くと、バケツを土台にして逆立ちをした少女の体がぐらりと揺れて、薄黄色の床にどたりと倒れこみました。バケツには大量の血が溜まっていて、少女が倒れた拍子に横倒しになり、濁った錆び付いた臭いを発する血が教室を埋めました。
 少女の頭は倒れた拍子にバケツから転がり出て、仰向けで天井を見つめました。顔の皮膚はそれはそれは恐ろしい状態でした。何重もの刺し傷、切り傷、無理やり皮膚を剥がそうしたと思われる顎周りの裂傷。鈍い刃物で何度も何度も暴虐を繰り返したことがわかります。目玉をくり貫かれ鼻はこそぎ落とされ、耳は千切られ唇も縦に横にぱっくり切り開かれていました。これがあの噂を広めた少女だと認識するためには、赤いリボンにたよるしかありませんでした。
 この予期せぬ少女の死体に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されました。金切り声が飛び交い、みんなパニックになっておおわらわです。何人かが先生を呼びに行き、他の生徒は廊下に出て胸の動悸を抑えるのに必死でした。
 私も同調して廊下へと出て行きます。あんな死体と二人きりなどごめんですからね。
 やがて先生がやってきました。大急ぎで戸を開け教室内へと入りました。

 ――おい? 何だこれは?

 男の先生でしたが何か様子がおかしいのがわかりました。教え子の死体をみたらもっと驚くでしょうに。

 ――お前達先生をかついでいるのか? 誰も死んでなんかいない。赤い絵の具で汚れているだけだぞ?

 なんということでしょうか。あってはならない出来事――奇跡ではない方が起ってしまったのです。教室の中には誰もいませんでした。代わりに赤絵の具のチューブがたくさん散乱していて、床のタイル一面を汚していたのです。
 私は面くらってしまいました。あの掃除ロッカーには確かに死体が入っていたのです。クラスのみんなもそれを見たのです。見間違いではありえません。逆立ちしていた少女が倒れて、バケツ一杯に入った血がどばぁと流れて。あの傷ついた顔は忘れるはずがないのです。赤リボンの少女は確実にあの場所に存在していたのですから。

 この件は結局子供達の悪戯として処理されました。だって証拠も何もないのですからしかたありません。教室も調べられましたが、血の痕跡は無く赤色の液体は全て赤絵の具と判明しました。
 ただ赤リボンの少女はずっと行方不明のままでした。家族が捜索願いを出しましたが、私が知る限りでは見つかったという話は聞きません。
 あの日私も含めてクラスのみんなが見た死体は何だったのでしょうか? 集団催眠などというチャチなものでは決してありえません。何人もの子供があの死体を絶対に見たのです。汚いバケツから溢れ出る赤い血。何度も刃物で刺され傷つけられたような顔の皮膚。あれが、あれが幻想の出来事だとは誰が信じるのでしょうか。
 
 事件は迷宮入りが濃厚でしょう。私がこちらに来てからも――今でもきっとあの少女の消息はつかめていないと思うのです。
 でも、私には変な確信があるのです。あの少女が今も生きていて、どこか果てしない旅をしていると。そういう不思議な思いがあるのです。まぁ、生きていたからといってどうにも……。もう昔のことですしね。とにかく私はこの不可解な出来事を、今でも昨日のことのように思い出すのです。誰か私の疑問に終止符を打ってくれたらなと、そう思って今日この話をしました。

 ……私からの話は以上でございます。









 燭台の蝋燭の火は室内の空気に揺らめいている。しんと静まりかえった厳粛な雰囲気の中で、幻想郷の一員である数人の人妖達がこの場を共にしていた。
 ここは紅魔館の一室。この度は当主であるレミリア・スカーレットの突発的な提案により、この暑い真夏の夜を涼しむため、幻想郷百物語が開催されたのである。
「あ、ああありがとう東風谷早苗さん。ととても面白い話を……」
 レミリアが体を細かく震わせて言った。
「あっははっ! レミリアったら何びびってるのよ? 何も怖くなかったじゃない。人間の血を吸う悪魔がそれで務まるのかしら」
 博麗霊夢が理解できないといった風におどけた。
「でっ、でもバケツに逆立ちで血が溜まってたのよ? そんな殺し方聞いたことないわ。ひぃぃーー! 咲夜! さぁくやぁーー! 早くタオルとジュース持ってきてよ! 早く早くー!」
「……あんたの恐怖のツボがわかんないわねぇ。んーと早苗? あんたの長年の疑問に回答を示してあげるわよ。聞きたい?」
 一人で大げさに動いているレミリアは蚊帳の外だった。霊夢は早苗の顔をじっと見る。蝋燭の光に照らされた白い顔が不気味に揺らぐ。よっぽど紫外線を受けたくないのか、厚めの白化粧がとても印象的だった。
「ええ霊夢さん。出来れば知りたいのですが……」
 早苗は少し切なげな声で答える。
「うんうん。素直でいいわね。この博麗霊夢が真実を暴いて差し上げましょう。この事件の大きな謎は二つ。誰が赤リボンの少女を殺したのか? どうして少女は教室から忽然と姿を消したのか? これがわかれば謎は全て氷解するわね!」
 霊夢は腕を組んで偉そうにする。
「でもさぁ霊夢? そんなのわかるのか? 死体が消失してしかも血が全部絵の具だったんだぜ? ありえないだろそんなこと?」
 霧雨魔理沙が口を挟んだ。今日は恐怖話が聞けると聞いて、アリスと霊夢と共にこの紅魔館へとやって来ていた。
「まぁ魔理沙聞きなさいよ。単純なことなんだって。結論……! 赤リボンの少女は……実は妖怪だった。自分で自分自身の噂を流して、妖怪の存在を早苗のいる世界に知らしめようと思ったの。バケツに逆立ちしていたと思ったのは狂言。妖怪はあれぐらいで死なないから実は生きていたのよ。もちろん血なんか流していない。幼い子供が動転して血と絵の具の区別がつくわけがない。死体があったら必ず血が付随してくるものと勘違いしているのよ」
「おいおい、霊夢、そりゃないぜ……」
 数人がため息をついていたが、当の霊夢は本気だった。
「何もおかしくないわよ。幻想郷に妖怪がいるんだから別の世界に妖怪がいても変じゃないわ。妖怪はわざわざ自分の身をもってして、人間の皮を剥ぐ妖怪の存在をアピールしたのよ。なんて紳士的で素敵な妖怪なのかしらね。死んだふりをしてロッカーで見つかるのを待ち、悠々と人間を驚かせてから、廊下に全員退避したのを見計らって窓から外に逃げたのよ。別に早苗のクラスが一階だろうが二階だろうが三階だろうが関係ないわ。妖怪さんは丈夫すぎるもの」
 霊夢の声が止まるとしんと静まりかえった。やがて早苗が申し訳なさそうに口を開く。
「あ、あの少女が妖怪……? まさか、まさかそんな……。でも、でも……」
 早苗は酷く狼狽しているようだった。目がきょどきょどとして一点に定まらない。
「……ま、人間だけの世界に、妖怪が潜んでいたんじゃびっくりするのも無理ないわね。さてこれにて一件落着! ほらレミリア! さっさと次に進めてよ? これは推理大会じゃないんだから。誰でもいいからどんどん怪談しなきゃ盛り上がらないでしょ?」
「そ、そうね……。えーとじゃあ次は誰に……」
 誰かを指差そうとしながらレミリアは迷っていた。そんな様子の中、メイド長の十六夜咲夜が主人に声をかける。
「お嬢様――。古明地様がお着きとのことですが……」
「あ……、ああ、ああ! 直ぐに入れてちょうだい!」
「わかりました。今すぐに……」
 咲夜はぺこりとおじぎをして闇へと消える。
「わぁやったぁ! お姉ちゃんが来るのね! わくわく」
 古明地こいしが急に声をあげた。突然思い出したようにしゃべるので、何時の間にか存在を忘れてしまいそうになる。こいしは一応話をしたが怪談話であるのかは疑問だった。目を覚ましたら腕を齧ってたり生首を持っていたり誰かのベッドに入ってたりと、もっと不可思議な異変が起る幻想郷内では、ごくごく理論的に説明できる範疇内だった。


 数十秒して咲夜がさとり連れて暗い部屋にやって来た。
「お姉ちゃんお姉ちゃん! 遅いよもうっ! 私の隣ね!」
 こいしは姉が来てとても嬉しいようだった。
「親愛なるレミリア・スカーレット様、この度はお招きいただきありがとうございます。妹が迷惑をかけたでしょうがどうぞご容赦を……」
 深いおじぎをしてさとりがへりくだった。
「堅苦しい挨拶はいいのよ古明地さん。ゆっくりしてちょうだいな」
 レミリアが王者の威厳を湛えて言う。
「それではゆっくりしていきますね。うふふ……」
 さとりはにっこりと笑って、こいしの右隣の席に座った。左隣には早苗が座っている。
「あら東風谷様、偶然お隣ですね。……? まぁ……。ふふふ、いえこっちのことです」
「いつもお世話になっております古明地様」
 何か気づいたようなさとりに早苗は会釈をした。
「ええ守矢のお二人様にもよろしく言ってくださいな。――と、東風谷様? お肌の調子はどうでしょうか? 地霊殿の湯は滋養分たっぷりでとってもよろしいんですのよ。空気も下手な地上よりもずっと綺麗ですし……」
「おかげさまで大分……、本当に古明地様には感謝しております」
 さとりが悩ましげな横目で見つめるので、早苗はそっと顔を背けた。
「心配はいりませんわ。数ヶ月でもっとお綺麗になりますよ。……東風谷様? もっと自分に自信をもってもよろしいのですよ? 見た目だけが人物の全てではありません。外見はほんの一部分でしかありませんから。最も女性が美を求めるのは自然なことなのですが……。うふふ、ねぇ東風谷様? もっとお綺麗になりたくありません? あなたの清らかな心……、もっともっと……」
「お止めください古明地様。私の心は守矢の二柱のお膝元にあります」
 早苗は無表情で頑なに言った。
「……つれないですわね東風谷様。ふふすいませんでした。まぁいいでしょう」
 柔らかい椅子に深く腰を落として座る。さとりは終始穏やかだった。
「もーっ、お姉ちゃんたら可愛い妹が隣にいるのに! お姉ちゃん、お姉ちゃん、私と楽しいお話しようよ。あのね、あのね……」
「はいはいこいし。お姉さんが何でも聞きますからね」
 こいしは半ば抱きつくようにさとりにすがりついていた。夜は更けるのみである。




「おいおいアリス、その話はもうオチがわかったぜ。どうせ人形が自分で動いたって話だろ?」
「なっ……、ち、違うわよ! そんなんじゃないわよ! ええ、えーっと……。もう、魔理沙のせいで何を話すか忘れちゃったじゃない!」
 アリスが怪談話をしていたが、魔理沙が友人らしくちょっかいを入れたのでぐだぐだになってしまった。
「あー、もういいわアリス・マーガトロイドさん。お疲れ様でした。じゃそろそろ古明地さんにとっておきの怪談をしてもらおうかしら? よろしいかしら古明地さん?」
 レミリアが促した。さとりは頬杖をついて蝋燭の光をぼうっと見つめている。やがてにこにこと愛嬌のある笑顔で口を開いた。
「ええレミリア様。今日という日を私はとても嬉しく思います。人の奥底に眠る恐怖の住処。覚である私であってもおいそれと簡単には覗き難いものであります。古い記憶は新たなトラウマを呼び起こす。私がそれを知るのも僥倖であり、因果応報なのでしょうか? 幾重にもこんがらがった糸は、いつしか一本の滑らかな絹糸へと収束いたします。全ては幻想郷の賢者となるべき者の意思――転じて欲望に染まった悪魔の理。さて前置きが長くなりましたが、これより私が知るほんの一部の怪談をお披露目しましょう。人の数は無限大、故に心という源泉から湧き出る物語も無尽蔵。かの千一夜物語にも匹敵する私の心の片鱗でございます。第一話目は黒毛の呪われた猫の話。彼女は死体を漁り不幸を運ぶ火の車であります。いやしかし――そこには一時の深い真実が。時は数千年前、地底がまだ地獄の裁きを受け持っていた頃の話…………」
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